裏切りのリゾートを行く〜Eilat
 
裏切りのリゾートを行く
〜 Eilat
 

   創世記を思わせる原初の風景が拡がっている。地殻変動がそのまま取り残されたような、幾重にもうねる岩山の連なり。見事なまでに一本の草木もない。イスラエルの国土の南半分を占める不毛の荒野、ネゲヴ砂漠だ。エルサレム空港を離陸したアルキア航空の国内線は、一時間弱のフライトの間ほぼずっとこの上を飛び続ける。
 まもなく到着予定時刻というときになってようやく眼下に街が現れた。忽然とそそり建つホテル群。その向こうで眩いほどに輝く青い海。イスラエル最南端にして最大のリゾート。砂漠と海で外界から隔絶された蜃気楼の街、それがエイラットだった。
 一日くらい優雅な休日があってもいい。ビーチサイドでのんびり過ごそう。しかし機外に出た瞬間、その期待が完全に裏切られたことを僕は知る。唸りを上げて強い風が吹きつけてくる。空港の建物を出ても風は収まらない。しかも熱い。至近距離からドライヤーを当てられているかと思うほどの熱風だ。歩き出すこともままならない。そんな僕たちに太陽がさらに追い打ちをかける。南の陽射しは強烈だ。影は短く、そして濃い。たまらずタクシーを停め、急いで乗り込んだ。
「コーラルビーチへ」
 エイラットが面する紅海は世界で一番美しい海と言われる。砂漠に囲まれているため、流れ込む川がほとんどなく水が澄んでいるのだ。
 街から車で10分ほど南に下ったところに遊泳区域が設けられていた。海の家があったり、砂浜にデッキチェアーが並んでいたりと、日本の海水浴場と変わらない。だがひとつ困ったことがあった。どこで着替えたらよいのかがわからない。ロッカーなどを探してみるが見つからない。考えた挙げ句、道路を挟んだ向かいにあるホテルのトイレを借りることにした。素知らぬ顔をしてプールサイドを抜け、ホテルに入る。リゾートなのだから水着姿で館内を歩いても怪しまれることはない。作戦成功だ。
 ビーチに出る。目の前にはきらめく海が拡がっている。だが水に入った瞬間、またしても僕はイメージを裏切られたことを知った。冷たいのだ。20℃くらいしかないに違いない。灼熱の太陽に一年中照らされているのに。外気温が高いだけに一層落差を感じる。それでも熱帯魚と思しきカラフルな魚が波打ち際を泳いでいた。寒くないのか、おまえら。
 それでもビーチでひとしきり遊んだ後、今度は海底水族館へ向かう。紅海は世界有数の珊瑚礁の海でもある。ダイバーはもちろんのこと、潜らなくても美しい珊瑚礁を楽しめるように、リーフの中に塔が突き出しているのだ。
 水着にTシャツを羽織っただけの姿で、南に向かう一本道を歩く。足元から陽炎が立っている。強い陽射しと烈風が熱と水分を奪っていく。これはいい。着替える手間も要らず、一石二鳥だ。水族館に着く頃にはすっかり全身が乾いていた。
 円形の建物が沖に張り出していた。桟橋をわたって辿り着いた内部は螺旋階段が下へ下へと続いている。降りたところはまさしく竜宮城だった。ガラスの向こうに色彩とりどりの珊瑚が、熱帯魚が、これでもかといわんばかりに乱舞している。「海底水族館」の名に偽りはない。とても幻想的な眺めだった。
 塔の上の展望台にも登ってみた。ここからはイスラエルに隣接する三カ国の海岸線が一望できる。右に連なる砂漠はエジプト、左に遠く見える街はヨルダンのアカバ、その先に霞むのがサウジアラビア。同じ360°の視界でも水中とは随分違うものだと思った。
 当然のことながら国境線は見えなかった。それだけが水中と同じだった。
 

   
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永遠のイスラエル
 

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