謹賀新年〜Karachi
 
謹賀新年
〜 Karachi
 

   午前3時30分、モーニングコール。ついさっきベッドに入ったと思ったのに、容赦なく起こされる。朦朧とした意識のまま着替えを済ませ、部屋を出る。
 ラホールで一日遊んだ後、カラチに飛んでホテルに着いたのが昨夜の9時過ぎ。それからバイキングのディナーを食べ、風呂に入り、荷物の整理をして、床に就いたのはたぶん日付が変わる頃。寝たのは正味3時間程度だったろう。元々無理のあるスケジュールなのだ。
 眠気が高じて吐き気がしてくる。しかし、今日だけは這ってでも行かねばならない。これを逃したら一生後悔するのは目に見えている。何が何でも間に合わなくては。
 そう、今日はこのツアー最大のハイライト、モヘンジョダロ遺跡の観光なのだ。
 モヘンジョダロへのフライトは6時半発。チェックインはその1時間前。ホテルから空港までは30分。ということは5時にはホテルを出なければいけない計算だ。ご丁寧なことにその前にレストランで朝食も用意してくれている。ありがたいというか迷惑というか。
 ともあれ、紅茶片手にトーストと目玉焼きを腹に収めたツアーメンバー一同は、定刻通りにホテルを出発した。みんな目が開いていないが、やる気だけは伝わってくる。
 カラチの、いや、パキスタンの玄関口であるカーイデ・アーザム国際空港は、ターミナルビルからしてラホールやペシャワールとは格が違う。広々としたロビーは天井も高く、成田クラスと言って差し支えない。空いているソファを見つけ、すかさず沈み込む。これがまた快適なシートで、しばしウトウトする。
 近くでテレビがやっていた。そういえば、他の中東や南アジアの国々では空港でテレビを見た記憶がない。やはり乗り換え客の多いハブ空港ならではか。ナショナルフラッグであるパキスタン航空もここを拠点として、中東や東南アジアはもちろんのこと、アフリカやヨーロッパにまで路線を延ばしている。外国人利用者の利便も考えているに違いない。
 寝ぼけ眼で漫然と画面を見ていたら、突然、顔中髭もじゃらの男が大写しになった。アラビア文字の描かれた銘板を背に机に向かい、朗々と演説を始めたではないか。
「イスラム教の聖職者かな」
「ちょうど朝のお説教の時間なんだね」
 アメリカにはテレビ伝道師なる職業があるというが、さしずめこの人はそのパキスタン版なのかもしれない。初めて見たが、なかなか興味深い。
「ちょっと待って。今日って何日だったっけ」
「えーっと、あっ、元旦だ」
「ということは、これって謹賀新年の挨拶?」
「そういうことになるよね」
「どうしよう。今年初めて見たテレビがこれだよ」
「いいじゃない。縁起良さそうで」
 辺りを見回したが、僕と妻の他にテレビを見ている客はいない。パキスタン人ですら一瞥もくれずに通り過ぎていく。ひょっとして、僕たちはかなり貴重な視聴者なのではないか。そう思うと何となく優越感をくすぐられ、意味はまるでわからなかったが結局番組が終わるまで見続けてしまった。
 気がつくと、じれったそうな素振りをした欧米人が背後に立っていた。その顔には「なぜチャンネルを代えないのだ」と書いてあった。
 

   
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岐路のパキスタン
 

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