シンハラ語文法基礎1 2006-01-14 , 2017-02-12


1総論
2音韻・文字
3形態
4構文


1総論
 日本語で書かれたシンハラ語関連サイトは8万前後あるにもかかわらず、シンハラ語文法を扱っているサイトはありません。 このシンハラ語文法基礎を書いている時点2006-01-24でシンハラ語概論に関する情報を開示しているのは英語文献に限られています。ブリタニカとウィキペディアの英語版サイトにシンハラ語文法関連の記述があります。
 このシンハラ語文法基礎ではまず、そのふたつのサイトに記載された内容を足がかりにしてシンハラ語概要の理解のされ方を読み取ってみます。
 ブリタニカはシンハラ語をこう説明しています。

…(スリランカのことばは)シンハリーズSinhaleseとかチンガリーズCingaleseと書かれ、また、シンハラSinhalaとも呼ばれている。インド‐アーリア語に属しスリランカの2大公用語の一つ。紀元前5世紀、北インドからの殖民によってもたらされた。シンハリーズは孤立したためインド大陸のインド‐アーリア語とは別個の、独自の発達を遂げた。スリランカの仏教徒が用いる聖典語パーリの影響、サンスクリットの影響… ブリタニカ/フリー版から


 ウェブ百科のウィキペディアはシンハラ語をこう記述しています。

…インド-ヨーロッパ語属のインド-アーリア語に属しモルディブのディウィヒ語と共通点を持っている。話者は1300万人。ウィジャヤ伝説は紀元前500年にウィジャヤ王子とその数100人の供がインドからシンハラ語をもたらしたとしている。石碑、シンハラ王統史マハーワンサはシンハラ語の長い歴史を証明している。インドのサンデーシャ韻文、カーリダーサの文学などがシンハラ文学に影響を与えクカウィ・ワーダとして知られる文学論争を生んでいる。南インドからのスリランカ北部への侵略はシンハラ語にタミル語語彙の影響を与えている。1948年に独立を果たすまでポルトガル、オランダ、英国の植民地だったことから現代シンハラ語はそれらの国々からの借用語がある。
 20世紀前半に起こったヘラ・バサ運動は文法家ムニダーサ・クマーラトゥンガが主導し、シンハラ語に活力をもたらした。ディナミナが主導してもたらしたシンハラ語新聞の文化はより重要な影響を与えている。名高い作家マーティン・ウィクラマシンハはディナミナの編集者のひとりだった。シンハラ語第一の語り手はラジオ・セイロンのアナウンサーであり、作家であり、詩人であったカルナーラトナ・アベーセカラ。
 シンハラ文字は紀元前6世紀にもたらされたブラーフミー文字の流れを汲んでいる。
 シンハラ語の中でも特化したのはロディによって話される方言だ。ウェッダの言語はシンハラ語との関連が見られるが、基本的な単語はどの言語との関連も認められていない。

 以上は英語版ウィキペディアに記述された内容の概略です。ちなみに日本語版ウィキペディアでは「言語体系が日本語に類似しているとされる」という1文が、英語版には較べようもない、極端に短いシンハラ語説明文の中へ添え書きされています。

 ウィキペディア英語版ではシンハラ語の概略がややシンハラ・ナショナリストの活気を交えながら説明されています。その詳細な記述に焦点を当てれば、これに勝るシンハラ語概略説明は他にはありません。
 ただ、これが百科事典の内容を持っているにもかかわらず、このページに寄せられた読者のシンハラ語ディスカッションでは、ウィキペディア掲載のシンハラ語説明を横に置いて、「シンハラか、シンハリーズか」という呼称のテーマがエキセントリックに取り沙汰されていて辟易させられます。
 シンハラ語の名称はシンハラSinhalaであるべきか、シンハリーズSinhaleseであるべきかという議論が、英語で延々と繰り返されているのです。
 実は、このフォーラムでの議論にこそシンハラ語の置かれた危うい位置が覗いています。
 シンハラか。シンハリーズか。これは日本語を「ニホンゴと呼ぶか、ニッポンゴと呼ぶか」と争う議論にも似ています。明確さを求めれば、日本語を「ニホンゴと呼ぶか、ジャパニーズJapaneseと呼ぶか」と問うようなものです。言語の問題ではありません。シンハラ語に内在する外的な言語要件、シンハラ語に定着した英語からシンハラ語が揺さぶりを受けているのです。それはシンハラ語は「死語である」と囁かれるほどの危機に瀕しているほどです。


 一方で日本語版ウィキペディアのシンハラ語ノート、これは英語版のディスカッションに当たるページなのですが、そこには「インド・アーリア語族に属する、シンハラ語の言語体系が日本語に類似しているとされる。意味がわからない」という率直な、そして、日本語版ウィキペディアを読んだ結果としては生じざるを得ない当然の疑問が掲載されています。
 日本語版ウィキペディアのシンハラ語は今のところ書き掛けのようで、英語版には較べようもない粗末な内容です。これが日本でのシンハラ語事情なのだと現状を甘受すれば、シンハラ語ノートの書きこみに「意味がわからない」とある理由がわかってきます。日本ではシンハラ語への基本的な理解がなされていないのです。

 英語で紹介されているシンハラ語の概略ですが、これは邦文の言語関連の書籍に現れるシンハラ語の概略でもあります。
 シンハラ語の起原はウィジャヤのスリランカ征服伝説に始まり、シンハラ語はインド-ヨーロッパ語族に属するというところに落ち着きます。
 だが、ブリタニカが計らずも漏らすように、「シンハリーズは孤立したためインド大陸のインド‐アーリア語族とは別個の、独自の発達を遂げた」のです。その部分への言及が邦文のシンハラ語解説には疎いので、シンハラ語はインド・アーリア語族そのものと信じ込まされています。
 別個の、独自の、とは何でしょうか。そこのところを説明するシンハラ語解説書は今のところ、ありません。

 別個の、独自の、とは、シンハラ語をインド・アーリア語属に含めたにもかかわらず、インド・アーリア語属では説明のつかない文法上の現象を表わしています。それは例えばニパータという品詞のシンハラ構文への介在であり、動詞が語根と活用語を持って活用するという現象です。シンハラ語はパーリ語の文法用語であるニパータを借用しながら、そのニパータはパーリ語で使われる意味範疇とは別個のことを表します。シンハラ語独自の、日本語で言えば助詞にあたる辞/単語を多数抱えているのです。
 ちなみに語形変化で構文を築くパーリ語には助詞がありません。そうしたことが別個であり、独自なのです。

 動詞に関して言えば、例えばJ・B・ディサーナヤカJ・B・Disanayakaが表した「クリヤーパダ(動詞)」のような新しいシンハラ語の文法理解が独自であり、別個なのです。J・B・ディサーナヤカの「動詞」は動詞を語幹と活用語とに分けて捉え、シンハラ動詞の語形変化に、あたかも日本語の学校文法が示す動詞活用のルールをシンハラ動詞に見出そうとした小冊子です。

 シンハラ語研究の文献は多くありません。シンハラ語に関する日本語文献は尚、少ないようです。しかも、日本語文献の場合、その多くが英語文献の分析するシンハラ語世界と大差ないか、その追随です。あるいは、チョムスキー系統の言語理論に準じたシンハラ語解析の英語文献を日本人研究者が米国から発するという事例が多いのです。
 シンハラ語文献のシンハラ語文法を日本語で紹介する、あるいは研究する作業は行われていません。シンハラ語文法を紹介する機関が立ち上げられて、そこに複数の研究者が集まれば、シンハラ語の日本での展開はこれまでとは違った傾向を生むであろうと推測されるし、日本語への多いなる刺激となるだろうことが分かっているのに、いまだ日本語の研究者はシンハラ語に取り組んでいないのです。
 「インド・アーリア語族に属するシンハラ語の言語体系が日本語に類似している」という矛盾を解決する研究者が日本から登場することをひたすらに願っています。





2音韻・文字
 シンハラ語と日本語は音の仕組みがよく似ています。音韻理論は両者ともパーリ語、サンスクリット語の「あいうえお」理論に寄って立つからです。
 シンハラ語の場合、元々は「あいうえお」の母音文字が12、 「かさたな……」の子母音文字(子音+母音)が20で構成されました。
  12の母音文字の内訳は「あ」が短音 ・長音を合わせて4文字、「いうえお」が短音と長音の2文字づつ、併せて12文字。 「あ」音が多いのはシンハラ語の特徴で、同じ「あいうえお」の仕組みを持つパーリ語、サンスクリット語でも「ア」音は長短の2文字だけです。
 子母音文字が20というのは、日本語50音図の文字群と較べると随分少ないのですが、これはシンハラ語の文字が「あ」列の文字だけを数えるためです。 「いうえお」列の各子母音文字は「あ」列の子母音文字にピッラやコンブワなどと呼ばれる「文字を構成する部品」を加えて作る。こうした作業を施すため、理論上も実際にも、シンハラ「あいうえお」文字は日本語の「あいうえお」文字より多くその音も限りなく多いのです。
 元々のシンハラ文字(純粋シンハラ文字)は32ありました。これらの文字が表す音は「あ」音が多い事を除けば日本語と大差がありません。しかし、スリランカに仏教が導入されると、仏教と共に新たな文字がシンハラ語に加わり、日本語にはない音素の増加と言う発展を始めました。
 パーリ語にある気音、拗音がシンハラ語に加わりました。 その後、シンハラ語はさらにサンスクリット語からも単語を借用するようになり二重母音なども増えました。 結果として現在のシンハラ語は二重母音文字などが6, 気音を含む子音文字などが16加えられて合計54文字(混成シンハラ文字)で構成されています。

 シンハラ語には基本的に独立した子音文字はありません。日本語のひらがな・カタカナのように「子音C+母音V」(例えば、「か」なら k+a)が基本で、日本語の文字と同じCV構造です。 このCV文字を子母音文字と呼べば、シンハラ語ではピッラpillaを加えることで子母音文字から子音文字を作り出すことができます。これはインド系の文字に見られる共通の作字法です。

 シンハラ文字をコンピュータで使用できるようにした最初のフォントはKandyという名で登場しました。文字は旧来の印刷用の書体で馴染みやすかったのですが文字のキーボード配列が特殊でした。文字の並びはほとんどアルファベットに適応しているのですがファンクションキーを操作しないと打ち出せない文字があります。
現在、シンハラ・フォントの種類は数十を数えます。これは書体が異なるだけではなく、打ち出すためのキーストロークそのものがフォントによってそれぞれに異なるという決定的な欠点を持っています。タイプライター時代のウィジェーセーカラ・キー配列で作られるWebシンハラ文字が主力のフォントになっています。有力な複数のシンハラ・ウェブ新聞の使うフォントがコード・システムを違えているため、それぞれのフォントをインストゥールしなくてはシンハラ文字が表示されないという窮屈を強いています。
 多様性はスリランカの文化・民族に横たわる特徴ですが、シンハラ・フォントの多様性は混乱を生むだけで利用者へのメリットはなにもありません。ダイバーシティ(多様性)は互いの要素が複合して機能すればシンハラ語で言うサンパトsampath(豊穣)をもたらしますが、互いが干渉すれば混乱と破壊をもたらします。シンハラ・フォントが抱えるルール無視の混乱はそのまま多言語・多民族のスリランカ複合社会が抱える現代問題につながるかのようです。

今のところ、キーボードのアルファベットに的確な関連付けをして文字を打ち出しやすくしているシンハラ・フォントはkaputaフォントだけです。 





3形態
 シンハラ語の語形は文語と口語で形態の違いがはなはだしく異なります。文語の場合、名詞・動詞とも性・数によって語尾変化、また、語形そのものの変化、屈折が生じます。
 名詞や動詞の人称による屈折変化は文語シンハラに見られる現象でシンハラ口語にはそうした変化がありません。日本語のように屈折と膠着を含む得体のしれない変化を見せます。
 名詞は格変化するとされ、それをウィバクティという用語で捉えます。ウィバクティはパーリ語から借用した文法用語です。これはシンハラ語の場合、実際には日本語の助詞にあたるニパータという非変化語を接尾辞として名詞に用いながら格を表します。名詞そのものが変化するのではなく、日本語の助詞にあたるニパータという品詞を名詞格変化の要素としています。
 動詞の形態変化に関して、主語となる人称によって語尾変化の現れることが最も特徴的なシンハラ動詞の特徴として紹介されますが、これはパーリ語の影響を受けたシンハラ文語だけに起こる文法現象で、シンハラ口語にはそうした動詞の語形変化は起こりません。
 動詞の語形変化は人称に対応する規則的な変化(文語)と構文にける融通無碍な変化(口語)という二つの側面を持っているのです。後者の場合、動詞の活用変化は日本語の動詞の変化と同様の捕らえ方が可能です。すでにそうした動詞活用の研究がJ・B・ディサーナーヤカによってなされています。



4構文
 シンハラ語構文もパーリ語文法に従うのですが、先に指摘したようにニパータの用例の違いがあって、シンハラ語独自の文語文法が生じています。口語の場合、その構文構造はほとんど日本語の用例に重なります。SVO、SOVという構文が優先して文を作る現代英語文のようなことは起こりません。最低限の構文ルールとして動詞を文末に置くということがありますが、これも倒置話法が日常頻繁に使われるため基本の構文とは言いきれないようです。
 こうした構文のフレキシブルな特異性とともに、いわゆる与格主語という構文の例外もシンハラ語構文では例外にはなりません。与格主語という構文は、むしろシンハラ語では主格主語より当たり前に派生します。
 むしろ、主格主語と言う構文、主語に重きを置くという文法様式はシンハラ語には馴染みにくいのです。日本語のように、シンハラ文では主語省略が当たり前に起こります。

 シンハラ語構文に関する論文は少ないのが現状です。その中で、Decomposing Questions / Paul Alan Hagstromはシンハラ語構文を解析した稀有な論文として、また、日本語との比較が丁寧に行われているという点で特筆に価するでしょう。クエスチョン・マーカ「か?」をシンハラ語の「da?」に比較対応させて疑問文を解析する中で、ユニバーサル・グラマーの研究者ならではの基礎的な発見を提示しています。
 疑問文に関してはpied pipingやWh移動の研究がシンハラ語を素材にして日米の研究者によって進められています。これらの研究を日本語とシンハラ語の構文比較という広角な視点で捉えると両者の言語学上での位置関係も同時に現れてくるかのようです。

日本語学の分野からはシンハラ語の形態素(シンハラ文法ではニパータと呼ばれる)と日本語の形態素(助詞)を名詞と動詞のつながりの観点から比較検証する一連の論文が宮岸哲也によって表されています。シンハラ人の日本語学習者への指導から始まったシンハラ語研究ですが、これが初めての日本でのシンハラ語研究と言えるでしょう。
 
 

シンハラ語文法基礎2 2017-02-14