ビジネスセンター〜Peshawar
 
ビジネスセンター
〜 Peshawar
 

   一夜明けると状況がかなり明確になってきた。予定していた朝のフライトは機体が来ないために飛ばず、ラホール行きは夜の便に変更。その結果、以後の日程にも大きく影響が出ることとなった。ラホールからはムルターンを経由してカラチに飛ぶ予定だったが、それでは日数がオーバーしてしまうため、ムルターン行きはカットになった。
「ムルターンから陸路でカラチに行くことも考えましたが、何時間もかかる上に道があまり良くないので諦めました。三日前に出たツアーが、やはり霧のせいでムルターンで立ち往生してしまったため、現在そのルートを行っていますが、かなり大変なようです」
 12時間ぐらいバスに揺られるらしい。確かにそれはごめん被りたい。霧の影響は国内線全体に及んでいる。主要都市を結ぶ幹線網から優先的に機体を廻しているため、ムルターンのような地方都市はどうしても後回しになってしまう。
 ムルターンは観光地としてはあまり知られていないが、起源はインダス文明にまで遡る。ダルガーと呼ばれる美しいイスラム聖者の廟が多く残されており、訪れるのを秘かに楽しみにしていた。だが仕方がない。モヘンジョダロとどっちを取るかと聞かれれば、泣いて馬謖を斬るしかない。
 ところで、ラホール行きが遅れることになったため、ひとつ懸案が生じた。ラホール在住のパキスタン人の友人と今日の昼食時に会う約束をしていたのだ。このままでは待ちぼうけを食わせることになってしまう。何とかして連絡を取らなければ。
 幸い、日本で知り合った時に名刺をもらっていた。電話をかけるという手もあるが、僕の英語力では甚だ心許ない。回線が安定してつながるかどうかも不安だ。FAXがいいだろう。
 ホテルのコンシェルジェに訊くと「ビジネスセンターがある」と紹介してくれた。ロビーの奥の一角に衝立てで仕切られたブースがあり、デスクの他にコピー機やFAX機が置いてある。困った顔で立っていると係の人がやって来てくれた。
「あのー、FAXを送りたいんですけど」
「それならこの紙に書いて、FAX番号と一緒に持ってきてください。こちらで送っておきますよ」
 渡された便箋に、飛行機が飛ばないのでラホール到着は夜になること、夕食後にホテルで会えないかということを書く。英作文なんて大学入試以来だ。何度も書いては直す。意味は通じるか。文法は合っているか。読める筆記体になっているか。
 推敲に推敲を重ねてようやく完成。名刺とともにビジネスセンターに持っていく。
「こっちの番号ね。電話じゃないよ、FAXだよ」
「オーケー、オーケー。任せといてください。少し時間がかかると思いますので、お部屋でお待ちください。送れたらお知らせします」
 人事は尽くした。後は天命に任せるしかない。もし通じなかったら縁がなかったと思って諦めよう。
 ロビーに戻るとツアーメンバーが集まっていた。時間つぶしにまたバザールに行くのだという。ガイドや添乗員も一緒だ。昨日は駆け足の観光でもっとゆっくり見たいと思っていたから、ちょうど渡りに舟だ。
 昨日までとは打って変わって外は晴天だった。気温は低いが、肌を突き刺す寒さもむしろピリリとして心地よい。回復がもう一日早ければ。少し恨めしい気持ちで空を仰いだ。
 

   
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岐路のパキスタン
 

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