エゾシカの  2001/01/01〜2001/01/31

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2001/01/31

責任の所在

 第二次世界大戦中の爪哇捕虜収容所を舞台にした20年程前の映画「戦場のメリークリスマス」の一シーンで、身に覚えの無い罪を咎められ日本軍に処刑されようとした英国人捕虜が日本人所長に対し「日本人というものは兎に角誰かを罰すれば其れで良いのか」と問うた処、所長は躊躇う事無く「そうだ」と答えるシーンがあった。映像的にはジョニー大倉の切腹だとかデビッド・ボウイの坂本龍一への接吻だとか程のインパクトは無いものの、此の会話の遣り取り自体は、何か事件が発生すれば事件の真相解明其の物よりも誰か適当な人間をスケープゴートに祭り上げて徹底的に罰を与える事が重要と考えている様な学校に身を置いていた私にとっては非常に印象的なものであった。

 10年程前、中国に於いて日本の修学旅行生達を載せた列車が正面衝突事故を起こし、生徒達を含め多数の命が奪われた。中国側の損害賠償提示額が日本の相場と比べ物にならない位低く、当事者と中国政府との間で議論が為される中、「第二次世界大戦後、中国側は日本に対して戦争による損害賠償を請求しなかったでは無いか。今回は其の代わりに中国側に対しては損害賠償について無理強いを行うべきではあるまい」などという意見が新聞紙上等で散見された。其の意見を目にして私は「何故国家賠償の免責の代償を一般かつ少数の民間人が補わねばならないのだ。味噌も糞も一緒というのは正に此の事なり」と非道く憤慨したものであった。

 さて、先日の事、駅のホームから線路に転落した酔客を二人が救助しようとして、酔客諸共列車に轢かれ死亡した。駅に於ける転落防止策の徹底を訴える声が沸き起こる一方で、二人を巻き添えにした酔客に対する意見やホームで酔っ払う事が非常に危険である旨の報道がやけに少ないばかりか「駅ホームで酒を販売している事が事件を引き起こしたのだ。即刻酒販売を中止すべし」などという意見が目立っているでは無いか。此では2000/03/24で述べた事例と大して変わらぬ。一体事の本質、主たる責任の所在は何処に存在するというのだ。

 事件の悲惨さや人助けをしようとして己の命を落とした人に対するやるせなさが余りに大き過ぎ、人々の感情の容量を大きく超えてしまったものの、其の感情をぶつけるべき人間も既に死亡している。従って、感情の遣り場を昇華出来る相手を強引にでも見つけては其の大きな感情を只管ぶつけて取り敢えず満足しているのであろう。其の気持ちは分からなくも無い位、私自身今回の事件では何かと考えさせられるものがあった。しかし感情の遣り場と責任の所在は本来全く別物である筈。ホームで酔っ払うという行為自体に言及せずにたかだかホームでの酒販売を禁じた処で何等意味を持たぬ。其れこそ救助で命を落とした方々が浮かばれぬでは無いか。


2001/01/30

死の意識

 2001/01/23の様に後から振り返って死を意識した経験は何度かあるのだが、只一度「此の直後に私は相当の蓋然性を以て死ぬであろう」と感じた事があった。

 3年半程前に稚内〜網走のオホーツク海沿岸を車で縦走した際の事。其迄の総走行距離を遙かに上回る区間の運転という事で、運転には細心の注意を払おうとしていたのだが、いざハンドルを握れば左様な意識など何処かに吹っ飛び、気が付けば己の欲望に基づきハンドルを握りアクセルを踏んでいたのであった。

 目的地の網走に漸く近づいたと感じる程に交通量が増えてきた(といっても市街地とは比べ物にならぬ位少ないのだが)頃、直前を比較的低速(といっても市街地に於いてはまず出せぬ位の速度だと思われるが)で走行していたキャンピングカーを追い越すべくハンドルを軽く捻りながらアクセルを踏み込んでいた。処が此のキャンピングカーがなかなか曲者で、私が追い越そうとして併走状態となった時点で追い越されまいと加速し始めたのである。

 其れ以上にアクセルを踏み込み何とか此奴を抜かそうとした瞬間、直線道路の先に対向車が現れた。私の車、キャンピングカー、対向車それぞれの速度を考えれば、キャンピングカーを追い越そうとすれば対向車との衝突の可能性は極めて高い。慌ててキャンピングカーの背後に戻ろうとしたのだが、何と其処には既に後続車がぴたっとつけて居るでは無いか。此処で私の選択肢は四つ。大きく右にハンドルを切り其の儘林に突っ込むか、二車線の車道の真ん中で車を停めた儘下車して避難するか、正面衝突覚悟でキャンピングカーの前に出るか、キャンピングカーの背後に入るべく僅かな隙が生じるのを期待するか。前の二つは最悪でも一命を取り留めそうだが最善でも車の大破は免れぬ。残る二つの内衝突の可能性が低いと思われる最後の方法を選択することとしたのだが、失敗すれば正面衝突が待っている。其の時の速度を考えれば正面衝突の際の被害の大きさを地上への自由落下に喩えてどの程度になるのかを推測するのは容易な事であった。正面衝突すれば間違い無く死に至る。其の瞬間の衝撃等に思いが至った時、キャンピングカーの背後に僅かな隙が生じ、事無きを得たのであった。

 2000/08/28とは異なり死を意識する事は出来たものの、死への恐怖感だの死後の世界だの過去の想い出だのに思いが至る事無く危機は去った。後から思えば折角だから左様な感覚を抱いてみるのも良い経験では無いのかと思ったりもするのだが、冷静に其の時の光景を想い出せば、矢張り真っ平御免である。


2001/01/29

パソコンの不具合

 購入して僅か1ヶ月、苛酷な条件下で使用した覚えも無いのだが、どうやらパソコンのハードディスクの調子が頗る良くない。元々此のパソコンユーザーによるウェブサイト掲示板に於いても、購入直後に突然ハードディスクが動かなくなっただの二度と立ち上がらなくなっただのという意見が頻見されており、気になりつつメーカーの有料サポートに加入申し込みをした矢先の事であった。

 通常データを読み書きする際にハードディスクにアクセスする音とは別の異音に気付いたのは暫く前であった。何か良からぬ事になりそうだと思いつつも、エラーチェックを行っても異常が検出されない為に、取り敢えずは其の儘にしておいたのだが、どうも其の異音が頻繁である上音量が多く、此は些か拙いのでは無いかと思っていた矢先、遂にパソコンが起動能わぬ状態となってしまった。幸いな事に、三回程再起動を試みてやっとの事で立ち上がった為、何とかデータのバックアップを取っておこうとして別のハードディスクにデータをコピーしようとした。

 処が其の最中にも異音は容赦無く発生する。150MBを越えるファイルをコピーしていた最中、遂に画面にエラーメッセージが表示された。別のファイルをコピーしようとしても同様。此処でスウィッチを切断すればもう二度と立ち上がらないのではないかという危惧の為、スウィッチを入れた儘の状態にしておいた。

 暫く後に改めてパソコンの様子を見た処、左様な私の心遣いを踏み躙るかの如く、スウィッチが勝手に切れてしまっていた。もう此は駄目だと思いつつもスウィッチを入れてみた処、不思議な事に無事に起動するだけで無く、異音がぱたっと止んでいたのである。良く解らぬ。

 其れにしても此の状態では修理に出したくとも、現時点では正常に稼働して居るため出す理由が無い。とはいえ何時同様の事象が発生するかも判らず、被害が生じるのを座して待つというのも理不尽な話である。となるとこまめにデータのバックアップを行う事となるのだが、其の必要性を自己防衛の意味で重々承知しつつも「何で当方に責の無い(と思われる)理由で斯様に面倒な作業を頻繁に行わねばならぬのだ、何故斯様な現状を他のユーザーは従容として受け容れるばかりかユーザーの義務であるとまで主張するのだ」という感情が沸々と込み上げるのであった。「其れが嫌なら最初からパソコンを購入せねば良いではないか」と言われるかも知れぬが、幾ら私でも己の責に因らぬ故障や不具合をさも当然の事と信じてパソコンを購入する様な馬鹿では無い。メーカー側は当然信頼性を保証した状態で販売すべきであり、購入に当たっては当然信頼性が期待されるものである。


2001/01/28

温泉レポーター

 温泉番組等に於いては必ずレポーターが股間(女性の場合は此に加えて双乳)をタオルで覆い、其の儘湯に浸かる事となるのだが、此は許されるべき行為なのだろうか。

 古来より共同浴場等に於いては湯に浸かるにあたっては事前に入念に沐浴し、湯舟の湯を可能な限り清浄に保つべしとされており、身体を清める前に己の垢を擦り取ったばかりのタオルを湯に浸すなど以ての外である。逆にタオルが清潔であれば其れは己の身体を清めていない証左であり、其れは其れで湯舟の湯を汚す事になる。即ちレポーター達の行為は正に温泉の名湯を汚すものであり、断じて看過出来まい。

 テレヴィで放映が困難であるというのであれば、上手に手や桶で隠すとか、止むを得ぬ場合にはモザイクだのワイプだので直接目に触れぬようにするしかあるまい。其れが嫌なら最初からわざわざ温泉に浸かってレポートなど行わずとも良い。「私は今名湯を汚しております!」との主張を大々的に行う位なら誰も居ない湯舟を映した方が幾分ましである。

 言う迄も無い事だが、私は女性温泉レポーターの双乳や股間を拝みたいという一心から斯様な主張を為すものではない。私は純粋に名湯を名湯たらしめるべく温泉の魅力を伝えて欲しい、只単に其れだけの気持ちなのである。第一左様な助平心なんぞ「おっとドッキリ!お乳がポロリ!女性アイドル水着水泳大会!」といった類のテレヴィ番組で満たされるレヴェルと変わらぬでは無いか。


2001/01/27

スキー

 此の週末は2年振りのスキーという事で、前夜からスキー関連用具一式を揃えるなどして心を御嶽山中に飛ばしていた。元々スキー自体には別段興味が無いばかりか嘗て3度位しか滑った経験が無い。とはいえ今回は職場に於いてプライヴェート面でも接してみたい方々とのスキーであること、そして密かに年甲斐も無くスノーボードなる遊戯を嗜んでみたいとの希望もあり、会社の研修の真っ只中の休日であるにも拘わらず参加する事となったのだ。流石に他の参加者同様2日間滑り倒す程の体力も気力もある訳で無く、皆が早朝から車でスキー場に向かう中、私だけは初日は夕食と温泉に専念すべく、夕刻に宿に到着する様公共交通機関を乗り継いで現地入りする事とした。

 雨の中、昼前に起床し慌てて身支度を整えて名古屋駅に向かう。通勤で勝手知ったる駅の事、己の乗車すべき列車のホームなど案内板を見ずとも承知しているのだが、既にホームで待機している筈の其の列車が電光案内板に表示されて居ない。矢張り私はまだまだ名古屋人として未熟なのであろうと思いつつ他のホームも調べてみたが、何処を捜しても其の列車の表示は為されていない。当惑する事暫し、長野地区降雪の為に当該列車が運休する旨、構内放送が流れたのだ。

 切符を後続の列車のものに変更すべく駅構内を巡るが抑も後続の列車の運転さえも覚束ぬとの事。取り敢えず目的地に少しでも近づくべく途中駅迄向かう別の列車に乗り込む。名古屋市内を出た辺りで雨が大雪に変わり、徐々に視界が失われ、沿線の木々が雪の重みで列車の行く手を妨げる。時々徐行したり停車したりしつつ予定より遅れて終着駅に着いた。目的地には其処から更に列車で30分、加えてバスで1時間。此処から先の列車がどうなるのかは駅員を以てしても全く見当もつかぬ。況や山中に向かうバスをや。勢いを増すばかりの雪を眺めつつ、現地に既に到着している方々に旅行断念の連絡を入れざるを得ず、大きな荷物を抱えて来た道を其の儘引き返す事となったのだ。

 其れにしても余りに酷過ぎる。今年早々の旅行に於いても最大の目的地に至る迄に、波浪に因る船舶事故の為に足止めを食らって引き返す事となったばかりでは無いか(2001/01/01参照)。今年に入って2度の旅行で2度の足止め。21世紀は私が旅行を楽しむ事を許さないというのか。


2001/01/26

馬の夢

 昨年だったか一昨年だったか定かでは無いのだが、競馬界に於いてゼンノエルシドという馬が一躍有名になった。陰茎を思いっ切り勃起させた状態の儘レースに臨んだだけでは無く、最後迄勃起状態を保ちつつ見事レースに勝利し、二本足の人間と四本足の馬とでは後者の方が速く走れるのと同様に四本足の馬と五本足の馬とでは後者の方が速く走れる事を立証する事となった。此が如何に難行であるかについては、人間の陸上競技界に於いて、十年程前に経血を迸らせながらマラソンに優勝した女性は存在すれど嘗て陰茎を勃起させながら競技に優勝した男性が存在しない事を考えれば容易に推測されよう。

 それはさておき、今週末のレースに彼が出走する事となっている。併せて、私の出資馬であるカネツフルーヴも今週末の別のレースに出走予定である。其の所為であろう、昨夜見た夢の中に此の二頭が登場したのだ。

 舞台は二日後の小倉競馬場。此の日の第11競走・洞海湾ステークスに出走するカネツフルーヴを応援する為に職場の面々を引き連れて応援にやって来た(実世界に於いては此の日に彼等とのスキーを予定している)。下馬評ではカネツフルーヴとゼンノエルシドとの一騎打ちの様相となっており(実世界に於いてはゼンノエルシドは東京競馬場の第11競走に出走予定であり此の二頭の顔合わせなど無い)、此の二頭に注目しつつレースを観戦しようとしていた。

 レースが始まり各馬が先行争いをする中、道中先頭に躍り出たのは見事に股間を屹立させた五本足のゼンノエルシドであった。「うわぁ、あいつ相変わらずやなぁ」と思いつつカネツフルーヴに目を移した処、彼も同様に股間を屹立させてレースに臨んでいるばかりか、事もあろうに前を走っているゼンノエルシドに背後から襲いかかり、後背位で交尾をしようとしているでは無いか。そして「こらぁお前ら何してんねん!」と夢の中で叫んだところで目覚めを迎えることとなった。

 夢の強烈さもさることながら、此の夢は一体何を暗示しているのかが気になって仕方無いのだ。とはいえ其の一方で斯様な夢は下手に意味を見出すことなく気にせぬ方が幸せなのかも知れぬとも思ったりもしているのだが。


2001/01/25

デリバティブ

 金融関連用語の一つに「デリバティブ」なるものがある。人々が理解出来るように説明しようとすればする程新たに理解出来ぬ単語が幾つも発生し際限が無くなるという厄介な単語である為此処では一々説明しないし抑も其の必要が以下の文章に於いては発生しない。

 さて此の言葉の表記にあたっては、語尾が[v]で終わることから基本的に「デリバティヴ」としているのだが、ワープロ等に於いては「でりばてぃう゛」と入力すれば機械側も躊躇い無く「デリバティヴ」と変換する為、個人の資料なら兎も角業務関連資料作成中なんぞに「デリバティヴ」と書いてしまう事もままあり、其の都度「いかんいかん、此処は『エゾシカの嘶き』では無いのだ」と気を取り直しては「デリバティブ」と修正する事となるのだ。

 処で今日偶然にも此の「デリバティヴ」の綴りを目にして愕然とした。「derivative」。語尾だけだと思っていた[v]が中程にも登場して居るでは無いか。即ち「デリヴァティヴ」が正規の表記であり、私が今迄書いていた「デリバティヴ」なる表記は中途半端に間違っていたのだ。此の瞬間顔から火が出る位頬を真っ赤に染めて己の言語力を恥じ入る事となってしまった。更に、世間広しと雖もデリヴァティヴの綴りを見て赤面する人間など恐らく私一人位であろうと思うと、尚更羞恥心を掻き立てられるのであった。


2001/01/24

犯罪被疑者報道

 昨年末辺りに「エゾシカの嘶き」に於いて相次ぎ「宮城」(2000/12/31等)「点滴」(2000/12/28)「犯罪」(2000/12/26)というテーマに関する作品を物した事により、宮城県警が点滴による連続殺人犯罪の捜査の結果被疑者を逮捕(直接の容疑は殺人未遂罪)するに至った模様である。「エゾシカの嘶き」が単なるトレンド予測に留まらず遂に犯罪捜査の一翼を担うまでに至り、愈々増して社会的使命を痛感した次第。

 余り自己の慧眼振りに感心しても仕方が無いので本題に入る事にする。事件当初テレヴィを中心とする報道に於いて被疑者の容姿が採り上げられたのだが、彼がもう三十路に足を突っ込もうとしているにも拘わらず、其の容姿は詰め襟の学ランであったのだ。現段階に於いて被疑者が学ランフェチであるとの報道は為されていないが、別に為されていようがいまいが其の写真については如何にも高校の卒業アルバムから取って来たものと思われる。

 そう言えば昨年の少女監禁事件といい、外国人スチュワーデス失踪事件といい、事件当初に報道された被疑者の顔写真は誰しもが「お前其れ誰やねん、何時やねん」とツッコミを入れたくなる程古い顔写真であったのだが、斯程に現状とは大きく懸け離れた顔写真など報道に於いて如何程の意味を持っているのか。嘗て「EZOSHIKA TOWN」のプロフィールコーナーに於いて私がたかだか数年前の顔写真を掲載しただけで面識ある方々の大半から「此の写真は一体誰だ」「即刻最新の写真に差し替えるべし」等と囂々たる非難を浴びて写真を差し替えるに至った位のご時世では無いか。

 抑も犯罪被疑者報道の原点に立ち返ってみるに、事件を詳細且つ正確に報道すべきという使命がある一方で、世間の人権意識の向上だとか、顔写真の公開により事実上「裁判に因らずに第三者が被疑者を裁く」事についての是非だとかという処から話が始まり、マスコミ側は顔写真の公開について細心の注意を払うと共に司直側は安易に被疑者の姿を晒さぬというルールが確立された。而るに「現在の顔写真が入手出来ないので取り敢えず凡そ本人の現状とは思えぬ顔写真を報道する」というのでは、「正確な報道」という使命及び「人権尊重」から確立されたルールの何れもを抛棄し超越しているのでは無かろうか。「現在の顔写真が入手できない」という事態自体がマスコミや司直の確立したルールの結果だとすれば、其の後の選択肢としては「顔写真の公開をしない」か「司直も含めルールを再検討する」しか無い筈であり、「取り敢えず意味の薄い在り合わせでお茶を濁す」などという安易な選択肢は有り得まい。


2001/01/23

溺死

 最近浴槽に身体を沈めている内にうとうととなる機会が多い。厳寒の折、浴槽に入れば身体が心地良く暖まり精神的にも落ち着き気が抜けていくのは自然の摂理であるのだが、ものには限度がある。今日の入浴時には三十分以上も浴槽で睡眠を採ってしまったのだ。

 所謂「体育座り」の様に足を曲げ、手は適度に湯に沈めるという、狭い湯舟に於ける標準的な格好で暫し浸かっていた処眠りに就いており、水面がぴちゃっと耳や頬を打つ度に目が覚めたのだが、結局再び眠りに落ちて顔が水面に倒れて目覚めるという繰り返しを何度か三十分以上続けていた模様。

 浴槽内での睡眠に因る溺死が実は相当の割合で発生している事は承知しており、日頃浴槽で眠りに落ちる際にも「やばい」という意識が働き目を覚ますのだが、今日は左様な意識が働かぬ位良く寝ていたようである。

 もう少し中途半端に浴槽が広ければ、もう少し私の身体が前後に柔らかければ、もう少し深い眠りについていれば、何れも「もう少し」程度で私を溺死させるのに十分なのである。或る意味此は可成り死に近づいた経験の一つであり、寓居の浴槽は私にとって死をもたらし兼ねぬ空間の一つであると言えよう。


2001/01/22

未満

 「以上」と「以下」とは対義語の関係を為しているにも拘わらず、「未満」なる語については対義語に当たる熟語が存在せず、「〜より上」「〜より大きい」などと表現せねばならぬ。

 此の煩わしさを感じつつ「未満」と口にしてみる。やけに此の言葉、エロティシズムを感じさせないか。「み」「ま」と口唇を二度連続で合体させつつ、唇を横に引っ張ったかと思えば力を抜いて口を開ける。そして最後に鼻から息を抜くように「ん」である。唇の動き、語感、字面(「み・ま・ん」などと平仮名で書いたり語尾にハートマークを付けたりしてみるとエロティシズムが一層引き立つ)、何れも単独でエロティシズムを感じさせるに十分なものが結合して其のパワーを増大させているでは無いか。意外な処にエロティシズムは生きているものである。


2001/01/21

日本歯科大学

 寓居のAV関連機器は、私が所謂海豹型若しくは海驢型(2000/09/13参照)の際には丁度背面に位置する事になる為、テレヴィやヴィデオについては映像を観る事が能わぬ。左様な状況下でテレヴィの報道番組を耳にしていた処、国家試験漏洩事件についての報道で私は様々な思索を巡らせる事となった。

 被疑者の勤務先が「ニホンシカ大学」との事。学長が鹿好きなのか、鹿好きの学生が集うのか、鹿のコスプレが必要なのか、鹿友の会入信者にしか入学資格が無いのか、否否学長や教職員、学生の大半が鹿という可能性も否めぬでは無いか。所在地は奈良か、宮島か、其れとも金華山か。学部は農学部になるのか、獣医学部か、其れとも全国唯一の鹿学部になるのか。入試は何時か、センター試験は今日で終了したが受験の必要はあったのか。生協の食事のメニウが鹿煎餅のみでは少し悲しく、せめて鹿子餅位は追加して欲しい。キャンパス内に於いては当然鹿との触れ合いが愉しめるのであろう。後は近隣の下宿や店舗やラヴホテル等が「鹿同伴可」となっているかを確認せねばならぬ。

 獣心無き時代の私であれば一瞬で「日本歯科大学」と判断出来たのであろうが、今となっては「日本歯科大学」を想起する迄に上述の想像を経ねばならぬ位獣心に支配されている事に気付き愕然とした次第。


2001/01/20

日本経済新聞と年賀状

 卯年に驢馬、辰年に鹿、巳年に馬若しくはマーラの年賀状を作成した件については2001/01/07をはじめとして何度か触れた処である。因みに今年も例年の如く、新年早々「午年は来年である」「貴様は干支を間違えて居る」などというクレームが私に殺到する結果となった(2000/01/07参照)。しかし斯様な人間は私だけでは無いことが本日の日本経済新聞夕刊紙面に於いて判明した。「豚年の年賀状」なるタイトルのコラムに惹かれて目を通してみると、歌人である筆者は年賀状に豚の判子を押し、其処に吹き出しを付けて「わん」だの「にゃあ」だの「ひひーん」だの「めええ」だの「こけこっこ」だのと記入したものを正月早々デニーズに於いて作成していたとの事。

 「わっはっはっ、何処の世界にも似た様な者がおるもんやなぁ」と思いつつ読み終えてはっとした。2000/11/06に於いて「最早単なるライヴァルに留まらぬ」と評して以来、私へのライヴァル心を頑なに押さえようとしていた節が見られる日本経済新聞、2ヶ月半の雌伏を経て今回は記者では無くコラム執筆者を私への刺客に指名し、「エゾシカの嘶き」を意識したネタを掲載するようになったものと思われる。今回のコラムは、21世紀になっても相変わらず日本経済新聞が「エゾシカの嘶き」にとって侮れぬ存在であるという力強い宣言にも思えた次第。


2001/01/19

ゲロ袋

 飛行機に搭乗した際には必ず座席の網フォルダに設置されている、所謂ゲロ袋を持ち帰る事にしている。別に飛行機酔いを起こして袋を吐瀉物で満たしてしまう訳でも無く未使用の物を持ち帰るのだが、縦令空席であろうが自分以外の席のゲロ袋には手を付けないのが美学というものである。

 たかがゲロ袋と侮る勿れ。持ち運びに便利な様にコンパクトに畳まれた袋に航空会社のロゴが機能的にデザインされ、内から外からコーティングされた袋は高級感を醸し出すのみならず実用面に於いても吐瀉物及び其の臭気の透過を見事に遮断するという優れ物なのである。其の有益性に於いては機内誌以上の価値を持つと言っても過言では無かろう。実際に私はゲロ袋は必ず持ち帰れど機内誌は其程持ち帰った経験は無い。

 斯様な素晴らしい袋を吐瀉物だけの為に用いるのは惜しい。食器・コップの代用から、半透明ゴミ袋を義務づけている自治体に於ける使用済生理用品及び避妊具廃棄の際のプライヴァシー保護、果ては緊急時の排泄物処理に至る迄、日常生活に於ける使用機会や応用度は幅広い。一家には一定量を常備すべきであると考えられる。

 にも拘わらず不思議な事に、毎回必ず持ち帰っている筈のゲロ袋、どういう訳か寓居にストックされて居らぬ。使用した心当たりも無い為、恐らく冬眠前の栗鼠の如く、持ち帰る都度何処かに置いては其の儘在処を忘れてしまうのであろうが、全く以て勿体無い事である。


2001/01/18

旅欲の行方・2001/01

 今になって冷静に考えれば、先日の世紀跨ぎの旅行(2000/12/31参照)は今一つトータルでの満足感の薄い旅行であった。石巻という街の魅力を味わう事は出来たものの、今回の旅のメインイヴェントとして掲げた「金華山での鹿との戯れ」は対岸の港で夢と帰し、松島観光は悪天候に見舞われた。せめて食べ物位はと思い牡蛎や雲丹をはじめとする海産物をしこたま胃袋に収めたのだが、折しも旅行直前の病気(2000/12/27参照)や其れに伴う薬の所為なのか、舌が味覚を十分に感じなかったのだ。おまけに仙台で立ち寄った天下一品は好みのタイプとは異なっていた。そして持ち帰った土産といえば悪寒と頭痛と発熱。旅を挟んで種類の異なる病に冒される事となってしまった。

 其の所為であろうか、早速旅欲が沸々と湧きつつある。今回は初めて其の風景を目の当たりにする牛窓(岡山県)を中心とし、十数回は訪れた岡山・倉敷を巡りたいという欲望が非常に強いのだ。数年前、傷心旅行の行き先として選び、頭の中でB'zの「TIME」をBGMに流しながら瀬戸内海を目前にして涙しつつ「今度は絶対に幸せになって来るぞ」と誓ったものの、其の僅か一年後に出張で足を運んでしまい不本意ながら誓いが破れたという岡山・倉敷。結局数年前とは何等己の身辺に左様な意味に於ける幸せは訪れていないのだが。

 さて、早速牛窓の宿をホームページ上で漁りまくる。流石は「日本のエーゲ海」と謳われただけの事はあり、宿の外見はさながらお洒落なラヴホテル調、部屋は全てツインだのダブルだの団体部屋だのであり、シングルなんぞという無粋な部屋は用意されていない。矢張り此では己の身辺に幸せが訪れてから足を運ぶのが正解なのかも知れぬ。


2001/01/17

阪神・淡路大震災

 遂に時の為政者にも「どうでも良い出来事」という扱いを受けてしまうに至った(彼の行動は斯様に解釈されても仕方在るまい)阪神・淡路大震災の当日を思い起こしてみる。

 当時東京で生活していた私は未だ宵を迎えぬ時刻に大きな揺れで目覚める事となった。普段は就寝中に地震を感じようものなら恰もハンモックに横たわっているかのように其の心地良き揺れに只管身を委ねる位の私ですら、其の揺れに対してはとても左様な余裕を感じる事が出来なかった。慌ててテレヴィのスウィッチを入れて状況を確認する。画面に映し出された日本地図にプロットされた震度を見ると、広範に亘る被害の中、私が半生の多くを過ごし、知人の大半が集中する関西地区には嘗て見た事の無い震度が記されていた。而も、中学・高校時代の同級生の多くの出身地であり、私の親戚も住んでいる神戸市には震度も表示出来ぬ程状況確認が能わぬとの事。

 私の実家は神戸市から山を越え奥地に入った所に位置する。少なからず被害を受けているに相違在るまい。社会人になってからは数回程度しか架電した事の無い実家に安否及び状況確認の電話を入れようとしたが電話は全く繋がらぬ。そうこうしている内に東京で生活していた長妹から号泣とも嗚咽とも取れぬ泣声で電話が入った。彼女も実家と全く電話が繋がらないとの事。

 左様な状況でも東京地区に然したる被害が無い以上は出勤せざるを得まい。非常にもやもやとして、それでいて此の上無い不快感を味わいつつ、気分を落ち着ける意味なのかどうか判らぬが、何時もと通勤経路を変えて出勤する事にした。しかし事もあろうに途中の駅で人身事故が発生していた模様で、列車内から線路脇を見ていた私の目には白い布を中途半端に上半身のみに被された轢死体が飛び込んで来た。不快感を落ち着けようとしたのが却って徒となる結果となった。

 職場のテレヴィでは当然の如く、刻一刻と飛び込む惨状が映し出されていた。押し潰された建物、崩れ落ちた高速道路、鼠算的に増加する死者の数。左様な光景を横目に見つつ何度も実家に電話を試みる。相変わらずの電話の不通が刻一刻と伝えられる惨状と相俟って、一層不安を掻き立てるのであった。因みに其の時に行っていた仕事は、此の地震に因る会社の減収想定。今から思えば、実家の人間の安否すらおぼつかぬ者が収入の想定を行うとは何とも皮肉な様に思えてくる。結局実家とは夕刻迄全く連絡の取れぬ儘、大幅な間引き運転となっている新幹線に乗り込み研修センターに向かう事となった。結局連絡が取れたのは亥の刻。幸い実家では物損程度で済んだとの事なのだが、神戸市に住む親戚の安否が全く取れずに直接現地に足を運ぶとの事であった。

 私にとっては深い憎悪の対象であった筈の両親の安否を始終気遣ったり、少なくとも私の家族の中では最も精神的に落ち着いている筈の長妹が電話口で取り乱したり、次妹が当時神戸市に住んでいた交際相手の処に向かおうとした処、其の交際に徹底的に反対していた両親が車の鍵を次妹に決して渡そうとしなかったりと、此の地震に於いて普段では見る事の無かった家族の人間模様を垣間見る事となったのであった。


2001/01/16

恐るべきさぬきうどん

 饂飩通として饂飩屋にも其の名を轟かせている知人の影響で讃岐饂飩の魔力に惹かれることとなり(1999/12/26参照)、先日兵庫に足を運んだ際に京阪神地区のコンヴィニで限定発売されることとなったカップ讃岐饂飩「恐るべきさぬきうどん」を購入した。関西地区には精々偶の通院程度でしか足を運ばぬ為、此の機会にとばかりに掻揚饂飩と狐饂飩を手持ちの鞄一杯に買い込んで帰った。価格は一個250円。讃岐で食べる本物の饂飩の約2倍の価格に驚きつつ、交通費や時間的余裕を考えれば安いものと自らを納得させたのであった。

 讃岐饂飩の魅力を語り一躍ベストセラーになった書籍「恐るべきさぬきうどん」と同じロゴがパッケージにでかでかと印刷されており期待感を煽る。掻揚饂飩の蓋を開けてみると生タイプ麺に乾燥葱、粉末スープ、七味、巨大な掻揚。葱とスープに今一つ本格さが感じられぬと思いつつ、麺をカップに空けて熱湯を注ぐ。通常の生タイプ麺では見られぬ位の油が浮き出し、一旦此を捨てる。改めてスープや具材を載せて熱湯を注ぎ待つこと一分、あの讃岐饂飩の魔力を再認識するかも知れぬとの期待を込めて口をつけてみた。

 しかし、化学調味料で粉飾された其の出汁は本場のものとは大きく懸け離れ、寧ろ既存のカップ麺に只管近いものであった。麺は解れが悪く、箸で解そうとしたら忽ち切れてしまう。勿論あの独特の歯応えや腰など微塵も感じられぬ。此では既存の生タイプカップ饂飩と大して変わる処が無いではないか。

 そうなのである。私の期待が間違っていたのだ。此は飽くまでカップ麺。本場の味の再現だのといった以上に保存性及び安全性といった重大な使命を果たさねばならないのだ。麺にてかてかと塗された油、生タイプでは無く乾燥葱、液体出汁では無く粉末スープ、何れも保存性向上の為致し方無い加工であったのだ。此の商品で最も悔しい思いをしているのは寧ろメーカー側なのかも知れぬ。そう思うと「此がカップ麺で無ければどれだけ美味かったであろうか」という、本物の讃岐饂飩に対する欲望が掻き立てられるのであった。

 更に考えてみれば、此の商品は本物の讃岐饂飩に対する欲望を掻き立てる事により、京阪神の消費者が讃岐に足を運ぶよう仕向ける為のメーカー側の策略ではないかとも邪推したりするのだ。敢えて讃岐地区ではなく京阪神限定発売にしたという所に一層怪しさを感じるのだが。


2001/01/15

動物への敬称

 通常人間以外、就中動物に対して「お〜」や「〜さん」といった敬称を用いるケースは極めて稀である。例えば、或る調査に於いて日本人の半数以上が「好きな動物」として挙げている犬に対して「お犬」だの「犬さん」だのといった表現は通常用いられず、僅かに江戸時代の一時期、為政者の個人的趣味に基づき「お犬様」なる敬称が世に流行していた程度に留まる。因みに「犬さん」で想い出したのだが、高校時代に知人から借りたエロ漫画に於いて、女性教師が犬との性交を授業で実演しようとするシーンで用いられた「ここで机を二つ並べて犬さん登場」との台詞が脳裏にこびり付いてしまい、日常生活に於いて机を移動させて並べたりする際には決まって其の台詞を想い出しては思い出し笑いをしたり何処からか犬が登場しないかとわくわくしたりするのである。

 犬と人気を二分している猫については、恐らく犬以上に「お猫」だの「猫さん」だのといった表現が用いられる機会は少ないのでは無かろうか。蛇足であるが中学時代に学校内で「おねこおねこおねこおねこ…!」と「お猫」を大声で連呼していた処、いきなり後ろから教師に殴られるという経験があった。恐らく其の教師の頭の中は女陰の事で一杯になっていた為何を耳にしても関西地区に於いて女陰を表す「おめこ」と聞こえるくらい淫猥な状態であり、純真な生徒が口にする動物名に過敏に反応したものと思われる。

 而るに「お〜さん」と、両方の敬称が用いられる動物が存在する。猿と馬がそうである。前者については恐らく外見や仕草が人間に近い為、本来人間より低い立場にあるとされる猿を人間のレヴェルに持ち上げる意味で敬称を用いる事となったのであろう。問題は後者の馬である。体格や顔が人間と遙かに異なる上、食物や性格も全く異なる。犬や猫に比べて親しまれている訳でも無く、家畜としての地位も牛や豚や鶏よりは低いものである。又、「象さん」の様に、其の巨大な体躯が尊敬の対象にされている訳でも無い事は、馬に近い仲間であり馬と同様の体躯を持つ牛について「お牛さん」などと称さぬ事から容易に推測される。

 となると考えられる理由は一つしかない。古来より馬と人とは特別な関係にあったのである。2000/01/31でも触れた民話「オシラサマ」に於いても、馬と人との愛や肉体関係は人間の嫉妬心を掻き立て殺意すら抱かせるのに十分な位魅力的なものとされて後世に語り継がれているではないか。当時の馬と人との獣愛の名残が、現代に於いて「お馬さん」という敬称に象徴されているのだ。一部の人間が目を背けがちな獣愛も歴史を越えて現代の我々の日常にしっかりと息づいている事を努々忘れてはならぬ。


2001/01/14

インターネットコミュニケーション

 インターネットの一般レヴェルへの普及により個人レヴェルでのコミュニケーションの在り方にも大きな変化が生じたとされている。具体例として挙げられるのが、現実の対人関係を煩わしく感じてネット上での対人関係を求めるというケース、又、ネット上での対人関係を求める事により現実の対人関係を求める事を欲するというケースである。

 現在のインターネットコミュニケーションを支え拡大するトレンドが全く正反対のヴェクトルに属するものから形成されているとは何とも不可思議に思えた為よくよく考えてみた処、インターネットコミュニケーションに於いては、此の正反対のヴェクトルを時と場合と相手等に拠って自由に使い分ける事が可能であるという大きな特徴があるのでは無かろうか。片方のヴェクトルに固執している人間というものはそうそう居まい。尤も斯様な極端な人種の方が所謂マスコミ受けし易い為に、何時まで経っても「インターネットコミュニケーション」=「対人関係の下手なオタク」若しくは「出会い系サイトに群がる男女」という採り上げ方しかされないのであろうが。


2001/01/13

交際費

 法人税の世界に於いて「交際費」なる概念がある。正確さは二の次にして専門用語を用いず掻い摘んで言えば、本来法人に於いて、費用として出て行く金については税金を課す対象とならないのだが、得意先等の接待や慰安等の費用については「んなもんまともな費用とちゃうやんけ」という事で、出て行った金とは認められずに税金を課す対象となってしまう。斯様な費用を一纏めにして「交際費」と言うのだが、必ずしも其の名から容易に連想される様な男女間に於ける付き合いに限定されるものでは無く、ましてや当事者間の肉体関係の有無及び回数等も此処では関係無い。

 さて、先日偶々法人税に係る資料を目にしていた処、どうも著者の日本語感覚は何処か別の方向を向いているのでは無かろうかと思われるくだりが存在したのだ。先ず一点、「旅行、観劇等への招待は得意先の役員、従業員に対する接待、慰安であり、当該役員、従業員の個人的欲望の充足に充てられるもの」。「個人的欲望の充足」という語が目に入った瞬間、旅行、観劇が恰も自慰や痴漢や強姦等と同列の行為に思えてしまったのだ。

 そしてもう一点。「会議の席上(中略)口をしめらせる程度の酒類を提供しても会議費に該当し(後略)」。ははあ、「口をしめらせる程度」とは私の様に酒の飲めぬ人間が軽くコップに口を付ける程度、多くても口全体にアルコールが満遍無く行き渡るお猪口一杯程度なのだろうかと思いつつよくよく読んでみると具体的な酒量が記載されていた。「ビールや酒をコップ1〜2杯程度」。此の何処が「口をしめらせる程度」なのだ。著者の口は象の肌で出来ているとでもいうのか。

 2000/11/30の著者といい、法律関連の専門家たる者、どうやら並の文章力では務まらぬようである。


2001/01/12

通話制限

 昨年大晦日の深夜。職場で只独り越年、更に言えば越世紀を命じられた挙げ句妻が単独で実家に帰ってしまうという或る意味悲しい年末年始を迎えようとしていた栗鼠似の同期(2000/08/06参照)に対し、せめてもの慰みの意を込めて携帯電話から架電したのだが、其の僅か十分後辺りから暫くの間、携帯電話のディスプレイ上に電話が繋がらぬ旨表示されていた。世紀越えの挨拶電話の殺到による回線障害を防止する為に電話会社が講じた策として、回線障害の原因たりうる挨拶電話の自粛を事前に呼び掛けていたものの結局効果が期待出来ずに通話自体を自ら不能たらしめる事となった模様。

 別に私自身何等影響は無いのだが、挨拶電話の為に真に携帯電話による通話が必要な人間まで通話が制限されるとは何とも遣り切れぬ思いがあるのだ。現実的な対応の一つとして、世紀替わりの一定の時間のみ通話料金を数倍程度に設定して不急の通話を抑制するなどという事は考えられないのだろうか。

 そう考えてみて、此が全く効果の無い事に気付いた。携帯電話を用いた不急の挨拶電話で「あけおめー!」「ねーねー今何やってた?」なんぞとやっている輩共、大抵が分別も弁えずに親の金を湯水の如く通話料に費消する餓鬼共ではあるまいか。縦令通話料が数倍になろうが数百倍になろうが、此では何等挨拶電話の抑制にはならぬ。とはいえ此奴等の為に或る電話会社の全国の携帯電話が一時的に使用不可能となるというのも尚更怒りを禁じ得ぬのだ。


2001/01/11

独善

 「独善」なる語、大和言葉に於いては「独りよがり」となるのだが、よく見ると此では誰が何処からどう見ても「独りでよがること」以外の意味が思い浮かばぬのが通常では無かろうか。即ち女性が辛抱堪らず周囲に誰も居ない事を確認して愛液でしとどに濡れそぼつ女陰をまさぐりさすったり摘んだり果てには指や器具や野菜を抜き差ししては背筋を仰け反らせ上の口も下の口も涎で満たして歓喜の嗚咽を発しつつ自慰の快楽を貪っている光景が嫌でも脳裏に浮かぶ事となるのだ。

 此ではおちおち日常生活に於いて「独りよがり」なる語を用いるのも困難では無かろうかと思い、「独善」の意味に於ける「よがる」と快楽に身悶えする意味の「よがる」との違いを調べようと広辞苑を繙いて衝撃の事実が発覚した。実は両者とも全く同一の「善がる」の見出し語の下に含まれる言葉であったのだ。更に「夜の通いが絶える。夫が妻のところへ通ってこなくなる」という意味の「夜離る」(読みは同じく「よがる」)なる言葉があるでは無いか。成程、夫が夜に肉体を求めて来なくなる事と女性が自慰行為に耽り身悶えする事とは「よがる」という言葉で密接に繋がっているのだ。夫婦間の性文化と日本語との密接且つ意外な関係に強く心打たれた次第。


2001/01/10

サイト閉鎖のお知らせ

 昨春の事、「EZOSHIKA TOWN」を訪れて下さった方からアンケートの回答を頂いた。其の方の開設しているサイトのアドレスが記載されていた為一度訪れてみたのだが、此が私に大変深い感銘を与えるものであったのだ。

 馬との獣愛を説く其のサイトには、筆者が何故牝馬にしか愛を感じない体質になったのか、妻である牝馬の魅力とは、馬と人とはどういった時に愛を感じ合うのか等について、世間の批判や誤解に対する意見も踏まえた上で、単なる感情論では無く一本筋を通した意見として非常に平易且つ明快に述べられている。只単に「獣愛とは何ぞや」なるテーマに留まらずに、世間一般で語られる「理想的な愛とは何ぞや」「燃えるような恋とは如何なる時に成立するのか」についても自ずと回答を見出す事が出来るそれらの文章に私はいたく共感を覚え、其の感謝の意を早速其の方にお伝えしたのだ。更に斯様なサイトの存在を少なくとも私の知る人達に知らしめたいとも思ったのだが、生憎其のサイトはリンク厳禁との事で、私が個人的に訪れるに留まることとなった。

 そして昨秋、前触れも無く其のサイトは閉鎖された。トップページに代わって掲載されたサイト閉鎖のお知らせで述べられていた幾つかの理由の中に「一体斯様な形で労力を割いて獣愛を説く事が何の意味を持つのか」との懐疑があった。閉鎖もさることながら、此程迄に私に多大な影響を与えてくれたにも拘わらず、サイトの意義を見い出せないという理由で閉鎖されたという事に、私が其のサイトから受けた感銘を世間全体に遍く広める事が出来なかったという悔しさを感じたのであった。

 そして年末。少し前に検索エンジンで「エゾシカ」を調べていた際に偶然出くわしたサイト。随想、漫才、風俗紀行、ファイナンシャル・プランナー講座等々、其の視点や表現についてそそられるサイトを発見し、何時ご挨拶してリンクを張らせていただこうかと思案していた矢先、トップページにサイト閉鎖のお知らせが掲載された。閉鎖理由にあった「知人位しかアクセスしない」という箇所を見て、彼此悩まずに掲示板等に於いてご挨拶を差し上げておけば良かったと後悔すること頻り。

 更に元旦の事。嘗て出入りしていたサイトの開設者の訃報が旅先の私に届いた。当然サイトも早晩閉鎖される事となろうが、此程悲しいサイト閉鎖も無かろう。

追記(2001/01/14):此等の内1つは目出度くサイト再開。


2001/01/09

風俗談義

 日常生活に於いて好むと好まざるとに拘わらず風俗談義に加わる際、先ずは挨拶代わりに風俗経験の有無及び程度について語る事が義務化されていると言っても過言では無かろう。

 風俗に疎い私の場合、「いやぁ、風俗は行かないんですよ」とは言わない。何故ならややもすれば此の発言が、恰も自らが風俗否定派であり風俗経験者に対して敵愾心や侮蔑心を常日頃から抱いているかの如き誤解を受け兼ねず、風俗談義で盛り上がっている方々の風俗心に思いっきり水を差す虞が多分に存在するからである。

 別に風俗談義に限らずとも、一般的に「A」という立場の人から己のポジションを求められた際には「Aで無い」と答えるよりは「Bである」と答えた方が、相手の心理にダメージを与える事無く己のポジションを述べる事が出来る上に、新たにBというポジションについての話が弾んだりするものである。

 左様な理由に拠り、私は風俗経験の有無及び程度について語る事を求められた場合には決まって「いやぁ、私は素人専門なんですよ」と答える事にしているのだ。

 処が悲しい事に、此の発言がどうやら私を実態とは懸け離れた助平に仕向けて居るようであり、「素人ギャルに不自由する事無く日夜街角等にて素人ギャルを漁色しては取っ替え引っ替え毒牙に掛けている」かのように受け止められる機会が少なからず存在するのだ。

 「玄人経験が無い」と「素人経験ばかり」という言葉の何処に差異が生じるというのだ。玄人経験の回数をa、素人経験の回数をb(a,bは一般的には整数)とした場合、前者はa=0、後者はb/(a+b)=1となるのだが、此はb=0の場合を除き、双方が等しい事、加えて、双方の関係とa+b(全性経験の回数)の大小との間には何等関係が無い事を確認して頂きたい。

 其れにしても、己が助平であるとの誤解を解く為に、風俗談義の際に数学や論理学の説明を一頻りせねばならないとは。此では折角の風俗談義も白ける事必定であろう。


2001/01/08

windows2000導入に伴う問題

 パソコンのOSとしてwindows2000を用い始めてから3週間。2000/12/16で述べた通り従来用いていたwindows98と比べて何かと戸惑いを感じつつも、然して大きな問題も無くパソコンに触れている。

 しかし只一点、非常に重要な問題が生じているのだ。従来「エゾシカの嘶き」執筆時は勿論の事、嘗ては業務に於いても活躍するなど生活必需品として日々愛用していたパソコンソフト「学研マルチメディア図鑑・動物」がwindows2000上では稼働しない事が判明したのだ。

 世界の獣達が図鑑形式で網羅されており、獣の種や名称等から自由に其の姿や体型や生息地を検索する事が可能であるばかりか特定の獣については動画や音声もふんだんに準備されており、一旦開けばなかなか飽きる事無く楽しむ事が可能となるのだが、此がwindows2000ではインストールすら能わぬ。windows2000への対応を保証していない勝馬投票券購入ソフトや競走馬データベースソフトが何とかwindows2000上で稼働している事から淡い期待を抱いていたのだが、矢張り不可能なものは不可能であった。パソコンショップにて代替品を捜すも、此の手のソフトでwindows2000対応のものは未だ存在しない模様。

 取り敢えず現在は「学研の図鑑・動物」(書籍)で代用しているのだが、持ち運びが容易に出来ぬのが非常に辛い。いっその事、此のパソコンにwindows98も載せてしまおうかと思ったりもするのだが、2000/02/05等で述べている通り此の手の再インストールを改めて行う程の暇もなければ再インストール自体を快楽と思える程の器量も無い。暫くは旅先等に「学研の図鑑・動物」を持ち運ぶ事になるのであろう。


2001/01/07

年賀状・5

 今年の年賀状の図案には都合三パターンを準備しておいた。一つは昨年の元旦に羽田空港で撮影した初日の出、そして昨夏に和歌山で撮影した三匹のまったりしたマーラ(台詞入り)、更には昨年秋の北海道旅行で突然私の唇を奪った相手(2000/09/14参照)の写真である。基本的に、遙か目上の方及び未だ私の獣愛振りを知らぬ方に対しては初日の出の写真、年賀状のデザイン性を重視しそうな方にはマーラの写真(台詞入り)、其れ以外の方には昨年北海道で私の唇を奪った相手の写真の賀状をそれぞれお送りしている。

 さて、年賀状を書いている時点に於いては、翌年の干支は当然の如く強く意識するものの翌々年の干支についての関心は皆無に近いものであり、昨年末の時点で、来年の干支が午年だとは終ぞ気付かなかったのだ。其の結果、来年こそ馬写真年賀状に相応しい年であるにも拘わらず、私の唇を奪った馬の写真を今年の年賀状に用いてしまい、「年賀状に二年連続で同工のネタを用いても芸が無い」という私の信念に従えば、来年の年賀状に馬の写真を用いる事が不可能となるのだ。

 信念を曲げて午年に相応しい馬年賀状を作成すべきか、干支と年賀状とのベスト・トゥ・ベストの関係を捨てて信念を貫くべきか。早くも来年の年賀状が気に掛かって堪らぬ。


2001/01/06

IT革命の功罪

 携帯電話の爆発的な普及に伴い我々の日常生活に生じた大きな変化の一つとして、人々が抵抗感無く日常会話に於いて「ヴァイブ」という言葉を口にする様になった事が挙げられる。

 元々は古来より所謂電動小芥子なる性具を指す此の言葉、携帯電話に於いては着信音を鳴らす事が不可能な場所等に於いて、着信時に電話機自体を小刻みに震わせて直接所有者の肌(胸だの腰だのが通常と思われるが時と場合によっては乳首や太股というケースも生じよう。尚、着信待ち状態で膣内に挿入するのは愛液の影響に拠りヴァイブ機能に支障を来たす場合が在り余りお勧め出来ぬ)に快感を与えて着信を知らせる機能として用いられる様になった。

 此により、従来其の言葉を発する事自体が恰も其の器具を所持したり活用したりしている行為に比肩するかの如く、口にする事が頑なに憚られていた、又万が一口にする機会に於いても顔を紅潮させて相手に聞こえるか聞こえないかの小声で口にされていた「ヴァイブ」という言葉が、今では携帯電話会社の型録や取扱説明書、日常生活に於いては「仕事中はヴァイブにしろ」「電車の中では周囲の迷惑を考えてヴァイブを用いている」「あ、ごめん、今ヴァイブ使ってたから着信に気付かなかった」などと、一昔前の人間が耳にしたら其の場で腰を抜かしそうな会話に用いられているのだ。

 しかし此により、旧来のヴァイブと区別が付かなくなり混乱を来たす事象も少なからず存在する事になろう。ヴァイブプレイを愉しむ積もりで事前に相手方に「今晩はヴァイブやぞ。ちゃんと準備しとけ」と伝えた処、相手方は携帯電話の着信設定を切り替えて準備した積もりになっており、いざ行為の段になって期待通りのプレイが実現しなかったという悲劇が後を絶たぬ。

 文明の進化は必ず何等かの代償を伴うとは蓋し名言。IT革命の陰にも犠牲在り。


2001/01/05

 書店にて「私の死亡記事」なる書籍を見つけて手に取る。著名人が現時点にて、勝手に己の最期を想像して、新聞記者の立場に成り代わって己の死亡記事を執筆するというものなのだが、筒井康隆氏が執筆している文章の中にあった「デヴュー」なる表記を目にして私は大いに苦悩する事となったのだ。

 此の表記については偶々先日私も悩んだばかりである。以前はてっきり仏蘭西起源の「デジャヴ」からの類推もあり「デヴュー」だと思い込んでいたのだが、実際に英和辞典を繙くと綴りは「debut」となっており、此ではどう見ても「デビュー」である。更に仏蘭西語の綴りを確認しても「debut」(正確にはeの上に´が付く)なのである。「デジャヴ」の「ヴ」が「vu」である事を考えると、「デビュー」の「ビュ」はあくまで「bu」という事になり、わざわざ「エゾシカの嘶き」に於いて用いていた「デヴュー」なる表記を数日後に修正した経緯があったばかりである。

 私の文章、否、思考や人生に迄多大な影響を与えたと言っても過言では無い筒井康隆氏の事、此は彼の誤りでは無く私の与り知らぬ何処かの言語に於いて「デビュー」を「v」を用いて発音しているのに相違あるまいと信じる事としたい。


2001/01/04

石巻

 私が世紀の変わり目を過ごしていた石巻市(宮城)は、当初期待していた以上に好ましい街であった。こぢんまりとした街をぐるっと囲む様に北上川と石巻湾が位置するかと思えば、市中彼方此方に小高い丘が存在している。斯様な自然の地形に加え、街の機能として三方に伸びる鉄道、鉄道でカヴァー出来ない地域に伸びるバス路線。他にも有力企業の工場や、シネマコンプレックス付きショッピングモール等も市内に存在する。喩えてみれば、小学校の社会科の授業か何かで大きな箱庭を与えられ、「此処に自由に街を作ってみなさい」と言われて作成した街の典型の様な街なのだ。

 元旦早朝、ホテルから徒歩で日和山に登り、石巻湾を眺める。宮澤賢治が初めて観た海も此の風景だったのかと感慨を深めつつ、湾を越えた太平洋からの日の出を待つ。日の出前の群青色と灰色が、太陽が雲海から顔を出した瞬間に空色と橙色に変化する。暫し此の変化を味わった後、下山して北上川河口近くに向かう。川とは思えぬ位の落ち着きを見せる水面と、新世紀とは思えぬ位の落ち着きを見せる住宅街とを左右に対比させつつ川沿いを只管歩き、再びホテルに戻る。数時間で日本を感じさせる自然の地形を一通り観賞するという贅を新世紀早々味わった後、此の街から離れて次なる目的地に向かったのであった。

 しかし結果的には先述(2001/01/01参照)の如く、此の日の観光は船の欠航に拠り事実上此にて終了し、出発船も無き港で貴重な時間を無為に過ごす結果となってしまったのだ。願わくば石巻の自然を堪能した後は街としての機能に触れてみたいと思っていただけに、「ああ、石巻を発つ時点で何故金華山行き航路の欠航が周知されなかったのだ」と悔やむ事頻り。


2001/01/03

検索エンジン・2000/12

 今年もいきなり出だしから「人は一体放尿の何を知りたくて『エゾシカの嘶き』に辿り着くのであろうか」(2000/12/01参照)という命題に取り組まねばならぬ事となった。毎月恒例のアクセス解析に於ける2000年12月の検索語第一位は、11月に引き続き、ぶっちぎりで「放尿」であったのだ。此処まで来ると、その内私自身が放尿について本格的な作品をしたためねば「放尿」を求めて「エゾシカの嘶き」に辿り着いた漂流者達を救済する事が出来ぬという強迫観念に駆られるのではないかと些か心配である。

 因みに大差の二位は「体位」。三位に「小説」という文化性の高い語が来ていたのだが、よくよく見てみると此の語で検索した人は「アヌス調教 小説」だの「強姦 小説」だの「Hアニメ 小説」だの「小説 潮吹き」だのといった組み合わせで「エゾシカの嘶き」に辿り着いている事が判明した。

 さて、今回の傾向として、やたら長いフレーズが非常に目立っていた。「動物に関する電磁波の影響」は兎も角、「ピアスの穴の空け方」「女子小学生の更衣室」「小学4年の女の子のスクール水着」、極めつけは「毎晩電動こけしを使いたのしんでいる人」。最後のものを検索しようとした人は、此により毎晩電動こけしをつかいたのしんでいる人の一覧表でも探そうとしていたのであろうか、縦しんば毎晩電動こけしをつかいたのしんでいる人がネット上で発見出来たとして、一体其の後どうする積もりであったのか。

 後、興味深い事として「シカ」から「エゾシカの嘶き」に辿り着いた方がいらっしゃったのだが、此の方よく見れば「シカ おまんこ」で検索して来られた模様。肉欲獣愛派とでも呼ぶべき此の方の獣愛度に、私と若干立場は異なれど興味の持たれるところである。


2001/01/02

転嫁

 雨の中松島海岸を歩いていてふと或る言葉が頭を過ぎった。「転嫁」なる語、何故「他人に押しつける」なる意味を「嫁が転ぶ」なる語に転嫁させる事となったのであろうか。

 松島巡り遊覧船中で、通常の生活に於いて「嫁が転ぶ」シーンを想像すれば何か新たな発見があるのでは無いかと思い、思索を巡らす。正月+嫁が転ぶという事で、幸い容易に其のシーンを想起する事が出来たのであった。

 嫁に和服を着用させ、腹帯をぐるぐる巻きにした後に其の一端を握り、独楽回しの様に勢い良く引っ張る。嫁は「あ〜れ〜」などと叫びながらくるくる回転する事となり、帯が全部解けた頃に丁度良い具合に和服がはだけた状態で、回転の勢いと眩暈により嫁が地面に倒れ込む。此幸いとはだけた和服の隙間から手を差し入れて筍の皮剥の要領で衣服を適宜脱がして其の儘性行為に突入する。尚、和服は完全に脱がさずシーツ替わりに用いる事、足袋は敢えて脱がさぬ事が正統派の嗜みというものである。

 行為に至るまでのゲーム感覚、和服という非日常的な格好、端正な服装が乱れる事から得られる興奮、遠心力を駆使するという物理学的学術性の高さ、等々から非常に魅力的とされるプレイの一つとして、正月等に各家庭に於いて実施されている此の行為、確かに其の最中、相手方に己の肉体及び肉体の一部分を押しつける事になるでは無いか。

 しかし五大堂を参詣している内に、此の解釈にも致命的欠陥が存在する事に気付いた。「相手方に己の肉体及び肉体の一部分を押しつける事」=「転嫁」という事であれば、何も上記のような年に一度実施するかしないかの様なプレイに象徴させなくても良いのではないか、又、「相手方に己の肉体及び肉体の一部分を押しつける事」自体は別に相手が嫁であろうと無かろうと可能である上、別に転がさなくとも立った儘や座った儘でも十分可能ではないか。

 結局思索のみでは何も解決する事無く自宅到着後に漢和辞典を繙き「嫁」自体に「他人に押しつける」という意味が含まれている事が判明した次第。矢張り旅先に於いても辞書を常時携帯しておいた方が良かろう。


2001/01/01

21世紀のシナリオの瓦解

 元旦早々私の21世紀のシナリオを全て瓦解させるかの如き事態に陥るとは想像すら出来なかった。今回の旅行の最大の目的地である金華山への到達、即ち、今世紀が私にとって幸多き世紀である様に其の幕開けを鹿の年と位置づけるべく計画した新世紀早々の鹿とのランデヴーが、物理的に不可能となってしまったのだ。

 確かに前日から何かしら嫌な予感はあった。到着早々時折小雪の舞う天候。エスカレータの進路を塞ぐように立っていた老家族を交わす事能わず目的の電車に僅かの差で乗れなかった事。取り敢えず数十分後に乗った列車は目的地迄行かず、待合室も無い其の終着駅で更に数十分待たされた事。松島水族館に到着したものの海驢ショーのスタートに間に合わなかった事。年越し蕎麦をコンヴィニで購入してホテルで食べようとした処、包装内にてっきり添付されていると思っていた箸が添付されて居なかった事。

 しかし翌朝、雪の降る中寒風の吹き付ける石巻の日和山山頂に於いて日の出時刻迄待つ事30分、更に雲海から顔を出す迄待つ事20分、やっとの思いで21世紀の初日の出を目にする事が出来たのだ。此に免じて今迄の不幸は全て20世紀に遺して頂きたいと希求し、21世紀として素晴らしい幕開けを期待した次第。

 嗚呼其れなのに、其れなのに。バスで2時間掛けて赴いた、金華山行き航路の出発港。行っていきなり「波浪により本日欠航」とは。此で私の21世紀も其の初日に於いて終わったのだと深い悲しみに打ちひしがれる事となった。とはいえ何時迄も悲嘆に暮れる訳にも行かぬと思い気を取り直した処、今度はやたらと怒りが次から次へと私を支配するのであった。抑も石巻に居る時点で欠航が決まっていたのであれば、駅頭等に於いて何等かの告知をすべきではないのか。出発港で船に乗れなくとも帰りのバスは2時間後であり、往復時間を含めて日中の6時間が無駄になってしまうではないか。遣り場の無い鹿欲、何処で満たせば良いのか(因みに仙台市内の八木山動物公園は年末年始休園)。更に夕刻になって現地のニュースを観ていた処、実は此の航路の船、今朝方沖合で網に引っ掛かり9時間もの間立往生していたとの事なのだが、現地では皆挙って左様な事実をひた隠しにしていたでは無いか。

 新年早々悲しみ怒る事になるとは、21世紀も相変わらず或る意味に於いて私らしい世紀となる事であろう。


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