洋々閣のあら(2003.3.2記)

 あらは、畳一枚ほどにもなる大魚。 「美味いあらを食べたい!」という大切な友人の夢をかなえようと、福岡市内の料理屋さんにあたってみたのだが、「本当に美味しいものはお店どうしで取り合いが続いていて、うちも数日後に入る予定があるだけ」とのこと。友人の希望に間に合わせるべく、以前から「あらを食べるならここ」と薦められていた佐賀県唐津市の旅館「洋々閣」におそるおそる問い合わせた。半日後に、女将さんから「どうにか手に入りました」との連絡。なんと俺達は口福(美味しいものに巡り会える運)があるのだろう。 
 献立は、あらを中心に「そらまめ」「湯通ししたエラ、肝、皮の和え物」「お刺身」「煮もの」「皮せんべい」「鍋」「雑炊」「果物」。

 「お刺身」
 程よい厚みをもって造られた刺身。美しい花が咲くように盛られている。一枚、口に含めば、甘味がほんのり。奥歯で、ぎゅっぎゅっ、とかみしめ れば、力強い旨みが充満した。淡白でもなく、油濃くもなく。いわば、水々しい脂の美味さである。澄んだ旨みが、いつまでもいつまでも口の中にありつづける。箸を置き、酒で口をすすぎ、庭の景色を眺め終わっても、まだまだ口に残る旨み。これこそ 「あら」だ。
 最後の果物を食べ終わるまで、3時間半もかかったが、はじめの1時間は、この刺身を食べるために費やしたのではなかろうか。一枚の刺身を味わい尽くさないうちに、次の一枚をほうばることはどしても出来ない。悩ましい。
 「鍋」
 骨から離れたところのぷっくりとした身が絶品だった。熱々をハフハウ言いながら食べると、じゅわあ、とエキスが吹き出す。噛むごとに皮と身の間から、美味 いものが漏れた。今度は、一気に食べ尽くした。
 あとはゆっくりと野菜を食べる。鍋の汁を見ると、表面にきらきらとあめ色の油が浮いている。これを絡め捕るように、春菊を放し、さっと引き上げて食べる。よもぎを思わせるような鮮烈な香り。あらの余韻。若々しい春菊の歯ごたえ。なんとも気持ちいいものが交互にやって来た。
 甘味をたたえる蕪。清流のように美しく、歯ざわりのいい葛切り。コクのあるにん じん。あまい豆の香りがする豆腐。脇役どころではない。隙間なく気を配ってあるのが感じられ、嬉しかった。
  「雑炊」
 残り汁には、丁寧にあくをすくってから、水に浸しておいた米を入れる。炊いたも のを入れるのではなく、米から作るのである。汁に溶け出した旨みをすべて吸収させよう、という考えだそうだ。塩で淡く味付けしただけのものをさらさらと頂 く。それだけでも美味いが、ここに、細かく刻んでから水にさらした春菊と、刻んだ柚子の皮を、一つまみ入れると、とたんに優雅な料理となった。二つの香りが、旨みを何倍にもしてくれた。気持ちの良いまま、箸を置くことが出来た。

 食後は下駄で庭を歩いた。海のほうから吹いてくる風はすでに冷たくなく、このまま眠ってしまいたいような気持ちだった。
 
 ※女将さんが素晴らしい「洋々閣」のHPを手作りされています。検索サイトで「洋々閣」と打ち込めば出ますので、どうぞご覧ください。

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