『宇宙年齢17才、イカイ少年のエレナ探し』人びとが月や火星に住み、多くの地球外生命体も発見されはじめた2050年代の世界。 地球の生活も大きく変わった。人びとは、日常生活ではロボットスーツを洗練されたファッションとして愛用し、自己の分身として付き合うようになり、電脳空間では第三世代BMIシステムにより優秀な秘書ロボットを競って育て、さらには現実と異界の間を能力に応じて自由に往来できるスペーストンネルの通行技術を身につけた。その結果、コミュニケーションも、愛も、戦争も、家族も、死も、大きく変化した。 2051年10月24日、東京。 早朝のNHKによる臨時ニュースは、恐るべき内容を告げていた。いよいよ来るべきものが来たと、私は感じた。月居住地域が何者かの連続した核攻撃で破壊され、月はその体積を10分の1減らし、月住民の半数の100万人が死亡したのだ。まさに青天霹靂。大惨事だ。 そして、地球が汚染される速度も早まった。月からの引力が弱まったことで、地球環境はさらに激変し、陸地と海の分布が更に大きく変化しはじめた。南半球の陸地が海に沈んで大幅に減少し、北半球の新しい陸地が顔を出しはじめた。南の島々は完全に海に沈んだし、グリーンランドの氷も溶けて新しい緑の大地になった。大気汚染はひどく、人びとはもう全身を保護するロボットスーツを着用しなければ外出できない。しかも、家の中にいても安心できない。地球の重力環境自体が変化しており、震度2程度の地震が地球全域で不断に続くようになり、立つ・坐る・寝るという人間の基本的動作を確保することさえ不安定になってしまったからだ。妊娠中の女性たちも大変で、母胎の羊水がつねに揺れているため、赤ん坊にも悪い影響が出るのではないかと懸念されはじめた。静止という状態が困難になったため、ふつうの人びとの精神状態も根本的に不安定になりはじめた。 そして、ついに、民族紛争の激化に加え、環境破壊を巡る「先進国×後進国」の新しい戦争が勃発した。人間の憎み合いがまた増えた。アフリカ連合・アジア連合・南アメリカ連合から構成されたいわゆる後進国によれば、環境の激変は先進国の責任である。しかし、ヨーロッパ・アメリカを中心とした先進国はその非を認めない。あくまで共同責任という形で環境保全対策を主張し、大国に有利な大国主導主義を決して放棄しなかったからだ。 大国主導主義は、宇宙政策でも同様であり、アメリカを先頭にロシア・ヨーロッパ・中国・インド・ブラジル等の数ヶ国の大国は、新・国連による国際協調による宇宙政策を実質的に無視し、独自の利己的な宇宙政策を実施しており、宇宙の覇権を握ろうと互いに挑発行為をくり返している。そこに、長年の大国主導主義への怒りに燃える中東が台頭し、イランやシリアをはじめとする複数のアラブ諸国主導による「中東×世界」の新しい中東戦争も勃発した。人間の兵士に替わるロボット兵士が大量に登場し、人工衛星への核搭載による宇宙軍拡競争に、イスラム過激主義のテロリストたちも参入した。月居住地域への核攻撃も、これらのテロリストたちの仕業ではないかと推測されている。たぶん、その通りだろう。そして、次のターゲットは、既に地球住民に対して独立宣言を出し、独自の 居住と独自の文明開発を始めている火星ではないかと、世界中で噂されるようになった。 しかし、私は知っている。火星に対する攻撃だけは、いかなる勢力によっても成功するはずがないことを。 いずれにしても、このような非常事態において、一般の人びとはどうしたのか? 彼らの大半は、これらの戦争の拡大に絶望し、世界中に普及したBMI−Xシステムを使って電脳世界に退避し、そこでやっと人間らしい幸福を取り戻すことができた。現在の2050年代の電脳世界は、立ち上がったばかりの2010年代の電脳世界とは、そのリアリティのレベルがまるで違う。以前は子ども騙しのおもちゃの世界だった。あくまで現実世界に対する仮の幻想世界に過ぎず、それがもたらす感覚もあくまでバーチャルなものでしかなく、たかが知れていた。しかし、現在ではこの点が大きく変化した。脳を最大に活性化させ、限りなく現実に近い実感を体験でき、しかも電脳世界での動きが現実世界とリンクしていることを明瞭に感じとることが出来るから、電脳世界に籠っていても孤独ではない。この点が大きく変化した。電脳世界もまさに進化したのだ。 中でも電脳サイト『イスタンブール』では、そのリアリティのレベルと、現実とのリンクの仕方が飛びぬけていた。優秀な技術者たちが構築したに違いない。そこでは、一人の王女が君臨し、公称では10億人の会員を擁していた。そこはまるで一つの国家だ。新しい憲法が宣布され、新しい宗教と文化が興され、会員の病気は根治され、待望されていた平和が実現され、世界中の人びとの憧れを独占していた。それにつれて、現実のイスタンブールもトルコから独立し、バチカンのような都市国家になった。イスタンブールは、昔からの文化・経済の大交流地点だったという利点をうまく利用し、予想もしなかった新しい発展をはじめたのだ。 私の国の日本でも文化的風土が大きく変わり、伝統的な仏教的・神道的思想にイスラム的なものが混じってきた。それがまた人びとの精神生活を不安定なものに変えた。大人たちは、現状に絶望し、ノスタルジーに駆られ、日本で、また世界中で、電脳世界にそれぞれの昔の「よき日の風景」を再現し、逃避した。 このような大人たちに影響され、世界中の子供たちもまた、夢を失い、生きる活力と想像力を喪失し、地球はここに重大な危機を迎えた。子供たちには、現実の生活が重要であり、まず生きるべき世界は現実世界であるからだ。電脳サイト『イスタンブール』を含め、電脳世界のリアリティがどれほど向上しようと、それを喜ぶのは大人たちだけであり、子どもたちではない。子どもたちには、電脳世界はあくまでも夢の世界のうちのひとつであればよかったからだ。 私の名前は斉藤テツロ。42才。私は、表向きには、電脳世界の中を動きまわるネットロボットを活用した事業を経営している。ネット上の国家を構築することが私の公の仕事だ。しかし、裏ではアメリカ国防総省の某研究所で脳科学者として働いている。理由があってそれは秘密だ。裏の世界での私の渾名は「脳さらい」。昔からの友人の原アレノにだけは、仕事上の関係があり、話してある。しかし彼にも守秘義務があり、私の秘密を表にもらすことはない。 私のような仕事をうまくこなしていくためには、ネットの最前線に注意しているだけでなく、脳科学や生命科学を含めた科学の最前線への注意が必要だし、それだけでなく、私自身が常に新しい刺激に満ちた冒険をし、好奇心のアンテナを全開にしておく必要がある。私が好奇心を失った時が、私が仕事をやめる時だ。私はそのためには何でもやってみるタイプだ。それで、新しい種探しをはじめた時、電脳サイト『イスタンブール』の噂を聞いた。3年前にオープンしたばかりなのに、全く信じられないスピードで会員を増やしている。なぜだ? 何と現在の会員は10億人という。地球の人口はいま100億人だから、その10分の1だ。それで急に世界的に有名になったのだ。さっそく私もアクセスし、自分のアバターを取得し、出かけてみた。同業者なのですんなり入れるとは思っていなかったが、なぜか何の障害もなく通過できた。『イスタンブール』の内部を自由に飛び回ることもできた。そして、正直、驚いた。次第に魔法にかかったような感覚がしたからだ。 たしかに、脳科学者という専門の立場から見ても、魔術的恋愛・心交換ゲーム・惑星旅行・情報戦争など、コンテンツも脳科学を含む最新科学の成果を取り入れた目新しいものばかりだ。しかし、何よりも王女と渾名されているこのサイトの若き女経営者・アマが怪しくて、ユニークだ。ふつうは、サイトの経営者は奥に引っ込んで会員の前に姿を見せないものだ。しかし、このサイトは違う。まるで会員の悩み事はすべて私が引き受けますという感じで、アマが表に登場している。しかも、まさに若く美しい王女の風格だ。巫女のような多くの若い女たちをアシスタントとして側に従えている。この巫女たちも飾りではなく、妖しさと威厳を備え、巫女としての力があるそうだ。ここは神殿なのか? アマは日本の天照大神か、或いは卑弥呼か? アマという風変わりな名前は天照大神から取ったのかも知れない。 そして、私が最も驚いたのは、巫女たちの中に、10年前にイスタンブールで死に別れた私の恋人のフミカとそっくりの女を発見したからだ。機会をみて話しかけてみると、何と、彼女の名前も同じフミカ。彼女が、私に、「私はフミカよ」と、少し神懸ったうつろな声で言ったのだ。年齢もフミカが死んだ時と同じ27才。そして、彼女も私のことを覚えていると言う。 「なぜかしら? 私は、昔、あなたの恋人だった。だから、あなたを待っていた」と、たしかに言った。 えっ、どういうことだ? 本当だろうか? ここではフミカが復活しているのか? 彼女も日本人なのか? たしかに、トルコ人の中には日本人とそっくりな女が時々いる。日本人とトルコ人は同じモンゴリアンの系譜をもつからだそうだ。 それにしても、本当に私の恋人だったのか? さすがの私でも、そんなことが簡単に信じられるわけがない。最近、私の脳は誰かに不正に侵入されただろうか? そのために私は、この女にフミカの幻影を重ねて見ているのだろうか? しかし、そんな記憶もないし、痕跡もない。その場で脳マップも確認したが、問題は何も生じていなかった。 しかし、話してみたら、彼女がフミカしか知らないことをたくさん知っていることがわかった。つまり、あの当時の私と彼女しか知らない二人の交際の様子を知っていた。私のフミカは、国際関係担当の日本の朝日新聞の優秀な記者で、26才。若いが、夫も子供もいる家庭持ちだった。私たちは仕事の関係で東京で出会い、恋に落ちた。彼女は、その当時、彼女の仕事に理解がなく暴力もふるいはじめたという理由で夫と別れたがっていた。しかも彼女は、クッシング症候群という、精神的ストレスが発病の原因という難病に指定された持病を脳にもっていた。夫は執拗な性格で、彼女が別れ話しを持ち出すと逆上し、離婚を拒否し、彼女の行動をいちいち監視するようになったという。 彼女は人生を急いでいた。私が彼女と親しく話すようになった或る日、彼女は自分がいつ死ぬかもわからない難病をもつ身であることを告白し、はげしく泣いた。そして、残された時間の中で、大切な仕事をしたいと私に訴えた。だから、私たちは、恋を実らせるために、彼女は一人娘を実家の母に託し、二人でイスタンブールへの逃避行を果たした。イスタンブールを選んだのは、偶然に二人ともイスタンブールに仕事の縁があり、この都市が気に入っていたからだ。しかし、イスタンブールに来てから1年後に彼女の病状は急速に進み、クッシング症候群によりからだに異変が生じ、糖尿病に似た症状で腹部に水が溜まり、顔もムーンフェイスになった。その美貌も、見るも無惨なものになり果てた。そして、その後1ヶ月もしない内に、イスタンブールのドイツ病院であっけなく死んでしまった。27才の若さだった。私は、何ともいえないやりきれなさを抱えたまま一人で東京に戻った。彼女の遺体は飛行機で実家の母のもとに送られた。 そして、こんな急な展開も、私にははじめての経験だった。私と『イスタンブール』のフミカは、一週間後に、男と女の親しい関係になってしまった。それで、その後も二人で毎日話すようになり、私は彼女が私の恋人だったフミカの再生であることを信じるようになった。彼女にも私が好きだと告白され、いつの間にか毎日一緒にいたい女になり、私は彼女と恋人同士になった。よく考えてみれば、彼女が自分について記憶している内容は私が恋人だったフミカについて記憶している内容と同じであり、私がフミカに会う以前の私が知らない記憶が含まれていないことに、疑問をもつべきだったが。しかし、その時は私も有頂天で、そこまでは気が回らなかった。実際、私はこのフミカと出会い、救われたのだ。というのも、実は私は、最近は健康状態もよくなく、世界についての興味も失いはじめ、精神的には死にかけていた。それが、このフミカと出会うことで、私の恋人のフミカも思い出し、10年前の彼女が私の内部で甦り、すべてが変化を始め、生命がリフレッシュされ、生きる気力を取り戻したのだ。私は見事に復活した。これには感謝するしかない。私には一人息子のアスカが日本にいるが、恋人だったフミカも含め、男女関係ではずっと幸福とは言えない波乱の人生を生きてきたからだ。 或る日、フミカは『イスタンブール』の内部を詳しく案内してくれた。 会員数は10億人。大掛かりな電脳国家だ。 国会のような政策決定機関があり、憲法をもち、多くの議員や官僚たちも忙しく働いている。 裁判所もあり、統治機構も揃っている。 つい最近は仏教とイスラム教が合体したような新しい宗教も興され、 会員たちの経済活動も、文化活動も、盛んだ。 そして、『イスタンブール』を構成する重要メンバーたちについては、現実のイスタンブールにも住み、各人がイスタンブールでも同様の仕事をしているという。つまり『イスタンブール』とイスタンブールは、仮想と現実の二つの世界の「一対」を構成しているわけだ。これだけ徹底して現実と仮想のリンクを形成することに熱心なサイトは、世界中でも多くはない。『イスタンブール』は、私にはまったくはじめての体験だ。このサイトは本格的な構造をもつと認識せざるを得ない。 そして、何と、嬉しいことに、フミカも現実世界にも生きる女として、イスタンブールに住んでいた。私は、最初は電脳世界のフミカとアバター同士で付き合っていたわけだが、彼女が現実の女であることも知り、さっそく現実のフミカとも付き合うようになった。それにも彼女の異存はなく、彼女は現実にもトプカプ宮殿の巫女として働いていた。そして、この電脳サイトの経営者・アマの親類だという。 しかし、私は、知れば知るほど、このサイトは限りなく怪しいと思う一方で、ここは特殊なケースとして成功していると思うようになった。この世界の最大の特徴は、単に現実と仮想だけでなく、生者の世界と死者の世界が融合されていることか? 宗教が特別の力を持っているのか? だからフミカも死者の世界から自由に甦り、彼女の人生を続けているのか? しかし、一方で、実は『イスタンブール』には悪い噂も立っていた。それは、このサイトの会員の死亡率が異常に高いという噂だ。『イスタンブール』で1年以上住んだ会員の現実世界での死亡率は、10人の内の2人、つまり20パーセントということだ。これは異様な数値だ。『イスタンブール』は死者の世界の拡大にも奉仕しているのか? 何か特別な享楽があり、会員たちは生命を縮めているのかも知れない。正直なところ、私はこの悪い噂にも惹かれていた。ここが私が期待するネット世界の最先端に位置するならば、危険や怪しさがつきまとうのは当然だからだ。悪い噂があるということは、かえってこのサイトが本物であることも証明しているのだ。私は、そのように思い、ますますこのサイトに興味をもった。 そして、悪く言う者たちの方が、真相を知らないのかも知れない。魔術的恋愛や心交換ゲームなどを売り物にしているとはいえ、フミカの話しではここでは戦争は根絶されている。それは素晴らしい成果ではないか。サイトのレベルを示す国家白書や経済規模も、私が所属するアメリカ国防総省の某研究所で調べたが、政治・経済・文化のすべての面で他のネット国家を凌駕している。いまでは世界中に多くの有名な電脳国家が存在するが、戦争が持ちこまれていたり、依然として人種差別に熱心だったり、経済と文化のバランスが悪かったり、一長一短の世界がほとんどだ。『イスタンブール』には戦争がないとすれば、それは今時珍しいことであり、素晴らしいと言わざるを得ない。そんな国は他にはないからだ。 しかし、また、『イスタンブール』はなぜこれまで私のアンテナに引っかからなかったのか? 私の友人たちの間でもその評判を聞かなかった。正規の手続きを経ていない「もぐり」から出発し、急速に拡大したからかも知れない。しかし、会員が10億人もいて、私の友人たちの誰もが『イスタンブール』をまだ知らないとすれば、変ではないか? この点も疑問だ。いずれにせよ、私は友人関係やネット事業の会員たちにも、この世界の存在を知らせた方がよさそうだ。皆ここに来て、一度住んでみればいい。多くの人間が試してみれば、その実態も容易に判明するからだ。 私が『イスタンブール』の住人になってから2ヶ月後に、フミカに紹介されて王女と渾名されるアマに会った。 私は、最初は一人でイスタンブールのアジア地区に小さなアパートを借りて住んでいたが、現実のフミカとも仲良くなったため、今度はヨーロッパ地区のタクシム広場の裏に大きなアパートを借り、フミカと一緒に住み始めた。フミカに案内された『イスタンブール』のアマの部屋は、来賓用と思われる豪華な特別室のようだった。会った瞬間、私はアマに特別な魅力と能力があることを感じた。私は職業柄、勘だけはいい。この女は特別だ。とにかく、吸いつきたくなるような飛び切りの美人だ。妖しいからだつきもしている。しかし、国籍もわからない、年齢もわからない。フミカの話しでは、日本人で、33才とのことだ。33才ならまだ若い女だ。しかし、見る角度や表情でヨーロッパ人に見えたり、トルコ人に見えたり、もっと高齢に見えたり、反対に少女のような表情もするので、正直さっぱりわからない。とにかく、アマには人を虜にする異様な魅力がある。何よりその目が美しく、妖しい。雰囲気も上品だ。からだ全体に、性的魅力があるだけではなく、霊的気品とでもいうものが漂っている。卑弥呼が生きていたとしたら、きっとこんなからだと目つきをしていたに違いない。私はそう想像した。 アマが最初に口を開いた。フミカは二人の会話を黙って聞いていた。 「あなたが、フミカの恋人になったという斉藤テツロね?」 「そうです」 「お幾つかしら?」 「42才です」 42才と聞いて、一瞬アマは驚いたようだ。そしてにこやかに笑いながら言った。 「42才にはとても見えない。若いわ。何かあなたにも事情がありそうですね。ところで、この国で、フミカと一緒に家を構えて住むことは許可しますが、但し3つの条件を満たす必要がありますよ。あなたにできるかしら?」 アマが私の顔をじっと覗きこんでいる。妖しい目だ。正面から見つめられ、私は思わず身震いした。魂が吸い取られてしまう。用心しなければまずい。気軽に笑ってはダメだ。 「フミカと一緒になるのにあなたの許可で必要とは。あなたはフミカの親類ですか? フミカに責任をもつ立場ですか?」 「親も同然。母も同然。フミカは私の許可がなければ何もできない」 「そうですか。母にしては、あなたもまだお若いようですが。条件とは、どんなものですか?」 「一つ目は、あなたがこの国の忠実な住人になった証しとして、あなたの魂を私に預けること。つまり、あなたが自分の脳に仕掛けているコードナンバーを教え、私がいつでも侵入できるようにすること。この国を出る時が来れば魂はお返しします。二つ目は、あなたの会社がネットで獲得した世界中の5千万人の会員をこの国の会員として勧誘し提供すること。同時に、現在の『イスタンブール』の10億の会員を60億にする事業を手伝うこと。三つ目は、この国のルールに従ってあなたがフミカを愛し、幸福にし、子孫を残すこと」 「どういうことですか?」 「あなたに私の娘に当るフミカを差し上げるのですから、それなりの仕事をしてもらわないと困るということです」 「それなりの仕事?」 「そうです。現実世界の価値を転倒し、われわれの『イスタンブール』を世界で最も豊かな国にするために必要な仕事です。この国は、電脳世界として現実世界と深くリンクして存在し、現実の都市・イスタンブールの3000メートルの上空に浮かび、そこから世界中に拡張しています。しかし、まだ充分ではない。仮想の『イスタンブール』は、世界ではまだ孤立した存在です。会員もまだ10億人。少ない。影響力が知れている。欧米・中東・アジア・アフリカの全域を支配することは出来ない。私には、少なくとも地球の全人口100億人の半数以上の60億人が必要。フミカも、理由があって、『イスタンブール』が世界のイスタンブールになることを望んでいる。フミカの祈願は、トルコを、伝統にのっとり、宗教的に復活させること。そこに彼女の運命が賭けられている。だから、彼女に協力することはあなたにも幸福なはず。あなたは、現実でも深くフミカを愛し、フミカの肉体を必要としている様子だから」 「交換条件ですね。でも、私がそんな仕事に役立てるのかどうかはわからない」 「無用な謙遜はしないこと。あなたには出来ます。あなたを調査しました。あなたが優秀な脳科学者であり、その世界では名前を知られた存在であること。アメリカの研究者たちとどんな仕事をしてきたのか。その恐ろしい極秘研究についても私は知っていますよ。脳さらい。それがあなたの素敵な渾名ね。あなたによくお似合いよ。だからあなたにはこの国への自由な通行を許可したのです。フミカまで差し上げた。あなたには、『イスタンブール』の魅力を倍増する仕事をして欲しい。あなたとフミカの奇蹟のような恋も、宣伝として使えます。死者の世界から復活した女との愛ですからね。その女と子孫を残すのです。それで、『イスタンブール』にはそんな素敵な愛が溢れていると宣伝できる」 「私がすんなりここに入れたのも、あなたの許可があったから?」 「もちろん。役に立たないクズはこの国には入れない。入っても1週間以内には追放します。特に、あなたのように危険な力をもつ男たちは特別よ」 「私が断ったら?」 アマの目が一瞬キラッと光った。そして大きな声で笑った。この女は一体何を考えているのか? 「オホホホホ。それはあなたの自由よ。但し、あなたの大切なフミカも同時に消滅することになりますが。それでもよろしいかしら?」 「消滅? どういうことですか?」 私は驚いて聞いた。アマはまじめに言っているようだ。まるで平然としている。フミカも黙ったままだ。 「一度死んだフミカに生命を与え、あなたにフミカを出会わせたのは私の力。私が、あなたの心を読み、あなたの脳に残されていた記憶から彼女を再生させた。死者の国に出かけ、居場所を探し出し、ここに連れてきた。それは大変な仕事だった。そして、フミカもあなたに会いたがっていたから、私が提示した条件を喜んで呑んだ。私に魂を預けた。だからフミカは私の娘。私が親よ」 「あなたは死んだ人間を復活できるのですね?」 「できます。『イスタンブール』は死者の世界との間に通路を持っています。だからこそ、いまフミカがあなたの目の前に存在している。停止していた生命を最近復活させたばかり。死んだ時と同じ27才。でも、からだだけは18歳の女にしておきました。あなたも若い女の肉体の方が嬉しいはず。そうよね?」 アマは、私の気持ちを見透かしたように、ふたたび「ホホホーッ」と高らかに笑い転げた。私は言った。 「フミカなら、年齢は関係ない」 「そうかしら? 私は男性のお好みはすべてお見通し。男は若い女が好きよ。現に、若い女を抱くことであなたの肉体も若返っている。あなたもそれを知っているわ。いずれにしても、フミカを生かすも殺すも私の一存。あなたが私に逆らうなら、フミカには元の死者の国に帰ってもらいます。人間だけではありませんよ。ここに来た者が再生を望むものなら、何でも私は復活できる。お望みなら、あなたが大好きな絶滅した翼竜たちもここに再生させましょうか? たしかあなたは、人間の脳をいじるだけではなく、古代動物の再生プロジェクトにも参加して、その脳もいじりましたよね? 古代動物の再生は、世界中で厳しく禁止されていたはずですが」 私はアマの顔を見直した。アマは私の過去もすべて知っているようだ。たしかに、古代動物再生プロジェクトは私が成功させた自慢のプロジェクトのひとつだ。このプロジェクトで、私は世界を驚かせた。古代動物園を最初にアメリカで開園させたのも、私の研究所だ。アマの目の妖しい輝きに心を奪われながら、私は決心した。フミカを得ることを条件に、アマが出した三つの条件を呑もう。一番の理由は、断ればフミカを消されてしまう恐れがあるからだ。私はもうフミカを失うことはできなくなっている。アマは私の心の変化を掌握しているのだ。私とフミカに男と女の関係を結ばせたのも、アマの仕業に違いない。しかし、正直に言って、アマの要求を呑むことには私自身の興味もあった。脳科学的見地からも、アマやフミカを題材に飛び切り面白い実験がやれるかも知れないからだ。『イスタンブール』を拡大することも面白い。死者の世界についても探求できる。私はもう種探しで世界を放浪しなくていい。なぜなら、ここに絶好の素材があるのだ。だから、アマの要求を呑むのは私の意志でもあった。 私は、気になる点をアマに聞いてみた。 「一つ目と二つ目の条件は、私には困難ではないと思う。三つ目の条件ですが、具体的には?」 「フミカは、まだ自分の存在を不安に思っています。自分が本当にフミカなのかどうか。それが問題です。でも、脳科学者のあなたなら、フミカの不安を解消出来るはず。フミカに、あなたの恋人だった頃の記憶も含め、必要な生前のすべての記憶を与えてください。フミカにはそれが欠けている。そして、フミカが溺愛していた父の役割も、あなたが恋人を兼ねて演じ、フミカに父がまだ生きていることを信じさせてください。フミカが、あなたの子供を産むだけではなく、幼い頃からの自分の記憶を完全に取り戻し、そして父にも再会できるなら、フミカの心は落ち着きます。フミカはあなただけではなく、父との再会も求めています。心が落ち着けば、私がフミカに新しい肉体を与えることができる。現在のフミカは借物。まだ古い肉体に住んでいる。私が学んだものは、再生医療を駆使した新しい肉体をつくり出す技術よ。心が存在するところならどこでも、肉体の花を咲かせることができる。つまり、私は、落ち着いたフミカの心を利用して、古い肉体と新しい肉体を交換するのよ。フミカの脳は、あなたが操作する。フミカの肉体は、私がつくる。こうして、フミカは、あなたと私の合作になる。フミカはここで新しい実体を獲得し、新しい人種になるのです」 「フミカの記憶を操作することは困難ではない。私の専門だから。フミカが父親を溺愛していたこと、それを私にも投影して私を愛していたことも知っています。だからフミカは年齢が違う私を愛した。私と父親をダブらせていた。しかし、フミカの再生がなぜあなたの利益にもなるのです?」 「それが肝心な点。フミカが新しい肉体を獲得することが、同時に『イスタンブール』の新しい肉体になるからです。つまり、仮想が仮想のまま新しい現実になる事例が増える。それではじめて『イスタンブール』は現実世界と対抗できる存在になり、現実世界よりも大きな力をもつのです。私は、他の巫女たちにも同じことをやらせています」 「ということは、他の巫女たちも、フミカのように、あなたが狙った男たちの心から再生させた影の存在なのですね?」 「その通り」 アマは自信たっぷりだ。まさに王女の貫禄と視線で私を見下ろしている。フミカも嬉しそうな顔をして私を見ている。私はもう一度頭の中を整理し、確認してみた。 実体のない巫女たちに実体を持たせることで新しい人種を誕生させ、 それで『イスタンブール』を成長させ、 現実の国家以上の国家にしようということですね? 「さすがに勘がいい。まさにその通りです。そうすれば『イスタンブール』は巨大な力になる。こんな電脳世界はいまだ存在したことがない」 「わかりました。面白いかも知れない」 「嬉しいわ。あなたの理解は早い。さすがに、あなたには脳さらいと渾名されるだけの価値がありそうね」 「私も嬉しい。フミカの役に立てるなら。うまく行けば、私にも貴重な体験になる」 ただ、私は思った。気をつけよう。へたをすると、私がアマの魅力の虜になってしまう。アマに誘われたら、私は拒めないかも知れない。それはまずい。それではフミカのことがどうでもよくなってしまう。私が愛しているのはフミカだ。アマではない。その心に変わりはない。アマは、勢いよく椅子から立ち上がりながら言った。 「お喋りはもうこれでやめましょう。さっそくフミカに記憶を与える作業を始めてください。必要な費用はこちらで全て負担します。いくらかかっても構いません」 私にはまだアマに確認しておきたいことがあった。 「最後にひとつだけ。この国はほんとによい国なのですか? 悪い噂も聞いていますよ」 「どんな?」 またアマの目が妖しく輝きはじめた。 「会員は、全員が洗脳されるという噂です。そして、あなたに逆らった者は、死亡扱いにされ、火星の異星人捕虜地区で重労働を課せられる。会員の死亡率が異常に高いことは詮索の種です。中東戦争のための中東側の兵士にさせられるという噂もある。このサイトには、死の危険があるような、何か特別な刺激に満ちたつよいコンテンツが用意されているのでは?」 「あなたはそんなコンテンツを発見しましたか? もっともそれを探すことがあなたの『イスタンブール』侵入の目的でしたね」 「特に、何も。フミカ以外には。私にはフミカが最大のコンテンツです」 アマはふたたび高らかに笑った。 「オホホホ。それは面白い。でも、全部、敵対者たちによるデマ。嫉妬によるデッチ上げ」 「この国のよさは何ですか?」 「私の国では、直らない病気はない」 「あなたは病気も治せる?」 「私自身がアルツハイマー病から回復し、からだを改造し、不死を実現した。私はもう死なないの。歳も若いまま。死んでも何度でも自由に甦って来るわよ。その過程で、病気を治す超能力も身につけたのよ」 「超能力?」 「そうです。そして、急速に会員が増えたのは、病気だけではない。この国が平和だから。世界中にこんな平和な国がどこにありますか? だから、『イスタンブール』が世界の手本になれる。会員はそれを期待してここに集まってくる。つまり、私がやっていることは、新しい国づくり。新しい国産みよ。決してつまらない洗脳などではありません。会員が自分の意志で集まり、自主的に改心しているのです」 「なるほど。しかし、改心と洗脳は紙一重の差ですが」 「そんなことは大した問題ではない。会員が幸福になれるなら、それでいいのです。それより、わたしに問題なのは、いよいよ『イスタンブール』の会員の増加が頂点に達し、ここで再度の『イスタンブール』の肉体化に踏み切らなければこれ以上成長しない段階に入ったということです。『イスタンブール』はいま、あらたな国産みの苦しみの中にある。だから、わたしは、フミカをおとりに、あなたをここに呼び寄せた。私は、他の巫女たちとも同じことをしています。あなたやフミカのような者たちにより、この国は大きくなりますよ。仮想と死者の世界と現実の、三つの世界に肉体をもつ新しい人種が育つのです。世界のために。どうしてもそうならなければならない。わかるでしょ? 『イスタンブール』以外、世界を救える国はどこにもないからよ」 私は、結局、アマに説得された。アマが言うことが本当なら、『イスタンブール』が世界の救世主になるだろう。私は自分の魂をアマに預け、アマの家族の一員になり、『イスタンブール』成長のために協力することにした。私のネット会員をここに誘導することは大変な作業ではない。一番重要な仕事は、フミカに記憶の全体を回復させ、フミカの心を安定させることだ。 しかし、私は見てしまった。フミカの脳をいじる前に。フミカの正体を。そして、アマの正体も。 或る日、私は出張先のパリから最終便の飛行機でイスタンブールの家に帰ることができなくなった。秘書から満席で席が取れないという連絡だった。仕方なく、私はフミカに電話を入れ、明日の朝一番の飛行機になると告げた。彼女はいかにも心細いという声で、「早く帰って来てね。あなたがいないと辛いの。待ってるわ」と言った。しかし、幸運にも、秘書からキャンセル待ちで切符が取れたとふたたび連絡が入った。私は予定の最終便の飛行機に乗り、急いで家に帰った。フミカを驚かせたいと思い、連絡しなかった。深夜、アタチュルク国際空港からタクシーでタクシム広場の裏の我が家に着き、忍び足で二階のフミカの部屋に上がって行った。 扉が少し開いていたので中を覗いた。フミカはまだ起きていた。背中を見せて椅子に座り、小さな声を上げながら、何かを一生懸命書いていた。私はフミカの美しい首すじや背中が好き私はいつも後ろからフミカを抱いた。ふと彼女が顔を上げた。その時、彼女の顔が鏡に映り、私にも見えた。私は愕然とした。鏡には私が知らない女の顔が映っていた。フミカの部屋で。フミカの服を着て。フミカのからだで。フミカの声を出す女。しかし、顔はフミカの顔ではない。一体、この女は誰だ? この女はフミカではない。別の女だ。なぜだ? なぜフミカの部屋にいるのか? 私は、身動きもできずに、驚いた顔で鏡の中の女の顔を凝視していた。その時だ。女も私を見た。私たちの視線が合った。一瞬の内に女の顔から血の気が失せ、青ざめ、凍りつくのが見えた。私はそれが何を意味するかがすぐにわかった。 「君は、誰?」 私の顔も凍りついていたと思う。やっとのことで声が出た。女もしばらく何も言えなかった。目を大きく見開いたまま、声が出なかった。凍りついた顔のまま、じっと私の顔を見ていた。そして、見る見るうちに大粒の涙を目からこぼし始めた。泣いているのだ。 「君はフミカじゃない。フミカはどこだ? なぜ君がここにいる?」 「ごめんなさい」 「君はフミカじゃないんだね?」 「フミカじゃないわ」 「誰なの?」 「私はエズギィ」 「エズギィ? 誰? でも、なぜ?」 「ごめんなさい」 女が泣きながら、蚊の鳴くような声で、静かに語りはじめた。私は、驚いた顔のまま、女の話しを聞いた。 「あなたを騙すつもりじゃなかったの。本当にあなたに憧れたの。あなたのように女を愛せる男に。女にとことん魂を入れ込む男に。そして、私を外の世界に連れ出す力をもっている男に。アマからあなたの話しを聞いた時、フミカになれたら素晴らしいって、私は思ったの。私はフミカになりたかった。あなたに愛されたかった。あなたを愛したかった。そして、フミカになったわ。あなたは私を愛してくれた。私は幸福になった。途中まではうまく行ってたわ。信じられないことに、私自身が、私はフミカ、って思うようになった。あなたの力で私は変身した。脳を手術したせいでこうなったことはわかっていたけど、でもそんなことはどうでもよくなった。それよりも、愛が大きな役割を果たしたの。私は、本気であなたを愛している自分に気づいたの。私はあなたを愛しているわ。だから、私は、あなたの言いなりになった。手術による記憶の操作も受け入れた。それで私はほとんどフミカになっていた。それなのに。こんな姿をあなたに見られるなんて」 「君が私を愛してくれていることは、私も感じた」 「でも、時々だけど、なぜかあなたがいない時にだけ、突然私はパニックになるの。その時、私は呼吸ができない。心臓が急に無くなってしまったみたい。ものすごく冷や汗も出るわ。とても苦しくて、辛いわ。私は、突然、叫ぶの。私はフミカじゃない、って。私はエズギィよって、狂ったように叫びはじめるの。私は、自分はフミカって自然に思えるようになったけど、エズギィであることの記憶は消せなかった。私はまだエズギィだった」 「そうなのか。私は君がフミカの甦りと信じていたから、そんな記憶が残っているなんて知らなかった。だから、その記憶には手をつけなかった」 「私も、あなたに、自分がエズギィであることは言えなかった。それを言えば私たちの関係が壊れるから。あなたには、死んだ日本人のフミカが必要だった」 「それでわかったよ」 「私がフミカになればなるほど、私は苦しくなった」 「それはそうだね。君がフミカじゃないならね。フミカになった分だけ、君の心の中では私はエズギィと言いたい部分も増えるからだよ」 「そうなのね。私もそう思ってきたけど、あなたに言われて、私はいま納得するわ。私は、たしかに、あなたの前でフミカを演じれば演じるほど、あなたがいない時にエズギィに戻る必要が出てきたの。でも、もう完全には自分にも戻れなくなっていた。私は、フミカじゃないし、エズギィでもない。どっちでもない。そんな人間になってしまったの。もう私は、どこにも安心して戻れない。でも、私はあなたを愛したから、それでもいいと思ったの。いまでは、フミカでもエズギィでもどっちでもいい。両方だっていい。あなたは私を愛してくれた。それは素敵だった。そんな体験は初めてだった。私はあなたにずっとついて行きたかった。でも、あなたがいない時、エズギィが私を呼ぶの。私はエズギィ。忘れないでねって。それが苦しかった。エズギィが悲鳴を上げている。なぜ、私は、エズギィとして、あなたを愛せないのかって。エズギィがそう言うの。私はそれに逆らえない。それで、私は考えた。私が私でエズギィを供養する必要があると思ったの。私は本物の巫女よ。その位の力はあるはず。魂を慰めることが私の仕事よ。あなたに頼らないで、自分一人の力で、エズギィをなだめるの。エズギィを納得させるの。だから、せめてあなたがこの家にいない時に、私は私がエズギィであることの思い出を綴ることにしたの。小さな少女の頃から最近のことまで。エズギィがもう充分と思うまで。エズギィが自分の思い出に飽きてしまうまで。エズギィが私を許してくれるまで。何年かかっても。でも、さっき、私の顔だけがエズギィに戻っていたのね。それは知らなかった。それを今日はじめて私も知った。顔の変化まで私はコントロール出来なかった。その現場をあなたに見られてしまった」 私は、泣き崩れるエズギィの顔をじっと見つめていた。抱きしめることはできない。エズギィが哀れに思えた。エズギィが苦しんでいる。私のフミカだった女が。こんなに泣いている。 「これで全部わかったよ。君は君なりに愛を貫こうとしていたわけだ。有難う。嬉しいよ。でも、君の努力は、いずれ君を破綻に追い込んだよ。それは、君を完全に二人の女に分けてしまうことだからね。そんなことは出来るはずがない。それは完全な二重人格者への道だ。破綻しかない。いまそれがわかって、かえってよかったよ。君は危なかった。精神が分裂し、気が狂った可能性が高い。そして、用無しとしてアマに捨てられていたに違いない。私もすぐに追放されたはずだ」 「どういうこと? 私にはわからない」 「アマは何て言っていたの?」 「アマは、何も心配ない、すべてうまく行くと言っていたわ」 「でも、うまく行かなかった。アマは甘く見ていたね。一人の人間の固有の記憶を消すことは簡単ではない。しばらく黙らすことができでも、それがせいぜいだ」 「アマは出来ると言った。私は完全にフミカになれると言った。自分は全能だって言った。信じなさいと言った。私も、他の巫女たちも、騙されていたことになる。彼女たちも、私と同じ努力をさせられているから」 「単純にアマの知識が古かっただけなのかも知れない。最新の脳科学では、人間の固有の記憶を消すことは推奨しない。成功したためしがないから。いまでは別の方法がある。アマはそれを知らなかった」 「別の方法?」 「そうだよ。エズギィの中で、エズギィとフミカを仲良くさせる方法。それで新しい人格をつくり出す方法。脳の記憶系に対する別の改造の仕方だ。これの方が自然で、可能性があることが最近になってわかってきた。成功事例も出ている。エズギィを消す必要はないんだよ。私がもっと早く君がエズギィであることがわかっていたら、私はその方法を試みていた。私は君をフミカの再生と思い込んでいたから、その不完全さを修正することに夢中で、そんなことは思いつかなかった」 「そんな方法があるなんて、私も知らなかった。私は、いつも、あなたがいない時に、たった一人で、自分と闘っていた。だからなのね? 私は、最近、自分でも自分が変だと思いはじめた。疲れるようになったの。それは異常な疲労よ。でも、あなたは元気になる一方。私はあなたがまぶしかった。私は、あなたの前ではフミカ。一人の時はエズギィ。二人は激しいケンカをしているの。こんなことに、私は疲れたわ」 「疲れるだけじゃないよ。二重人格者を素人が演じるなんて、一時のことならまだしも、長期間なんて誰にだって出来るわけがない。極度にエネルギーを消耗するからね。ひどいケースでは、狂うだけではない、生命を失う。すごく危険だ。君が疲れたのは当然のことだ」 「アマはそんな危険についても何も言わなかった」 「アマも知らなかったんだよ」 「もう私たちはダメなの? 終りなの? もう私を嫌いになった? こんな私は見たくない?」 私はエズギィの目をまっすぐに見た。彼女も私の目をつよく見ていた。私はエズギィに違和感を感じつつも、同時に彼女がフミカであることも確認できた。 「終りじゃない。もし、君に、まだ体力が残っているなら。やれることがある。私が君を嫌いになれるはずがない。深く君を愛してしまった。私も、もう後には戻れない」 「嬉しいわ! 何とかして欲しい」 「君は本当の巫女だよね? 巫女の才能が本当にあるなら、私たちはまだ続きをやれるかも知れない。一度戻って、そこからやり直すんだ」 「ホントに? でも、どこに戻るの?」 「理論上は簡単だ。君の脳の中で、エズギィとフミカが葛藤を始めた地点だ。そこがエズギィが現れてくる場所だ。そこに戻るんだ。そして、今度は君は私と力を合わせて戦うんだ。一人じゃダメだよ。君は、その葛藤を一人でやってきた。でも、それは一人ではできない。なぜなら、それでは勝負は見えている。エズギィの方がつよいに決まっている。エズギィが君の本来の姿だからね。君一人ではエズギィを宥めることはできない。エズギィはフミカを受け入れない。でも、私がそこに加わる。私なら、外部からエズギィに頼める。唯一の解決策は、エズギィがフミカと仲良くするしかないことを、エズギィに納得させることだ。私は、時間をかけてエズギィを説得するよ。もう、君からフミカを追い出すことはできないことを、二人がケンカを続けるなら君が壊れてしまうことを、エズギィに教えるよ。エズギィも、君を壊すことは望まないはず。フミカと仲良くすることは屈辱ではなく、君の幸福であり、エズギィにも幸福なことであること。それが、それが新しい出発であり、新しい進化であることを、時間をかけて説得するよ。二重人格者として分裂するのではなく、エズギィがフミカを受け入れ、二つで一つの新しい人格を形成してくれるなら、私はフミカを愛し続けることができるし、エズギィも愛せるようになる。君は、フミカとエズギィの合成。君とエズギィは、愛において一致できる。私が言うことがわかる?」 「わかるわ。でも、そんなことができるの?」 「確証はできない。しかしやってみる価値はある。私は君の脳に侵入して、その場所に姿を現わすエズギィにお願いするよ。フミカを受け入れてくださいと。私もそれを望んでいるし、君をそれを望んでいることを、エズギィに丁寧に伝えるよ。何度も何度もお願いしていけば、可能性はあるかも知れない」 「もしダメなら?」 「ダメとは思わない。何よりも、君がそうなることを望んでいるから。エズギィは君自身のことだから。君が望み、私が望めば、エズギィも愛の力に押されて、受け入れてくれるよ」 「わかったわ。やってみる。少なくても、私一人よりはるかに心強いわ」 「ところで、アマとはどうやって知り合ったの?」 「私はトルコ人で、イスタンブールのトプカプ宮殿の本物の巫女よ。私の家はイスタンブールから遠く離れた田舎にあるけど、古くからオスマン帝国の君主に仕えてきた神官の家系なの。でもトプカプ宮殿は廃れてしまった。ヨーロッパ化の波に呑まれ、いまでは単なる観光名所よ。宗教的な力は失った。それで私の家も没落してしまった。アマはこの宮殿の支援者だったの。大金を寄付していた。私はアマからあなたのことを聞いた。私があなたと結婚し、あなたを『イスタンブール』の家族に出来れば、宮殿も昔のように復活できると聞かされた。そのために、フミカになれと。宮殿を再興し、トルコを発展させるためには、アマは私たち巫女が世界から新しい血を受け入れて、新しい子孫を誕生させ、<新しい物語>を担う必要があると言ったわ。私のお父さんは神官で、トプカプ宮殿の保存に敗れた人よ。それは小さい時からお父さんに聞かされていた。いつか一人娘のお前が、宮殿を再興し、家を再興してくれと。そう言って、私が10才の時に自殺した。トルコ人にとって家とお父さんは絶対なの。私はお父さんを愛していたから、それは大変だった。ショックだった。お父さんは、自分がトルコの現代化の運動に敗れたことが最大の恥辱だった。トプカプ宮殿が本物の神殿としての力を失い、観光名所になってしまったことが許せなかった。だから、私は、アマに聞かされたあなたとフミカの恋が素敵だと思った。フミカと私は似ているわ。フミカにも素敵なお父さんがいて、フミカもお父さんをずっと探してたわね。だから、私は、うまくやれば、あなたとの間に新しい子孫を残せると思った。あなたの子を産んで、他の巫女たちもそういう子どもたちを沢山産んで、イスタンブールを世界一の街にしてトルコを繁栄させ、それでヨーロッパの影響を脱してトルコを伝統的な価値に回帰させ、トプカプ宮殿を再興したかった。アマがあなたを私の夫にすると約束したから、私はアマに魂を預けた。私はそれに賭けたの。後悔なんてしてないわ」 エズギィの話しは私にはショックだった。私が愛した女は、死者の世界からの蘇生ではなかった。フミカは、やはり10年前に死んだままだった。エズギィは、アマに口説かれ、自分で自分を洗脳し、フミカになりたかった。顔も体も、フミカに似せるために、アマに整形させられたという。アマには人体改造など簡単なことだ。それで、私は、この女をフミカと思い、フミカとして愛した。 だから、それでよかったのだ。この女は、私にはフミカでもある。この女の内部にはフミカが宿っている。それはもっと成長させることができる。まだ間に合うはずだ。このままでは、エズギィの生命も危なくなる可能性が高かった。彼女が死ねば、私の愛も、私の計画も、すべてご破産になる。私は、彼女と力を合わせ、新しいプログラムに取り組むことができる。そのプログラムこそが、本当の愛の物語をつくることになるのかも知れない。 そして、エズギィからアマの秘密も聞き出すことができた。誰も、アマのイスタンブールでの現実の姿を見たことはない。アマは『イスタンブール』でも夜しか会員の前に姿を見せず、昼間は秘密の奥の部屋で一人で眠っているという。彼女も、アマについて父から宮殿の支援者だったと聞かされていただけで、現実のアマには一度も会っていないという。それを聞き、私は直感した。アマの秘密について。アマは現実の存在を持っていないのではないか。アマは、きっと「影」のような存在に違いない。だからこそ、異常に『イスタンブール』が現実世界に対しても勢力をもつことを求めるのだ。アマ自身が、現実が欲しいのだ。しかし、自分の目で確かめる必要がある。それで、エズギィに頼み、アマが昼間一人で過ごすという秘密の部屋の場所を教えてもらった。いまでは彼女も、アマに仕えるよりも私に真実を話すことを選ぶと言い、アマについて彼女が知っていることは何でも教えてくれた。 次の日の昼、私は一人で、アマの秘密の部屋に侵入した。部屋のドアは厳重な三重の鍵で守られていた。しかし、私にはこんな鍵を壊すことなど容易なことだ。そして、一人で寝台の上で裸に近い服を着てミイラのように眠っているアマを発見した。予想通りだ。熟睡しているのではない。息をしているとは思えないからだ。それにしても、相変わらず美しい。女として、男を誘いこむ魔力をもっている。私は、アマの顔やからだを見ないようにして、アマの頭に携帯型のBMI-X装置を被らせ、さっそくアマの脳とコンタクトを開始した。そして、アマがロックをかけている秘密情報群を検索した。あった。この情報だ。これで、アマがいまイスタンブールのどこに存在しているかがわかる。私にはロックを解除することも簡単だった。そして、現実のアマがトプカプ宮殿の地下の廻廊にいることを突き止めた。 やはり、トプカプ宮殿なのか。トプカプ宮殿の地下には、豊富な地下水があり、そこには世界中から押し寄せる観光客のための巨大な地下展示場がある。そして、その展示場の一角に、さらに地下に行くひっそりとした階段があり、その地下に一つ一つが大きな部屋になっている、歴代のオスマン帝国の君主たちの墓所がある。アマは、その部屋の一つに隠れていた。そして、アマを見て、心から驚いた。予想した通り、アマは植物人間。からだ中にチューブをまきつけている。これがアマの本当の姿だ。棺桶で眠る吸血鬼と同じだ。アマは33才の美貌の女などではなかった。優に100才を超えていると思われる、皺と骨だけの小さな醜い老婆だ。体重は20kgもないのではないか。アマは、トプカプ宮殿の墓所に眠る植物人間だったのだ。ここで一日中眠り続け、夜になると、アマのアバターだけが、吸血鬼のように『イスタンブール』に王女アマとして出没し、君臨していたのだ。しかし、アマが植物人間だとすれば、このアマの面倒を見ているのは誰だ? 誰がチューブを通してアマのからだに栄養を送っているのか? 誰かが存在するはずだ。私は、アマの脳を調べたが、それはわからなかった。 いずれにしても、私はこうしてアマの大掛かりなウソを見破った。私は現実のアマを目の前にして、アマの脳に隠されていた『イスタンブール』に関する全ての情報を暴き、調べた。それで、私もやっと『イスタンブール』の全貌をつかんだ。『イスタンブール』は仮想世界の構築が巧みなだけで、仮想を現実化する力は充分ではなかった。仮想と現実のリンクが強固であるという宣伝は、ウソだった。アマがその証拠だ。アマは『イスタンブール』では王女でも、現実には醜い老婆にすぎなかった。老婆を改造して33才の女に転換できていたわけではない。そして、実際には『イスタンブール』は、ただ仮想を大きくしただけで、その分現実を弱らせて具体的に、いた。おなかを空かせた会員たちに、充分にご馳走を食べたと思わせ、実際には餓死に導いていた。病気が直ったと思わせ、早く手当てすれば直ったかも知れない病気を、死に至る重病にしていた。戦争は無くなったと思わせ、戦争防止の政策を放棄させ、会員を戦地に送り込み、現実の戦争を増大させていた。つまり、アマは多くの人間を積極的に死に追いやっていたのだ。だから、『イスタンブール』に参加した会員の現実世界での死亡率が異常に高かったのだ。 私は、そのまま夜になるのを待った。そして、『イスタンブール』のアマの秘密の部屋に戻った。やがて、彼女が目を見開き、寝台から起き上がる姿をこの目で目撃した。アマは、そこにいる私を見て、非常に驚いた様子を見せた。「なぜ、あなたが、ここに?」と、アマがかすかに言った。青ざめたアマを、私ははじめて見た。私はアマに、「私は、あなたがトプカプ宮殿の地下の墓所で眠っているあなたを見ましたよ。あなたはミイラだった」と告げた。本当の姿を他人に知られてしまったアマは、もはやいかなる魔術も使用できず、王女はここに挫折した。 私の問いに、観念したアマは正直に答えた。彼女の野心とは、自分の若返りと、世界に対する復讐だった。彼女は、日本政府による最先端の再生医療を駆使した『仙人プロジェクト』というものに参加し、失敗した。一度アルツハイマー病から回復できたことが、彼女の科学や医療に対する過信をもたらした。人工身体化による長寿を急ぐあまり、生身のからだがパニックを起こし、身体蘇生の材料になる生きた神経細胞の全てを破壊してしまったのだ。それでは、人工身体と生身のからだの融合も成功しない。『仙人プロジェクト』はうまく行かなかった。そして、その責任は必ずしもアマのせいではなかったが、日本政府からは冷たくあしらわれ、責任を一人で取らされた。こうして、アマは、失敗者という烙印を押されると共に、自分だけが生身の身体を回復できない存在になってしまった。アマは、この失敗をいつまでも悔やみ、身体に恋し、周囲を恨んでいたのだ。だから、『イスタンブール』を成長させ、ここに多くの人びとを誘い込み、人びとを死の世界に送り込むことが喜びになった。アマは、世界中の人間を自分と同様の存在にしたかったのだ。 当然、私はこんなアマの野心にはつき合えない。アマの忠実な部下でいるなど、とんでもない間違いだ。私は、早々に『イスタンブール』を出なければならない。フミカでもあるエズギィを連れて。 私がアマの正体をすべての会員に告知したことで、アマはすべての魔力を失い、たった一日で、あっと言う間に、『イスタンブール』は崩壊した。魂を取られていた会員たちも自分を取り戻すことができ、全員が自分のアバターを『イスタンブール』から避難させた。この崩壊の速さも、電脳サイトの宿命だ。私に対するアマの拘束も解け、私も自分の魂を取り戻し、この世界を脱出できた。しかし、3ヶ月とはいえ、私がアマを手伝い、アマの計画を実行したことで、私も多くの会員を死なせてしまったはずだ。私は、その罪を、どうやって償えばいいのか? 私の仕事は、ポスト人間の脳を開発して新しい人類をつくり出すことであり、人間を殺すことなどではなかった。 そして、私は、結局、エズギィを連れ出すことが出来なかった。彼女も『イスタンブール』を出て、私と一緒に行くことを望んだ。しかし、彼女の体力は限界にきていた。私は、二人で相談した新しいプログラムを彼女に実行できなかった。やってみたが、彼女にそれに耐える力がないので、彼女の脳の該当箇所に侵入できなかったのだ。私は、エズギィとフミカが闘争を繰り広げる地点に辿り着けなかった。そして、そうこうしている内に、彼女の内部でエズギィの反乱は激しさを増し、彼女は一人では手に負えない精神状態になり、発狂寸前の重病になった。彼女は、私が誰であるかも判別できなくなった。そのため、私たちの二人の生活も維持が困難になった。そこまで進んでしまえば、私にも手に負えない。私は知り合いのイスタンブールのドイツ病院の精神科の医師に相談し、彼女を入院させた。彼女の面倒は、田舎から上京した母が見ることになった。私は、それ以上手を出せず、彼女が回復するのを辛抱づよく待つしかなかった。彼女は病院のベッドで眠りつづけ、アマと同じように、もはや目を覚ますことがなくなった。最後に私が彼女に『イスタンブール』で会った時には、『イスタンブール』を出る門の前で、彼女は私の目の前から静かに消えて行った。私は辛かった。彼女は私を見て、涙をぬぐい、微笑していた。私はこの悲しい別れの光景を、決して忘れることができないだろう。 私は、イスタンブールから退避し、ひとまずニューヨークに戻った。アレノが紹介してくれた新・国連のフジイ博士に面会するためだ。急いでエズギィの救出作戦を立てなければならない。フジイ博士は、脳科学者として世界の最高峰にあり、私がエズギィに試みようとしていたプログラムもフジイ博士の論文から学んだものだった。私は、フジイ博士から、エズギィ救出のヒントを得たかった。 しかし、いま、現実に戻ってみて、改めて考えてみた。世界の悲惨な状況はさらに加速されている。このままでは、人類も、地球も、本当に危ない。環境破壊の進展の速度はすさまじく、世界各地で新しく勃発した戦争もますます激しくなっている。スターとしてまだ歴史の浅い月の居住計画も、テロにより半減させられ、地球文化の貧しさに影響されて、これ以上の発展が見込めない。火星の地球人は、既に私たち地球人と縁を切っている。こんな状況は、誰もがほっておけない。とすれば、アマの全世界に君臨する平和国家建設の試みは、全部間違っていることだったのか? むろん、そのマイナス部分が大いなる悪であることは誰も否定できない。しかし、そのプラスの側面は? 私には、どうしてもアマの試みがダメであるとは思えなかった。もし、仮想を現実化する力さえ持てたなら、そのことで「平和の国」として台頭できたなら、アマの試みも素晴らしかったことになるからだ。アマの悪への志向は排除できる。それは、知ってさえいれば不可能ではない。それよりも、私は、仮想を現実化する力を自分でつけたいと願った。その力をつけ、仮想と現実を自由に往来できるパイプをつくれるなら、仮想で理想の世界をつくり、それを現実化していくという試みも不可能ではなくなる。そして、私はまたエズギィに会い、精神を病む世界から彼女を連れて帰ることもできるだろう。フミカとエズギィの間で引き裂かれ、どちらにも安住できない「影」のような存在になってしまった彼女を。実際、彼女の内面を回復できる人間は、その秘密を知る私しかいないのだ。 仮想に身体を持たせ、仮想を現実化する力。仮想とも現実とも違う、仮想の中の新しい現実を登場させる力。しかし、どうすればいいのか? 私にはまだ肝心な点がわかっていなかった。その方法は、どこかで既に開発されているのだろうか? 私は、その点についても調査したい。もしかしたら、フジイ博士はそれも知っているかも知れない。私は急ぐ必要がある。 TOP HOME |