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『宇宙年齢17才、イカイ少年のエレナ探し』

【8】

福原 哲郎




 人びとが月や火星に住み、多くの地球外生命体も発見されはじめた2050年代の世界。
 地球の生活も大きく変わった。人びとは、日常生活ではロボットスーツを洗練されたファッションとして愛用し、自己の分身として付き合うようになり、電脳空間では第三世代BMIシステムにより優秀な秘書ロボットを競って育て、さらには現実と異界の間を能力に応じて自由に往来できるスペーストンネルの通行技術を身につけた。その結果、コミュニケーションも、愛も、戦争も、家族も、死も、大きく変化した。

■目次

[序]
心改造ゲームがはじまった 【1】 【2】
[第1部]
【第1話】 スペーストンネル少年少女学校 【3】
【第2話】 現実(四次元時空)と異界(五次元時空) 【4】
【第3話】 ノアとアスカ 【5】
[第2部]
【第4話】 王女の夢、電脳サイト『イスタンブール』 【6】
[第3部]
【第5話】 異界の住人たち〜キベ・タナ・エレナ 【7】 【9】
【第6話】 メタトロン軍の野望と戦略 【10】
【第7話】 エックハルト軍の『ヒト宇宙化計画』 【11】
【第8話】 アトム4世〜ヒトを愛せるロボット 【12】
【第9話】 宇宙の花計画〜破壊される月 【13】
【第10話】 エリカ攻撃と、イカイとエダの情報戦争 【14】
【第11話】 ノア、脳回路を使い分ける 【15】
【第12話】 電脳恋愛の光と影 【16】
【第13話】 大家族の出現 【17】【18】


3 異界の住人A〜タナ

 同じように、ある日、僕がスペーストンネルの「境界」で遊んでいたら、どう見てもこの世の人間とは思えないタナに出会った。それは、タナが生きた人間とは違う雰囲気をもっていたし、スペーストンネルの内部では僕たちの影ができるが、タナにはそれがなかったからだ。影が映らない存在なんてバンパイアとか死んだ人間とか、要するにこの世のものではない存在だ。
 でも、よく見ると、タナは、翼竜と同じように、僕の夢によく出てくる少年だった。僕は夢の中でタナを知っていた。この調子でいけば、僕はもうすぐ翼竜にも会えるのかも知れない。
 タナは以前、夢の中に出てきて、僕が探していた本がパリの国立図書館にあることを教えてくれた。仕事のついでに試しに行ってみると、本当にそこにあった。だから僕はタナを特別な存在として信頼した。そして、別の日に古い写真集を見ていたら、タナが載っていた。何と、タナはこの記録によれば1850年にチェコスロバキアのプラハで死んでいた。タナは19世紀の実在の人物だったのだ。当然、僕は、大変に驚いた。そして、それ以来、僕は死者の世界の存在を信じるようになった。僕だけではなく、こんな経験をすれば、誰だって信じるしかなくなるだろう。
 僕がタナに出会った日は、タナの方で用事があるということで、僕に会いにきたという。17才で死んで以来、年齢はそのままで止まっているそうだ。そして、プラハで有名な人形使いの弟子をしていたそうだ。その職業のせいもあり、スペースチューブロボットやネットロボットを人間の分身として操る僕たちの仕事に興味があったという。そういえば、僕がパリの国立図書館で探した本も、西洋の人形についての文献だった。
 そして、何の用事かを聞いて、僕はもっと驚いた。タナが、僕が大学生の時に死に別れになった恋人・メグミのところに案内するという。タナは僕の心の秘密も知っていたのだ。

 実は、僕には大きな負い目があった。当時僕と彼女は、大学四年生になったばかりで同じ文化人類学科に所属し、恋人同士だった。彼女は奔放な性格で、アタマもよく、おまけに美人だったので人気があった。ある日、僕は教室で、僕を見つめるつよい視線を感じた。振り向くと、隅の方にメグミが坐っていて、僕をじっと見ていた。僕は彼女のその目にすっかり魅了されてしまった。後で聞いたら、ただ僕が気になったのだという。それが僕たちの出会いだった。メグミも夢の話しが大好きなことがわかり、僕たちはすぐに仲良くなり、毎日一緒にいるようになった。ある日、僕は彼女に、アフリカのブードゥー教や呪術について詳しい先生を知っていたら教えてと頼まれた。そのテーマで卒業論文を書きたいという。それで、それが僕の好きな分野の一つでもあったので、お世話になっている少し変わり者の別の大学の年配の教授を紹介した。しかし、よせばよかったのだ。
 その後、まさかと思ったけど、彼女はその教授ともつき合うようになってしまったからだ。時々、フィールドワークと称し、彼女と教授は国内だけではなく海外の旅行にも一緒に出かけていた。はじめは変人と思っていただけなのに、奇妙な魅力を感じるようになり、教授の好意を拒否できなかったと彼女は言った。教授が誘い、彼女が受け入れたのだ。寝るなんて、肉体関係まで結ぶなんて、信じられない。当然、僕ははげしく嫉妬し、教授との関係に大反対したが、彼女の心を変えることはできなかった。僕も教授を特別に面白い人と思っていたので、彼女の前では教授が年配であることしか否定する理由がなかった。しかし、僕がそれを言えば言うほど、彼女も意地になった。彼女は、「年齢なんて関係ないのに。同じことを考え、同じことを感じてる人が同世代にいるとは限らないわ。 違う世代でも、そういう人が見つかったら貴重だと思う。私にはそういう人も大切だわ。先生は、口だけ立派で現実は保守的な大学人の他の先生たちとは違うの。自分一人で、平気で、冒険に乗り出していく。そんな先生が私を必要と言うの」と、悲しそうな顔をした。彼女は教授を尊敬しているのだ。その後、僕たちの関係は、恋人であったりなかったり、二人で一週間も僕のアパートの部屋にこもって裸で愛を確かめ合うかと思えば、1ヶ月もまるで会わなかったり、何とも曖昧な関係になり、ずるずる続いてしまった。
 悲劇は、それから5ヶ月後に起きた。メグミが死んだのだ。第一発見者の友人の話しによれば、彼女は自分のアパートで、一人で机に向かい本を読む姿勢のままで死んでいた。開かれていた本のページは僕が貸した『ブードゥー教』の「眠りについて」。彼女も眠るように死んでいた。誰に宛てた遺書もなかった。

 まさに、謎の死だ。

 そんなことがほんとうにあるのだろうか? 警察が調べたが、死因がわからないという。睡眠薬を飲んだわけでもない。何も飲んでいなかった。外傷も一切ない。自殺なのか他殺なのかもわからない。司法解剖でわかったことはただひとつ。彼女が妊娠4ヶ月だったこと。あの教授が何か仕掛けたのだろうか? 彼女は教授に殺されたのか? 教授はすでに大学を辞めていて、どこかに消えていた。僕は大学事務局や市役所で必死に調べたが、大学の教師もやめたそうで、行方はわからなかった。警察も教授を追跡することはなく、メグミの死は自然死として片付けられた。
 死んだ子供は僕の子だったのか? それともあの教授の子か? また、彼女は一体どんな思いで死んで行ったのか? 何かを一人で苦しんでいたのか? 死因がわからないので、それもまったく予想できなかった。彼女からは何の相談もなかった。僕は、ひどく苦しかった。僕は一人で置いていかれてしまった。人生でこんなショックな出来事ははじめてだった。僕は、彼女が死ぬ前の5ヶ月間、何とかつき合っていたけど、彼女と距離を取りすぎていた。彼女に、教授について僕の方から聞くのは嫌だった。教授と会った時にも、僕は彼女の話題には一切触れず、教授と彼女の関係も知らないふりをした。教授の方でも、何も言わなかった。嫌われてもいいから、もっとしつこく彼女に介入すればよかった。「何で二人の男とつき合ってるの!」と、もっと怒るべきだった。僕は耐えられないと言うべきだった。 泣いたり、喚いたりして、もっと僕の気持ちを発散すればよかった。そうすれば、もっと彼女の気持ちがわかったはずだ。彼女も僕の怒りに反応し、彼女の考えが少しはわかったはずだ。どうすればいいのか、苦しくても、解決策が見つかったかも知れない。少なくとも、死ぬなんて、こんなことにはならなかったに違いない。
 それ以来、ずっと何年も、僕は彼女のことが気になっていた。僕は、心の地獄に陥っていたのだ。自分を責める気持ちと、女性不信の思いで、ゴチャゴチャだった。僕にはどうしても、彼女がなぜ僕と教授と同時につき合うことができたのか、わからなかった。彼女はそれも自然であるかのように振舞っていた。教授とつき合うようになってからも、彼女の僕に対する態度には何も変化がなかった。相変わらず彼女は僕をつよい視線で見つめ、愛しているわと囁き続けた。僕たちのセックスも、とてもよかった。以前と何も変わらなかった。考えてみれば、これ自体すごく変なことだ。僕を以前と同じように愛していると言い、教授ともつき合い、それで僕が大混乱しているのに、彼女だけは平静のままで変わらないように見えた。彼女は、僕が傷つき、ひどく混乱していることもわかっていたのに、一体僕のことをどう思っていたのか? 彼女は、ひょっとして、二重人格者か。或いは、何か精神的病いをもっていたのか? 呪術や精神医学に関心があったのもそのためなのか? それは学問上の研究対象ではなく、自分のことだったのか? 平然としている自分を変だと思い、自分を研究対象にしていたのか? 僕には彼女の心がまるで読めなかった。彼女が自分のことをどう考えているのか、それがわからなかった。後年になり、僕がイカイという名前を使うようになり、人間の心を読むことを仕事にするようになったのも、この時の経験が大きく影響している。
 そして、僕をこの地獄から救い出してくれたのが、再会したエリカなのだ。エリカは僕の高校生の時の初恋の相手だった。しかし、すぐに別れてしまった。そのエリカに再会してはじめて、僕は愛について安心できるようになった。エリカはたくましく成長していた。そして、なぜか、会ったこともないメグミのことをよく知っている友だちのように語った。エリカはメグミについていろいろ推測してみせてくれた。僕は、どんなことでもいいから、メグミの話しが聞きたかった。エリカと話している時だけ、僕は心を落ち着けることができた。エリカの話しを何度も何度も聞いている内に、女には男にはない行動原理があることも僕にはわかってきた。
 エリカは、メグミが僕を深く愛していたことだけは間違いない、それは私も保証できる、と言ってくれた。エリカのこの確信が、僕を救った。メグミに対する疑いも、教授に対する嫉妬も、この間ずっと苦しかったことも、すべて忘れることができたからだ。メグミの愛さえ確かならそれでいい。僕がメグミを深く愛していたことも、あらためて確認できた。それで、少なくとも、単純に僕が悪いのでも彼女が悪いのでもないと思えるようになった。女性不信からも解放された。

 タナは、ずっと考えこんでいる僕をしばらく眺めていた。しばらくしてから僕に聞いた。信じられないような優しい顔をしている。
 「いまでも、メグミさんに会いたいですか?」
 「えっ、会えるの? まさか!」
 「あなたが望むなら、会えますよ」
 僕は心の底から驚いた。タナからこんな話しを聞くなんて。予想もしていなかった。
 「それはもちろんだ。僕はメグミに会いたい。謝りたい。知りたいこともある」
 「怖くないですか? 死者たちの世界ですよ」
 「怖くてもいい」
 「それならご案内できます。メグミさんから短い手紙も預かっています。いまあなたの仮想メガネに転送しますね」
 僕の仮想メガネには、ゆっくりと、一行一行、次の言葉が現れてきた。メグミの声も一緒に聞こえた。

 メグミです。
 お元気ですか?
 私は元気でやっていますよ。意外に思うかも知れませんけど。
 私はいまでもあなたを愛しています。
 あの教授とは、それほどの仲ではなかったのに、あなたには理解してもらえませんでした。
 私が悪かったけど、それが私を悲しくさせました。
 子供はもちろんあなたの子です。
 女の子。私と毎日元気に暮らしていますよ。名前はコスモス。
 あなた似で、とても可愛いわ。
 ここでは時間の流れが違うからゆっくりだけど、コスモスもやっと9歳になりました。
 女の子だからお父さんに会いたくて仕方ないみたい。
 時々お父さんに会いたいと泣いて私を困らせます。
 暗号のような地図をタナに渡したので、よければ会いにきてください。
 私もあなたに会いたくてたまらない。
 あなたに謝りたいし、私のこともわかって欲しい。
 でも、来てくれる時には、あなたの大切なエリカさんにも相談してくださいね。
 たぶん反対されないと思います。
 私は、これまでも何度もエリカさんの夢の中に行き、エリカさんとお話ししてきました。
 私とエリカさんは大の仲良し。
 あなたとエリカさんの愛がどんなか、私もよく知っていますよ。
 うらやましいと思っています。
 そして、ここに来て、ここが湿った淋しい世界ではないことを知って欲しいです。
 私がなぜ早くここに来たかったか、あなたに理解して欲しいから。
 あなたが来てくれたら、私もコスモスと一緒に動けます。


 「どうですか?」
 タナが、僕の顔を覗きこむようにして聞いた。泣いている自分を見られてももう仕方がない。僕は顔をあげてタナを見た。
 「驚いた! ほんとうなら、これほど嬉しいことはない。メグミにも子供にも会えるなんて」
 「全部ほんとうですよ。私は友だちだから、メグミさんの生活の様子もよく知っています」
 「会えることが何より嬉しいけど、どうしても聞きたいこともある。真相が何だったのかも知りたいし、僕の優柔不断だった態度も誤りたい。それに何だか向こうの様子は僕たちの想像と違うみたいだね」
 「まったく違うので、あなたも驚くと思います」
 「すぐ案内してもらえるの?」
 「いますぐはムリです。メグミさんにも準備があると思うので」
 「わかった。どれくらい待つ必要がある?」
 「2日だと思います。メグミさんのご返事を聞いてすぐにご報告します」
 「ありがとう」
 「ただし、申し訳ありませんが、それには条件があります」
 「えっ、条件があるの?」
 「功利的な条件ではありません。聞いていただけますか?」
 「どんな条件なの?」
 「メグミさんのことも関係しているのですが、私たちはいま、死者の世界の一部を現実に引っ張り出したいと考えています。あなたとメグミさんの交流が始まることが、その第一歩になります。なので、これを機会に、私たちの仕事も手伝っていただけますか?」
 「役に立つなら喜んで。でも僕が何の役に立つだろう?」
 「あなたがスペーストンネルを開発したことは、私たちの世界でも大きな話題です。それで私もスペーストンネルに来て、何度も調査しました。そして、今日、やっと、私たちの世界を出て、あなたにお会いできました。スペーストンネルは私たちの計画のためにも役立ちます」
 「一体、どんな計画なの?」
 「私たちには引越しの必要があるのです。まず、これまで疎遠だった現実との関係をスペーストンネルを通じて一部回復したい。世界の諸宗教が力を持っていた時代には、この世とあの世の交流は活発でした。しかし、現在では、そうではありません。ところが、人類はいま宇宙に出て行くことを計画しています。しかし、動物に深い愛情を示すあなたには理解してもらえると思いますが、人類とは、現実の生きた人間たちのことだけではありません。私たち死者もまた記憶のなかの人類として存在し、死者もまた夢を見ています。生きた人間たちが宇宙に行きたいと願うのは、私たちの夢にも影響されているのです。彼らが宇宙に行くなら、私たちもスペーストンネルを使って宇宙に行く必要があります。人類の進化を彼らだけに任せるわけには行きません。彼らが滅べば、私たちもその影響を受けて滅ぶことになるからです。 あなたもご存知のように、彼らの宇宙についての計画は、全体としては必ずしもよいとは言えませんので」
 「それはその通りだね。僕たちの新・国連でも、やはり昔のように、各国政府が勝手に自国中心主義の宇宙計画を打ち出すようになっているので、その調整に苦労させられる」
 「わかっていただけますか?」
 「なるほど。それでわかった。死者たちは死者たちで準備を開始したということなんだ。メグミの不思議な元気もそれに関係しているわけだ?」
 「さすがです。その通り。メグミさんは最近とても元気です。私たちはいま大移動の準備をはじめたところです。メグミさんもそのリーダーの一人です。すごい活動家ですよ。協力していただけますか?」
 「もちろん。喜んで」
 「有難うございます」
 「だって、そういうことなら、それはこちらからお願いすべき素晴らしい事業だから」

 たしかに、世界には不思議なことが起きる。ついこの間、キベに出会って驚いたばかりだ。今日はタナに出会った。そして、僕の心の闇の中を長くさまよっていたメグミとも、すぐにも再会できるという。僕は、いつ頃からか、動物だけでなく、死についても知りながら生きたいと願ってきた。そのきっかけをつくったのはメグミの死だ。そのメグミが、実際に死者の世界を案内してくれる。娘のコスモスにも会えるのだ。何と、僕には娘がいる。そしてメグミはコスモスを連れて新しい世界に引越ししようとしている。今になり、最近見た夢の意味がわかった。僕の生活がまたひとつ新しくなろうとしているのだ。


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