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臼杵のふぐ(2004.1.18記) 

 静かな臼杵の街の、川のほとりに建つ「橋本屋」でふぐを食べました。橙色ののれんを分けて、二階に上がると、なんとなく畳の香る和室があって、ずいぶんと早い桜の枝が生けてありました。

臼杵のふぐのお刺身 はじめはお刺身。普段の三倍厚く切ったという身は皿の絵を透すはずもなく、ただただあめ色の吸い付くような光を放っていました。旨みはこうして見えるものなのですね。ザクザクと切った青ネギをたっぷり、紅葉おろしも入れたポン酢をつけていただきました。ぞきぞきと、弾力のある身ならではの歯ごたえ。噛んでも噛んでも、口の中でふぐの身が跳ねっかえります。旨みはづっと続きます。味わっている間に、同席した友達に何枚も食べられてしまいましたが、悔しくはありませんでした。湯通しした皮も非常に美味しいものでした。とても厚さがあって、じわじわじわじわと甘みが湧いてきます。さっぱりとしたポン酢を絡めると、酸味の向こうからその甘みがやってきて幸せな気分になりました。

 次は白子の焼いたもの。お皿からこぼれんばかりの大きな白子は狐色になり、ぷっくりとしています。何もつけずにかぶりつくと、芳ばしく炙った表面が割れるや、中からとろとろの白子が流れ、口いっぱいに広がっていきます。濃厚な甘み、無垢な甘み。そしていつまでも続く芳ばしさ。上品な一夜干しのような香りが、絶え間なくこだまします。何に例えることも出来ない、一番好きなふぐの香りです。この香りはとろとろの部分にも、身にもありますが、炙られて狐色になった所に最も強く現れ、これぞふぐの香り、と感じ入りました。
 唐揚げの後に出された「えそ」が意表をつく美味しさでした。えそは高級なかまぼこの原料になる白身の魚ですが、そのすり身を細く切った玉葱や大葉と和え、和芥子や醤油、かぼすを少しかけて食べます。淡白な、何も邪魔しないえそのすり身は、心地よく冷やされていて、口の中を洗ってくれます。さっぱりとした気持ちで、次の料理に向かわせてくれる、素晴らしい一皿でした。
 白子入りの茶碗蒸は、白子と玉子の地が同じくらいにとろとろの状態。濃い目のだしで守られて、白子は少しも味をもらさずにぷくぷくに蒸し上げられていました。細かく刻んで載せてあったユズも気持ちいい風味でした。

 途中で頼んだひれ酒は、今まで飲んだものの中で最高の味。橋本屋は「ひれ酒当番」なる女性がいて付きっきりで仕上げるのだそうです。初めに器を温め、次にひれを炙り始め、時間をずらして酒の燗を。ひれが芳ばしく焼け、お酒もあつあつとなる瞬間を計って、ひれを入れた器に酒を注ぐと完成です。酒の中のひれは、ぷっくりと膨らんでいて、焦げ臭さ、生臭さは一切なく、ただただ良い干物の芳ばしい香りだけ。そっと口をつけると、こんな小さなひれからとは思えないほど濃厚な味が染み出ていました。体がじわじわと温まってくるの感じながら最高の香りに浸りました。

臼杵のふぐの白子 鍋は、ふぐのほかに春菊、椎茸、梅麩、えのき茸、ネギ、巻き白菜、豆腐など。地元の野菜しか使わないそうで、春菊は土の香りが強くことのほか美味しかった。白菜も一度下茹でしたものですが、この野菜がアブラナ科であることを再認識させるような清冽な香りがして「ああ本当に土地の野菜を食べているんだ」という感動にひとしお。ふぐは、さえずりと呼ばれる唇が皮も厚く美味しかった。
 〆の雑炊は玉子が淡く絡まり、一切れ載せたかぼすの皮が控えめな香りを発しつづけていました。何の薬味も入れない方が、大好きなふぐの香りがそのまま感じられ、かぼすがふぐの香りをより美味しく甘く引き立ててくれました。添えられていた春菊や三つ葉もふぐによく合うのですが、小口切りにしたネギはむしろ玉子に合うのだということに気が付きました。一緒に出された梅茶は面白い風味。裏ごしした梅を薄く入れたお茶に落としたものだそうです。
 デザートは二十世紀梨とフルーツトマトのシャーベット。トマトの方はヘタの近くの青い香りが強く、もぎたてにかぶりついたような感動です。甘みがもう少し抑えてあって塩気と酸味がもう少しだけ感じられたら、日本最高のシャーベットになるだろうと思いました。

 橋本屋さん、良い店ですね。料理にはプロの緊張感と思いやりがあり、食べている間中うならせてくれます。臼杵では老舗になるのでしょうが、伝統のある中で新しいことに挑戦し、お客を楽しませようとする心、和ませようとする気持ちが感じられます。女将さんとのやり取りも面白く、3時間があっという間に過ぎていきました。

 ところで、この美味しかった記には食べた感動の半分しか書いていません。残りは秘密なのです。もう半分に何があるのか、それは是非、臼杵に来て確かめてみてください。

 橋本屋は大分県臼杵市熊崎にあります。1人1万円からです。

これまでの「美味しかった記」

実家の飯寿司(いずし) 待望の「おせち」 2002年の年越し Jacques(ジャック)のモンブラン
ピラフのおいしい店“ダンケ” エツ(有明海の幻の魚) 白魚・珈琲美美・ジャミンカー
(福岡のお店をいくつか)
たいめいけん
(東京の洋食屋さん)
枉駕亭の一夜
(福岡県甘木市の燻製屋さん)
洋々閣のあら 幸せの食堂 旧大内邸の「母の膳」

 この「美味しかった記」は料理店の雰囲気や食材の説明よりも、舌で感じたことを表現し尽くすことに主眼を置いて、文章を書いております。

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