ハルプライヒ論文-チェロソナタ第1番ニ短調 Op.109

作成日:2011-05-03
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フォーレは前の曲が完成した前後の,1916 年から 1917 年にかけての冬に,パリでこのソナタに着手した。 1917年の 7月に,避暑のためにサン・ラファエルにおもむいたときには,初めの二楽章はほとんど完成していたので,到着後 数日たった7月28日に,出版者のデュランに完成した楽譜を送ることが出来た。8月2日,フォーレは妻に報せている, 「ソナタのことだが,私はためらわずにフィナーレの作曲を始めた。 ソナタのフィナーレというものは,先行する楽章にいくぶん追従するものだ。初めての楽章はだか ら安心して印刷できる。フィナーレにおいては, 先行する楽章が作り出した雰囲気と同じ状態を保たなければならない」。 8月7日,終楽章はなかば作曲されていた。そして18日には,3週間にはその最初の音すら予測できなかっ た楽章を完成させたことで、幸福を感じながら,最後の複縦線を引くことが出来た。 このソナタは,優れた才能をもったチェリストで, 作曲者の古い友人で有名なハープ奏者であるアルフォンス・ハッセルマンの息子のルイ・ハッセルマンに献呈された。 ルイ・ハッセルマンが,翌年,シャンゼリゼ劇場でこの曲の初演を行った。

やすやすと作られたこの作品は, あきらかにフォーレの書いたもっとも素気ない, 取りつきにくい作品である。<五重奏曲第1番>が, その慎ましさ, 内省, 対照の拒否などによって一般の人を避けているとすれば, このソナタはその粗々しさ, 暗い内的な不安, 第1楽章の粗々しいリズム, 集約され, そしていつもよりは歌わない旋律的素材などによって人びとを狼狽させるのである。 こうした第一印象に耐えて聞きこまなければならない。そうすれば, 新しい傑作が---, 見事な対位法的緊張によって強調された, 緊密な深い思想をもち, 抑制された雄々しい表情と最良のルーセルにも比すべき厳しいリズムをもった新しい傑作が見出されるだろう。 それにあとの二つの楽章は第1楽章よりもずっと近づきやすいのだ。

〔第1楽章〕アレグロ(4分の3拍子)ニ短調

譜例 38

譜例 39

この楽章の, まるでアリエージュ地方の石のように, とげとげしい印象は「魅惑的な作曲家」の伝説的な優しさを影のうすいものにしてしまう。 最初の主題(譜例38)は, 休止によって細分され流れを阻まれたピアノの伴奏-これが曲の初めの脈動を聴衆に捕らえがたいものにしている-に支えられて, チェロで突発的に奏される。 破棄された古い交響曲からとられたこの主題は,すでに〈ペーネロペイア〉 の第3幕の冒頭にも用いられているが, そこではオデュッセウスの復讐の怒りを, 彼の性格をはっきりと示すあの怒りを表現していた。 いくぶん旋律的な対主題が二つの楽器による緊密な対位法的対話の対象になる。 この対話のあとに第2主題(譜例39)が現れる。 それは2度の跳躍によって上昇するオクターヴをもった。 ペーネロペイアの人柄にも似た旋律であり, その高雅なあこがれのもとに真実の愛を秘めている。 ピアノによる冒頭部の粗々しい動きが回帰して展開部の始まりを告げるが, 展開部は厳格な対位法的性質をもち, ほとんど全部が第1主題にあてられている。 その終りで第2主題が優しさとくつろぎをいくぶんもたらそうとするが, そのいとまもなくすぐに再現部が始まる。 再現部はかなり一般的な形にちかい。 末尾の大きな展開部は, 完全に第1主題によって支配されている。 第1主題の粗々しさはほとんど暴力的なものとなり, その16分音符は次第にチェロを支配し, 激しい興奮が生ずる。 そしてこの凶々しい渦に呪われたかのように, むき出しの粗々しい結末に向かって高まって行くが, これは長調によって明るさを与えられることのない, フォーレの結末のなかでもまれなもののひとつである。

〔第2楽章〕アンダンテ(4分の3拍子,ト短調)

譜例 40

譜例 41

フォーレにあってはきわめて異質な, この抑制されない激しさの展開のあとに, 孤高の趣きをもつこのアンダンテがつづくが, ト長調の最後の8小節でわずかに優しい光が明るさを与える。 付点リズムをもった第1主題(譜例40)は,荘重で高雅なサラバンドを思わせる。 しかしすぐにおだやかな旋法的な旋律をもつ第2主題(譜例41)が介入するが, それは出現するたびに,第1主題のそれよりは大きな展開の対象となる。 ここでもまたロンド形式とソナタ形式の融合がみられ, 二つの主題が規則的に交替して,自由な展開部ないしは変奏された繰返しといった趣きを順々に呈して行く。 しかし第2主題が最後に残って,柔らげて慰めを与える光をたたえた終結部を支配する。

 形式的シェマ=A,1-10.B,11-44.展開部-A.45-58.B,59-78. 変奏された繰返し-A,79-88.B,89-102.Bによる大きなコーダ.102-126.

〔第3楽章〕 フィナーレ=アレグロ・コモード(4分の4拍子),ニ長調

譜例 42

譜例 43

「つねに変らぬ青色の海に面しているような」この楽章は, 激しさとやさしさの素晴しい綜合であり, 青春の快さがふたたび見出される。二つの主題, ことに第1主題は, きわめて自由に転調するが, これはまたこの楽章全体の特徴でもある。第1主題(譜例42)は, 特徴的なシンコペーションをもつリズム的な性質によって記憶に刻みこまれる。 そしてより静かで旋律的な性質の第2主題(譜例43)と対照をなしている。展開部においては, 第1主題が音価の減少による素晴しいカノン的な彫琢を与えられるが, 音価の減少によってこの主題はアンダンテの第1主題(譜例40)との類似を示すに到る。 しかしこの類似は偶然の結果と思われる。第1主題の再現は自由に, そして変奏されて行われるが, 第2主題の再現は, それとは逆に, 正規に行われる。末尾の大きな展開は, 二つの主題を次々に用いている。そのあとで第1主題が最後にはっきりと呈示されるが, そのどうどうたるリズムの特徴が喜びに満ちた結末をひとり支配する。

 形式的シェマ=呈示部.1-41.第1展開部, 42-69.第2展開部, 115-144.第1主題によるコーダ, 145-169.

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MARUYAMA Satosi