エツ」(2001.6.2記)
エツのフルコース 友達3人と福岡県大川市の「おかむら屋」でエツを食べた。エツはカタクチイワシの仲間で有明海と中国の一部にのみに棲息するという希少な魚。産卵期の5〜7月に筑後川を上る。3月に福岡に赴任してから初めて聞くようになったエツの話。一度食べてみたい。この日、念願がかなった。
 フルコースの「松」(5000円)を頼んだ。洗い、甘煮、酢の物、吸い物、南蛮漬け、塩辛、唐揚げ、ホイル焼き、骨揚げ、ミンチ揚げ、葛たたき、飯。エツ5匹分と思われる。
 「洗い」は一番ダイレクトにエツが感じられる。鯉といわしの中間、鯉のようなしこしことした歯ざわり、いわしのような脂をたたえた濃厚な旨み、心地よく歯に当たる小骨。キュッと引き締まった皮を噛むごとにジワジワと旨みが湧き出してきた。小骨が多いと言われるエツ、細く細く包丁が入れられている。香のよい胡麻ダレ(八丁味噌と一味唐辛子が控えめに入っている)と最高に合う。そして、最後に喉の奥からほのかな川の香が伝わってくる。不思議な風味だ。
 「ホイル焼き」もいい。ホイルを開いたとき、ふんわり立ち上るバターの香が気持ちいい。ホコホコに蒸しあがっていて、甘味が口中にひろがる、「こりゃあ美味いわあ」。
 「塩辛」はこの店のオリジナル。「川の香をたたえる塩辛」。卵、白子、腸(?)を漬けたものだ。3年ものを出すと言う。卵は肝のようにねっとりとした弾力と旨みを持ち、それらが絡みついた腸をこりこりといただくのがなんとも贅沢。かすかな川魚のようないわしのような香、苦味が喉の置くから上顎(うああご)にかけて立ち上がってきて、余韻を残す。エツ以外に、このような体験はかつてしたことがない。酒が飲みたいねえ。
 おまけに、有明海産の珍しい魚介も頼んだ。「くちぞこの煮付け」。由来は靴底のようなひらべったさ。舌平目よりもやや丸みがかった形で、より薄い。身の繊維が細かく、軟らかく、口の中でクリームのように溶けていった。「メカジャ」(シャミセンガイの仲間か)。長さ3センチぐらいの貝殻には不釣合いなぐらい大きな足が生えていて、ややグロテスク。貝殻は透明な翡翠色をしていて軟らかい。足は噛んでみると芯がある。「ワケの味噌煮」。ワケはイソギンチャクのことだという。激しい磯の香のする、軟らかいふんわりとした外側と、貝のような歯ごたえのある中心部。「貝の黒い部分」(同行者談)のような、ホタテの卵巣のような風味。面白いとしか言いようがない。

捕れたてのエツ 午後7時近くだったがまだ明るい。ゆっくり時間をかけて食べたが、「川に行ってみよう」ということになり筑後川に。岸に何本もの竹を突き刺して、船着場が作ってあった、そのあたりをぶらぶらしながら、ピンク色に変わっていく西の方の空を見たり、写真をとって遊んだ。漁からかえって来たおじさんが捕れたてのエツを見せてくれた。
 なんだかとっても幸せな土曜日になった。おじさんの家でエツの刺身を食べさせてくれることになった。「捕れたてじゃないと刺身には出来ない」、そのおじさんの言葉が、言葉どおりになった。ありがたい。エツは頭と腹を切り落とす、腹は内臓をとってから別に唐揚げにすると美味いという。身を開いて中骨を取ってから、サクサクサクと細く細く切っていく。おじさんは切った断面を見せながら「こんな虹色になるのが新鮮な証拠」と。さっと氷水で洗って出してくれた。薬味はわさびや胡麻ダレではなく、このあたりでは「こしょう」(まだ青いうちの唐辛子をみじん切りにしたもの)を使う。ほんのちょっとでもピリッと辛い。出されたビールもうまかったけど、これは焼酎が合いそうだ。ほんとにうまい。もうもう、濃厚な味で味でたまらん。こんなに味が濃いとは。「沢山食べるといっちゃうから、これだけ」と言われて食べた1腹分の卵巣。まだ赤い血が滲んでいる。恐る恐る口にしたけど、うまいわあ、言葉も出ない。磯の香りのしないウニのようだ。なんだこの濃厚さは、油っぽいのでもなく、香りが強いのでもなく、甘いのでもなく、ただ味が濃い。これを劈く焼酎があれば言うことなしだ。
 4人で突然押しかけた格好だったが、おじさん一家は歓迎してくれた。あとでお礼をしようね。
 帰り道、佐賀から山を越えて福岡市早良区に入った。蛍がづっと見たくて、浮羽に行こうかといっていたけど、ここで見ることができた。「蛍橋」という橋があって、その上流に沢山いるという。すでに車が何台もとまっていたけど、我々もそこへ。草の間に青白いちいさな光の点。風に流されるように。ときたま飛んでくれると、風情が増した。幸せだった。


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