ハルプライヒ論文-チェロソナタ第2番ト短調 Op.117 |
作成日:2011-05-03 最終更新日: |
<ピアノ五重奏曲第2番>とこの新しいソナタの間には第13番の(そして最後の)<バルカロール>があるだけである。 1921年の初めに, 5月5日に行われるはずのナポレオン一世の死後100年祭を予想して作曲された<葬送の歌>がこのソナタの出発点となった。このいわばきわもの的音楽を忘却から救うために, フォーレはそれをもとにしてチェロ・ソナタのアンダンテを作ろうと決心した。従ってあとは二つのアレグロを書くだけであった。3月19日, いつものように冬を避けるために宿をとっていたニースから, 数日前からソナタにとりかかっていると書き送っている。夏の間はエクス・レ・テルムでその作曲をつづけたが, たえず不安定な状態にあった健康が突然悪化したために, 8月のなかばでその仕事は中絶し, 彼はパリに戻らざるをえなかった。パリで彼はこの作品を完成した。そして同じ1921年には, 二つの傑作<幻想の水平線>と<ノクターン第13番>が彼の作品目録に新たにつけ加えられたのである。
フランス系アメリカ人の作曲家シャルル=マリ・レフレルに献呈されたこの<ト短調ソナタ>は,しかし第1番の曲と同様に,ルイ・ハッセルマンの才能を想定して書かれたもの。 初演を行ったのは,ハッセルマンである。 二つのヴァイオリン・ソナタの間には40年の歳月があったが,二つのチェロ・ソナタは4年の間をおいてつづいており,ほとんど同じようなプロポーションをもっている。 しかし,新しい作品は,粗々しくて誇り高い<二短調ソナタ>よりはずっと旋律的でありなじみやすい。 そして二つのアレグロは隣接する諸作品の深い瞑想とうってかわった若々しくほのぼのとした生気を特徴としている。 しかしながら,このソナタは,それらの作品と同様に,その書法の極端なまでの簡潔さによって人びとをうつ。 そしてそれは楽譜の視覚的な形にまでみられるのである。 ほとんど音符の ない「白い」ページをみて,フォーレの創作の新しい発展段階について語ることが出来るだろう、その発展の限界はなお規定しがたい。 歩みをより軽やかにし, その思考をより活溌にし非物質化するために, フォーレは余分のものをいっさい投げすてようとしたかのようだ。
活溌で溌剌たるこの楽章は, スケルツォの精神に共通するものをもっているが, 熱い抒情, 激しさ高貴さもまたそこに見出されるのである。 この自由なロンドの最初の主題は, 二つの要素(譜例57a, b) を含んでいる. ひとつはピアノの旋回する上昇であり, その陽気なシンコペーションは,青年期の〈ソナタ イ長調〉(作品13)の第1楽章を思わせる。 もうひとつはチェロの快活で明るい応答である。ピアノの16分音符によってくり広げられる不断の動きは, 〈五重奏曲第2番〉のスケルツォの軽妙な輝きにも比すべきものである。 穏やかで旋律的な第2楽想(譜例58)は, 変ホ長調でピアノ独奏によって呈示されついで, チェロで繰り返される。すでにおなじみのフォーレ的な手法に従って, 展開部は冒頭のシンコペーションをもつモチーフの回帰によって始まるが, このモチーフはピアノの低音部にそっと滑り込んで来る。この主題自身が繰り返されたあとで, 激しくしかも軽妙な一種の中間部が介入するが, ロンドの新しいクープレというべきだろう。 今度は〔譜例58〕が, 卜長調で, ピアノに回帰する。 そして最初の主題が最後に回帰し, 激しい中間部への軽いほのめかしを別にすれば, この楽章全体を支配する。そして本当に素晴らしい力をもった若々しい喜悦で, 結末に光を与える。
形式的シェマ=A, 1-63.B, 64 -141.Aと中間部,142-220. B, 221-278.AとAによるコーダ、279-338.
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