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『宇宙年齢17才、イカイ少年のエレナ探し』

【1】

福原 哲郎




 人びとが月や火星に住み、多くの地球外生命体も発見されはじめた2050年代の世界。
 地球の生活も大きく変わった。人びとは、日常生活ではロボットスーツを洗練されたファッションとして愛用し、自己の分身として付き合うようになり、電脳空間では第三世代BMIシステムにより優秀な秘書ロボットを競って育て、さらには現実と異界の間を能力に応じて自由に往来できるスペーストンネルの通行技術を身につけた。その結果、コミュニケーションも、愛も、戦争も、家族も、死も、大きく変化した。

■目次

[序]
心改造ゲームがはじまった 【2】
[第1部]
【第1話】 スペーストンネル少年少女学校 【3】
【第2話】 現実(四次元時空)と異界(五次元時空) 【4】
【第3話】 ノアとアスカ 【5】
[第2部]
【第4話】 王女の夢、電脳サイト『イスタンブール』 【6】
[第3部]
【第5話】 異界の住人たち〜キベ・タナ・エレナ 【7】 【8】 【9】
【第6話】 メタトロン軍の野望と戦略 【10】
【第7話】 エックハルト軍の『ヒト宇宙化計画』 【11】
【第8話】 アトム4世〜ヒトを愛せるロボット 【12】
【第9話】 宇宙の花計画〜破壊される月 【13】
【第10話】 エリカ攻撃と、イカイとエダの情報戦争 【14】
【第11話】 ノア、脳回路を使い分ける 【15】
【第12話】 電脳恋愛の光と影 【16】
【第13話】 大家族の出現 【17】【18】


■主な登場人物

○イカイ
年齢不詳。スペースチューブと秘書ロボットを開発し、電脳空間にスペーストンネルを開通させた。新・国連の『ヒト宇宙化計画』のリーダーとしてエックハルト軍を率い、メタトロン軍との情報戦争を指揮する。毎日、スペーストンネルを奔走し、世界中の失われた動物たち・死者たち・異星人たちとコンタクトを続ける。ニューヨーク在住。独身。

○エリカ
年齢不詳。イカイの若き日の恋人。現在はイカイのマネージャーをつとめると共に、スペースチューブや秘書ロボットの販売会社コスモスを経営するやり手社長。一方で、若い女たちを対象とした『電脳恋愛塾』を経営し、世界中を飛び回っている。エリカもスペーストンネル技術を習得し、イカイに誘われて『ヒト宇宙化計画』に参加する。東京都在住。独身。

○モトコ
年齢不詳。イカイの親友。電脳空間の最初の住人として世界的に有名な電脳戦士兼ハッカー。その初期には、現実を恐れて電脳空間にのみ住んだが、電脳空間が一定のレベルまで進展した段階で再び現実での活動も開始した。イスタンブール在住。

○フジイ博士
102歳。人間の脳を連結させた社会脳の世界的ネットワークを実現させた天才的な脳科学者。2035年に人類の火星居住開始を記念して新・国連が創設された際の、憲章の立案者。新・国連による『ヒト宇宙化計画』を構想してエックハルト軍を創設し、イカイをその最高指揮官に任命した。ニューヨーク市在住。妻と2人で暮らす。

○原アレノ
42歳。日本の大手ロボット会社を退職後、知的ロボット会社・ウランをつくる。「アトム4世〜人を愛せるロボット」の開発に成功した。フランスのロボット会社とシェアーNO1を巡る競争を展開し、海外でも急成長し忙しい。新・国連の『ヒト宇宙化計画』推進メンバーの一人。

○原ノア
17歳。アレノの娘。7歳で失明する。スペーストンネル少年少女学校に入学し、フジイ博士との出会いにより失明を克服する。学校の訓練で脳の側頭葉を発達させ、言語野と視覚野に対する用途に応じた使用法を開発する。ボーイフレンドのアスカと共に、宇宙開発士を目指し、火星基地からの惑星移住を計画する。

○アマ
公称33歳。元小学校教師・彫刻家。サイード・S博士の元・妻。アルツハイマー型認知症の克服のために、某教団による『仙人プロジェクト』に被験者として参加する。計画は失敗し、脳に致命傷を受け、長期の錯乱の時期を過ごす。イスタンブールのドイツ病院で奇跡的に回復した後、アマと名乗り、電脳サイト『イスタンブール』を経営。電脳世界に君臨する闇の王女になった。

○斉藤テツロ
42歳。原アレノの古くからの友人。ネット事業家。アメリカ政府の人工脳研究所に所属する脳科学者としても秘密に活動する。脳改造のスペシャリスト。「脳さらい」の一人として電脳サイト『イスタンブール』の興盛を手助けする。フジイ博士との出会いにより改心し、ニューヨークでBMI専門病院を開業する。

○斉藤アスカ
17歳。斉藤テツロの息子。高校在学中にネット事業を起こし成功するが、暴走し、失敗する。スペーストンネル少年少女学校に入学し、ノアと出会う。ロボットスーツを組合わせた巨大イルカロボット操縦のスペシャリストになり、ノアと共に惑星移住を計画する。

○キベ
7歳。人間とサルの受精卵をつかい、遺伝子改造でベイルートの大学病院で誕生した半人間・半サルのクローン。動物の言葉と人間の言葉を自由に使い分け、地球の失われた動物たちの代理人としてスペーストンネルに登場し、イカイと出会う。

○タナ
17歳。過去から来た少年。1870年代にチェコスロバキアのプラハで活躍した人形使い。死者たちが住む異界を大移動させる計画をもち、死者たちの世界の代理人としてスペーストンネルに登場し、イカイと出会う。

○エレナ
17歳。2035年に地球人が火星に居住を開始した後の、火星で誕生した人類の第一世代。NASAの宇宙飛行士として有名なラッセル・シャワイカートの曾孫。脳の側頭葉を膨らませている美少女。イカイの夢に度々登場した後に、異星人たちの代理人としてスペーストンネルに登場し、イカイと出会い、『ヒト宇宙化計画』を新たなステップに導く。

○オスマン・ウイサル
70歳。中東某国の政治家。メタトロン軍の創設者。アメリカ・ヨーロッパ連合・ロシア連合・中国を筆頭とする先進国とアラブ諸国の対立を利用し、世界と宇宙に君臨する新しい中東王国樹立の野望を抱く。

○アジェイ
50歳。ロンドン生まれの中東人。メタトロン軍の科学リーダー。ナチの優生学に取り憑かれ、全世界の120億人の脳を改造し新中東王国建設に必要な「新民族」の創生を図る。その過激な思想は、中東各国からだけではなく、メタトロン軍の内部からも危険視されている。

○エダ
年齢不詳。メタトロン軍の大佐。2037年に勃発したイスラエル・パレスチナの第7次中東戦争の功労者。イスラム過激主義をはじめメタトロン軍の政治方針については疑問をもつ。『宇宙の花計画』により、欧米式統治ともアジア式統治とも異なるアラブ式新民主主義の実現を模索する。イカイを最大のライバルとし、イカイ殺害を計画する。

○サイード・S博士
102歳。フジイ博士の親友。アメリカ国籍をもつパレスティナ人の元・宇宙飛行士で、世界の紛争に悩み続けてきた21世紀前半の最大の哲学者の一人。『ヒト宇宙化計画』の顧問を務めつつも、秘かにメタトロン軍のエダも支援する。行方不明になった元・妻とエダの探索を兼ね、大家族形成のために分身ロボットと共に宇宙に旅立つ。

[序]

心改造ゲームがはじまった

1 イカイの夢

 僕はまた夢を見ていた。ニューヨークにある新・国連の『ヒト宇宙化計画』の会議の席上でのことだ。
 会議が退屈になると、その応対は成長著しい僕の相棒のロボット・モリスに任せ、僕は10分くらいの短時間でも仮眠することにしている。会議の出席者は、一部の親しい者を除けば、その時僕のからだの表面を覆っているものがモリスであることに気づかない。モリスは、リアル空間では僕が着用するロボットスーツ或いは僕の分身ロボットとして働き、電脳空間では僕の秘書ロボットして働いている。僕は今、このモリスというロボットの内側で、内緒で一眠りしているわけだ。それでも見かけは僕と同じだし、モリスの応対も僕とほとんど差がないから大丈夫だ。もちろん、モリスではどうしても対応できない込み入った話しになった時には、僕がモリスに起こされ、交代することになる。
 僕は最近は特にひどく疲れている。会議の後にも重要な任務を控えているから、この方法はとても便利になった。そして、僕がモリスに隠れて眠っている間、モリスは同時に秘書ロボットとしてスペーストンネルを自由に飛翔できるため、それほど努力しなくても、僕は見たかった夢の続きを自然に見ることができる。

 そう。いつもの夢の続きだ。
 子供の時から繰り返し見てきた空を飛ぶ恐竜の物語と、いろんなことを教えてくれる死者たちと異星人たちの物語。なぜかその順番は変わらない。はじめに恐竜が出てきて、次に死者と異星人が登場する。そして、それぞれ、夢の内容が変化していく。その内容はまるで成長する子供みたいだ。僕が何かの課題を解決する度に、また次の課題が出てきましたよと言わんばかりで、僕は新しい内容が加えられた夢を見る。そして夢で起きたことが、現実でもよく起きる。その確率が最近高くなってきた。僕は、それを新しい事件の前兆に違いないと受け取っている。
 僕は、世間では、イカイと呼ばれている。ニューヨークのブルックリンに一人でアパートを借りて住んでいる。そして、親しい友人以外には知らせていないが、イスタンブールにも別の小さな家を持っている。
 僕は、電脳空間の中にスペーストンネルを開拓し、そこを秘書ロボットのモリスに通行させた最初の人間ということになっている。現実のロボットと電脳空間のロボットを組み合わせた「新しい身体」を構成して自由に操れるため、僕がモリスと行動を共にすることで、リアル世界と電脳世界の間を自由に往来する技術に長けている。そして、この電脳世界が死者や異星人が存在する五次元世界と通じているために、僕はスペーストンネルにモリスを送りこむことで彼らに会うこともできる。
 僕がスペーストンネルを開拓してからも、いろんな事件が起きた。早いものだ。あれから20年以上が経つ。スペーストンネルは、確かに素晴らしい開拓だった。人間の次元についての感覚が根本的に変化し、僕たちの四次元世界に対して五次元世界が存在することが実証された。そして、その大発見により、人間の行動範囲も、人間がつき合う相手も、革命的に変化したからだ。しかし、新しいロボットやスペーストンネルが人間にもたらしたものは、決してよい事だけではない。今まで存在しなかった信じられないような悲惨な事件が、多数起きている。そして、ますます難しい事件が起き、その深刻さが増している。

 新しい発見は、いいことだけではない。
 人間の心に予想もしなかった新しい欲望を引き起こし、
 新しい対立を人間の世界にもたらすからだ。


 ニューヨーク、夜の7時。僕は、さっきまでフジイ博士と、新・国連本部近くのグランドハイアットホテルのロビーで、かなり深刻な打合わせをしていた。
 しかし、フジイ博士はいつも明るい。フジイ博士とのつき合いはもう随分長い。僕の育ての親だ。フジイ博士がいたから、僕はイカイになれた。そこから僕の思いがけない人生がはじまった。それは劇的な変化といえるだろう。フジイ博士は、僕だけでなく、いろんな人に同じような影響を与えている。フジイ博士は脳科学者や新・国連の特別顧問として優れているだけではなく、人格的にも穏やかで大変素晴らしいものがある。すぐムキになって怒り出すような僕とは違う。フジイ博士にとっては、世界はつねに希望に満ちているようだ。どんなに悲惨な出来事があっても、世界はいつでも希望をもって最初からやり直すことができるという考えだ。だから、どんな時にもフジイ博士はニコニコしていられるのだろう。新・国連の総長は既に何人も交代したが、フジイ博士の特別顧問という位置だけは変わらない。それだけ絶対的に信頼されているのだ。
 そのフジイ博士と、いま打合わせが終わって別れたところ。フジイ博士は奥さんが待っているセントラルパーク近くの家に帰った。僕はダウンタウン方面に向って歩きながら、心の中で東京のエリカに話しかけた。エリカとは第三世代BMIシステムでお互いの脳がつながっているため、モリスを送るまでもなく、いつでも望む時に彼女に話しかけることができる。

 「ねぇ、エリカ、僕だけど。もう起きてる? いまから会いに行きたいけど、家にいてくれる? 君をちゃんと見たい。またやっかいなことが起きそうだ。フジイ博士もこの件は急いだ方がいいと言っている」
 エリカがすぐに返事をした。しかし眠そうな声だ。エリカは昔から貧血症で、目覚めの機嫌はよくない。
 「どうしたの? こんなに早く。東京は朝の8時よ。私はさっき目を覚ましたとこだけど」
 よかった。エリカはもう起きている。
 「ごめん。どうしても気になることがあってね」
 僕はエリカの機嫌が悪くないことを願った。冷静に話したいからだ。
 「この間の戦闘のことね? 少しだけなら時間があるわ。1時間後に家を出ないといけないの。10時には会社に着かないと」
 よかった。エリカの機嫌は悪くない。
 「今日の予定は何なの?」
 「朝一番で、ウガンダ政府から会社に大切な来客があるの」
 「あぁ、そうか。やっと連絡が来たんだね。それで?」
 エリカは今、アフリカ進出を計画している最中だ。
 「私たちの秘書ロボットを大量に買いたいと言ってるの。その高官は、ウガンダ北部で続く内戦を終結させるためには通常の武器では限界があることがわかったなんて、いま頃になって言ってるわ。それで、いよいよ日本の最新技術を投入する決断をしたらしい。この商談は私もまとめたい。アフリカへのわが社の入り口になるからよ。あなたが紹介してくれたセネガル政府の話しも面白いけど、あまりうまく行かない。なぜか英語圏から入る方がよさそうね」
 アフリカのほぼ中央にあるウガンダは英語圏で、西アフリカに位置するセネガルはフランス語圏だった。
 「フランス語では説明しにくい?」
 「フランス語でも、秘書ロボットの説明は誰にも簡単。国籍に関係ない。みんなが欲しがるわ。でも脳の話しまで行くと簡単じゃないわね。脳への介入については倫理的に敏感よ。ハードルが高い。特にわが社の技術は半端じゃないから、余計に警戒される。昔から変わってないのよ。フランス語圏は、フランスと同じで、よくも悪くも文化的で、保守的。というか、自分たちのやり方に自信があるのね。慎重で、軽率には動かない。その点英語圏の方がフットワークが軽くて、多少の危ないことなら平気でやるし、失敗も恐れない。私たちの技術にこだわりが少ないみたい」
 エリカが何を言っているのかはわかるけど、僕は言った。ウガンダ政府の高官も簡単に信用しない方がいいと思ったから。
 「油断しないようにね。わかってると思うけど、背後に変な存在がいないかをちゃんと確かめてね。その高官も、どこまで本気で言っているのか、まだわからないと思うよ」
 「それは大丈夫。了解よ。私を信頼してね」
 ウガンダはイギリスの植民地だったため、公用語は英語だ。エリート層や若者たちは英語がうまい。でも、アフリカの大地に、ほんとうに倫理の次元までフランス語圏と英語圏の差が浸透しているのかどうか。その点は怪しいものだ。僕は単純な政治的問題のような気がする。ウガンダ国民の多くがキリスト教徒だといっても、それは教会で礼拝がある日曜日だけのことのようだし、呪術だってまだ生活の中に生き残っている。一番問題なのは、最近はアフリカにも危険な中東勢力が入り込み、政治情勢が複雑になっていることだ。中国とインドはすでに以前から入り、既に一定の勢力を獲得している。その点、現在も遅れているのは日本だけなのだ。
 「ところで、イカイの用事は何かしら? 話しはテレビ電話じゃダメ? それとも私のサクラを途中まで送ろうか?」
 サクラは、僕のモリスと同じで、エリカのロボットの名前だ。エリカと同じ姿をしている。顔もまったく同じだ。エリカとサクラの差は、僕や一部の親しい者にしかわからない。
 「それだと間に合わない。例の件で直接君を感じながら相談したい。急ぎたいんだ」
 「わかった。それなら待ってる。すぐに来て」

 僕は、ニューヨークから東京の世田谷区にあるエリカの家に、スペーストンネルに入れば平均して10分で会いに行ける。もちろんエリカも、スペーストンネルを通って会いに行くのは僕本人ではなく、僕の秘書ロボットのモリスであることは承知している。僕はニューヨークに待機したままだ。モリスもそのことをよく承知して、僕の分身としてふるまう生活に慣れている。だから、僕はモリスを通してエリカを直接感じながら話せる。話せるだけではなく、エリカに触ることも、何でもできる。僕がエリカの部屋にいるのとほとんど同じだ。急用でない時は、秘書ロボット同士で、サクラとモリスがニューヨークと東京間のどこかでゆっくり会っている。でもその場合は、エリカのスペーストンネル技術がまだ未熟なため、10分では会えない。1時間はかかってしまう。それに、サクラの精度がまだ高くないため、二人の接触も関節的なものになる。今日の用事はそれではうまく行かない。エリカを直接感じながら、エリカの脳と心を検証する必要があるからだ。
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