アタマ爆発 |
〜 Peshawar |
バザール観光から戻ると返信のFAXが来ていた。待ち合わせは夜9時にホテルのロビーに変更とのこと。良かった。通じたのだ。飛行機が本当に飛ぶか一抹の不安は残るものの、ひとまずは一件落着。ホテルのレストランでバイキングの昼食をとることにする。 「羊の脳みその煮込みです。いかがですか」 それは珍しい。皿に取り分け、スプーンですくって口に入れる。見た目は白子だが食感はほぼ豆腐。舌先で粉雪のように淡く溶ける。スパイシーな味付けともマッチして、なかなかいける。ただ、少し油が出過ぎている。脳は脂肪が多いということか。 食べ終わると俄然暇になった。ホテル出発は夕方。それまでどうやって時間をつぶすか。ツアーメンバー有志でガイドブック片手に相談することにする。 「やっぱりバザールくらいしかないよ」 「もう二回も行ったのに」 「でも、他に面白そうなところもないし」 ホテルにずっといるよりはましというわけで、三たびバザール観光に行くことになった。ただし今回はガイドも添乗員もいない。送迎のバスもない。地図と自分達の足だけが頼りだ。 「この道を真っ直ぐ行くと歩道橋があるはず。それを渡るとバザールエリアだ」 歩くに連れ交通量が多くなってきた。どの車も容赦なくビュンビュン飛ばしていく。目の前に極彩色に飾り立てられたワゴンが滑り込んできた。歩道で待っていた人々が次々と乗り込んでいく。名物のギンギラバスだ。満員でもう入らないところからさらにギュウギュウと押し込んでいく。それでも乗れなければ車体の外側にぶら下がる。凄まじいまでの密集度だ。 やがて目指す歩道橋が見えてきた。しかし、近づくにつれ、日本で見慣れているものとはかなり様子が違うことがわかってきた。 「まるで砂糖菓子に蟻が群がっているみたいだ」 「蟻じゃなくて人でしょ」 そう、歩道橋の上には信じられないくらい大勢の人がいたのだ。背中から血の気が引いていく。恐怖のあまり言葉が出ない。 初めて東京に出て来た時、あまりの人の多さに吐き気を催したことはあったが、怖いとは思わなかった。だがこの眺めは怖い。とても怖い。あれを渡るのか。嘘だろ。かといって、車道を横断するのは自殺行為に等しい。仕方なく勇気を振り絞って登ることにする。 しかし、歩道橋の上はさらに想像を絶していた。何と露店が並んでいるではないか。どういうことだ。ただでさえ狭い通路が半分になっているじゃないか。なぜ誰も文句を言わないんだ。第一、地べたに商品を並べていたら、踏んづけられても文句言えないぞ。おい店員。ちょっと待て。押すな。落ちそうになるじゃないか。おっと、よく見たらこの手すり、いつ壊れてもおかしくないくらいボロボロじゃないか。危ないったらありゃしない。 眼下には道路を埋め尽くすギンギラバス。それらを取り囲む人の群れ。テント、バイク、土埃、水たまり。何が何だかわからない。カオスとはまさにこのことだ。もっと平易な表現で言えば「ぐちゃぐちゃ」だ。 開いた口が塞がらなかった。凄い。この光景は凄い。凄すぎる。 カルチャーショックなどという生易しいものではない。理解の臨界点を超えている。頭がスパークしてはじけ飛ぶのが自分でもわかった。 |
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岐路のパキスタン |
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