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署名連絡会ピースアクション(7月) |
日本および世界の人々が核兵器のない世界実現へ、2016年4月開始した核兵器廃絶を求めるヒバクシャ国際署名が2019年9月末、1千万人を超えました。発端は日本被団協が世界に呼びかけたものです。10月の国連総会第1委員会に提出します。
各地で集めた署名の写真を、署名地域連絡会、地域生協、連絡会参加の中央団体などから寄せてもらいました(写真)。
2017年7月7日、国連で核兵器禁止条約が122カ国の賛成多数で採択されました。同条約は50カ国が批准書等を国連に提出し90日後、効力のある条約になります。9月27日現在32カ国が批准書等を提出。唯一の戦争被爆国の日本政府は核兵器禁止条約の署名、批准を拒否しています。
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北海道連絡会 | 青森連絡会 |
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宮城連絡会 | 長野連絡会 |
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愛知県民の会 | 秋田連絡会 おおさかパルコープ |
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広島県被団協 | 大阪連絡会 |
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長崎県民の会 | 三重連絡会 |
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新日本婦人の会 | 全労連 |
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広島県被団協(佐久間) | コープにいがた |
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コープしが | おかやまコープ |
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コープさが |
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原水爆禁止日本協議会(日本原水協)は、核兵器禁止条約への調印・批准を求める声を地域・職場・学園の草の根からひろげ、「ヒバクシャ国際署名」を前進させるために、「なくそう核兵器!『ヒバクシャ国際署名』ハガキ付リーフレット」を作りました。ハガキの部分が署名用紙になっており、切り取って送ることができます。20万部を作製し、7月1日から普及を開始しました。9月10日現在、41都道府県から434通、1140人分が日本原水協事務局に届いています(写真)。
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トークイベント「青い地球を未来に残す―核兵器と気候変動を考える」が9月17日、明治学院大で、ヒバクシャ国際署名連絡会と350・orgジャパンの共催、明治学院大学国際平和研究所の協力で開催されました。
350・orgは、気候変動についてダイベストメント(銀行からの投資の引き上げ)を中心に活動する世界188カ国にネットワークを持つ環境NGOです。
冒頭、ヒバクシャ国際署名連絡会の林田光弘さんが、核兵器と気候変動の問題は繋がっている、地球上の全ての人が当事者として取り組むべきだと話しました。
日本被団協事務局次長の濱住治郎さんは、自身の体験と、5月に国連でヒバクシャ国際署名を手渡した経験を伝え、署名の意義を話しました。
350・orgジャパンの荒尾日南子さんは、気候変動におけるダイベストメント運動の取り組みなどを報告しました。
第2部のパネルディスカッション「青い地球を未来に残すために、私たちにできること」では、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)で核兵器産業からのダイベストメントキャンペーン「核兵器にお金を貸すな」を担当するスージー・スナイダーさんと350・orgジャパン代表の横山隆美さんをパネリストにピースボートの川崎哲さんが進行を務めました。
スージーさんは自身の活動拠点のオランダの銀行に対するダイベストメントの活動を紹介。私たちは銀行の利用者として銀行を変える力があると述べ、世界では働きかけによって核兵器産業から手を引いた金融機関があるという成功事例が紹介されました(日本ではりそなホールディングスと九州フィナンシャルグループ)。
横山さんは、人々がどんな立場であれ解決すべき課題として、気候変動への危機感を持ってほしいと訴えました。
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9・26「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」を記念するフォーラムが、「核兵器なき明日(ミライ)への選択」と題し、創価学会平和委員会の主催で16日、東京都内で行なわれました。
日本被団協の和田征子事務局次長が登壇し、自身の被爆体験を通し人間の尊厳とは何なのか、との切実な思いを訴えました。また被爆者のたたかいから始まった核兵器廃絶運動の歩みを概説し、廃絶に向けてさらに連帯をと述べました。
その後、認定NPO法人フローレンスの駒崎弘樹氏の進行で、長崎大学核兵器廃絶研究センターの中村桂子氏、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の川崎哲氏、オール・ニッポン・レノベーションの富樫泰良氏、ナガサキ・ユース代表団6期生で中国出身の孫明悦氏と和田事務局次長をパネリストに、「これからの核兵器廃絶運動」をテーマに議論が交わされました。
私たちにとって希望の光である核兵器禁止条約に、核の傘を容認する日本の政府は背を向けています。
昨年6月の芦屋市議会に、芦屋市原爆被害者の会は「日本政府に核兵器禁止条約への署名、批准を求める意見書採択」の請願を出しましたが僅差で否決されていました。今年こそはと、まず4月の市議会選挙で新人候補者の事務所に「非核平和宣言都市芦屋」の市議をめざすなら―と、ヒバクシャ国際署名のお願いに回りました。結果、当選新人議員9人中8人、落選候補者2人から、家族支持者を含め署名が寄せられました。そして9月議会に向けて8月後半から各会派を回りました。
9月4日の民生文教常任委員会では、被爆者の千葉孝子会長が心を込めて口頭陳述をし、紹介議員さんの力強い弁論を経て可決。24日の本会議では、反対議員の12分にわたる執拗な弁論にもめげず、賛成多数で採択されました。被爆後74年の長い長い歩みの中で、また一歩前進です。条約が発効し核兵器のない地球実現までまだまだ頑張ります。
(千葉孝子)
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連合福島の依頼で8月23~24日、広島県被団協の箕牧智之理事長代行が福島を訪れました。
23日は夕方、福島駅前で帰宅を急がれる人たちを対象に核兵器廃絶のための国際署名を訴えました。連合福島の皆さんもマイクを握って多くの人に訴えておられました。私も通りすがりの人たちに、広島からやってきたことにご理解いただき、沢山の人から署名をいただきました(写真)。
翌日は福島教育会館で被爆証言をしました。300人の人たちの前で映像を使って原爆によって破壊された広島の街、その後の復興、リニューアルオープンした原爆資料館の様子、世界の核兵器など、お話させていただきました。
短い2日間でしたが、連合の皆さんの温かいもてなしに感謝しながら、広島に帰ることが出来ました。
(箕牧智之)
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ヒバクシャ国際署名千葉県推進連絡会は9月14日13時30分から1時間、JR船橋駅北口で第14回ヒバクシャ国際署名統一行動を行ないました。6団体から24人(内被爆者12人)が参加。署名138筆と募金1100円が寄せられました。暑さも少し和らいだ過ごしいい日でしたが、参加予定の数人から台風15号の影響で参加できなくなったと連絡があり、被害の様子も気になるところです。
今回、「習志野小さな風の会」が初めて参加してくれました。亡くなった被爆者の被爆体験記を朗読している会です。子どもたちに向けてなど小さな集まりで被爆の実相を伝えています。署名の広がりも感じられます。
次回は11月16日、JR市川駅北口を予定しています。
(児玉三智子)
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1980年12月に出された原爆被爆者対策基本問題懇談会による意見書(基本懇意見)を契機に、翌年広島で結成された原爆被害者相談員の会。医療ソーシャルワーカーのボランティア組織であり、被爆者と市民、研究者の協同組織である同会は、今日まで「被爆者とともに」の姿勢で歩んできました。本書は、多くの被爆者の苦悩や生きる姿とともにソーシャルワーカーたちの成長の姿がまとめられています。
申し込みは書店または相談員の会(FAX082―545―3641、電話090―7375―1211)へ。かもがわ出版、定価1800円+税。
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愛知県原水爆被災者の会(愛友会)は、8月24日~25日、名古屋市金山総合駅構内のイベント広場で、「原爆と人間ヒロシマ・ナガサキパネル展」を開催しました。2014年から毎夏開催し、今年で6回目です。昨年より1000人多い8000人が訪れました。
広島市立基町高校の創造表現コースの高校生が被爆者の体験を聞き取って描いた絵のパネルも展示され、訪れた多くの人が食い入るように見ていました。折り鶴コーナーでは、お母さんと子どもが一緒に鶴を折る姿がひっきりなしに見られました。感想ノートには「私はまだ8さいなので、げんばくのことはあまりよく知りませんでしたが、あらためてこのリアルな絵を見て、『ひどい。もう、にどとこんなことになってほしくない』と思いました」など、参加者の感想がびっしりと書き込まれていました。愛友会の水野秋恵事務局長は「この企画は原爆の悲惨さ、平和の尊さを伝える大きな役割をはたしています。みなさんの協力を得て来年以降も開催したい」と話しています。
(大村義則)
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第53回原爆忌全国俳句大会を9月14日、立命館大学国際平和ミュージアムで開催し(4面に関連記事)、記念講演で日本被団協事務局長の木戸季市さんに「私の被爆体験と被爆者運動の現状と課題」と題してお話しいただきました(写真)。
木戸さんの「私は三度被爆者になった」ということが、自身の生き方として被爆者運動に身を置くようになった過程だということが伝わり、原爆忌全国俳句大会に集う私たちにも「被爆者になって核兵器廃絶をめざす運動にかかわってくださいよ」と呼びかけられているように思いました。
「核兵器禁止条約を採択するに到った世界市民の声は明るい展望です。そして日本国民は戦争をしない仕組みとして憲法9条を持っていますが憲法9条を実現する法律を持っていない」という指摘は、9条改憲反対を唱えてきた私たちに一歩進めた運動の方向を示していただいたと思います。
(実行委員会事務局・伊藤哲英)
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神奈川県原爆被災者の会は神奈川県生協連と神奈川県原水協との共催で第16回「原爆と人間展」を8月23日~26日、横浜市新都市プラザで開催し1万人を超える来場者がありました。
開催まで幾度も会議を重ね、被爆者の絵、写真パネル、遺品、絵本、クイズラリー、ビデオ上映ほかのコーナーを設け、レイアウトを考えるなど準備しました。
遺品コーナーには、秩父高校から借用した原爆ドームジオラマを置き、八王子平和・原爆資料館から借りた多数の遺品を展示しました。クイズラリーには400人以上が挑戦し、親子で取り組む姿が見られました。平和のメッセージコーナーには、来場者による「原爆は恐ろしい」「せんそういやです!」など平和を思うメッセージが書き込まれ、掲示されました。
被爆者の証言を毎日2回、正午と夕方に実施したところ、傍聴者が多く立ち見が出るほどでした。市民の関心の高さが感じられた4日間でした。(神奈川県原爆被災者の会)
今年10回目となる「原爆と人間」展(福岡市原爆被害者の会博多区支部・同展実行委員会)を8月4日博多市民センター会議室で開催しました。
節目の回にふさわしく多様な展示物で会場を彩りました。「原爆と人間」パネルと詞画集45枚に加え、憲法9条の条文と詩「平和のために」の大型タペストリー3枚、また模造紙7枚をつないだ「被爆柿3世」は、描かれた幹と枝の上に平和のメッセージを書いた400枚の実と葉を貼り付けたもの。被爆柿3世はこれまでに小中学校ほか32カ所で植樹しており、今回そのうち12カ所からメッセージが寄せられました。また中学校美術部によるベニヤ板の大型絵画、大型折鶴、たくさんの折鶴で作られた「平和」の文字盤、平和授業感想文集など。
特別出演のどろだんご合唱団(写真)による歌声は、参加者の心を揺さぶりました。(吉﨑幸恵)
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新潟県田上町原水禁と田上町平和と暮しを守る会は8月1日~9日、田上町役場1階ロビーでヒロシマ・ナガサキ原爆写真展を開きました。
新潟県原爆被害者の会から借用のパネル(97年版「原爆と人間」)と、新たに日本被団協から購入した「ヒロシマ・ナガサキ原爆と人間」パネルを展示。吉永小百合さんの原爆詩朗読DVD、脱原発、平和関係書物の展示も行ないました。
ポスター(A2判55枚、A3判10枚)を町内各所に張り、A4判チラシ2900枚を地元の新聞に。町の広報誌にも掲載されました。期間中、1日平均27人ほどの来場者がありました。
見学者に子どもが少ないのが残念です。このことを踏まえ、来年のパネル展は、高校生平和大使の活動パネルも含め展示しようと考えています。(斉藤勲)
新日本婦人の会神戸北支部は7月26~28日、第1回ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展を、神戸市教育委員会と北区役所の後援を得て、鈴蘭台駅中すずらん広場で開催しました。3日間の来場者は担当者滞在時のカウントで329人でした。
コーラス「虹の会」が平和の歌を披露。会場ではパタパタ鶴を子どもから大人までおしゃべりしながら折り、憩いの場となりました。
会場においたメッセージカードには、「写真と文章を読み涙があふれた」「母から祖父が被爆者だと聞かされた。広島の日赤病院で一命をとりとめ現在88歳」「こんなに怖くて恐ろしいことを起こす戦争は絶対にしてはいけない」などの感想が寄せられました。またこれからもずっと原爆展を開催してほしいとの声が多数ありました。
折っていただいたパタパタ鶴は、神戸市北区在住の被爆者の方にお渡しします。
これからも被爆者とともに核兵器のない世界をめざして頑張ります。
(佐伯順子)
ヒバクシャ国際署名の開始当初から、さまざまな宗教関係団体が連絡会に入るなど宗教界からの協力を得てきましたが、今年2月から更に広げようと、積極的に宗教団体を訪問してきました(本紙既報)。
その活動が実を結び、真宗大谷派が宗派として協力することを決め、寺院向け広報誌とホームページに「協力のお願い」を掲載し、各寺院に署名用紙を届けました。8月1日付「お願い」の中で真宗大谷派の但馬弘宗務総長は、「念仏者の実践として核廃絶に向けてできるところから活動していかねばならないと思います。このたび、ヒロシマ・ナガサキの被爆者が核兵器廃絶を訴える国際署名として、全世界において展開される『ヒバクシャ国際署名』に対し、宗派として協力することにいたしました。ぜひとも皆さまのご協力をお願いいたします」と述べています。
また浄土宗では、浄土宗平和協会が会報「ダーナ」でヒバクシャ国際署名への協力を各寺院に呼びかけ、署名用紙を届けました。呼びかけの中で「趣旨にご賛同いただけますならば、ぜひご署名をお願い申し上げますとともに、ご寺族、檀信徒のみなさまにもお伝えいただければと思います」「すでに当署名をされている方もおいでかと存じます。その場合にはさらにご縁の方々にお勧めいただければ幸いです」と述べています。
【問】昔から一緒に会の活動をしていた友人のことです。一年ほど前から会議に遅れたり、出てこないことが多くなりました。欠席の理由をたずねると「会議があることを知らなかった」とか「時間がわからなかった」といいます。会議の日程を決めるときに手帳に書き込んでいるのですが。
また、会議やその他の集まりでも急に怒りっぽくなり、周りの人に迷惑をかけることが多くなりました。一人暮らしで寂しいのか毎日のように電話をかけてきて同じ事を話します。なにかと気をつけてきましたが私もくたびれて、話につきあえなくなってきました。
こういう場合、どこに相談したらいいのでしょうか。
* * *
【答】長年のお友達ですから気にかかることも多いでしょう。もの忘れや怒りっぽくなったとのこと、一度、病院の「もの忘れ外来」に一緒に行って受診させることも必要かと思います。地域の内科医でも「もの忘れ外来」を開設するところがあります。認知症なのかどうか診断し、場合によっては専門医につなげてくれます。
また、地域の地域包括支援センターに相談してみてください。職員が自宅を訪問して生活状況などの様子を見て、専門医と相談して対応してくれます。自分の事を心配してくれるところがある、とわかるだけで安心するのではないでしょうか。
ご自分で何もかも背負い込まず、こうした地域支援を活用しながら、友人が落ち着いて生活できるように支援してあげてください。
日本被団協原爆被爆者中央相談所は、昨年度から賛助会員(会費として年1口1万円を納入)を募集しています。
昨年度は、県被団協・被爆者・支援者合わせて52の個人、団体で54口を協力いただきました。
高齢化した被爆者にとって相談活動は必要かつ重要です。賛助会員からいただく会費は、毎週の相談やブロック講習会開催、「問答集」の発行などの諸活動を支える基盤になります。被爆者・支援者のみなさん、個人でも団体でも、賛助会員にご登録いただき、中央相談所の相談活動を支援してくださるようお願いします。申し込みについては日本被団協事務局までご連絡ください。
第53回原爆忌全国俳句大会が9月14日京都市の立命館大学国際平和ミュージアムで開かれました(3面に関連記事)。
今年は130人から448句の献句があり、昨年から設けられた「日本原水爆被害者団体協議会賞」には、目澤史風さん(東京)の「屍をまたいで逃げて八十路夏」が選ばれました。大会賞はさいとうこうさん(東京)の「原爆忌骨なき墓に父がいる」でした。
入賞者には記念の盾と賞状が贈られました。