株式会社トミー・浜野氏

 ゲームの創世記の関係者の方々に当時の貴重なお話をうかがうゲームフロンティアーズ。第6回は株式会社トミーにおいて、数々の電子ゲームを手がけられた濱野信夫(はまの のぶお)様のインタビューより、俗にLSIゲームと呼ばれる80年代前後の電子ゲームの開発秘話をお贈りします。1982年トミー電子ゲームパンフレット
 ファミコンやゲームボーイなどが普及していなかった1980年代前半、子どもちの熱き視線を一身に受けていたのは、小さなボディにピコピコサウンドがはじけるLSIゲームでした。メーカー各社がさまざまなLSIゲームを発売する中、トミーは腕時計型ウォッチマンや、カラー液晶+プログラミングのパワーマン、そしてヘッドマウンテンディスプレイを髣髴させる3-D立体グラフィックスシリーズなど、高い技術力が内容後押しするゲームが印象的でした。一方、パックマン(ナムコ)やグラディウスの原点スクランブル(コナミ)など、この期ではまだ珍しかったオフィシャルのアーケード移植ゲームも忘れられません。
 ファミコンやPSなどに受け継がれたLSIゲーム。その役割から名作ゲームの開発秘話、つくる側の意義、喜び、哲学など、さまざまなお話をうかがってまいります。
 
 しかるに、今回のインタビューはちょっと毛色がちがいまして・・・。

 実は今回のインタビュー、今から13年前の1993年(平成3年)、とあるパソコン雑誌の一企画として収録されたものなのです。残念ながら諸事情で企画は陽の目を見ることがなかったのですが、貴重な証言を多数いただいており、いつかこの素材をベースに、今度はC.V.S.ODYSSEYとして再取材をお願いできれば・・と考えていました。ところが2005年、ご存知の通り、トミーとタカラの合併が突然発表されたのです。今後お願いできない可能性も十分考えられましたので、ここが節目と、トミー社様に急遽連絡を取り、趣旨をご理解いただいた上で、「校正だけなら」と濱野様にご確認いただき実現したのが、今回の復活版インタビューなのです。10年以上のインターバルがありますので、旬なテーマが”ポリゴン”だったりという時世のずれが出てきますがご了承を。逆に取材当時から見た未来、イコール現在という興味深い図式が生まれました。濱野氏の想像した現代/未来のエンタメとは?ご注目いただきたいポイントのひとつです。

 さあ、時計の針を1993年に戻しましょう。
 まだWindows 95もプレイステーションもなかった時代。平成5年9月14日(火)、よく晴れた朝。一行は京成立石駅から一路トミー目指して歩いていたわけです。  

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ご注意
・本文(2p〜8p)並びに関連画像の掲載についてはトミー社様より許可を得ております。
・版権表記については、当時の資料を基に、現在の社名で表記しております。

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