三菱マテリアルとの和解についての声明
中国人戦争被害賠償請求事件弁護団
弁護団長 小 野 寺 利 孝
中国人強制連行・強制労働事件全国弁護団
名誉団長 高 橋 融
弁護団長 森 田 太 三
本日,北京において,中国人強制連行・強制労働事件のうち,三菱マテリアル株式会社(旧三菱鉱業株式会社)関係の事業場12か所に強制連行され,強制労働させられた事件(以下「三菱マテリアル事件」)について,被害者代表である生存者3名と加害企業の三菱マテリアル株式会社(以下「三菱マテリアル」)との間で,和解が成立した。
■本和解の概要
本和解は,和解書に調印した生存被害者3名のみならず,三菱マテリアルの関係事業場で苦役に従事させられた被害者3765名全体についての終局的・包括的解決を目的とするものである。
本和解の内容は,三菱マテリアルが人権侵害の事実とその歴史的責任を認め,被害者に対して深く謝罪し,その謝罪の証として,被害者1人当たり10万元の金員を今後設立される基金に拠出するとともに,三菱マテリアルの負担で,同社の旧事業場などに記念碑を建立し被害者遺族等による慰霊追悼事業を行うものである。
■本和解までの道のり
アジア太平洋戦争末期,日本国内の労働力不足を補うという日本の国策によって,中国から日本へ強制連行された中国人捕虜や農民,一般市民などの被害者約4万人は,これを促しあるいは受け入れた日本の企業35社によって,日本全国135の事業所(炭坑・鉱山・土建現場・港湾など)において,賃金を支払われることなく劣悪・過酷な労働を強いられた。非人間的な処遇のもと6800名を超える人たちが死亡した。
これらの被害者・遺族は,1975年以降,日本で企業や国を被告として訴訟を提起したが,2007年4月27日の西松安野事件最高裁判決によって,被害者個人の実体的請求権は消滅していないが裁判上これを請求する権利(訴権)は消滅したとして請求を棄却され,日本での訴訟の道は事実上閉ざされた。
札幌,東京,福岡,長崎,宮崎での訴訟には,三菱マテリアルをも被告としたものがあった。それらの事件の判決も,強制連行・強制労働とその被害につき国と企業の共同の加害行為・不法行為責任を認めながら,西松安野事件最高裁判決に沿って,請求を棄却した。しかし,それにもかかわらず,少なくない裁判所が,訴訟上の和解成立に向け粘り強く訴訟当事者の説得に努め,あるいは,和解の努力を求める所見を文書で示し,和解が成立しないときであっても,加害者である国や企業に解決の努力を促す付言を判決書に記載し,あるいは,判決言渡しに際し解決の必要性を口頭で述べるなど,本問題の解決を強く促す姿勢を示した。
ただ,すべての被害者との包括的・統一的な解決を望み、また日本政府との共同の解決を期待する三菱マテリアルの同意を得ることができなかったため,裁判中は和解成立まで至らなかった。しかし,被害者側はその後も粘り強い交渉を続け,本日の和解に結実した。
■本和解の意義
本和解で,三菱マテリアルは,中国人被害者が強制連行された事実を認め,三菱マテリアルが劣悪な条件下で労働を強い,人権を侵害した事実を認めて痛切な反省の意を表し,また,被害者が重大なる苦痛および損害を被ったことにつき歴史的責任を認め,深甚なる謝罪の意,深甚なる哀悼の意を表した。そして,この謝罪の証として被害者1人に対して10万元を交付するために,基金に一定の金額を拠出する。
これまでも加害企業と被害者が和解した例はあるが,本和解は,加害者が人権侵害を明確に認め謝罪したもので,加害者側の責任の認識としては,これまでにないものといえる。また,謝罪の証として交付される金額も,これまでの和解を上回るものとなっている。日本政府や他の多くの加害企業が,いまだ加害の事実さえ明確に認めず,謝罪もしていないことからすれば,本和解の内容は,これまでの被害者の闘いの到達点として大いに評価できる。
また,本和解において,三菱マテリアルが,二度と過去の過ちを繰り返さないために記念碑の建立に協力し,この事実を次世代に伝えていくことを約束していることも,これまでの強制連行・強制労働事件の和解解決にはない本和解の画期的な側面である。戦争の惨禍を繰り返さないこと,そのためにも悲惨な戦争被害と加害の事実を記憶にとどめ,その記憶を世代を超えて継承していくことは,日中両国民にとっての課題であり,悲願である。
さらに,本和解では,加害者である三菱マテリアルの役員が,自ら中国に赴き,生存被害者に対して,事実と責任を認めて直接に謝罪し,その証として金員を交付している。これもまた,加害企業の責任の表明と謝罪のあり方として新たな段階に進んだものであり,この点についての三菱マテリアルの決断を評価したい。
■今こそ全面解決を
本和解の成立は,それが一企業の決断であっても,被害者の心を癒やして信頼を築き,日中における平和と友好の促進に重要な役割を果たしうることを示した。同時に,本和解は,一企業との解決にとどまらず,中国人強制連行・強制労働事件の全面解決への重要な足がかりとなるものである。
私たち弁護団は,ドイツの「記憶・責任・未来」基金に学び,日本政府と企業がその責任を認めて謝罪し,その証として基金を設立する全面解決構想をかねてより提唱している。
中国人強制連行・強制労働事件は,外務省が自ら作成した報告書にその事実が記載され,さらに多くの裁判所がその事実を認定している。本和解を機に,今こそ政府の主導と責任において,すべての加害企業の参加を得,さらには経済団体等の参加をも得て,中国人強制連行・強制労働の被害者約4万人のすべてを対象とする全面解決が果たされるべきである。被害者が高齢化し,日に日に生存者が少なくなっていることを思えば,一日も早い解決が求められることは言うまでもない。
私たち弁護団は,すべての強制連行・強制労働被害者,その遺族と連帯して,日中両国の内外で運動を展開し,さまざまな障害を乗り越えて全面解決を実現することをここに宣言する。
以 上
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