ボウリングの球は浮くのか〜Dead Sea
 
ボウリングの球は浮くのか
〜 Dead Sea
 

   ヨルダン渓谷は世界で最も低い土地だ。海抜マイナス212mのガリラヤ湖からほぼ真っ直ぐに南下するヨルダン川に沿って細長い平地が続いている。その底に位置するのが死海だ。湖水面の海抜は実にマイナス398m。流れ込んだ水は行き場を失い、砂漠の強烈な太陽に灼かれてどんどん蒸発していく。水分中に溶けていたミネラルが飽和の臨界点を超え、結晶となって析出する。かくして世にも稀な塩分濃度の高い湖が出来上がった。魚は棲めないが、泳げない人でも浮くというのはありがたい。
 エリコ観光に充てるはずだった時間が浮いてしまったため、途中エン・ゲディに寄ることにした。湖岸から離れ、急な登り坂をくねっていく。岩だらけの山に緑豊かな一角が見えてきた。ここには泉が湧く。それを求めて珍しい動植物が集まることから国立公園にも指定されている。
 死海を見下ろす自然観察学校の庭で野生の山羊が草を食んでいた。すぐそばにいる。何十頭もいる。岩場にもいる。牡の角が大きい。バッファローかと思うほど立派な角だ。驚かさないようにそっと近づいてみる。彼らも怖いだろうがこっちも怖い。あの角で向かって来られたらひとたまりもない。
 このあたりでは砂漠とはいえときどき雨が降るそうだ。岩山は樹木がなく保水力に乏しいため、ちょっとの雨でも滝のような濁流となって死海に流れ込む。道路が寸断されることもあるという。なるほど白い岩肌がいたるところ太古の陸地のように削られている。青々と拡がる死海とは鮮やかなコントラストだ。
 ひとしきり山羊見物を楽しんだ後、再び元の道に戻る。ホテルには4時前に着いた。目の前にはプライベートビーチが拡がっている。さっそく水着に着替えて繰り出す。この時のためにとわざわざ日本から持ってきた新聞紙を携えて。
 だが水に入るなり、しまった、と思った。底に沈んでいるのは砂ではなかった。塩の結晶だ。尖った岩石を敷き詰めたようなもので、痛くてとても歩けない。ビーチサンダルが要る。
 それでも膝が浸かるくらいまで進むと足の裏が徐々に浮いてきた。腰が隠れる深さになると完全に足が離れた。これは凄い。そのまま真っ直ぐ歩く。泳ぐのではない。歩くのだ。手を振り、膝を上げて、イチニ、イチニ、と前へ進む。なんということだ。僕は今、水の中を「歩いて」いる。新約聖書に湖を歩いて渡ったというイエスの奇跡が伝えられている。それが事実だったかどうかはひとまず別にして、死海では誰もが当然にできるのだ。この感覚を言葉で表現するのは難しい。実際に体験してみないとわからない。そして圧倒的に面白い。水中で新聞を読むなど楽勝。両手両足を宙に突き出してバンザイもできる。ただし平泳ぎは難しい。足が浮いてしまい水を蹴ることができないからだ。
 こんなに楽しい死海だが注意点もある。それは15分以上入らないこと。浸透圧の関係で、長時間入っていると体内の塩分が流出してしまい危険なのだそうだ。また、水が粘膜に触れるとヒリヒリするので目や口に入らないよう気をつけなければいけない。
 後日、日本のテレビ局がロケに来た話をガイドから聞いた。正月用のクイズ番組の撮影だったそうだ。テーマは「ボウリングの球は果たして浮くのか」。彼らは1オンスずつ重さを変えた球を何個も用意し、実際に死海に浮かべてみたという。バカバカしくも学術的に意味のある実験だったらしい。今まで誰も試したことがなかったのだ。
 さて、それでは問題。ボウリングの球はいったい何オンスから沈んだでしょう。
 答は13オンス。それ以下では浮いてしまったそうだ。
 

   
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