借地権の歴史

借地法が制定されたのが、大正10年4月8日。なぜ特異稀な法律が誕生したのでしょう。
よほどの正当事由が無ければ返還されない貸地。物を貸したら、返してもらうのが、普通です。 しかし、この法律は、借主の利益を優先させます。その答えは戦争にあります。
何故、戦争と借地法が、関係するのでしょうか。 立法前の貸主、借主の力関係は現在とは逆に、貸主の力が強く江戸時代の封建制度の余韻もあり、社会的地位も確立されていました。 明治時代を迎えて、資本主義国家として歩みだした日本国。その結果、都市が発達し地価の高騰、土地への公租公課となり結果として地代の高額化を、もたらしました。 それに加え、借地人は何の対抗要件を具備するものも無い為地主が所有権を移転してしまえば、建物を取り壊して立ち退きを余儀無くされました。 当時、地震と同じように借地の売買は、建物が取り壊された為、地震売買と呼ばれました。
その結果、立法府を動かす原動力となり、明治42年に建物保護に関する法律が制定されました。 この時初めて借地人は、建物登記をすることにより対抗要件を手にいれたのです。ただしあくまでも建物保護を定めた法律であり、 借主保護を全面にうたえない程まだ貸主の力が相当あったと解釈されています。
そして、立法府を動かす原動力となり、 明治42年に建物保護に関する法律が制定されました。 この時初めて借地人は、建物登記をすることにより対抗要件を手にいれたのです。ただしあくまでも建物保護を定めた法律であり、 借主保護を全面にうたえない程まだ貸主の力が相当あったと解釈されています。
あまりにも公平差を欠く法律がゆえ、バブル経済の後押しもあり、 平成3年10月新しく借地借家法が制定されました。そして借地法は、廃止に至りました。 新しい法律と区別する為、旧借地法と呼ばれ、借地権の呼称も旧法借地権と、 表現することもあります。
その旧法借地権と呼ばれる、 軍国地代の遺物が、日本全国に、いまだ相当数眠っているのです。

年表

制定年月日 法律名
明治42年5月1日 建物保護に関する法律制定
大正10年4月8日 借地法制定
昭和16年 借地法改正
昭和34年 借地法改正
昭和41年 借地法改正 建物保護に関する法律改正
昭和46年 借地法改正
平成3年10月 借地借家法制定
同年同月 借地法   建物保護に関する法律  廃止