<ピアノ五重奏曲第2番>とこの新しいソナタの間には第13番の (そして最後の)<バルカロール>があるだけである。 1921年の初めに, 5月5日に行われるはずのナポレオン一世の死後100年祭を予想して作曲された<葬送の歌>がこのソナタの出発点となった。 このいわばきわもの的音楽を忘却から救うために, フォーレはそれをもとにしてチェロ・ソナタのアンダンテを作ろうと決心した。 従ってあとは二つのアレグロを書くだけであった。3月19日, いつものように冬を避けるために宿をとっていたニースから, 数日前からソナタにとりかかっていると書き送っている。夏の間はエクス・レ・テルムでその作曲をつづけたが, たえず不安定な状態にあった健康が突然悪化したために, 8月のなかばでその仕事は中絶し, 彼はパリに戻らざるをえなかった。パリで彼はこの作品を完成した。そして同じ1921年には, 二つの傑作<幻想の水平線>と<ノクターン第13番>が彼の作品目録に新たにつけ加えられたのである。
フランス系アメリカ人の作曲家シャルル=マリ・レフレルに献呈されたこの<ト短調ソナタ>は, しかし第1番の曲と同様に,ルイ・ハッセルマンの才能を想定して書かれたもの。 初演を行ったのは,ハッセルマンである。 二つのヴァイオリン・ソナタの間には40年の歳月があったが, 二つのチェロ・ソナタは4年の間をおいてつづいており,ほとんど同じようなプロポーションをもっている。 しかし,新しい作品は, 粗々しくて誇り高い<二短調ソナタ>よりはずっと旋律的でありなじみやすい。 そして二つのアレグロは隣接する諸作品の深い瞑想とうってかわった若々しくほのぼのとした生気を特徴としている。 しかしながら,このソナタは,それらの作品と同様に,その書法の極端なまでの簡潔さによって人びとをうつ。 そしてそれは楽譜の視覚的な形にまでみられるのである。 ほとんど音符の ない「白い」ページをみて,フォーレの創作の新しい発展段階について語ることが出来るだろう、その発展の限界はなお規定しがたい。 歩みをより軽やかにし, その思考をより活溌にし非物質化するために, フォーレは余分のものをいっさい投げすてようとしたかのようだ。
明るい若々しさと抗しがたい衝動を特徴とするこの楽章は, なによりもまずチェロにきわめて相応しい旋律の壮麗さによって心を捉える。 だがこの自ら溢れ出るみずみずしさのもとには,いかに深い知識と高度の技がひそんでいることだろう。 二つの展開部は非常に複雑な手法(カノン,転回,拡大)を考えられないほどやすやすと用いているのだ。 フォーレは,ラモーと同様に「技巧を技巧そのものでかくす」ことにたけている。 優雅な最初の主題〔譜例53a〕の呈示からしてすでにカノン的である。 旋律的な対主題〔譜例53b〕がすぐにそれにつづくが, 本当の第2主題〔譜例54〕は,第1主題が改めて呈示されたあとでやっと現れる。 それを提示するのはピアノだけである。 展開部は,対位法的な様式で,継過句〔譜例53b〕の二つの要素を彫琢し,次いで最初の主題をその拡大形と重ね合わせる。 急速な推移が,かなり簡略化された再現部を導く。 第1主題の変形がピアノの低音部にひそかに回帰して,カノン的な末尾の展開部の始まりを告げる。 この展開部はやがて第2主題を同じようなやり方で彫琢していく。 ト長調の明るいコーダを支配するのは,第1主題である。
譜例 53a
譜例 53b は省略。
譜例 54
形式的シェマ=呈示部,1-134.展開部,135-207.再現部,第2展開部,256-343.コーダ,344-371.
<葬送の歌>の自由な改曲であるこの楽章は,高貴さと大きさをもさながらも, 直截な単純さを達成しているが,演奏者が第1番よりもこのソナタを好む理由もこの点から説明されるだろう。 ゆったりとした,悲しみに満ちた美しい葬列を思わせるフレーズ〔譜例55〕が,控えめに,しかし,どうどうと展開する。 このフレーズは大きな対主題に拡大されるが,対主題には<メリザンドの死>の旋律の輪郭と、 和声の屈折が明らかに見出される-ほとんど,四半世紀がたっている!――。 冒頭の絶えがたい苦悩の回帰は,やがて変イ長調の第2主題から溢れ出る崇高な慰めに席をゆずる〔譜例56〕。 この主題は,激しくしかも秘めやかな表情をもっているが,見事な転調がそれをさらに高めている。 突然,ロ短調のフォルティッシモ・ソステヌートが, 〔譜例55〕の第3小節注のモチーフの力強い旋律的拡大形が現れ,冒頭の再現への移行を行う。 しかし予測された苦悩に満ちた対主題の代りに,第2楽想の心やさしい慰めが再現される――ハ長調で, その表情の美しさをさらに強めるピアノの低音部におけるカノン的な模倣を伴いながら, 第2主題が大きな,静かなコーダを作り上げる。
譜例 55
譜例 56
形式的シェマ=A,1-38. B,39-60. 経過部,61-70.A, 71-79.Bによるコーダ,80- 98.
注 : 原論文では譜例 55 はチェロの小節のみ、第 2 小節から引用しているが、私(marinkyo)の都合で譜例 55 はピアノを含め、 最初の小節から載せた。したがって訳文の第3小節はここでは「第4小節」に読み替えてほしい。
活溌で溌剌たるこの楽章は, スケルツォの精神に共通するものをもっているが, 熱い抒情, 激しさ高貴さもまたそこに見出されるのである。 この自由なロンドの最初の主題は, 二つの要素〔譜例57a,b〕 を含んでいる. ひとつはピアノの旋回する上昇であり, その陽気なシンコペーションは,青年期の〈ソナタ イ長調〉(作品13)の第1楽章を思わせる。 もうひとつはチェロの快活で明るい応答である。ピアノの16分音符によってくり広げられる不断の動きは, 〈五重奏曲第2番〉のスケルツォの軽妙な輝きにも比すべきものである。 穏やかで旋律的な第2楽想〔譜例58〕は, 変ホ長調でピアノ独奏によって呈示されついで, チェロで繰り返される。すでにおなじみのフォーレ的な手法に従って, 展開部は冒頭のシンコペーションをもつモチーフの回帰によって始まるが, このモチーフはピアノの低音部にそっと滑り込んで来る。この主題自身が繰り返されたあとで, 激しくしかも軽妙な一種の中間部が介入するが, ロンドの新しいクープレというべきだろう。 今度は〔譜例58〕が, 卜長調で, ピアノに回帰する。 そして最初の主題が最後に回帰し, 激しい中間部への軽いほのめかしを別にすれば, この楽章全体を支配する。そして本当に素晴らしい力をもった若々しい喜悦で, 結末に光を与える。
譜例 57
譜例 58
形式的シェマ=A, 1-63.B, 64 -141.Aと中間部,142-220. B, 221-278.AとAによるコーダ、279-338.
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