No-113 2018-Apr-09 Monday
文の基本構造はなに?
Wh疑問詞はどんな言語でも文の中で移動して必ず文の頭に置かれる。でも時代と共に語順が変化してWh移動が起こらなくなる言語も生じる。英語ではWh移動が必ず起こり日本語では昔は移動があったのだけど歴史の中で消滅した。という趣旨を伝える簡易な論文を読んでいたら、この論文の付け足しに触れられている句構造のほうに興味が引き寄せられた。
文の句構造は「文中の語彙要素がいくつかのより大きなひとかたまりを形成しながら全体の構造をなしている」ものだとという。これが文の基本構造だ。
[太郎が [[その本を] 買った]]
[John [bought [that book] ] ]
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のように [ ] で囲われた単位が句構造だ。[その本を]が核にあって、[買った]がつながり、仕上げに[太郎が]を頭に添えて文となる。この文は三重の句構造になっている。
上の日本語文の場合、
とすれば文節わけになる。こちらは平板な陳列。単純この上ない。句構造は3Dで文を捕らえ、文節は1Dの線分上で文を捕らえるってイメージ。日本語構文を文節の「ひとかたまり」で平面的に捉えることは至って意味がある。文節は文の何処へでも動かせるからだ。
太郎が / その本を / 買った
その本を / 太郎が / 買った
太郎が / 買った(のは) / その本
どれも文意は変わらない。文は文節のランダムな組み合わせで成立する。しかも、日本語は「太郎が」を省いても通用するから、
これも文になる。
でも、英語ではそうはいかない。Johnはなにがなんでも省けない。 Johnを省いたBought that book では文型が命令文だけど過去動詞だから意味をなせない。Johnは平叙文必須のサブジェクトだ。また、日本語の文節文のようにThat book bought Johnと語順転換などしたら「本がジョンを買った」となり心霊現象っぽくなってしまう。語順は鉄則だ。
上の句構造図では[that book]が最小単位のコアとされているけど、文の必須要素はサブジェクトの[John]で、こちらがコアだ。英語文はSubjectを起点にするSOVでなくては話が進まないし、基本、語順は崩せない。
日本語の文節構造図は語順にとらわれない。
なぜ日本語文節の語順が自由気ままに文の中を移動するか。それは「が」「を」の後置詞(助詞)が鍵を握る。名詞+後置詞(助詞)の「ひとかたまり(文節)」は文の中を自由に移動できる。文節自動生成ソフトのCaboCha(南瓜)はこの「ひとかたまり」をchunkと呼んでいる。ウォーカーズのチョコレート・チャンク・クッキーを思い出せば、「ああ、文節ってあんな感じ?」となるかも。
この「ひとかたまり」は動詞にも同じことが言えて、動詞語尾に助詞を付けることで、ここでは「買った+の+は」とすれば、この活用が動詞を文末から文中に移動させて倒置文をつくる。日本語チャンクはなんとも融通無碍だ。
その融通無碍がシンハラ語にも
この日本語の文節を作る「名詞+助詞」「動詞+助詞」のパターンはシンハラ文にも同じように現れる。
「シンハラ語の話し方」の「助詞(ニパータ)」一覧で紹介したようにシンハラ語には助詞に対応する品詞にニパータがある。これは助詞と同じに用いる。ニパータを名詞に後置させることでシンハラ文節が作れて、文節を合わせれば文ができる。
いったい、文節なんぞの捕らえ方で日本語解析ができるわけがないという研究者たちの根強い指摘を受けながらも文節は日本の中学校で国語の構文理解力を付けるために用いられてきた。
文節を提起した橋本進吉はこう唱えた。
この文節定義が大雑把なせいで、文節の正体があやふやなのだけど、実際、これを日本語文の解析に使ってみると便利なことこの上ない。いやいや、便利この上ないのはこれがシンハラ文生成にもそのまま使えるという点にある。
なにしろ、日本語を話せる誰もがこの文節解析能力をアプリオリに会得してしまっている。本人の自覚云々は関係ない。「文構造上ノ根本単位」というひとかたまりはすべての日本語話者に、無条件に、平等に、認識できる。「何々がネ」にように ネ を付ける場所で文節わけが自然とできてしまう。
文節はオールマイティ
この文節発見装置がシンハラ語解析にも利用できる。シンハラ語(口語)は日本語と同じ構文だし、シンハラ語の「文構造上ノ根本単位」も日本語文の文節と同じように構成されていている。シンハラ語でも文を構成する文節は互いをどのように入れ替えても、文の意味を違えない。
太郎が / その本を / 買った තාරෝ / ඒ පොත / ගත්තා
その本を / 太郎が / 買った ඒ පොත / තාරෝ / ගත්තා
太郎が / 買った(のは) / その本 තාරෝ / ගත්තේ / ඒ පොත
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まあ、シンハラ人はあまりやらないけど、タローネ エー・ポタネ ガッタネとやればいい。
シンハラ語もSOVやSVOといった語順が文意を決定しないから文節の移動に制限はない。上の例の場合、シンハラ文は日本語より単純化される。シンハラ語には「が」に当たる格助詞はない。「を」はあるのだが、本などの無生物には使わない。人のような有生物(あなた、わたし)の場合に「をwo」と似ているワvaを後置させるぐらいだ。
だから、上のシンハラ文は軽量に出来上がる。文節を視座に入れると翻訳クラスタが最小にできる。効率よく日本語がシンハラ語に変換できるというわけだ。
2005年に初版を出した「シンハラ語の話し方」は当初から名詞+助詞、動詞語根+活用辞にページを多く割いて、それらの丁寧な説明に明け暮れた。語順を几帳面に考えないで、と言い添えた。基本、この文節という最小単位の修得に力点を置いたので、「シンハラ語の話し方」は使いやすい会話練習本となった。
面倒な文だと、どうなるの?
日本語とシンハラ語の言語としての共通性をユニバーサル・グラマーの研究者たちがさまざまに論じている。この共通性については、日本語とシンハラ語は言語としてまったく異なるのだから、眉唾もの、と思う方も多いようだ。Wh移動はまだしも、驚くことに係り結び現象がシンハラ語にもあるなどとして言語の原理とパラメーターの対応をとらえている。言語原理を下部構造とすれば、言語パラメーターは上部構造だ。P・ハグストロムが「疑問文解析」で扱ったシンハラ文に次の例がある。
oyaa [ kauru liyəpu potə] d kieuwe?
you who wrote book Q read-E → ‘You read the book that who wrote?’
あなた 誰が書いた本だ 読んだのは? → あなた誰が書いた本を読んだの? Decomposing Questions Paul Alan Hagstrom Carleton College, 1993 (Kishimoto 1992:56)
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でも、これって、シンハラ語のWh疑問詞にはQマーカーが直接付かなくてはいけないから、次のようになるんじゃないの? とハグストロムは自問する。
oyaa [ kau d liyəpu potə] kieuwe?
you who Q wrote book read-E
You read the book that who wrote?
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kauの疑問詞にdのQマーカーを直結する。でも、これはシンハラ文として正しくないとされる。正しいのは一つ前の、
oyaa [ kauru liyəpu potə] d kieuwe?
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なのだ。QマーカーがWh疑問詞から離れているのにこれが正しいシンハラ文だとシンハラ人には認識される。なぜだろう?といぶかる。ここから「アイランド」という尺度を当てて当該文の正当が理論化されてゆくのだが、しかし、これは文節で捉えれば小難しい解釈はいらなくなる。
この論文は口語を扱っている。口語は万人に与えられた万人のもの。小難しいわけがない。万人に意味をわからせない小難しい文があるとすれば、それは文語だ。シンハラ文語は屈折語のパーリ語の下に生まれた。日本のシンハラ語研究者にはいまだにシンハラ文語解析をありがたがる傾向がある。文語解析がシンハラ口語解析と同居するような有様が見受けられて、これはシンハラ語を難解にさせる。
さて、oyaa [ kauru liyəpu potə] d kieuwe? だが、これを文節わけすれば、
oyaa / kauru liyəpu potə d / kieuwe ? /
あなたネ 誰が書いた本ネ 読んだのネ?
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となる。
「誰が書いた本」は長いけどこれをチャンクと捉える。「誰が」はkauではなくてkauruとなっていることに注目して欲しい。kauだけでは単語として使えない。kau-は-ruをともなって「誰かsomeone / who」を表現する。そう、kau-dhaとkau-ruは別物だ。
こうやって「ネ」を付けて日本文を分解して、
あなたネ 誰が書いた本ネ 読んだのネ?
誰が書いた本ネ あなたネ 読んだのネ?
あなたネ 読んだのネ 誰が書いた本ネ?
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などとやってみる。oyaa / kauru liyəpu potə d / kieuwe ? /の3句の順番を替えてつなげば、言い換えれば文節翻訳すればシンハラ文はうまく完成する。
うそだと思ったら、グーグル翻訳で「日本語→シンハラ語」を設定して試してみて。あっ、グーグル翻訳は、実際には「日本語→英語→シンハラ語」と経由するので、上のようにちょっと複雑な文はまだちょっとうまく翻訳ができないことが多いけど、この3パターンで翻訳を試すと、翻訳のできない文のパターンの違いがわかりますよ。まず、「あなたは誰が書いた本を読んだの?」という日本語文をグーグルは英語翻訳できませんから。
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シンハラ語QandA Index
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