新役員を選出
日本被団協は6月6日〜7日、東京のホテルジュラクで第62回定期総会を開き、全国から100人が出席しました。2017年度運動方針、予算、総会決議、特別決議など採択し、新役員を選出しました。
日本被団協は結成60年を迎えた昨年、核兵器を禁止し廃絶する条約をすべての国が結ぶよう求める国際署名を世界に訴えました。これに呼応したかのように、国連のもとで開かれたオープンエンド作業部会で、多国間核軍備撤廃交渉会議を2017年に開くよう国連総会に勧告。これを受け、国連第一委員会、総会で勧告意見に基づく決議が採択され、今年3月と6〜7月に核兵器を禁止し廃絶する条約交渉会議が開かれています。
総会では、被爆者が粘り強く被爆の実相を世界に伝え核兵器の非人道性を明らかにし、「ふたたび被爆者をつくるな」と訴えてきたことが、国連の下で核兵器禁止条約の交渉会議が開かれる力になっていることを確認しました。あわせてヒバクシャ国際署名が重要な役割を担っていることも確認しました。
各県組織の会員の高齢化が一段とすすんでいること、会の運営が困難になっていることが話し合われ、この面での対策について意見を交流しました。
財政面でも同様の状態がつづいており、各県からの会費を減額する提案が出され採択しました。
役員では、代表委員だった岩佐幹三さんが顧問に、田中煕巳事務局長が代表委員に、木戸季市事務局次長が事務局長に(2面に関連記事)選出されました(名簿別項)。
総会では、総会決議、特別決議を採択しました(要旨2面)。
2017年度 日本被団協役員
<代表委員>
坪井直 谷口稜曄 田中熙巳(新)
<事務局長>
木戸季市(新)
<事務局次長>
児玉三智子 藤森俊希 大下克典 濱住治郎 和田征子 M中紀子
<代表理事>
眞田保 木村緋紗子 木村邦子(新) 金本弘 鹿島孝治 原美男 箕牧智之 松浦秀人 長曾我部久 横山照子 大岩孝平 (大阪選出の代表理事は未定)
<会計監査>
久保山榮典 丸山進
<顧問>
岩佐幹三(新)
日本被団協事務局次長 和田征子
核兵器禁止条約交渉会議のホワイト議長(手前左)に署名目録を手渡す4人の被爆者(左から)箕牧さん、和田さん、朝長さん、川副さん
国連の核兵器禁止条約交渉会議の第2会期が6月15日始まりました。広島の箕牧智之さん、長崎の川副忠子さんと和田の3人がヒバクシャ国際署名連絡会から派遣されました。
今回の会議は、5月22日に議長が提案した条約草案に対し、各国政府代表と非政府組織が、感想や修正案を述べ合い条約を完成させます。既存条約、特にNPTと齟齬がないように、解釈に抜け穴がないようにと活発な意見が続きました。
前文の議論では、草案に記載された「ヒバクシャ」への言及が多く聞かれ力強く感じました。一区切の議論の後NGOに15分与えられ、1人2〜3分で発言しました。
署名提出
16日午前の会議終了直後、ホワイト議長に、国際署名の目録を渡すことができました。
箕牧さん、川副さん、長崎の朝長万左男さんとともに並んで手渡しました。3月会議時、6月にたくさんの署名をもってきて欲しいとの議長の要請で推進連絡会が全国に呼びかけ集約したものです。署名数を見た議長は「ほとんど300万!」と隣の中満泉国連軍縮担当上級代表に数を示し胸に手を当て「とても感動しています。今年4月長崎を訪問し被爆者の話を聞いたのは貴重な経験です。署名は力を与えてくれます」と述べました。
女性行進
17日(土)、会議はなく、今回の大きなイベントの「女性行進」の日です。午前中、日本の他団体の皆さんと署名活動に参加しました。
午後はマンハッタン中心部のブライアント公園から、国連本部近くのダグ・ハマーショルド公園まで、約2キロを千人の女性が行進。出発時から降り出した雨が土砂降りになりましたが、笑顔で元気に歩きました。
公園では、女性がそれぞれ発言。和田は「今日は皆さんと雨の中行進しました。被爆者は72年間歩き続けて今日この場に着きました。後戻りはできません。条約の制定まであと一歩です」と訴えました。ホワイト議長も参加、再度署名目録を渡しました。
会議での発言
19日会議再開。順調に議事が進み、発言順がやっと回ってきました。条約の案文が被爆者にとって大きな希望であること、核兵器をつくったのは人間、使ったのも人間、なくすことができるのも人間ですと述べ、拍手を頂きました。
日本被団協事務局長 木戸
これまでとは違った緊張感があります。気負わず、無理せず、精いっぱい努めたいと思います。
核兵器禁止条約が成立します。被爆から72年やっとここまできました。被爆直後に長崎で見た光景−行っても行っても何もない街と屍、水を求める人の群れ−がよみがえります。核兵器は人類と共存できない悪魔の兵器という被爆者の訴えが、世界共通の認識となり、条約に結びつきました。「ふたたび被爆者をつくるな」とたたかった先達に報告できることを喜びとします。
しかし、条約は核兵器をなくす一歩に過ぎません。核兵器保有国と同盟国、特に唯一の戦争被爆国日本の核政策を変えさせなければなりません。「ヒバクシャ国際署名」運動を世界的に成功させることが決定的です。
原爆被害への国の償い・国家補償法の制定は、核戦争を起こさない仕組みを作ることです。阻んでいるのは「戦争犠牲受忍論」です。「受忍論」の打破は、国民の命と安全を守る要求です。
核兵器なくせ、原爆被害に国の償いをと求めてきた被爆者と日本被団協。運動を維持し推進できる日本被団協を作ることは喫緊の課題です。
日本被団協活動維持募金の目標を達成し、組織の強化を図り、被爆者、支援者、国民の皆さんと力を合わせ、課題の実現に奮闘します。
参加者全員で厚労省要請
日本被団協は6月8日全国の被爆者、被爆二世ほか約80人が参加し中央行動を行ないました。内閣府、厚労省、外務省と各政党に対し、核兵器廃絶の先頭に立つこと、原爆被害への国の償い実現などを要請しました。
政党は公明、民進、共産、自由、社民、日本維新の会の各党が要請に応じ、懇談しました。地元議員への要請にも取り組みました。
NH9が全国交流会
参加者の発言で交流
6月7日午後、ホテルジュラクでノーモア・ヒバクシャ9条の会(NH9)全国交流会が開かれました。
今回のテーマは「被爆者運動と日本国憲法」。吉田一人さんが、「9条に3項を加える安倍改憲は実質的な1・2項の否定。期限を切って本丸に切り込む大博打だが、国民運動と野党共闘の広がりへの焦りでもある。国連憲章と戦争を絶対否定した日本国憲法の間には広島・長崎の体験があり、被爆者の要求の土台には平和憲法があるが、戦争する憲法になれば被爆者運動は憲法上の根拠を失う。運動と世論を広げ、仮に国会が発議しても国民投票で過半数にならない状況をつくろう」と問題提起をしました。
約40人の参加者による討議では、「お母さんのいない子が出ないですむ」「もう逃げなくていい」など、憲法が生きてくる支えであったことや、子どもや若い人たちに伝えることの大切さが語られ、はがきなどで身近なところから呼びかける行動も提起されました。
署名する村井宮城県知事
【宮城】「核兵器廃絶は国是」
村井嘉浩宮城県知事は6月9日、宮城県庁でヒバクシャ国際署名に署名しました。県の各党派議員と被爆者3人が県庁を訪れ、村井知事に要請したものです。
懇談のはじめに木村緋紗子県原爆被害者の会事務局長が署名の趣旨を説明しました。
村井知事は、「核兵器を無くすのは唯一の被爆国である日本の大きな一つの国是ではないかと思っている。全世界の全ての人類がこの署名に賛同すれば、間違いなく核兵器を無くす事が出来る。一人ひとりの署名を求める活動は非常にエネルギーがいるが、大変重要な取り組みであると考え私も署名させて頂きます」と述べ署名しました。
広島を訪れた感想を述べた後、「私も宮城県知事として皆様と力を合わせて核兵器廃絶のために汗を流したいと思っています」と決意を表明しました。
被爆者として想像していなかった村井知事からのコメントに、感激し、これを機に宮城県でもヒバクシャ国際署名が広がる事を確認しました。
(木村緋紗子)
【鳥取】「共鳴し敬意を表する」
鳥取県民の会発足会
知事の署名
ヒバクシャ国際署名、知事の署名は6月29日現在、岩手、宮城、栃木、埼玉、神奈川、長野、京都、奈良、滋賀、兵庫、鳥取、広島、香川、徳島、長崎の15人です。
熊本署名行動
熊本の、被爆者も参加して毎月続けている「核兵器廃絶6・9行動」が今年で21年目となり、今「ヒバクシャ国際署名」に取り組んでいます。
熊本市の繁華街、下通り入り口で、毎月12時半から30分間の行動に20数人が参加しています。6月6日、被爆者4人が参加し署名230筆が寄せられました。(中山高光)
日本被団協は、結成から60年、結成大会宣言「世界への挨拶」の誓い「私たちは自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おうという決意」を貫き、「ふたたび被爆者をつくるな!」「核戦争起こすな、核兵器なくせ!」「原爆被害に国の償いを!」の実現へ奮闘してきました。
人類は、いま、広島・長崎への原爆投下から72年にして、核兵器禁止条約を制定し、廃絶に向けて、新たな歴史を切り拓こうとしています。
私たちは、核兵器禁止条約の制定を心から歓迎し、核兵器廃絶が一日も早く実現することを願っています。唯一の核戦争被爆国である日本政府の責任は重大です。アメリカの拡大核抑止力(核の傘)から離脱し、非核三原則の法制化を求めます。
私たちは、原爆被害への国の償いを拒んでいるのが、すべての国民に我慢を強いる「戦争犠牲受忍論」であることを明らかにしました。受忍論に打ち克ち、日本国憲法の国民主権、基本的人権の保障、平和主義を遵守し、今を戦前にしないために奮闘します。
平均年齢80歳を超えた被爆者は人生最後の時を迎えています。被爆二世の高齢者化も進んでいます。被爆者と二・三世の病気、生活に対する苦悩・不安は尽きません。現行の原爆症認定制度の廃止、日本被団協提言の実現、被爆者に準じた二・三世施策の実現を強く求めます。
福島第一原発の事故は、6年を経過した今も、終息の目途が全く立っていません。被ばく住民の健康管理と医療、生活擁護の施策をすすめ、命と健康を守ること、原発ゼロ、原子力にたよるエネルギー政策の転換を求めます。
日本被団協は、結成60年を迎えた昨年、「被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」を発表しました。国際署名を発表した4月から1年も経たないうちに核兵器を禁止し廃絶を目指す条約づくりが国連のもとで進行しています。
ヒロシマ・ナガサキから72年、被爆者は、長い長い道のりを、原爆の障害と苦闘しながら自らの体験をもとに「ふたたび被爆者をつくるな」と訴え続けてきました。国内外の平和勢力と力をつくしてきたいま、国連で進行している条約づくりを歓迎し、確かな条約が出来ることを心から希望します。
核兵器を禁止し廃絶をめざす条約交渉は、突然の出来事ではありません。国連は、発足当初から核兵器のない世界をめざしていました。1945年10月に発足した国連は、翌年の1月、第1回国連総会をイギリスのロンドンで開きました。第1号決議「原子力委員会の設立を求める決議」は、「原子兵器および他のすべての大量破壊兵器を各国の軍備から除去するため」に、国連の安全保障理事会に勧告することを原子力委員会に求めています。第1号決議に逆行し、国連発足当時、アメリカ1国だった核兵器保有国は現在9カ国に拡散しています。
今回の国連会議に参加していない核兵器保有国および日本政府をはじめ核の傘に依存する国は、国連第1号決議の精神に立ち返り、条約交渉会議に参加し、核兵器のない世界へともに力をあわせることを強く求めます。
国際署名は、核兵器を禁止し廃絶する条約を結ぶことをすべての国に求めています。核兵器のない世界へ、2020年までに数億の署名を集めることを目指しています。日本および世界のみなさんとともに核兵器のない世界へ力をつくすことを重ねて表明します。
NY女性行進
東京・渋谷ロフトナイン
東京おりづる行進
千葉街頭行動
愛知街頭行動
広島・松井市長とともに
愛媛街頭行動
鹿児島街頭行動
ヒバクシャ国際署名連絡会が呼びかけた、6月15〜18日の「ピース・ウェーブ2017」は、国内70カ所、海外17カ所で取組まれました(連絡会ホームページで紹介)。
連絡会は15日19時から東京・渋谷のライブハウス、ロフトナインでイベントを開催。若者を中心に約70人が参加し、演劇人ユニット「青い風」のパフォーマンス、Metisさん、佐々木祐滋さん、清水まなぶさんの歌、被爆者のリレートークで盛り上がりました。
各地から寄せられた報告を紹介します。
【東京】おりづる行進
東友会は、国連で開かれている核兵器禁止条約交渉会議に被爆国である日本政府の参加を求めるとともに、条約の実現を求めた運動を首都東京で強めようと、6月17日にニューヨークでおこなわれた女性行進に呼応して「おりづる行進」への参加をよびかけました。
東友会がよびかけた折り鶴は、「足が不自由なので代わりに」などのメッセージとともに4000羽を超えて寄せられ、「行進」には、東友会の28人を先頭に、女性、青年、平和団体の人びと250人が折り鶴と「核兵器禁止」「条約つくれ」「日本政府は責任果たせ」などのスローガンを掲げて、新宿駅周辺の街行く人びとにアピールしました。(村田未知子)
【千葉】駅頭で訴え
千葉県国際署名推進連絡会は6月17日13時30分から、被爆者12人を含む12団体49人が参加してJR船橋駅北口で街頭行動を行ないました。翌日が船橋市長選挙の投票日のため、候補者名を連呼している選挙カーと交渉して30分だけ譲ってもらいリレートークで訴えました。その後も行動を続け、1時間で124筆の署名とカンパが寄せられました。(児玉三智子)
【愛知】2カ所で行動
6月17日、午前はノーモア・ヒバクシャ愛知訴訟原告の高井ツタエさんはじめ愛友会女性グループが金山総合駅北口で、午後は愛友会男性グループが栄で国際署名を訴えました。わざわざ歩み寄って話をしてくださる方もいて、2カ所で約100筆が集まりました。
愛知では「ヒバクシャ国際署名を進める愛知県民の会」結成準備をすすめており、7月30日に結成集会を開催することにしています。(愛友会)
【広島】松井市長とともに
6月1日、広島の被爆者7団体と県生協連、生協ひろしま、広島YMCA、県原水禁、県原水協、広島合唱団など約40人が参加して広島市元安橋で街頭署名行動を行ないました。この日は松井一實広島市長が共に街頭に立って市民に訴え(写真中央)、午前11時からの30分間で310筆の署名が寄せられました。
(前田耕一郎)
【愛媛】歌声響かせ
6月18日、愛媛県松山市では県原爆被害者の会が、原水禁、原水協などの協力を得て署名に取り組みました。被爆者7人(最高齢89歳、平均年齢81歳)を含む38人が参加し、1時間弱で115筆の署名を得ました。
松山市の繁華街・伊予鉄道ターミナル駅の前でカラフルな横断幕と旗2本を掲げ、被爆写真パネルを11枚掲示して開始。うたごえ協議会のみなさんによる平和の歌声を響かせながら、県原爆被害者の会が作成したビラ配布もしました。またハンドマイクで参加者がそれぞれの思いを語り、署名を呼びかけました。
訴えを聞いた方からは署名だけでなくカンパも寄せられました。
(松浦秀人)
【長崎】二世の会が共催しパネル展
6月17日と18日、JR長与駅のコミュニティホールで原爆写真パネル展を「被災協・被爆二世の会・長崎」と「ヒバクシャ国際署名をすすめる長崎県民の会」共催で行ないました。被爆者が来場者に被爆の実相を語り、対話ができました。ヒバクシャ国際署名の用紙を会場に置き、2日間で127筆集まりました。
18日16時〜17時、長崎市浜の町浜クロス前で街頭宣伝を行ないました。約30人の参加で318筆の署名が寄せられました。20歳くらいの男性が飛び入りで30分間、署名用紙の画板を持って一緒に訴えてくれました。
(長崎県民の会)
【鹿児島】実相訴え
鹿児島市天文館アーケード入口で6月17日、鹿児島県被爆協と鹿児島県原水協など15団体約40人が参加して街頭行動を行ないました。
ヒバクシャ国際署名の意義や核兵器廃絶の必要性をリレートークし、合唱団風の皆さんの演奏、「原爆と人間」パネルも展示し実相を訴えながらの署名活動でした。14時からの1時間で160筆の署名が集まりました。
(大山正一)
代表理事 箕牧智之
(左から)和田さん、箕牧さん、高草木さん、中満上級代表、土田さん
6月14日、和田征子事務局次長と成田空港を発ち、初日(16日)から国連の核兵器禁止条約交渉会議を傍聴することができました。2日目午前の会議終了後すぐ、署名を被爆者からホワイト議長に手渡すという劇的な場面が実現。私は胸を熱くし思わずツルバッジをホワイト議長に渡しました。議長はすぐに胸につけ「お体を大切に」と励まされました。
午後、国連の31階にある中満上級代表の事務所に行き、原水協の高草木さん土田さんと和田さん私の4人でお話しすることができました。8月6日にぜひ再び広島にお出でくださいと申し上げると、上司と相談し招待いただければ行きたいと述べられました。
17日は土砂降りのなかを行進、18日は教会で証言、19日は夕方から雨の中をヨハネ大聖堂で和田さんと証言しました。
応援してくださった地元北広島町の被爆者の皆さん、クラウドファンディングのみなさん、現地の通訳等々厚く御礼申し上げます。
札幌市で5月28日、被爆二世プラスの会北海道(略称・二世プラスの会)が結成されました(写真)。結成総会の冒頭、帯広の土谷節子さんが母の被爆体験を語り、「生きている限り訴え続け平和を未来につなげたい」と話しました。二世アンケートの結果報告、会の組織と活動について提案があり、全員の拍手で会の結成を確認しました。
昨年10月から会結成について検討してきた結果@被爆体験を学び継承する A二世としての健康不安や要求を語り合い、行政に対応を要望する B他の被ばく問題ともかかわらせ、広い視点で考える C核兵器廃絶に向けて取り組む、ことなどを目的に、被爆二世、広義の被爆二世(原爆被害者の子)、被爆者・被爆二世に思いを寄せる人びとによって結成。被爆者が背負ってきた課題の継承は被爆二世だけの問題ではない、と「プラスの会」としました。被爆二世12人を含む30人余でのスタートです。
当面、7月の原爆展を被爆者協会と一緒に取り組む、「シリーズ・ゆっくり聞こう被爆体験」(仮題)を青年とともに開こう、などと話し合っています。(北明邦雄)
【問】私は爆心地から1・8キロの屋内で被爆しました。子どもの頃は元気でしたが、30年前から心臓疾患を指摘され治療を続けてきました。
心臓病でも原爆症認定があるとのことで、この度申請しましたが却下されました。主治医の意見書は「肥大性心筋症」と「心房細動」でした。この病名ではダメなのでしょうか。
* * *
【答】2013年に改訂された厚労省の「新しい審査の方針」では、疾病ごとに被爆条件が提示され、その条件に該当する場合に「積極的に認定する」とされています。
あなたの場合、「被爆地点が爆心地より約2・0q以内である者」に該当しますが、心臓病で認められている病名は「心筋梗塞」のみなので、却下されたと思います。
原爆症の認定には更に「現に医療を要する状態であること(要医療性)」が条件となります。
心臓病での原爆症認定は「心筋梗塞」のみであることなどを主治医に話して、今後の相談をされたらいかがでしょうか。
石川県原爆被災者友の会は、石川県内の7人の被爆者の証言を記録したDVD「この空を見上げて〜石川・被爆者たちの証言」を発行しました。
県内の被爆者は今、81人、平均年齢83歳となりました。被爆による後障害も加わってだんだん語る力をなくしています。会では県内の被爆者に呼びかけて3年前から収録を進めてきましたが、DVD化が慰霊事業として認められ、補助金を得てこの度完成しました。
全部で90分ですが、4部構成とし、時間や目的、対象者の年齢に応じて選択できるよう工夫しました。7人の証言映像のほか、実話をもとにした物語「タミちゃんの8月6日」の朗読も収録。教育の場で活用してもらおうと、県内すべての小学校、中学校、高校、大学、図書館と自治体に寄贈します。平和のための大きな力になると確信しています。(西本多美子)
昨年12月5〜8日の日本被団協結成60年沖縄交流ツアー報告集『命どぅ宝 沖縄とむすび戦争「受忍」政策を問う』が出来上がりました。
ツアー参加者のみでなく多くの人にツアーでの学びと感動を共有してもらおうと、シンポジウムの概要を中心に編集しました。「原爆被害者の基本要求」や「沖縄戦と原爆被害者(問題)をめぐる略年表」など、シンポジウムで配布された資料も多数収録し、巻末には関連資料として各社報道記事も。民間人の戦争被害とは、戦争被害への国家補償とは、を学ぶことができる1冊です。
A4版、カラーグラビア4ページ、本文92ページ、頒価1部1000円(送料別)。申し込みは日本被団協事務局へ。