インダス宇宙人起源説〜Moenjodaro
 
インダス宇宙人起源説
〜 Moenjodaro
 

   それにしてもテーマパークみたいな遺跡だ。歩けば歩くほどそんな気がしてくる。ひとつには保存状態の良さだろう。長いこと砂に埋まっていたため、当時の姿がそっくりそのまま残っている。
 しかし、これは長くは続かない。素材が土を固めた煉瓦なだけに、自然の風化作用ですぐに朽ちて土に戻ってしまう。実際、既に砂山と化してしまった遺物をところどころで見た。
 塩害の問題も深刻だ。すぐそばを流れるインダス川に注ぎ込む地下水脈が豊富で、それはそれで文明の発展には貢献したが、遺跡が発掘され外気に触れるようになると浸透圧の関係か何かで地下のミネラル分を地表に浸出させる。それが遺跡を土台から崩していくのだ。
 関係者の間で懸命の保存活動が続けられているが、現在のところ決め手となる修復方法は見つかっておらず、資金も乏しく、前途は明るくない。もう一度埋め戻すくらいしか手立てはないのかもしれない。
 将来的には見学不可となる可能性がある。そう考えると、訪れることができたというだけでラッキーだし、なおさら「見れるものはひとつ残らず見ておかなければ」と思う。
「皆さん、こちらに来てください。面白いものがありますよ」
 添乗員の声に呼ばれて行くと大きな立て看板が地面に刺さっていた。見たこともない記号が白地に黒で横書きされている。インダス文字だ。
 一種の絵文字なのだろう。大きさや長さの異なる円や直線を組み合わせてひとつひとつが作られている。地図の記号のようでもあり、とても人工的だ。一方で、見方によっては牛や魚に思えなくもないものがある。甲骨文字のように自然界の観察から生まれたのだろうことが容易に想像できる。
「標識のように見えますが、こう書かれたものが出土したというだけで意味はわかっていません。それどころか、インダス文字自体、解読が絶望視されてもいます」
 発掘された標本が少ないせいもあるが、インダス文字はこれまで知られている世界のどの文字とも共通点がないのだという。言語学を専門に研究している友人がいるが、彼によれば言語の研究というのは比較分析なのだそうだ。既に消滅してしまった言語であっても、他の言語のどれかとは関わりを持っており、それをつてに芋づる式に解明していくことができる。逆に言えば全く独立した言語などあり得ないという前提に立っている。ということは、もしインダス語が独立した言語であった場合、解読は不可能ということだ。
 このことは同時に重大な仮説を提示する。インダス文明は周辺地域からの影響を全く受けない環境で誕生したのではないかということだ。もうおわかりだろう。インダス宇宙人起源説だ。これなら現代までその文化的遺産が引き継がれていないことの説明にもなる。宇宙人は宇宙に還ってしまったのだ。
 実感として、モヘンジョダロの街並を見る限り、4000年以上昔の人々が建設したとは到底考えられない。現代人の目から見ても何ら不自然なところがない。
 東京郊外のニュータウンに行ってみればわかる。一戸当たりの区画割り、道路の引き方、公共施設の配置など、街づくりの仕方がそっくりだ。何より薄気味悪いのは、見た目もさることながら設計の根底にある開発の思想レベルが同じということだ。
「ここ、きっと昨日まで人が住んでたよね」
 妻の言葉に僕も真顔で頷いた。それ以上、ふたりとも何も言わなかった。
 

   
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岐路のパキスタン
 

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