くさいお芝居

近藤 貞二

私は、はり灸マッサージ治療院をほそぼそとやっております。もう15年が過ぎました。
 で、1日中治療室にいますと、いろんな人が玄関のドアをたたきます。時にはセールスであり時には宗教への誘い、時には何かの寄付金の依頼とまあ患者さん以外にもいろんな人が来るものです。

あれはもう数年前のことになりますが、私の治療室に変な親子連れがやってきました。そう、年もおしせまった今ごろの季節だったと思います。
 その日は土曜日で、仕事の時間が終わる5時すこし前の時間でした。そろそろ片づけようかと思っていたとき、治療室のドアが開きました。
もう帰るモードに入っていた私でしたが、仕方なく応対しました。

すると女性の声で「患者じゃありませんけど、お願いがあって来ました」というのです。

「じつは主人が・・・」と母親らしき女が話し始めました。それを娘らしき女が制止して「父が医療ミスのために亡くなり、裁判で勝ったのですが、書類の申請のお金が無いから3万円貸してほしい」と言うのです。
母親らしき女は「お願いします、お願いします、月曜日には必ず返しますのでお願いします…」と繰り返し懇願するばかりでした。
 なんだかわけの分からない話ではあったのですが、話を聞きながらいろんなことが頭の中をかけめぐりました。もちろんあぶない話であることも思いましたけど、私も普段からいろいろな人にお世話になっており、もし本当に困っているのなら、役にたてたらと思ったのです。
そしてなによりも、早くややこやしい話から解放されたいという気持ちがありました。
私は彼女らの話を一応は信じて、借用書を書いてもらい、点字でも住所と電話番号を書き取りました。そして3万円を「僕もゆとりがあるわけではないから、必ず月曜日には返してほしい」と言い添えて渡しました。

彼女らが帰ってすぐに、向かいの酒屋のご主人がやってきて「今お金を貸してくれっていう女が来なかったか?」というのです。

酒屋のご主人の話によれば、彼女たちは常習犯で、以前に住んでいた小牧から追われてこちらに来たのだということでした。そして、うちにも来たことがあって断ったのだが、酒屋業界でも注意を促す話があったそうです。
そして、私の所から女たちが出てきたのを見て注意しに来てくれたのでした。

私は急に不安と怒りがわいてきました。それでも半信半疑で、とりあえず他にも同じような被害届けが出ていないのか、警察署に確認と相談の電話をしました。
 応対してくれた警察官の話では「今のところそのような被害届は出ていないが、そんな話を信用するのがおかしいわなあ」という。そして、さもだまされた方が悪いと言わんばかりの言い方をされました。
 思わず悔しさがボワーっと胸いっぱいに広がりました。もちろん今度は電話に応対してくれた警察官にです。
私は持っていた受話器をたたきつけたい気持ちをぐっと押さえて、住所は書き取って分かっているのだが、自分は目が見えないために一人ではお金を取り戻しに行けないので一緒に行ってもらえないかと提案しました。
するとその警察官は「一緒に行くことはできるのだが…どうのこうの…どうのこうの…、それに本当の話かもしれないから、約束の日まで待ってみてはどうか」というのです。
とりあえず私も彼女たちを信じることにして、約束の月曜日いっぱい待つことにして電話を切りました。

お金を返してくれるはずの月曜日の昼過ぎに今度は例の母親だけがやってきました。
お金を返しに来たのかと思いきや、何と、もう3万円かしてくれないかというのです。さすがに仏のコンちゃんもだまされたと思いました。

しかし、そこは冷静を装い、「どうも話が分からないから、もう一度どうしてお金が必要なのか聞かせてほしい」と求めました。そして机の下に置いてあった小型テープレコーダーの録音スイッチをちゃっかり押したのでした。

すると彼女は「主人が医療ミスで……。書類の申請に……」と以前の話を繰り返しました。
 それでは私が確認するから、弁護士の名前と連絡先を教えてほしいというと、それは自分は知らないというのです。
それでもしつこく聞くと、彼女はしぶしぶ弁護士の名前を名乗ったのでした。
 さんざん聞くだけ聞くと、「これ以上は貸せないから、この前のお金も早く返してほしい」とせっついてやりました。
 仕方なく彼女は帰っていきましたが、その日の晩、彼女らの連絡先に教えられていた携帯電話番号に電話をしました。するとなんと、繋がらないようになっているでわありませんか。これで彼女たちの話がすべてうそだということがはっきりしました。

私は彼女たちの話は一応信用してお金を貸し、そして期限いっぱいまで待ちましたが返す意思などないことがはっきりしましたので、もう一度警察署へその旨の電話をしました。
あれから警察でも調べてくれたようで、酒屋のご主人が教えてくれたように、やはりだまされたのは私だけではなかったようでした。
となれば警察の対応も変わり、今度は「だまされた方が悪い」などと言わんばかりの態度とは違っていました。しかし悔しいのは、彼女たちはすでに逃げてしまった後で教えられていた住所にはいませんでした。だからあのとき、すぐに警察が対応してくれていたら…という警察に対する不信感がつのります。
それと同時に、私の気持ちを踏みにじった彼女たちもゆるすわけにはいきませんでした。

私は警察に被害届を出すことにしました。
 本当は、被害届などどうでもいいことでした。そんなことよりも、女たちをひっつかまえて、おもいっきりぶん殴ってやりたい気分でした。

しかし被害届は大変で、目が見えないということで私の所で事情聴取はしてくれましたが、警察官が二人も出入りするのも気分がいいものではありませんね。

それにしても、調書はワープロで作製していましたが、警察官って、文才もずいぶん必要なんですね。もちろんワープロも自由に扱えないといけませんしね。

それにつけても、テレビやラジオのニュースで詐欺の報道を聞くことがありますが、自分は慎重の方だから、だまされることはないだろう。何でそんな話を信用するのだろうと、よく思っていました。そんな私が、怪しいと思いながらもまんまとだまされてしまいました。
しかしですよ、だまされたから言うわけではありませんけど「だまされる方がわるい」などとは思ったことはありませんよ。そんな風に思わせる風潮こそがよくないと思っています。

いま思えば、とんでもなくくさいお芝居でしたが、私の中のバイブルと何かが合ってしまったのでしょうね。ニュースで報道されるような詐欺事件でも、犯人のねらいが心のすきまにスーっと入ってしまった結果なのでしょうね。きっと。

みなさんも、どうぞ気をつけてください。