TOP

『宇宙年齢17才、イカイ少年のエレナ探し』

【7】

福原 哲郎




 人びとが月や火星に住み、多くの地球外生命体も発見されはじめた2050年代の世界。
 地球の生活も大きく変わった。人びとは、日常生活ではロボットスーツを洗練されたファッションとして愛用し、自己の分身として付き合うようになり、電脳空間では第三世代BMIシステムにより優秀な秘書ロボットを競って育て、さらには現実と異界の間を能力に応じて自由に往来できるスペーストンネルの通行技術を身につけた。その結果、コミュニケーションも、愛も、戦争も、家族も、死も、大きく変化した。

■目次

[序]
心改造ゲームがはじまった 【1】 【2】
[第1部]
【第1話】 スペーストンネル少年少女学校 【3】
【第2話】 現実(四次元時空)と異界(五次元時空) 【4】
【第3話】 ノアとアスカ 【5】
[第2部]
【第4話】 王女の夢、電脳サイト『イスタンブール』 【6】
[第3部]
【第5話】 異界の住人たち〜キベ・タナ・エレナ 【8】 【9】
【第6話】 メタトロン軍の野望と戦略 【10】
【第7話】 エックハルト軍の『ヒト宇宙化計画』 【11】
【第8話】 アトム4世〜ヒトを愛せるロボット 【12】
【第9話】 宇宙の花計画〜破壊される月 【13】
【第10話】 エリカ攻撃と、イカイとエダの情報戦争 【14】
【第11話】 ノア、脳回路を使い分ける 【15】
【第12話】 電脳恋愛の光と影 【16】
【第13話】 大家族の出現 【17】【18】


[第3部]

【第5話】 異界の住人たち

 僕は、また新・国連の会議の中で居眠りを始めた。退屈になると、疲れがドット出てきて、目を開けていられない。だから、会議での応答はモリスに任せ、僕は夢の中に入り、いつもの夢の続きを見る。夢の中へ。これが僕には最高の楽しみ。何よりの休息だ。

 何だろう?
 何か見える。

 僕の仮想メガネには最近いろんなものが映るようになった。それが僕の心の中の風景であることは確実だけど、実際に起きる事とどれだけリンクすることになるのか、僕にはわからない。面白い夢でも現実と関係をもたないこともしょっちゅうだし、つまらない夢が現実になることだって多い。でもそんなことは少しも構わない。大切なことは、いま僕がそれにつよく惹かれているということだ。だからその続きも見たいと思う。

 世界中の森が燃えている。
 僕の周囲も火の粉で真っ赤に染まりはじめた。
 見上げると、空を動物たちが走りまわっている。
 そこには見たこともない動物たちも混じっている。
 先頭を走っているのは、おそらく地上から早々と姿を消した種類の動物たちだ。
 翼をもつ恐竜たちもいる。
 オオカミたちもいる。
 うさぎや鹿たちもいる。
 それにしても、何てみんな元気なんだろう。
 人間たちもその中に混じって走りはじめた。
 大昔の人たちも、いまの人たちも、一緒になって。
 男も女も、ボロボロの原始服だったり、最新のスーツやドレスだったり、バラバラでおかしい。
 みんな必死に逃げ惑っているのか?
 それにしてはみんなおだやかな表情なのはなぜ?
 よく見ると、動物も人間もとても幸福そうな雰囲気だ。
 新しい引越しなのか?
 新天地が見つかったのか?
 これは痛ましい戦争や事故ではないのかも知れない。
 何か素晴らしいことが起きているのかも知れない。

 いよいよ、空では、オーロラのショーのように、何層もの空間が登場しては互いに交錯しはじめた。何がはじまるんだろう? 聴いたこともない音楽も聞こえはじめた。一つの空間ともう一つの空間は、凸の空間と凹の空間のように、幾何学的には対立する矛盾した空間に見える。そして矛盾した空間同士が一組のペアーをつくってはどこかに消えていく。何だか楽しそうだ。二人だけの世界をつくる男と女に似ている。こんな光景を見たのははじめてだ。

 美しい。
 何だろう、この懐かしい感覚は。
 しかし、懐かしい感覚がする時は注意した方がいい。
 どこか知らないところに連れて行かれたりする前兆かも知れない。
 そうやって、多くの人たちがどこかに消えてしまったことを僕は知っている。
 あれ、向うから誰か歩いてくる。
 僕に近づくたびにからだの周りにシャボン玉のようにいろんな小さな空間をつくり出して、キラキラさせている。
 僕に向かってくるから、僕に用事があるのか?
 誰?
 知ってる人?
 僕をまっすぐに見ている。
 えっ、何? 驚いた!
 彼女なの?
 彼女だ。
 僕の懐かしい人。

 僕には、すぐにわかった。何年たっても忘れない。僕を見つめる目はあの時の目と同じ。僕を惑わせてきた美しい目だ。でも、いまさら僕に何の用があると言うのだろう? 僕を捨てたのに。僕から黙って立ち去ったのに。別の男と平和な家庭を築いて子供までいるのに。

 ここで、僕の目が覚めた。この夢は、いつのもの夢とは違う。僕が見たい夢の続きではない。せつない夢だ。昔の死んだ恋人が夢の中で僕に会いに来るなんて。最近ではなかったから。不吉の知らせか。或いはよい知らせか。僕は、大きな出来事が始まる前には必ずこんな夢を見てきた。
 夢から覚めたのは、会議で僕の発言が求められ、モリスが答えることが出来ない話題になったからだ。会議は新・国連の惑星調査隊が主催している。それで僕が彼に起こされた。話題は、最近の異界の動向とその特徴について。僕が今手に入れた範囲の情報を提供せよとの、議長からの要請だった。
 僕たちの観測によれば、スペーストンネル少年少女学校の生徒たちと時を同じくして、一部の異界の子どもたちもまた、「側頭葉」を肥大化させ始めている。現在では、この情報が異界についての最大の話題になるだろう。

 膨らんだ側頭葉をもつ子供たち。

 これが、地球と宇宙の「ニュー世代」の共通の特徴となりはじめた。なぜだ? もちろん、何か大きな意味があるに違いない。僕たちは急いでその点について考えておく必要がある。
 僕たちの『ヒト宇宙化計画』では、地球再生と正しい宇宙進出は、異界の住人たちとの協同抜きには成立しないと考えている。僕たちが考える異界の住人たちとは、地球で絶滅種になった動物たち、死者たち、それと異星人の三者のことだ。まず第一に、未来への正しいステップは、過去への回想からのリターンとして与えられる。従って、その過去に属する失われた動物たちと死者たちとの関係の再構築が重要だ。第二に、宇宙には多くの異星人が存在することが確認されているわけだから、当然人間が宇宙に進出する時には、彼らとの間で綿密な利害関係の調整が必要になる。現在までの宇宙進出のほとんどが惨めな失敗に終っているのは、この利害調整を怠ったためだ。僕たちはそう考えている。
 そして、これらの異界の住人たちとの間に新しい調和関係を結ぶためのキーになる存在が、地球と異界の子供たちであるとすれば、当然僕たちは、地球の子供たちだけでなく、異界の子供たちにも注目する必要がある。
 僕たちは、僕たちが辿り着いた仮説から、スペーストンネル少年少女学校で「姿勢構築訓練」を実施してきた。その結果、一部の優秀な生徒たちが、側頭葉を肥大化させ始めた。一方で、同じ時期に、異界の子供たちの一部も側頭葉を肥大化させているという情報が入ってきたわけだ。異界の子供たちも側頭葉を? 偶然の一致か? 異界の子供たちも 「姿勢構築訓練」を始めたのか? 誰もがそこに重要な関連があると推測を始めることは自然なことだ。僕たち地球人の観点からしても、地球再生と正しい宇宙進出を可能にする動力が「膨らんだ側頭葉をもつ少年少女パワー」であるということになるなら、それは僕たちが採用した仮説の正しさを証明する事例として、まさに理に適っていることになるのだ。


1 境界

 ある日、僕がスペーストンネルで遊んでいたら、「ネットロボット=モリス」がとる姿勢に応じてスペーストンネルが微妙に変形することに気がついた。あまり微妙な変形なので、最初は気にも留めていなかった。
 しかし、よく見ていると、スペーストンネルの中には、「凸と凹のように、たがいに矛盾する二つの曲面が接続されている「境界」が生まれたり消滅したりしていることにも気がついた。この「境界」が異界への出入り口になるのではないかと、フジイ博士が暗示していた。上達すれば、スペーストンネルの中にこの「境界」をいくつも見つけることができるので、僕は注意してフジイ博士が言うことを検証してみることにした。その結果、次のことがわかってきた。
 つまり、異界の住人たちがスペーストンネルに姿を現わす時は、それぞれ独特なワープする空間を形成するために、スペーストンネルの形状を微妙に歪めるのだ。その歪みが「境界」なのだ。「境界」を介して異界の住人たちが出現するとは、何とユニークな方法だろう。そして、彼らは、優れた者ほど、独力でこの「境界」をつくり出す。その秘密が、彼らがもつ独特な「姿勢形成力」なのだ。彼らは、自分が会いに行きたい存在に応じて、自分の姿勢を変形させる。その分だけ、スペーストンネルをよけいに歪めることになるというわけだ。
 僕がこの秘密に気づいたのは、若い頃から空間の質の変化に敏感だったことと、フジイ博士がいろいろ教えてくれたからだ。人間の側でも、経験を積み、「境界」を発見できる感性を磨けば、その歪みを形成できるだけでなく、その歪みに出現する彼らとの出会いも予想できるようになる。また、その歪みの性質を判別できれば、それがどのような種類の異界の住人たちであるかも理解できるようになる。僕は、生徒たちとの姿勢形成の実験を通して、かなり詳しくその辺を分析できるようになった。それは大変にスリリングな体験だ。

 ためしに、
 僕が一つの「境界」を発見した時に、「魚の姿勢」を形成したら、
 「境界」をするりとくぐり抜けて「魚の世界」に侵入した。
 別の「境界」で「牛の姿勢」を形成したら、「牛の世界」に侵入した。


 しかも、この「境界」では、僕が人間のまま「魚」や「牛」に出会っているのではなく、僕が「魚」や「牛」に近い存在になっている。そのため、「魚」や「牛」の気持ちがダイレクトにわかる気がする。僕が、生徒たちの中でもこの点で特にノアに注目したのは、彼女が最初から同じようなことを言っていたからだ。ノアは小さい頃からスペーストンネルなしでも、その擬似的体験を繰り返していたようだ。彼女が「境界」に敏感なのは、その経験があるからだ。  したがって、また、スペーストンネルも、誰にとっても一様な通路ではないということが理解できる。スペーストンネルがネットロボットがもつ知的レベルと運動レベルに応じて形成されるため、その能力差に従い一通りではない多様なスペーストンネルの層が、ひとつのスペーストンネルの内部にも錯綜し、重なり合うことになる。つまり、ここでは、僕が体験し見るものを、同じスペーストンネルに存在する他の人間が同じように体験しているとは限らないのである。


2 異界の住人@〜キベ

 僕が、クローンサルのキベに出会ったのは、スペーストンネルの中で「サルの姿勢」をとって「サルの世界」に侵入した時だった。
 キベは7歳。動物と人間が半々。中東でもっとも再生医療が進むベイルートの大学病院で誕生したという。多分、僕の友人の病院だ。
 キベの手は人間と同じだったが、足を見ると、何と足の親指も人間の手の親指と同じだった。キベは、お母さんサルの子宮に遺伝子改良された人間の男の精子が挿入されて誕生した。いま世界の医学界でもっとも注目されている人工動物のひとつだ。しかし、昨年、突然家出したということで、話題になっていた。
 キベの話しでは、誕生に直接関係したベイルートの一人の研究者の家で6年間、試験的に「家族同様」として「教育」された後、脱出して一人でスペーストンネルに住むようになったという。その教育には感謝もしているが、人間界の価値観の押しつけのため、ガマンできなくなったという。

 僕が最初にキベに会った時、キベはすごくニコニコしていた。初対面でいきなり「あなたは僕のお母さんを知っている人でしよ? そんな気がしたから、あなたに見つかっても逃げなかった」と言われた。ニコニコしているけど、何か事情がありそうだ。僕は、キベの足の指について聞いてみた。
 「ねぇ、君の足の親指も人間の手の親指と同じだけど、どうしてか知ってる?」
 途端に、ニコニコしていたキベの顔が暗く沈んでしまった。会ったばかりなのに、まずい質問だったみたいだ。
 「詳しいことは何も知らないよ。でも、お父さんから聞いたことがある」
 「君のお父さん?」
 「僕の誕生は人間の進化の方向を占うためのもので、足も手になったら四つの手で僕がどんな新しい道具を発明するのか、知りたかったらしい。僕はお父さんのお家で、人間がつくったたくさんの道具がある部屋で毎日生活していた。それをいじって遊ぶのが僕の日課だった」
 「なるほど。これまでの道具は、二つの手と二つの足をもった人間用だから、足も手になったら、人間がつくった道具を組み合わせて、君が何か新しい種類の道具をつくり出すかも知れないね?」
 「でも、僕はそんなことに興味がない。僕はお父さんが好きじゃない。僕を利用することばかり考えていたから。それより僕をサルに戻してと頼んだのに、聞いてくれなかった」
 「それはもうできないよ」
 「でも、人間が半分とサルが半分の僕をつくるなんて、どうして人間はそんな勝手なことをするの?」
 「ごめんね。一部の人間たちが人類の進化を急いでいるんだ。それで君を誕生させてしまった」
 「だから、僕は人間が好きになれない。人類の進化なんて僕に何の関係もないよ。人間は自分たちのことしか考えてないね」
 「たしかにそうだね」
 「でも、あなたは人間なのにサルの姿になって僕に会いに来てくれた。僕はそんな人間にはじめて出会ったよ。あなたは悪い人じゃない」
 「有難う。そうだといいけどね。ところで、君にはお父さんがいたの?」
 「お家のお父さんが、僕のお父さん。そう言われてきた。でも、僕はお父さんが嫌い。お父さんのお母さんという人も、すごく優しかったけど信用できない。だから、僕は、行方不明と聞かされてきた僕のお母さんに会いたくて家出したんだ。どんな理由でお母さんがお家からいなくなったのか、自分で知りたい」
 可哀相に。キベは、お母さんがキベの誕生後にすぐ死んだことを知らされていないようだ。僕からはとても話せそうもない。
 キベの話しを聞いても、彼は人間界に奉仕するつもりはないし、動物界に所属したがっていることがよくわかる。キベは、「境界」の向こう側では人間の顔をしたサルで、こちら側ではサルの顔をした人間。できればサルの顔だけになりたいようだ。ただ、この1年はまったく現実に戻っていないため、からだが透明化を始めている。ただ、特徴は、それが僕が探していた特長なわけだが、耳の上の側頭葉を膨らませている。

 キベは、もう現実には戻りたくなく、
 完全に異界に行って純粋なサルになりたい、と泣いている。
 でもキベには、どうすればそれが出来るのか、その方法がわからない。


 キベの話しからは、キベを誕生させてしまうような一部の酷い実験も含め、動物たちが体験してきた「動物の悲惨な物語」が伝わってくる。僕としても、人間が獲得した技術の影の部分について真剣に考えざるを得ない。
 大昔、はじめは人間が動物を恐れていた。しかし、人間が道具を発明してから、その関係は一気に逆転した。人間が逆に動物を攻撃し、捕獲するようになった。そして、動物たちの支配者として君臨するようになった。
 そのこと自体、いいのかわるいのか、僕にはわからない。弱いものが強いものに勝つための方法を生み出すことが悪いとは思えないからだ。ただ、最近の100年において、人間が自己の罪として認識しはじめた地上の生態系の破壊とは、まさにこの瞬間から始まったのだ。この問題は複雑で、簡単に解決できるとは思えない。
 人間は、自分たちの種の維持と発展のために、動物たちを過剰に殺して食べはじめ、結果的に生態系を破壊することになった。動物には生態系を破壊することなどはできない。その中におとなしく納まっているだけだ。人間だけが生態系を破壊する。そして、いつ、人間は、自分たちの人口の過剰を意識し、悩むようになったのか? それはせいぜいこの100年や200年のことにすぎない。それまでは何の反省もしていない。現在の地上の人口は100億人。このような人口の過剰こそ、地球環境破壊の最大の原因の一つとして数えられている。
 しかし、人口爆発の原因は何なのか? もちろん、動物の過剰な摂取だけがその理由ではないだろう。全体としては、必要な生存環境が整ったことによっているわけだ。しかし、その大きな一因であることも明らかだ。動物の過剰な摂取が過剰に性欲を刺激することに結びついていることは、誰にも想像しやすい。世界には、性欲を抑えるための肉食を禁じる風習や宗教もたくさんある。そして、現在、地上には、先進国を中心に、動物の肉を食べすぎて「肥満大国」に苦しむ国がいくつも現れている。「倫理」と言うなら、これほど「倫理」に反することはないだろう。先進国には肥満の人間が溢れ、アフリカはいまだ病気と飢餓に苦しみ栄養失調の子供たちが毎日たくさん死んでいる。「倫理」を重要視するキリスト教を中心とする国にこの「肥満大国」が多いことは、何とも皮肉なことだ。僕自身は、いわゆる「食べすぎる身体」が、人口爆発と地球環境破壊の真の犯人ではないかと考えている。
 そうだとすれば、人間も動物たちと同様に、生態系の内部でおとなしくしていた方がよかったのではないか? そうすれば人間はもっと動物に食べられ、異常繁殖することもなかったかも知れない。人間は技術の力を、動物への攻撃力として使うのではなく、過敏すぎる恐怖心を克服したり、食べられても痛くないと感じる新しい方法を開発すべきだったかも知れない。動物は自分が他の動物に食べられる時、苦痛を感じることなく死ぬために、エンドルフィンなどを分泌する。人間もこういう分泌物を開発すべきだったのではないか?
 動物から見ても、その時が大きな分岐点になったのではないか? それ以前は同じ生態系を構成する仲間のようだった人間という存在が、ある日突然独立宣言をして、勝手に生態系を離脱してしまった。いままで見たこともない武器を携えて、自分たちを攻撃するようになったのだ。何も知らないうちに、攻撃する側からされる側へ、立場が逆転した。
 その時、動物たちはどう感じただろうか? いま動物たちは何を望んでいるだろうか? 動物と人間の関係はどうあればいいのだろう? この点について僕がキベにいくら聞いても、はっきりした答えは返ってこない。キベはしきりに「わからない」と言う。しかし、いつもはニコニコして快活にふるまっているキベが、その時だけ悲しそうな顔をすることも事実なのだ。キベはまだ子供だから言葉では言えなくても、半分動物として、半分人間として、独特な立場の表明ができるのではないか。少なくても、キベには「ある思い」があるようだ。

 それにしても、僕はキベに出会うことで、人間が動物に対してもつ負の遺産を知った。そして、動物の「心」と交流するには僕もその動物と同じ姿勢をとる必要があるという、面白い事実も確認できた。だから、その姿勢を取れば、スペーストンネルの「境界」が発生している場所で、彼らに出会えるわけだ。それは、有史以来の動物史を、「姿勢の創造」により辿る旅である。僕の夢には、なぜいつも翼のある恐竜が出てくるのか? それも少しわかってきた。翼のある恐竜が、おそらく僕にとっては動物の進化の新しい方向を暗示する存在なのだ。
 僕が尊敬する自閉症の動物学者テンプル・グランディンによれば、人類進化のために最大に貢献した動物はオオカミではないかと言う。その理由は、内向するクセがあった人間に生存に必要な社会生活の方法を教えたのがオオカミであったこと、また、オオカミを飼っていた原始人だけが存続し、飼っていなかったネアンデルタール人は絶滅しているからだ。しかし、最大の恩人だったかも知れないそのオオカミもいま、絶滅種として、ほとんど地上から姿を消そうとしている。
 僕は、キベともっと仲良くなりたい。僕がキベの悲しみを取り除くことは出来ないが、キベが人間界と動物界に対して新しい架け橋の仕事を果たせる立場にあることだけは、ちゃんと伝えることができる。それでキベが喜ぶかどうかは、僕にはまだわからないけど。


TOP HOME


all rights reserved. copyright@tokyo space dance 2012