この作品は前の作品に比較すると芸術的・情緒的な点で著しい成熟を示している。 その男らしい美しさは, より暗い色調で彩られており, 書法の軽快さと若さの飛躍はなおみられるが, まったく新しい力強さと激しさがそれらと肩を並べているのである。 フォーレはこの四重奏曲を 1879 年に作曲したが, その大部分はまたもやサント・アドレスにある友人クレール夫妻の家で作られた。 ヴァイオリン・ソナタを完成したのち, 多くの重大な変化が彼の生活において生じた。 そしてマリアンヌ・ヴィアルドとの婚約の突然の一方的な破棄は, 彼をいたく苦しめたのだった。 一方ドイツヘの二度にわたる旅行で彼はヴァーグナーの四部作の上演に立ちあう機会をえた。 偉大なリエージュ生れのヴァイオリニスト, ユベール・レオナールに献呈されたこの四重奏曲は,国民音楽協会で1880年2月14日に初演された。 この曲はセザール・フランクの五重奏曲と正確に同時期の作品である。 フランス音楽のルネサンスは,その決定的な段階を迎えようとしていたのである。 エミール・ヴィエルモーズは, フォーレのピアノを伴った四重奏曲-と五重奏曲。 これは難しいジャンルであり,成功例はまれである- の器楽書法の価値を見事に定義づけている。
「これらの曲のピアノ書法の柔軟性は非凡なものである。 アルペッジョ,和音,そして鍵盤楽器の暗示的な楽句に包まれながら, 弦楽器が緊密で均質な緯を織りなして行き, ピアノがそれに水晶の珠を飾りつける。 フォーレはこうして類いまれな豊かさと豪華さをもった織物を作り上げる。」
実際ピアノのキラキラする軽妙さと, ユニゾンで, あるいは緊密な和音を形作りながら, 中低音部に集められた弦の間の対比は感銘を与える。耳疾はこうした傾向をたんに強めただけであり, こうした傾向は耳疾によって生じたものではない。それはフォーレの感性に本来, 備わった傾向なのである。作品15のこの曲もやはり伝統的な四つの楽章を含んでいるが, スケルツォが普通よりも大きいために, 各楽章はほぼ同じ長さのものとなっている。初めの二つのアレグロの見事なたしかさと抑制された力は, 主題からだけでもすでにうかがうことができる-これらの主題は, フォーレのもののなかでももっとも美しく, かつもっとも記憶しやすいものに数えられる。 フォーレの作品のなかでももっとも直截なもっとも受け入れやすいもののひとつであるこの作品がとくに愛好されている理由を, これ以上探求する必要はないだろう。
(半音下げられた導音によって)高雅な旋法的特徴を与えられている第1主題(譜例9)が予告なしに呈示され,
古いフランスのクーラントの生気の溢れた,
抑制されたリズムを聴き手に伝える。
形式的シェマ=呈示部,1-73.展開部,74-158.再現部,159-218.コーダ.219-247.
眩惑的なまでに情熱的なこの曲は,きわめて繊細なトリオを持っているが, 通例の型からはなれて,ロンドのような形に拡大されている(ABACA.Cがトリオにあたる)。 3小節の気のきいたモチーフ(譜例11a)がピアノで現れ,弦がそのリズムを変化させてふたたび奏する(譜例11b)。
譜例11a
譜例11b
その間,調性は変ホ長調と関係調ハ短調の間をたえず揺れ動く。 メンデルスゾーンのあの風の吹き抜けるようなスケルツォを重ったるいものに思わせてしまうこの音楽について語りながら, エミール・ヴィエルモーズは「トンボが飛ぶさいの羽根の動きの軽やかなリズム」を想い起している。 一種の抒情的なパラフレーズないし自由な展開(B部分)が,冒頭部の再現に先行する。 そのあとでやっと変ロ長調のトリオが現れる。
譜例12
それは優しい楽句(譜例12)と, 弱音器をつけた弦の中音部の非常に限られた部分で作られる熱っぽい官能的な和声をもっている。 一方,ピアノの8分音符の羽ばたきがそれにつづき,楽節間の切れ目の部分で弦と交流する。 スケルツォの最後の繰返しによって,この楽章は終る。形式的シェマ=A,1-79.B,80-141.C(トリオ)222-383. A.:384-460.
深い感動を与えるメランコリーをもった, この素晴しい曲は, これまでフォーレの心の悲しみに結びつけて考えられて来た。 しかしフォーレの生来の慎ましさや芸術的な純潔さを考えると, こうした仮説はありえないものになって来る。
譜例13
形式的シェマ=A,1-26.B,27-65.A,66-92. 脚注1コーダ(B),93-105.
譜例15
この熱烈で若々しい騎行を思わせる楽章が, この作品にふさわしく結末を飾る。 そしてこの楽章は第1楽章と同様に成果をあげているが, 最初の主題(譜例15)の付点つきのリズムが, 第1楽章をただちに想起させる。 ピアノと弦の間の短い急激な応答における, 激しくマルトレで奏されるパッセージのあとに, 反復進行的な構造をもった抒情的な要素がつづき, 経過部の役割を果しながら, 変ホ長調に向って動いて行く。 最初の主題による情熱的なクレッシェンドの楽句のあとで, 旋律的で晴れやかな第2楽想(譜例16)が登場し, 非常にシューマン的な7度の連鎖によって拡大される。
譜例16
形式的シェマ=呈示部。1-149.展開部,150-269.再現部, 270-378.コーダ,379-451.
記譜には abcjs を用いている。