犬殺しの男
犬殺しの男がいる。白髪で、いつも黒いコートを着ている。
どこから来るのか知らない。ただ、晴れた日に広場に座り、背中に影が伸びるのを待っている。
犬には二種類いるそうだ。
人の影を食べる犬と食べない犬。
影を食べる犬を「封筒の犬」、食べない犬を「犬の犬」と犬殺しの男は言う。
なぜそう呼ぶのか知らない。解っていることは、「封筒の犬」を殺すのが犬殺しの男の仕事だということだ。
広場でじっと影を伸ばしている男の姿は不吉で、大抵の人々は忌み嫌っている。だが一方でこんな噂もある。犬殺しの男の白髪の下の素顔は、思いの外ずっと若く美しい。印象的なのはその瞳の色で、あるものは緑だと言い、あるものは白銀だと言い、天色に変わると言うものもある。
男は昼過ぎに広場に来ると、日没までじっと影を伸ばし続ける。
影は体液のように地面を濡らし、静かに広場を浸食してゆく。
陽を浴びて犬殺しの男は苦しそうだ。
なぜこんなことをするのだろう。
ある日「半分の犬」を見たのだという。「半分の犬」しか見れなくなったのだと言う。半分では過剰すぎて生きれないのだという。
何を言っているのか解らない。
男はふらつくように広場に現れ、空を仰ぎ、陽の位置を確認すると、物のように座り込む。
影は光と男の奥へゆきたいのか、そこから抜けだしたいのか、遠くへ伸びようとする。
その影が時に奇妙にゆがむことがある。あるいは沼のように色を変え、波立つことがあるという。
それをみて人は、犬殺しの男がいま「犬を釣っている」と思う。
犬を釣ったのだと。
「犬釣り」の情景を目にした者はなぜか奇妙に押し黙り、犬殺しの男の話題には触れなくなる。
そしてどこかの広場にひとり佇む。
それがまた人々に不吉な噂をもたらしている。
犬殺しの男がいる。
どこから来るのか知らない。
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