ハルプライヒ論文-室内楽曲・総論-その歴史的位置・語法

作成日:2011-05-03
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 次にあげる目録は,フォーレの室内楽作品を網羅しているといえる。 これら主要な10曲に,12曲ほどの小曲を加えることができよう。 それらはさきの10曲にくらべれば重要度は少なく,小曲集に入れられるような短い曲であり, フォーレの採取カバンからこぼれ落ちた目たたない花ともいうべきものである。 そのなかの二,三の曲(ヴァイオリンのための<子守唄>作品16やチェロのための<エレジー>作品24など) はよく知られているし, またそれに値する曲であるが, 重要な作品がそのためにかえって人びとに知られず にしまっていることも事実である。 以下年代順に主要作品を列挙してみよう。

これらの作品が,およそ50年間にわたって, かなり不規則なペースで作曲されていることが目につくだろう。 若いころの2曲,そして成熟期の2曲がかなり長い間隔をおいて作られ, そして6曲が作曲者の晩年の8年間に一挙に作られているのである。 晩年には室内楽がフォーレの創造的思考の中心を占めていたのだ。 そして,フォーレが, その最晩年にピアノ三重奏曲と弦楽四重奏曲によって一巡の楽器編成の試みを完成して, 古典的な室内楽の主要なジャンルのすべてを作曲していることが認められるだろう。 彼の白鳥の歌である弦楽四重奏曲においてのみ, フォーレは彼の愛好するピアノを用いていない。 こうした特徴とそれが彼にひき起した反応については, のちに触れられるだろう。 この10曲の傑作(10曲全部が傑作というに値するのだ)を一曲一曲検討し, それを当時のフランス音楽の現実のなかに改めて位置づけてみよう。 しかしさしあたっては,フォーレが, その仕事の質と誠実さによって, クープラン,ラモー, ルクレールの時期以来とだえていたフランス室内楽の再建者たりえていることをあきらかにしておこう。 1876年に彼が室内楽の領域にふみこんだときには, たしかに状勢は好ましいものになっていた。 1871年の敗北の結果,フランスは自分自身にたちかえり, 第2帝政期に幅をきかせていた安易な解決を反省して意識的な検討を加えていたのである。 そしてそれは音楽の領域においても同様であった。 国民音楽協会の設立(1872)は, こうした精神的な再生への欲求の具体的な現れであり, フランスの音楽家に作品演奏-ことに案内楽の領域で- の機会を提供しようとするものだった。エドゥアール・ラロ, アレクシス・ド・カスティヨン,カミーユ・サン=サーンスなどの, たぶん今日不当に評価されている初期の仕事につづいて, 新しいフランス室内楽の最初の本当の傑作である <ヴァイオリン・ソナタ イ長調>, <ピアノ四重奏曲ハ短調> が現れ,一般の関心をフォーレにひきつけたのである。 そして, それ自体すでに完成されたこれらの作品によってなされた予告が見事に果されたことは, 周知の通りである。 フォーレの室内楽と肩を並べる作品は, 当時のそれなりに非常に豊かなヨーロッパの室内楽作品のなかには存在しないと断言しても, けっして排他的なフランス主義の現れではないのである。

 室内楽は,フォーレの芸術の展開の全過程にわたっており, ほかの創作領域(ピアノ曲や歌曲)以上に彼の語法や芸術上の理念を理解させてくれる。 というのもシンフォニックな音楽は,周知のように, 彼の関心をほとんどひかなかったので,室内楽においてのみ, 彼は器楽曲の大きな形式上の問題と関っているからである。

 シンフォニックな音楽を回避しているという点に,フォーレの弱さの徴しを見る人びとがいる。 彼らはフォーレが人をひきつけ魅了する力をもっていることは認めるが, 力と強さには欠けるとするのである。私たちはこうした意見にまったく反対である。 ほかの作曲家が仰々しい効果の助けをかりなければならないのに, フォーレがもっとも簡潔な主題によって崇高で偉大なものを表現しえたとすれば, それはあきらかに彼が力と霊感を最高に所有していたがためである。 彼の室内楽は,人びとが勝手にそう限定しようとするつぶやくような告白の調子を簡単に超え出てしまうのだ。 <ピアノ四重奏曲第 2 番>や <ヴァイオリン・ソナタ第 2 番>の, あるいは<五重奏曲第 2 番>の第1楽章は, あらゆる音楽のなかでも,もっとも偉大な曲に数えられるだろう。 絶叫は弱さの微しだ。フォーレはけっして絶叫しない。 彼は静かな,確固たる声で,自分の伝えんとするものの輝かしい,抗しうる真実を語る。 彼は閉じられた扉をさえ破ろうとはしない。 彼はきわめて洗練された微妙な和声によって無数の鍵を用意している。 その和声はどんなに強固な障壁でも開けさせてしまう万能の鍵なのだ。 その説得力には抵抗しがたい。その優しさは力によってはなしえないものを成就するのである。

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MARUYAMA Satosi