枉駕亭(おうがてい)の一夜(2003.1.25)
 いつも美味しいものを教えてくれるNさんから「今日は絶対行きましょう!」と誘われたスモークサーモンを食べる会。福岡県甘木市の秋月で燻製を作っている「枉駕亭」に行ってきました。
 スモークサーモンは1年でも寒いこの時期に、2回しか作らないそうです。4日前から仕込みをして「今、出来た」というものをいただきました。
 やや厚めに切ったそれは、ぷっくりと柔らかく盛り上がった切り口を見せていて、まさに出来たて、切りたてです。ふーーん、と桜チップの良い香り。何となく、あめ色に色づいているのではないか、と思わせるような、甘い香りです。
 口に含むと、ふわっ、香りが一気に広がって、際限なく際限なく広がって、首から上がなんだか気持ちのいいものに包まれていきます。舌で感じ取れる味も、確かにすばらしい、でも、それを遥かにしのぐ香りの満足感。口の中に入っているのは、小さな一切れなのに、時間をかけて焚き染められた豊かな香りが、この時、いっきょに吹き出るのです。
 塩とハーブによるシンプルな味付け。しかし、鮭本来の脂がねっとりと口中に絡み、後を引きます。少しでも時間がたてば、この脂の旨みは劣化していくでしょう。ねっとりとした感触なのに、澄んだ味、出来たての今しかない味なのでしょう。ちょっと苦いビールがよく合いました。

 肉と肉の間の、べっとりとまとわりつくような脂が美味いスペアリブの燻製や、ベーコン、スモークチキンなども良かったけれども、サーモンの印象が圧倒的に強く、感想はここまでにしておきます。事実、食べてから5時間たった今でも、口の中にサーモンの香りが漂っています。

 もとは酒屋さんだった枉駕亭のご主人は、人から頂いた手作りの燻製品に魅了されたのをきっかけに、まったくの独学で、燻製作りをされてきたそうです。初めのころは失敗の連続ばかり。苦労が多く「作り手になってしまったけど、やっぱり食べる方がいいなあ」と、おっしゃっていましたが、好きなものを納得がいくまで追い求める姿はいいものです。水が美味しい秋月の山あいに来て、燻製を作り、好きなレコードがいっぱいしまってある部屋で、夜がふけるまで、わいわいと美味しいものを食べる。とてつもない贅沢な生活が、その苦労の結果として、ありました。心に残ったのは「若いうちはなるべく本物を知ってほしい」という言葉。充実した生活を実現するための力強い動機となりそうです。


これまでの「美味しかった記」

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枉駕亭の一夜 洋々閣のあら


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