QアンドA62-5
シンハラ語私記 6
シンハラ文字が分からないからシンハラ辞書が使えない……


 シンハラ語に取り組む人たちが増えています。「かしゃぐら通信」に寄せられる問合せにはシンハラ文字の「あいうえお」はどう書くの?、kaputaフォントのインストゥールは?、という質問に始まって、果ては「料理」はシンハラ語でどう言うの、どう書くの?、といった個々の単語のお問合せまでいろいろと増えています…


No-62-5 2006-3-01 2015-May-24
 

 シンハラ語に取り組む人たちが増えています。「かしゃぐら通信」に寄せられる問合せにはシンハラ文字の「あいうえお」はどう書くの?、kaputaフォントのインストゥールは?、という質問に始まって、果ては「料理」はシンハラ語でどう言うの、どう書くの?、といった個々の単語へのお問合せまでいろいろと増えています。
 できれば単語はご自分で調べていただきたいのですけど、そうするとシンハラ語辞書を使いこなすということになります。
 そのシンハラ語辞書ですが、最近は辞書を使いたいという方も増えてきて、インドの出版社からシンハラ語辞書を直接取り寄せたという方や、Amazonで買える、買ったという情報を寄せてくれる方まであって、へぇぇ、ネットのアマゾンで買えるんだ、便利になったもんだと思うことしきり。
 辞書にはそれぞれ個性があります。だから、どの辞書を使うかによってシンハラ語への距離も親しみの度合いも違ってきます。


シンハラ語辞書を選ぶ

 コロンボのレイク・ハウス書店ではレアもの本のセールをよくやってました。それはレイク・ハウスの旧店舗が開かれていた時代のことでした。
 アイランドなどの新聞で古書セールの広告が出る。それはパーカーH.Paekerの「Ancient Ceylon」だったり、テンネントJ.E.Tennentの「Ceylon」だったりするのですが、それに誘われて行ってみたのです。
 入り口を入って左の書棚。そこに古書セールの本が並んでいるのですが、大体はAESの復刻版が置いてあるばかりでがっかりさせられます。大体、古本を愛するという偏狂な気質がこの島では薄くて新しいものばかりが好まれます。ある日、いつものように復刻本セールの広告に乗せられて、その時は古地図の展示即売ということでしたが、レイクハウスに出かけて行きました。
 セイロンの古地図が並んでいるはずなのに、やはり古地図の復刻版で、それなら神保町の三省堂でいつでも買えると嘆いて店を出ようとしたら、うつむいた目線に黒背表紙に金文字を浮かび上がらせた本が飛びこんで来ました。まさか、と疑ったのですが、手に取るとチャールス・カーターCharles Carter の Sinhalese English Dictionaryでした。それもAESの復刻版ではなくて、グナセーナ社M.D.Gunasena発行の2販で1965年版。AESのまがいもの、と言ってはとても失礼なのですが、縮小コピーめいた胡散臭さが性に合わないので、この辞書が目に飛び込んできたときは驚きました。
 辞書の初版は1924年ですから40年ほどして2版が出たことになります。新聞の古地図セールに釣られてレイク・ハウスに出かけて行ったのが1986年。この時、偶然に書棚に見つけたのですから、もしかすると、この辞書は20年間もレイク・ハウスの書棚に眠っていたことになります。
 カーターの辞書の魅力はなんと言っても収録語彙数が多いことです。見だし語彙が6万あります。そして、英文説明がシンハラ語に即していて理解しやすいこと、また、名詞・動詞の語形変化に対する目配りがこまやかで、名詞から動詞へ、動詞から名詞へという変化が見分けやすいこと、更に動詞の現在形・過去形を語彙ごとに表示してあるので動詞語形変化にも対応できます。
 辞書の編者カーターがバプティスト教会の宣教師としてこの島にやってきたのが1853年。辞書編纂に着手したのが1892年。それから10年が費やされて編まれた辞書なのですが、果たしてそんな短期間にこれだけの辞書が作れるものか、と怪ぶまれるほどに細やかで内容が濃密です。
 同様のシンハラ語‐英語辞書には、例えばクルーガClough の Sinhala-English Dictionaryがあります。こちらは語彙数が4万ほどで、単語の説明はやや大まか。「あ」の4音のうち2音が「お」音の次に掲載されるという体裁です。ただ、クルーガの辞書はカーターが辞書づくりに取り組んだ年に刊行されていて、カーターの辞書づくりに与えた影響が大きいと思われます。カーターの辞書の単語説明にクルーガの辞書と同じ語句が並んでいる見出し語があったりします。

 カーターCharles CarterにはEnglish-Sinhalese Dictionaryもあります。こちらはシンハラ口語例文を豊富に揃えています。シンハラ例文集、会話文例集としても十分に使えるほどです。ただし1889年というこの辞書の成立年が実用にはちょっと問題があります。シンハラ語には時代の変化が少ないのですが辞書刊行当時の言いまわしが現代では通じないことがあるからです。

 以上の辞書の成立年はどれも百年を超える古典的な存在なのですが、シンハラ語を学ぶ時、これらに代わりうる辞書が今のところありません。
 先に触れましたがカーターのシンハラ語=英語辞書は収録語彙が見出し単語で6万にのぼります。100年を経た現代でもこれを越えるシンハラ語辞書はありません。となれば、この辞書の日本語訳の刊行が待ち望まれるのですが、日本でのシンハラ語研究は地盤が弱くて、この先何年立てば百年前に英語がシンハラ語を理解したレベルに並ぶのか、見通しが立ちません。せめて、膨大に過ぎる日本のスリランカへの経済援助の爪の先でもスリランカ理解のための文化研究に廻していただければシンハラ語文献の日本語化も進むのでしょうが。日本の対外協力・援助の発想は相手国の文化を理解する視点が根本的に欠けています。言語への取り組みがなされないことがそのことを象徴しています。片言の英語やはやりの米語でアジアの国と向き合って、援助対象のアジアの国々を文明の劣る国という発想でしか見ない。経済立国日本の中華思想が言語文化の吸収を妨げています。

 シンハラ語の特徴を一つ挙げましょう。シンハラ語は外来語をそのまま使いません。英語がシンハラ語を侵している、嘆かわしいばかりだ、という憤懣が新聞紙上を賑わせますが、外来語はシンハラ語が咀嚼してしまいます。
 たとえばよく使われる現代用語の「マニフェスト」。これは現代シンハラ語で ප්‍රතිපත්ත ප්‍රකාෂනය prethipattha prakaashanayaと訳されます。でも、この現代用語は百年前のカーターの辞書に単語が載っています。
 また、世界を重層して捉える「グローバリズム」という用語。これはගෝලීයකරනය gooliiyakaranayaと訳されます。ගෝල goolaは「球体」を意味する古典的な単語ですからカーターの辞書でも、クルーガの辞書でも探すことができます。
 これらの単語を日本語で書かれたシンハラ語辞書で調べても、マニフェストやグローバリズムでは探せません。最も新しい時代の単語が百年前の辞書で探せる。これが辞書の持っている生命の根強さです。逆にいえば、シンハラ語は百年前の単語でも現代に対応する能力を持つように作られているのです。
 
 シンハラ語辞書では「マニフェスト」のことを「物事をはっきりとさせて、広く伝えること」と言っています。意味がはっきりと伝わってきます。私はシンハラ語訳のマニフェストを知るまでこの言葉の意味が何だかよく分かりませんでした。日本の選挙で使われるマニフェストには「はっきりとさせて、広く伝える」という意味などなくて、公約したことを守る、というニュアンスに置きかえられます。マニフェストの「はっきりと物事を伝える」という意味が捨て去られています。

 シンハラ語辞書の使い方  シンハラ語辞書の使い方ですが、初めて使われる方は次の三つの点にご留意ください。

①シンハラ語「あいうえお」の順番を覚える。
②名詞に単数形・複数形のあることを見極める。
③動詞の原型(辞書形)を察知する。


シンハラ語辞書の使い方

①シンハラ語「あいうえお」の順番を覚える

 シンハラ語辞書の単語は「あいうえお」順に並んでいます。シンハラ50音は日本語50音と順番が少し違います。まずはシンハラ50音を覚えましょう。「た」「な」行が複数あることや、「は」行が「さ」行の後に置かれていることなどに注意すれば簡単に違いが覚えられます。「あ」音が四つあることや、母音が短音長音の順に並んでいることも忘れないでください。
 シンハラ語「アイウエオ」の順番はここ(シンハラ語のアイウエオ)でご確認ください。

②名詞に単数形・複数形のあることを見極める
 
 シンハラ語の名詞には単数・複数の違いがあります。辞書の場合、単数形で見出しが掲載されています。単数名詞から複数を作るにはさまざまな方法があるのですが、単数名詞に「ラ」をつけて複数形を作る名詞ならその「ラ」を取った形で見だし語を探します。例えば、複数「オバラーあなたら」は単数が「オバあなた」です。辞書の見出しには「オバ」が使われています。名詞の複数形には単数「ママわたし」と複数「アピわたしたち」のようにまったく語形を変えるものがあります。名詞の複数形は要チェックです。参考→「シンハラ語の話し方・増補改訂」

③「名詞+ニパータ」の語形からニパータを探し出す

 シンハラ語のニパータには名詞の後に付けて用いるタイプのものが大部分です。これらは日本語でいう助詞のことで、殆ど助詞と対応します。この助詞を名詞と分離して名詞の元の形を再現すればそれが辞書の見だし語に形になります。
 「「わたしと」というように日本語で書いてあれば「わたし+と」であるとすぐに分かります。「大阪へ」なら「大阪+へ」、「「手に」なら「手+に」。私たちは一つのまとまりを持った言葉をこうして名詞と助詞に分けることができます。シンハラ語も日本語と同じように「名詞+助詞(シンハラ語ではニパータと言います)」が一つのまとまりになっていますから、まずはそれを分解する必要があるのです。そのためにはシンハラ語のニパータを一通り覚える必要があります。

④動詞の原型(辞書形)を察知する

 もっとも厄介なのがこの動詞です。シンハラ語の動詞は日本語の動詞のように活用します。そうした活用形から動詞の終止形(辞書形)を察知するにはどうすればいいでしょうか。

 分かりにくいのがこの動詞の探し方です。動詞は文の中では活用形で現れます。辞書の見だし語には動詞の原形(終止形・辞書形)が使われていますから、活用形を終止形に読替える必要があるのです。
 シンハラ動詞の活用部分は多く「‐ナワ」を終止形に取ります。あるいは「カラナワ」という形で終わります。これは日本語の「する」にあたる活用語です。
 現在形の動詞の場合はこの原則を頭に入れておけば大体いいのですが、動詞の過去形の場合はいくつかの変化パターンがあるので動詞毎に過去形を覚えておく必要があります。動詞ごとに覚える必要があるので面倒ですが、慣れてくると過去形にもいくつかの定型パターンがあると自然と分かってきます。 


 以上の4項目を意識しながら辞書を引いてください。名詞や動詞の変化パターンに慣れてくると調べたい単語の辞書形がどんなパターンか、自然と見えてきます。シンハラ単語の辞書形を探し出すのはそれほど面倒なことではありませんから試してみてください。

シンハラ語私記
目次
シンハラ語
私記1
シンハラ語
私記2
シンハラ語
私記3
シンハラ語
私記4
シンハラ語
私記5
シンハラ語
私記6