ハルプライヒ論文-ピアノ四重奏曲第1番ハ短調 Op.15

作成日:2011-05-07
最終更新日:

この作品は前の作品に比較すると芸術的・情緒的な点で著しい成熟を示している。 その男らしい美しさは, より暗い色調で彩られており, 書法の軽快さと若さの飛躍はなおみられるが, まったく新しい力強さと激しさがそれらと肩を並べているのである。 フォーレはこの四重奏曲を 1879 年に作曲したが, その大部分はまたもやサント・アドレスにある友人クレール夫妻の家で作られた。 ヴァイオリン・ソナタを完成したのち, 多くの重大な変化が彼の生活において生じた。 そしてマリアンヌ・ヴィアルドとの婚約の突然の一方的な破棄は, 彼をいたく苦しめたのだった。 一方ドイツヘの二度にわたる旅行で彼はヴァーグナーの四部作の上演に立ちあう機会をえた。 偉大なリエージュ生れのヴァイオリニスト, ユベール・レオナールに献呈されたこの四重奏曲は,国民音楽協会で1880年2月14日に初演された。 この曲はセザール・フランクの五重奏曲と正確に同時期の作品である。 フランス音楽のルネサンスは,その決定的な段階を迎えようとしていたのである。 エミール・ヴィエルモーズは, フォーレのピアノを伴った四重奏曲-と五重奏曲。 これは難しいジャンルであり,成功例はまれである- の器楽書法の価値を見事に定義づけている。

「これらの曲のピアノ書法の柔軟性は非凡なものである。 アルペッジョ,和音,そして鍵盤楽器の暗示的な楽句に包まれながら, 弦楽器が緊密で均質な緯を織りなして行き, ピアノがそれに水晶の珠を飾りつける。 フォーレはこうして類いまれな豊かさと豪雅さをもった織物を作り上げる。」

実際ピアノのキラキラする軽妙さと, ユニゾンで, あるいは緊密な和音を形作りながら, 中低音部に集められた弦の間の対比は感銘を与える。耳疾はこうした傾向をたんに強めただけであり, こうした傾向は耳疾によって生じたものではない。それはフォーレの感性に本来, 備わった傾向なのである。作品15のこの曲もやはり伝統的な四つの楽章を含んでいるが, スケルツォが普通よりも大きいために, 各楽章はほぼ同じ長さのものとなっている。初めの二つのアレグロの見事なたしかさと抑制された力は, 主題からだけでもすでにうかがうことができる-これらの主題は, フォーレのもののなかでももっとも美しく, かつもっとも記憶しやすいものに数えられる。 フォーレの作品のなかでももっとも直截なもっとも受け入れやすいもののひとつであるこの作品がとくに愛好されている理由を, これ以上探求する必要はないだろう。

〔第1楽章〕アレグロ・モルト・モデラート(4分の3拍子,ハ短調)

(半音下げられた導音によって)高雅な旋法的特徴を与えられている第1主題(譜例9)が予告なしに呈示され, 古いフランスのクーラントの生気の溢れた, 抑制されたリズムを聴き手に伝える。 主題の二度目の呈示は, ヴィオラとチェロによる半音階的な対旋律(contre-chant)のために, より柔軟により巧妙に行われる。 不思議な, 輝かしい和声をもつ推移部によって, 関係長調の第2主題(譜例10)が導かれる。 それはフォーレの多くの節2主題と同様に反復進行的な構造をもち, 第1主題と同様に特徴的なリズムをもったわずか1小節のセリュールにもとづいて作り上げられている。 第1主題が変ホ長調で回帰し, 呈示部を締めくくる。 大きな展開部はほとんど全部この第1主題の敷衍のために費やされる。 ここでは, キラキラする波紋が戯れるような上昇する3度による転凋のために, そのきわめて多様な姿が示し出される。 ヴァンサン・ダンディは彼の<セヴェンヌ交響曲>の第1楽章でこのパッセージを回想している。 フォーレは次に主題を(鏡に映したように)転回して展開させる。 第2楽想が, ちょうど曲の中央部で(二つの主題の綜合にとっては理想的な場所だ), この対位法的な動きに一時合流する。見事な書法によるストレッタが,力強い移行によって再現部を導く。 第1主題による大きなコーダは, 静かで慎ましやかなディミヌエンドで消えていく。

 形式的シェマ=呈示部,1-73.展開部,74-158.再現部,159-218.コーダ.219-247.

〔第2楽章〕スケルツォ(8分の6拍子,変ホ長調)。

眩惑的なまでに情熱的なこの曲は,きわめて繊細なトリオを持っているが,通例の型からはなれて,ロンドのような形に拡大されている(ABACA.Cがトリオにあたる)。 3小節の気のきいたモチーフ(譜例11a)がピアノで現れ,弦がそのリズムを変化させてふたたび奏する(譜例11b)。 その間,調性は変ホ長調と関係調ハ短調の間をたえず揺れ動く。 メンデルスゾーンのあの風の吹き抜けるようなスケルツォを重ったるいものに思わせてしまうこの音楽について語りながら, エミール・ヴィエルモーズは「トンボが飛ぶさいの羽根の動きの軽やかなリズム」を想い起している。 一種の抒情的なパラフレーズないし自由な展開(B部分)が,冒頭部の再現に先行する。 そのあとでやっと変ロ長調のトリオが現れる。 それは優しい楽句(譜例12)と,弱音器をつけた弦の中音部の非常に限られた部分で作られる熱っぽい官能的な和声をもっている。 一方,ピアノの8分音符の羽ばたきがそれにつづき,楽節間の切れ目の部分で弦と交流する。 スケルツォの最後の繰返しによって,この楽章は終る。

 形式的シェマ=A,1-79.B,80-141.C(トリオ)222-383. A.:384-460.

〔第3楽章〕アダージョ(4分の2拍子,ハ短調)

深い感動を与えるメランコリーをもった, この素晴しい曲は, これまでフォーレの心の悲しみに結びつけて考えられて来た。 しかしフォーレの生来の慎ましさや芸術的な純潔さを考えると, こうした仮説はありえないものになって来る。悲痛な第1主題(譜例13)は, 1小節のモチーフの繰返しと 拡大によって作られている.9小節目で, 晩年のフォーレの表現にあの驚くべき強さを与える緊密和声が, 初めに聞かれる。ナポリ6度の調(変ニ長調)の一時的でやがて消えて行く明るい部分のあとで, 音楽は冒頭部のあの重苦しい雰囲気にひたすら沈んで行く。第2主題(譜例14)が 慰めをもたらす。 それはピアノの優しくゆするような伴奏(2+3)のうえに変イ長調で奏されるが, 第1主題との有機的な親近関係を示している。きわめてシューマン的な7度の連鎖をもった, 大きな拡大が情熱的なフォルテにまで高まり, そのあとに最初の要素が再現される。コーダは, ピアノでひそかに暗示される第2主題を悲しげに想起しながら, 優しく夢想する。

形式的シェマ=A、126.18,27-65.コーダ(B),93-105.

〔第4楽章〕フィナーレ=アレグロ・モルト(4分の3拍子,ハ短調)

この熱烈で若々しい騎行を思わせる楽章が, この作品にふさわしく結末を飾る。 そしてこの楽章は第1楽章と同様に成果をあげているが, 最初の主題(譜例15)の付点つきのリズムが, 第1楽章をただちに想起させる。 ピアノと弦の間の短い急激な応答における, 激しくマルトレで奏されるパッセージのあとに, 反復進行的な構造をもった抒情的な要素がつづき, 経過部の役割を果しながら, 変ホ長調に向って動いて行く。 最初の主題による情熱的なクレッシェンドの楽句のあとで, 旋律的で晴れやかな第2楽想(譜例16)が登場し, 非常にシューマン的な7度の連鎖によって拡大される。 展開部は, マルトレで奏される推移的な楽句における, ためらうような性質をもった長いエピソードで始まる。 やがて第2主題の素晴しい転調的な拡大が行われるが, 第2主題の4度のシュートは5度に拡がる。 これもまたシューマンとの類似を見せている。 ホ短調から出発して, 調性はこうしてきわめて多様に変化して行く。 第1主題が, 再現部を導く力強い上昇する漸移的な動きを支えながら, ピアニストの左手で, ひそかに奏される。 再現部は変様されている。 急激な推移部のあとで, 音楽はオルガン点のうえに停滞するが, そのあとにピアノの小さなカデンツがつづく。 やがて音楽は, ドミナントを自由に連ねながら, 軽快に, なにげなく, 輝かしく進行を再開する。 第2主題が再現されて, 第1主題が最後の拡大といった形で展開するのを追って行く音の効きのなかに入りこんで来る。 コーダはハ長調に移る。 コーダは二つの主題を対位法的に重ね合わせる。 最後に第1主題のみが支配的となり, その誇らかに上昇する姿が幸福感に満ちた, 力強く熱狂的な結末を支配する。

形式的シェマ=呈示部。1-149.展開部,150-269.再現部, 270-378.コーダ,379-451.

まりんきょ学問所フォーレの部屋 > ハルプライヒ論文-


MARUYAMA Satosi