2001年 Photo&Poem特集 No.5 

   9 月 号




















































夕立に浮く
                     織部夕紀




溺れる夢から醒めたあとも

まるで浮かばない

気怠さの漂う真昼の池に

沈んでゆくばかりの身体

どろどろの草になる



あのとき見た蝉は

生きていたのだろうか

蟻がたかる羽根は

動いていたのだろうか

穴の空いた身体が

紙切れのようにそよぐ

触れて

確かめてもいないから

・・・

生きていたのかも知れない

死ぬということは

どうしても

悲しすぎる



夕立に流されてゆく蝉を見失い

池のほとりで

指先を伝い

流されてゆく泥でさえも

愛おしく見つめる



夕立のあとの

最初の光を

あの蝉はもう

見ることもないのだろうか



夜に浮かびながら

三日月を見る

風が乾いた声を運んでくる















作者のHP http://www.asahi-net.or.jp/~nk3y-tnb/









チンダルのはしご
                       
くた



僕が見ているのは

雲から降ろされるチンダルのはしご

そして今

僕が思っているのは



あれはいつのことだったろう

薄暗い部屋の中
光のはしごがすうっとかけられ
それは
雨戸の隙間から漏れていて
僕はふとんから起き出て
手を翳した
掴むことはできない
ああ それでも
光に触れることができる
また手を翳して
塵に降る光を奪ってみたり
口を開いて飲み込んでみたり

バタン
と玄関の閉る音
「あら起きてたのね」
という声
「おにいちゃんは病院にお泊まり」
という声
雨戸は開け放たれ
光のはしごは溶けてなくなった
眩しさ


あれは

初めて親父と見にいった映画
難しくてなんの話か判らなかった
それも4時間もかかる長篇映画
休憩時間の後でフィルムの動きが悪くなり
とうとう途中で切れてしまい
観客はみな映写室を睨んだ

数分後
フィルムは回り始め
観客の安堵の響きの中
僕は
映写機からスクリーンに降りる
光のはしごを凝視した
「おい」という後ろからの声に
知らずに伸ばされていた
手を引っ込めた


あれは  
 
まだ中学校の規則が厳しく
ゲームコーナーが日陰の場所に在った頃
幾何学模様に動くものを
皆が取り囲んで見ていた
煙草の臭いも騒がしいのも好きではなかった
けれどそこは落ち着く
真っ黒のビロードの裂け目から漏れて来る
光のはしごを見るために

そのはしごのかかる椅子に座り
友達には気付かないように
左手で光を浴びた塵を
掴んだり離したりしていたことを
いつも店のレジの横に座り
自分の孫達を見るような目をしていた
銀歯だらけの婆ちゃんは気付いていた
そして微かに笑った

不思議かい
それは君のノートが
白く見えているのと同じことなんだよ

そしてまた微かに笑った

つまらないかい
でも君が大切にしてきたこととそのはしごと
どっちが確かなことなんだろう



そして今

僕が見ているのは 

雲から降ろされるチンダルのはしご











作者のHP http://www.hamq.jp/i.cfm?i=kuta






























大空〈おおぞら〉
                 榎本 初




 すると彼は言ったんだ
  彼は空になるんだって

   僕は 子どもの頃
   空を飛びたいなって
   思ってた
   両腕が大きな翼となって
   その翼を限りなく広げて
   青い空を
   いっぱいいっぱい
   翔け廻るんだ

   空が大好きだった

   大人になった今
   僕は 空を飛べないでいる

 そんなことを 僕は彼に話した

 すると彼は言ったんだ
  彼は空になるんだって

  空自身は飛べないんだ
  でも
  空はすべてを抱いている

  泣き虫だった子どもの頃の彼
  彼女と喧嘩した昨日の僕
  誕生日プレゼントをたくさんもらった妹
  いつも気丈で朗らかな母
  栄養ドリンクを手に連日残業の父
  黄昏時に魔法の指を披露するレジのおばちゃん
  朝の闇を突き抜けていく新聞配達のおっちゃん
  会社のパソコンで隠れてネットを楽しむOL
  休日お気に入りのレコード屋に足を運ぶ青年
  海岸で桜貝を拾う恋人たち
  異国の草原で太陽と戯れる少年
  イルカの抱擁に心を癒す少女

  空はみんなを抱いている
  だから
  空自身は飛ばないんだ  

  空を飛ぼうなんて
  たいした望みを持たない者の言葉に過ぎない
  それでも飛びたいと言うのかい

 空は すべてを閉じていた
 空には すべてが開かれていた











作者のHP http://www1.gateway.ne.jp/~well/


ススキ
           yk




伸びやかな少女の姿形のように

空に向かってすっきりと立ち並ぶススキの穂

ただそれだけで・・・

あたりに秋が現れる



ススキは秋の道標(みちしるべ)

夏から秋への移ろいに

それは

冬まで続く一筋の時の道を

ともし出す



いまはまだ赤茶けた若々しい髪のようだが

しだいしだいに柔らかさと円熟味を帯び

やがて 純白の雲のような輝きをゆらしながら

秋の終焉(おわり)の空を渡る



ススキは秋の道標(みちしるべ)

そして 秋それ自身もまた

人の道を示す生の鑑(かがみ)



山百合の花も今はなく

うすれ行く夏の記憶とすれちがいざまに

ススキはいま 旅立ちの基地を

おもいっきりよく空に掲げる 





















 











全ての先に全て
                       加藤




僕は投げかける

私は問いかける

生きて在る事について

生きて行く道について

僕は雲を駈ける

私は空を引き寄せる

全ての先に全て

またその先に全て

尽きることの無い力

炸裂する喜びの衝撃よ

僕は唖然として僕の核を見る

呆然とする私の膝は震え

裸の魂が朝の風に吹かれている

汁っぽくて直りの悪い傷口の

汚れた包帯を替えてもらう時みたいに

痛くて恐くて

とても清々しい
















  作者のHP http://www.f4.dion.ne.jp/~hermit/











                  
 瑞樹純一 



夏からの想いが滑り込むように秋桜を咲かせた

葉にすがるバッタの親子は必死に見え

優雅に見える夕方の河原に

影絵の如く訪れる秋






作者のHP http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/9471/index.html





















コスモス・ステーション
                             かのっぴ




不思議な名前の花たち

全宇宙の名を持つ花たち

その名に似合わず愛らしく

その名の通り美しく整っている

飾らない素直さと明るさで

語りかけるように咲く花たち



そんな花たちに挟まれた

草の軌道敷を僕は歩く

カオスの駅の時間の流れが

刻まれたままの歩き方で

カオスの世界を解釈するための

恐ろしく複雑な暗号を頭に抱えて





ここにいると

複雑に絡まった心はほぐれる



ここにいると

暗号にとらわれた気持ちが和らぐ





カオスの駅とは違った時間が

刻むリズムに心を溶かして

カオスの駅に折り返す時刻など

忘れてしまったままでいい

ここにいて素直になれた

僕のままでもう少しいたい



桃色のプラットフォームの

コスモス・ステーションで




























秋空のコラージュ
                        夜行星
 



いつのまにか

すっかり高くなったきみの空を

足早に流れ去る白い影は

にこやかな夏の面影には程遠く

あんなにも近かった

きみの声は

蝉時雨のように消えてしまった

 

ぼくの季節はいったい

いつから止まっていたんだろう

気がつくと川辺りの公園

コスモスが咲き乱れて

風が秋の匂いを

ほら

こんなにも楽しげに運んでくるよ

 

きみのいない

かたわらのベンチに

そっと腰掛けなおして

見上げてみる

秋空のコラージュ

 

まぶたの裏のキャンバス

きみへの想い

いくつも貼り付けて















作者のHP http://homepage1.nifty.com/yakousei/










風の水彩画
                織部夕紀




新しい季節へと向かう日の

穏やかな午後

懐かしく美しい時は

この道の遙か遠く

後ろの方で

私を呼んでいるよう



いやそれは

まだ出会えぬ

未来の出来事のようにも思えて

木陰に佇む風を

抱えこむようにして待っている

すると

木漏れ日の緑

まばゆい光の風景が

素早いタッチで描かれて

一枚の水彩画になる

風の筆で



自転車の後ろに乗せられた

色白の男の子が

散歩中の犬を見つめている

その瞳も















作者のHP http://www.asahi-net.or.jp/~nk3y-tnb/









柔らかな影

                 nonya




本日は

絶好の洗濯日和



見上げる雲は

穏やかな光に浸されて



へたくそな君のハミングが

靴下とシャツの森で揺れる



色とりどりの洗濯バサミが

タオルと枕カバーの尾根で咲く



優しく溶けた空と

ピンクのサンダルの間で



すっかりくつろいだ

洗いたての白いシーツに



小さな君の影絵が映っているのを

ぼんやり眺めていたら



柔らかな影のパントマイムに

アカトンボがとまった



秋の吐息に促されて

僕は思わず眉を開いた

















  作者のHP http://www.interq.or.jp/rock/nonya/index.html








毬 栗(イガグリ)
                   yk




何かに覗き込まれているような気配を感じて

ふと見上げると

晴れ渡った青空の中に毬栗(イガグリ)が5、6個



私は失笑を禁じ得なかった

あまりにもそれが

かつての彼らの雰囲気に似ていたからである



思えばイガグリがイガグリを採りあさっていたのだった



当時のこどもたちは主に未熟な栗を生で食べた

指先に付いた渋皮の粘液や針のようなトゲの痛さは忘れがたい



その日の収穫の分け前はいわゆる山分けにじゃんけん

さまざまな秋の夕景の美があたりを取り巻いていたはずだが

そんなことは全く眼中になかった



あのころの私たちの魂がそこに隠れているような気がして

顔ぶれを確かめるようにイガグリのひとつひとつと再会した

坊主頭の感触とイガの痛さを思い出しながら












 








秋 空
            銀色





夕暮れの空をベランダから眺めてみた。

少し空が高くて、

こころもち空気が涼しくて、

秋に近づいたと体感する。



あまり季節を意識しなくなってから、

どのくらい経ったのかと指折り数えて、

途中で面倒臭くなる。

コンクリートの鳥篭は、

居心地はよいけれど退屈で。



ふと思い出した景色は、

決して美しいものでなく、

ただ、

遊具の上から見上げた空。

友達と明日の天気について話し合った。

町工場が近くにあって、

規則正しい機械の音と、

飛び去ってゆく蜻蛉の影が、

記憶の淵から顔を出す。



今、同じ空を子供達は眺めているのだろうか。

鰯雲、鱗雲。

指折り数えた運動会。




思い出の中で季節を感じている。















作者のHP http://www.rinku.zaq.ne.jp/bkacc704/

 











うろこ雲
                   葉月ゆきひろ

 
           


うろこ雲に

光が落ちていた




緑の生い茂った木々の下をくぐり

老人はゆっくりと歩いてきた

僕はおじぎをしたまま

老人がここまでくるのを待った

けれど気づけばもう

いない



いない

呆然として僕は天を仰ぐ

けれど光しかない

光に溢れ返った

青い

空しかない




とつぜん

短く鋭い鳥の鳴き声がしたかと思うと

僕は とんびの後ろ姿を目にした

雲間にゆっくりと小さくなって行く

ある 忘却




気づけば




道の真ん中に

僕は 立っていた



遠くの逃げ水には

ほむらが 昇っている
















 
Photo&Poem特集目次 
(詩の提供をご快諾下さったみなさん ありがとうございました。)
各タイトルをクリックすると、そのペ−ジに入れます。 
 
5月号
6月号
7月号
8月号
9月号
10月号
11月号
12月号
1月号
2月号
3月号
4月号
春・創作の夢とともに







HOME