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2008年8月28日大館市北部で発生した突風事例




要旨


 2008年8月28日16時30分ごろ,秋田県大館市北部の白沢,中羽立,粕田集落の一部地区(東西1km x南北1km)で突により,住家の屋根トタンの飛散,樹木の折損及び倒伏などの被害が発生した.筆者が現地調査を行い,樹木の倒伏方向などから風向を推定して分布図を作成した結果,発散性のある突風が吹いた可能性が高まった.この推定風向分布と聞き取り調査の結果から,本事例は,発達した積乱雲から下方へ空気が噴流して地表で一気に発散する「ダウンバースト」(本事例の場合は「マイクロバースト」)によるものである可能性が見出された.
 本事例については,新聞報道等はなく,被災地区外の大多数の住民は,市内で突風被害が発生したことを認知していない.発達した積乱雲(雷雨)がもたらす局所的な突風被害の情報は,一般に共有されないことが多く,社会に認知される事例は氷山の一角である.よって,身近においても積乱雲(雷雨)が突風被害をもたらし得ることを,何らかの形で広く啓発していくことにより,一人ひとりの当事者意識の高まりが期待され,ひいては地域の防災力向上につながるものと考えられる.


1.はじめに
 2008年8月28日秋田県大館市で,発達した積乱雲の通過に伴い,短時間強雨,落雷,突風,降雹による被害が発生した.大館市北部の白沢, 中羽立, 粕田集落の一部(東西1km, 南北1kmの範囲)では突風が発生し,筆者調査により, 住家の屋根トタンの飛散,パイプ車庫の飛散,ビニルハウスの損壊,樹木の折損・倒伏などの被害が確認された. また, 当被害地区内では,降雹(直径2cm大)により農作物に大きな穴があいている畑も確認された.
 ところが, 突風被害発生翌日の8月29日から9月4日までの1週間に,突風被害に関する新聞報道(秋田魁新報,北鹿新聞,大館新報)はなく, 紙面で唯一取り上げられたのは, 「28日16時16分ごろ東台地区(突風被害地区より8km南)で.落雷により1607戸が停電した」ことのみであった(29日付の北鹿新聞,大館新報紙面). そのため,本突風災害は, 被災地区外の大多数の住民には知られていない.
 本稿では,突風,特にダウンバーストに関する過去の知見を簡潔に述べた後,筆者による現地調査の結果を報告し,2008年8月28日に大館市北部で発生した突風の原因を推定する.また,防災上の考察を若干述べる.

第1図 突風被害発生場所
地図の作成にあたっては国土交通省の国土数値報を使用した。


2 突風について
 突風は,気象科学事典(日本気象学会編, 1998)によれば,「地上付近の風は絶えず強くなったり弱くなったりして変化しているが,そのうち一時的に強く吹く風をいう.」と解説されている.
 突風の種類は,例えば,気象庁による「竜巻等の突風データベース 」 (http://wwww.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/tornado/index.html)では,竜巻,ダウンバースト(マイクロバーストも含む),ガストフロント,塵旋風(つむじ風を含む),その他(現象が特定できない突風)に分類されている.



第2図 ダウンバーストの模式図 (鉛直断面図)     Fujita(1985)から引用






第3図 ダウンバーストの模式図 (平面図)     Fujita(1985)から引用


 竜巻とは,気象科学事典(日本気象学会編, 1998)によれば,「積雲,積乱雲などの対流性の雲によってつくられる鉛直軸を持つ激しい渦巻で,しばしば漏斗状または柱状の雲を伴っている.」とされている.被害域は帯状,線状となることが多い.
 ダウンバーストとは,Fujita(1985)及び上田(1996)によれば,積雲または積乱雲の下で,地表及び地表付近に破壊的な吹き出しを起こす強い下降気流のことである.第2図のとおり,上空から吹き降ろしてくる下降噴流が地表に当たって勢いよく広がり,陰影部で風速が最大となる.また,親雲が移動しない場合は,地上における吹き出しは放射状に広がる(第3図左)が,親雲の移動速度が速い場合は,吹き出し方が扇状(第3図中)または直線状(第3図右)になる.また,Fujita(1985)は,水平スケールの広がりが4km以下のものを「マイクロバースト」とし,4kmを超えるものを「マクロバースト」として区分した.
 ガストフロントとは,気象科学事典(日本気象学会編,1998), 大野(2001)及び小倉(1999)によれば,「最盛期あるいは衰弱
期の積乱雲または雷雨下に形成される雷雨性高気圧(meso high)から流れ出して周囲へと広がる冷気外出流と周囲の空気
が衝突する線のことである.突風前線あるいは陣風前線ともいう.通過時に地表では突風が吹き,気温が急降下する.また通過少し前から気圧が上昇する.」と解説されている.
 塵旋風とは,気象科学事典(日本気象学会編,1998)及び大野(2001)によれば,「日射が強く,植生がない乾燥した地面の上で発生しやすい大気境界層内の鉛直軸回りの強い渦.竜巻と違って,上空の対流雲によって維持されるわけではなく,地表面付近で加熱された空気が上昇することによってつくられると考えられている.」とされている.
 気象庁は,1961年以降の突風事例を「都府県支庁別の事例一覧(http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/tornado/select_prefecture.html)」としてまとめてホームページ上で公開している.これによれば,東北地方では,秋田県が44事例で最も多く,山形県の27事例がこれに次いでいる.日本海側で突風災害が発生する頻度が高いことがわかる.(第4図).



第4図 東北地方の県別突風事例数 
データは気象庁の都府県支庁別の事例一覧(http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/tornado/select_prefecture.html)より

 秋田県の44事例の内訳は,竜巻34事例,竜巻またはダウンバースト4事例,ダウンバースト0事例,塵旋風(つむじ風を含む)1事例,その他(不明を含む)が5事例である.これによれば,秋田県ではダウンバーストとして特定できた事例はゼロであった.ただし,これは気象庁が確認している事例であり,実際の発生事例はこれよりも多くあるものと考えられる.例えば,秋田県においては,梶川,薄木(1992)は,仙北町 におけるマイクロバーストの事例を,梶川ら(1993)は,協和町 におけるマイクロバーストの事例を,梶川(1988)は横手盆地におけるマイクロバーストの事例を調査して報告している.
 マイクロバーストは水平スケールが4km以下と狭い範囲に限定されるため,市街地から離れた中山間地等で発生しても認知されないことが多い.また,認知されたとしても,人的被害がない場合は,復旧作業(家屋の補修,倒木処理など)を自力で行う場合が多く,消防や行政機関などへ応援を要請することが市街地に比べて少ない.よって,本事例のように,突風被害が発生したという情報が,地区の外側へ伝わりにくい.
 大野ら(1996) は,1981年6月から1994年9月までの13年間に日本全国で25件のダウンバースト発生事例と総数75個のダウンバーストが発生したことを確認した.この75個のうち,被害調査に基づいた37個のFスケール(Fスケールについての詳細は第3表及び第19図を参照)の階級別頻度分布は,1個を除いてすべてがF1からF2のダウンバーストであった.ところが,ドップラーレーダ観測に基づいた16個のFスケールの階級別頻度分布の場合は,F0以下の階級区分に頻度のピークがあり,風速が増すとダウンバーストの個数は指数関数的に減少していた.また米国におけるダウンバーストの調査(NIMROD 1978 and JAWS 1982)においても,ダウンバーストの発生数は,風速が増すと指数関数的に減少していた(Fujita,1985).このことから,大野ら(1996)は「日本の現状では被害の出ないダウンバーストは見過ごされがちなためF0以下のダウンバーストの確認数が少なくなっている」と解釈できるとしており,これまで社会に認知されてきたダウンバースト事例は,氷山の一角であると考えられる.


3 気象状況
(1)概要
 大館市北部における突風事例は「平成20年8月末豪雨(気象庁が命名) 」の期間に発生したものである.災害時自然現象報告書(気象庁,2008)によると,8月28日から30日にかけて,本州付近に停滞した前線に向かって南からの非常に湿った暖かい空気の流入が強まったため,中国,四国,東海,関東及び東北地方などで記録的な大雨となった.
 8月28日は東北北部から西日本にかけて前線が停滞(第5図)しており,大館市北部の事例は,この停滞前線の付近で発生した雷雨による突風である. 
 東日本の広い範囲で大気の状態が不安定となっており,水戸地方気象台の調査報告(2008a, 2008b)によれば,同日,茨城県つくば市や土浦市で竜巻による突風事例が確認された.

 
第5図 地上天気図 2008年8月28日15:00JST
気象庁ホームページ ( http://www.j,ma.go.jp )より


第6図 気象衛星赤外画像 2008年8月28日16:00JST
高知大学気象情報頁(http://weather.is.kochi-u.ac.jp/)より
日本付近を切り出し
第7図 気象衛星可視画像 2008年8月28日16:00JST
高知大学気象情報頁(http://weather.is.kochi-u.ac.jp/)より
日本付近を切り出し


(2)大気の安定度
 日本の東海上には高気圧があり,下層ではその南西象限の縁に沿って暖湿気が流入し秋田の850hPaの相当温位は28日21:00JSTで345.7 Kであった.大気の状態が不安定なため東日本を中心に,非常に発達した対流性の雲が見られた(第7図).
秋田の相当温位の鉛直プロファイル(第8図)によれば,9:00JSTは850hPa付近から400hPa付近まで,21:00JSTは850hPa付近から600 hPa付近 まで対流不安定となっており,気層が持ち上げられ飽和に達すれば,対流が発生し積乱雲が発生しやすい状況であった.
 また,雷雨が発生する可能性を経験的に示す物差しとして,第3表に4種類の診断法による結果を掲げた.診断基準は,大野(2001)による. これによると,28日21時(秋田)のSSIは-1.86 であり,「雷雨の可能性あり(中程度に不安定)」であった.リフティド指数は-1.2で,「やや不安定(雷雨の可能性あり)」,K指数は37.1で「雷雨の可能性は80-90%」,トータルトータルズは46.8で「散発的で並み程度の雷雨や孤立した激しい雷雨の可能性あり」という診断結果であった.

第8図 温位と相当温位の鉛直プロファイル (秋田上空)
高層観測データは, 米国ワイオミング大学ホームページ”soundings”(http://weather.uwyo.edu/upperair/sounding.html)より


第1表 雷雨発生の可能性診断 秋田上空2008年8月28日


9:00JST 21:00JST 雷雨発生の可能性診断
ショワルターの
安定指数SSI
0.53 -1.86 (雷雨の有無)
  〜  0  安定
0 〜 -3  雷雨の可能性あり(中程度に不安定)
-4 〜 -6   激しい雷雨の可能性あり(非常に不安定) 
-6 〜       激しい雷雨の可能性大(極度に不安定)
リフティド指数
 LI
0.55 -1.2 (雷雨の度合い)
    〜 0   安定
 0 〜 -3   やや不安定(雷雨の可能性あり)
-3  〜 -6  中程度に不安定(激しい雷雨の可能性あり)
-6  〜 -9 非常に不安定
-9  〜     極度に不安定
K指数 KI 37.2 37.1   (雷雨の可能性)
  〜15:  なし
15〜20: 20%
21〜25: 20-40%
26〜30: 40〜60%
31〜35: 60〜80%
36〜40: 80〜90%
40〜  : ほぼ100%
トータルトータルズ
TT
44.7 46.8 (雷雨の規模)
  >44 孤立した弱い雷雨の可能性あり
 >46 散発的で並み程度の雷雨や孤立した激しい雷雨の可能性あり
  >50 散発的な激しい雷雨の可能性あり
  >52 広域で並み程度の雷雨の可能性あり
  >60 広域で並程度の雷雨や散発的で激しい雷雨の可能性あり
各指数の値:米国ワイオミング大学解析値 (米国ワイオミング大学ホームページ”soundings”(http://weather.uwyo.
edu/upperair/sounding.html)より)
上記の診断基準は 大野(2001)による.閾値は米国での平均的な値.


(3)地上実況
 15:30〜17:00の地上の風向風速の分布を第9図に示した.これによれば,地上では,上空と異なり全般に北寄りの風が卓越していたが,雷雨通過に伴い南寄りのやや強い風(雷雨通過前後の時刻に対して相対的にやや強い風)の領域が,比内から碇ヶ関にかけて北上していくのが確認された(第9図(b)〜(d)着色部).これは雷雨下に形成される雷雨性高気圧(meso high)から,周囲に冷気が流出する冷気外出流によるものであると考えられる.
 この雷雨通過に伴い, 比内(域内唯一の気圧観測点)では雷雨通過前後の40分間に2.0hPaの気圧上昇が認められた(第10図).また, 各観測点で,下記のとおり気温及び路面温度に短時間での著しい温度降下が観測された.

(a) 15:30 (b) 16:00


(c) 16:30 (c) 17:00
第9図 地上の風向風速の分布   使用データ : 気象庁アメダス、大館市消防署比内分署
は突風発生区域 風速は前10分間平均風速。
背景地図の作成にあたり,数値標高モデル(DEM)は米国地質調査所(USGS)のGTOPO30を使用した.


 以下に,雷雨通過前後の気象状況を示す.

a) 白沢(国土交通省観測点)(被害地域から2km北東に位置)
  降水量        18mm (16:00〜17:00) 
  気温降下       7.6℃  (16:00〜17:00)
  路面温度の降下 14.7℃  (16:00〜17:00)

b) 大館(気象庁アメダス観測点)
  降水量    2 mm (16:20〜16:30)
  気温降下 6.3℃  (15:50〜17:20)    * 特に16:10〜16:30の気温降下4.3℃
  最大風速   4m/s 起時の風向 SSE (16:30)

c) 比内(大館市消防署比内分署観測点)
  降水量     11mm  (16:03〜16:19)
  気温降下    6.1℃   (15:34〜16:19)
  気圧上昇     2.0 hPa  (15:33〜16:13)
  最大風速    5.4m/s   起時の風向 SSE (16:09)
  最大瞬間風速  9.6m/s 起時の風向 SSE (16:05)



第10図 気温と海面気圧の推移 
使用データ: 大館市消防署比内分署 


(4)高層実況
 8月28日21:00JSTの秋田高層観測によれば,風向は,925hPaから300hPa面まで全層にわたり南南東から南東であり,風速は,925hPa面で10kt, 500hPa面で25kt, 300hPa面で43ktであった.

(5)レーダー観測による雨雲の動き
 気象庁の1kmメッシュレーダーエコー図(第11図)によれば,本事例で被害をもたらした積乱雲は,15:10ごろ出羽山地で発生したもので,発達しながら北東進し,15:30過ぎから大館盆地及び花輪盆地上空にさしかかった.16:30には高強度領域(降水強度80mm/h以上)は4か所見られたが,当地域に突風被害をもたらした北西象限のものは,東西12km,南北11kmに及ぶ規模を有していた.


(a)15:00 (b) 15:10 (c) 15:20      



 (d) 15:30 (e) 15:40    (f) 15:50



(g) 16:00       (h) 16:10
(i) 16:20  



(j) 16:30  






第11図1kmメッシュレーダーエコー図 2008年8月28日15:00〜16:30  気象庁ホームページ(http://www.jma.go.jp/)より


3.現地調査結果
突風発生直後から3カ月にわたって筆者が地区住民からの聞き取り調査を行った.また,当時の風向を推定するために,樹木等の倒伏方向の計測を行った.

(1)被害の範囲と規模
現地調査の結果,突風被害は,大館市北部の中羽立,白沢,粕田集落の一部区域で,東西1km,南北1kmの範囲に限定されていることが判明した.人的被害は確認されていないが,建物被害は第2表に示したとおり,住家4棟,非住家2棟,樹木の倒伏及び折損50本であった.被害樹木の数は筆者が確認している数であり,未確認のものがさらにある可能性がある.
農作物への影響は,ヤマノイモが500m2にわたり倒伏,また,降雹によりサトイモ等の葉に大きな穴があいているのが散見された(第19図参照).

第2表 被害状況
区分 被害の種類
住家 トタン屋根飛散及び玄関引戸倒伏1棟、トタン屋根飛散1棟、外壁損壊2棟
小屋 ガラス窓破損1棟、トタン屋根飛散1棟
車庫 パイプ車庫飛散1棟、車庫トタン屋根飛散1棟
物置 物置倒伏2棟
ビニ-ルハウス 損壊(フレームが折れ曲がる)1棟
樹木 樹木の折損及び倒伏50本
筆者が実施した現地調査に基づく


第12図 突風で押し倒された物置.背後のフェンスが折れ曲がった.(撮影は修繕工事後)  第13図 突風で小屋のガラス窓が破損した.
(撮影は修繕工事後)
第14図 折損した樹木の下部



第15図 第14図と同一の折損樹木の上部 第16図 樹木の倒伏 (胸高直径50cm) 第17図 樹木の倒伏(胸高直径30cm)




第18図 多数の倒木や折損があったため周辺が伐採された 第19図 降雹の影響を受けた農作
物(雹の直径約2cm)



(2)突風の強さ
 竜巻やダウンバーストなど突風の強度を表す指標として,Fスケール(藤田スケール)がある.これは,ビューフォート風力階級の12をF1に,F12を音速(マッハ1)に対応させて作成されたものである(藤田1973).ビューフォート風力階級(気象庁風力階級もこれによる)とは,気象学事典(日本気象学会編, 1998 )によれば,風が物体に与える力を,風速の違いにより,0から12まで13階級で表したものである.
 藤田(1973)は,Fスケールの階級判定の参考として,第3表にある解説を掲げ,またFujita(1992)は,被害状況のfスケールから風速のFスケールへの換算表(表省略)や被害状況の参考写真(第20図)を示した.
 これらを参考に,被害状況からFスケールを判定した結果,本事例における突風の大きさはF0からF1に相当するものであると推定された.その推定根拠は,複数の木造住家でトタン屋根の剥離・飛散がみられたこと,多数の樹木の折損,倒伏がみられたことによる.

第3表  Fスケールの解説 

Fスケール

風速

 

被害状況

F0

17-32m/s

(約15秒間の平均風速)

煙突やテレビのアンテナがこわれる.小枝が折れ,また根の浅い木が傾くことがある.非住家がこわれるかもしれない.

F1

33-49m/s

(約10秒間の平均風速)

屋根瓦が飛び,ガラス窓はわれる.またビニルハウスの被害甚大.根の弱い木は倒れ,強い木の幹が折れたりする.走っている自動車が横風を受けると,道から吹き落される.

F2

50-69m/s

(約7秒間の平均風速)

住家の屋根がはぎとられ,弱い非住家は倒壊する.大木が倒れたり,またねじ切られる.自動車が道から吹き飛ばされ,また汽車が脱線することがある.

F3

70-92m/s

(約5秒間の平均風速)

壁が押し倒され,住家が倒壊する.非住家はバラバラになって飛散し,鉄骨づくりでもつぶれる.汽車は転覆し,自動車は持ち上げられて飛ばされる.森林の大木でも大半折れるか倒れるかし,また引き抜かれることもある.ミステリーがおこり始める

F4

93-116m/s

(約4秒間の平均風速)

住家がバラバラになってあたりに飛散し,弱い非住家は跡形なく吹き飛ばされてしまう.鉄骨づくりでもペシャンコ.列車が吹き飛ばされ,自動車は何十メートルも飛行する.1トン以上もある物体が降ってきて,危険この上もない.あちこちにミステリーがおこる.

F5

117-142m/s

(約3秒間の平均風速)

住家は跡形もなく吹き飛ばされるし,立木の皮がはぎとられてしまったりする.自動車,列車などが持ち上げられて飛行し,とんでもないところまで飛ばされる.数トンもある物体がどこからともなく降ってくるし,また被害地はミステリーにみちている

藤田(1973)による



第20図  Fスケール判定の参考写真
Fujita(1992)から引用



(3) 地区住民等からの聞き取り調査
 聞き取り調査の結果,多数の住民が,「真っ黒な雲が接近してきた」,「空が真っ暗になった」と指摘しており,レーダーエコー図(第11図)にあるとおり,発達した積乱雲が被害地域を通過したことが改めて確認された.
 多数の証言者が降雹(最大で直径2cm程度)について指摘しており,短時間強雨,突風,雷とともに局所的に降雹があったことが確認された.なお,直径1cm以上の降雹の範囲は突風被害のあった範囲より狭かった.
 C氏は「ものすごい風が吹いて非常に寒くなった.」と証言した. 
 F氏は,「黒い雲と白い雲がゆっくりと回転していた.縦に長く黒いものが,南の方から近づいてきた.」と証言した.地物が上空に巻き上げられたという証言や帯状の被害痕跡などは確認されていないため,地上竜巻の確からしい証拠はないが,雲の一部が回転して渦を巻いていたことは確からしい.この「縦に長く黒いもの」とは,漏斗雲や上空竜巻である可能性と,ダウンバーストによる下降噴流が黒く見えた可能性の両者が考えられる.


第4表 聞き取り調査結果

氏名

地区名

 

A氏

白沢

白沢は晴れていたが,東側のほうの空が真っ黒になり,激しい雨が降っているんだなと思っていた.そのうちに白沢も真っ黒な雲に覆われ激しい風,雹,雨が降ってきた.

B氏

白沢

大きな雹が降ってきて地面が白くなるほど積もった.農作物に穴が開いた.その後,湯気のように白くもうもうとしたものが地表を覆い目の前が見えにくくなった.

C氏

中羽立

真っ黒な雲が接近して,大きな雹(直径2cm)が降った.ものすごい風が吹いて非常に寒くなった.風が巻いているような感じだった.ゴーという音は聞いていない.

D氏

中羽立

空が真っ暗になり,大きな雹(2cmくらい)が降ってきた.農作物に大きな穴があいた.こんな大きな雹は見たことがない.風は巻いていたような感じだった.ゴーという音は聞いていない.

E氏

白沢

ものすごい風が吹いて,家の前の立て看板が西方向へ飛ばされた.

F氏

中羽立

真っ黒な雲が接近してきたので急いで畑から家に帰ろうとしている途中,黒い雲と白い雲がゆっくりと回転しているのを目撃した.また縦に長く黒いものが,南の方から近づいてきた.地面にまで到達していたかは見ていない.ゴーという音は聞いていない.

G氏

白沢

屋内から窓越しに見ていたが,激しい雨で前が見えなくなった.杉の並木が風で揺さぶられ,木の高さの半分程度まで幹がしなって寝たので,普段見えない並木の向こう側の景色が見えた.強風は数分くらい続いたのかもしれない.降雹はなかった.漏斗雲も見えなかった.

H氏

白沢

窓には葉が張り付いていた.パイプ車庫が飛ばされ,敷地内のアカシア,イチョウの木が根元から倒された.駐車場脇のアカシアの木も倒された.

I氏

白沢

畑にいたが,近隣の家に避難した.その後自宅に戻ったら,庭に10円玉くらいの雹が解けきらずに3個ほど残っていた.東南東に面している小屋のガラス窓が2枚破損した.

J氏

白沢

真っ黒な雲がきて,強い風と雨になり,雹も混じってきた.雹の大きさは1cm位か.

K1氏, K2氏

白沢

ずっしりと中身の入った重い物置(150cm*220cm*215cm) 2個が,風で50cmくらい流されて,背後のフェンスが45度位傾いた.修繕のときは,クレーンで釣って所定の位置に戻し,風で飛ばされないように補強した.風雨は10-15分くらい続いた.雹は直径2cmくらいだった.雨は玄関のたたきだけでなく,中のホールにまで入ってきた.

L氏

白沢

真っ黒ですごく怖い雲だった.雷が鳴って怖かったので家に避難した.

M氏

白沢

小さな雹またはあられは降ったが,敷地周辺に倒木などの被害はなかった.

N氏

粕田

暗くなってきたと思っていたら,北側の部屋の北側の窓から風雨が入り,テーブルの上に上がっていた花瓶が,南側に面した玄関ホールまで飛ばされた.周辺はビショビショに濡れて家の中がぐしゃぐしゃになった.風は中羽立から来る道路に沿って北東から吹いてきたようだ.長くは続かず吹き抜けた感じだった.その後掃除すると,部屋から土や砂が出てきた.雹は降っていない.

O1氏,O2氏

白沢

車庫の屋根の波トタンが剥離,飛散して,家の外壁に傷がついた.トタンは西北西へ飛ばされた.家の西側に面した網戸は外れて落下した.

P1氏,P2氏

中羽立

真っ暗になった.突然バーンと音がして玄関引戸が2mほど家の中に倒れて飛んできた.夢中になっていたので,雹が降ったのかどうかはわからない.住宅と小屋のトタン屋根も飛ばされた.

Q氏

中羽立

今頃調査に来たのですか?知らなかったのですか?
自宅は大丈夫だったが,同一敷地内の庭のモモの木が倒れた.近所では屋根が飛んでいた.「こんなに被害が出ているのに,新聞に載らないなんて・・・」と,突風発生の翌日夫婦で話した.

R氏

粕田

ビニルハウス1棟の東側のフレームが,ぐにゃりと曲がった.

S氏

白沢

屋根上に取り付けているアンテナが破損した.

本聞き取り調査は,突風発生直後から11月にかけての3か月間に行った.


(4)推定風向分布
 現地調査に基づき樹木の倒伏及び折損方向,屋根トタン等の飛散方向から風向を推定したのが第21図である.これによれば,全般的に東寄りの風となっているが,被害地区の北側で南成分が,南側では北成分が入っている.よって,当地区の地上付近では,突風被害発生時,発散性のある風が吹いていたものと考えられる.ここでいう「発散性のある風」とは,たとえば,上空から吹き下ろしてきた強い下降流が地面に当たって,地表付近を放射状に広がるように空気が流れていくことを意味する.
被害域は第21図の円内であるが,円内においても特に被害の著しい領域は薄く着色した楕円内の4か所に集中していた.


第21図 突風被害発生時の推定風向分布
樹木等の倒伏・飛散方向等の現地調査により求めた
背景画像には,国土地理院発行の数値地図25000 (地図画像)「弘前」を使用した.


(5) 突風をもたらした原因
 当地区に突風被害をもたらした原因は,下記根拠により,上空から空気が激しく吹き下ろし地上で勢いよく発散する「マイクロバースト」(ダウンバーストの一区分)による可能性が考えられる.

根拠
@被害地区を発達した積乱雲が通過していた.(レーダーエコー図,現地調査より)
A樹木の倒伏・折損50本および住家の屋根トタンの飛散が確認されるなどF0〜F1程度の強い風が吹いていた.(現地調査より)
B発散性のある突風が吹いていた.(現地調査に基づきまとめた推定風向分布図より)
C激しい降雨と降雹(直径2cm)があり,冷たく強い風が吹いて,とても寒くなった.(現地調査より)
D被害の範囲が帯状ではなく面状(東西1km x 南北1km)に広がっていた.(現地調査より)
 

4.防災上の考察
 本突風災害では人的被害がなく消防・行政機関への通報及び救援要請はなかった.また,本被害地域は,市街地から離れた集落に位置し,幹線沿いではないため,被害状況が地区外住民の目に留まりにくかった.そのためか,大館市を網羅する地方紙3紙による新聞報道はなく,被災地区外の大多数の住民は,市内で突風被害が発生したという事実を知らない状況であった.
 地域の防災力を向上させるためには,一人ひとりの防災意識を高めることが有効であるとされる.突風や落雷の可能性については,気象庁が発表する雷注意報の発表文の中でも触れられているが,身近で経験することが少ないため,聞き流している人が多いように見受けられる.大野(1996)は,日本の現状では被害の出ないダウンバーストは見過ごされがちなためF0以下のダウンバーストの確認数が少なくなっているとしており,市民の目に留まらない事例が多数ある可能性がある. 即ち, 被害の範囲が局所的であったとしても,被害地区住民の生命・身体・財産を脅かすものであることには変わりがなく,誰もが同様の災害に巻き込まれ得る.本事例のように,身近でも真っ黒く発達した積乱雲(雷雨)が突風被害をもたらし得ることを,何らかの形で広く啓発していくことにより,一人ひとりの当事者意識の高まりが期待され,ひいては地域の防災力向上につながるものと考えられる.


5.まとめ
 2008年8月28日大館市北部の白沢,中羽立,粕田集落の一部で, 発達した積乱雲(雷雨)に伴う突風が発生した.消防・行政機関への人的被害の報告はないが,筆者の現地調査では,住家のトタン屋根の飛散,樹木の倒伏50本などの被害が確認された.被害の状況から突風の強さは,FスケールでF0〜F1と推定された.
 この突風被害の範囲は,東西1km,南北1kmと限定的であり,樹木の倒伏方向,屋根トタンの飛散方向などから,地上に発散性のある突風が吹いた可能性が高まった.よって、現地調査や気象状況から総合的に判断して,「マイクロバースト」による突風が吹いた可能性が見出された.
 本事例のように、発達した積乱雲(雷雨)が突風被害をもたらす例があることは一般にあまり知られていない.よって,身近でも起こりうる「雷雨に伴う突風災害」について,もっと当事者意識を持つよう広く啓発することが,地域防災上,肝要であると考えられた.
 本事例は,第6回青森県気象災害連絡会で速報的に報告した内容をまとめたものである.


謝辞
 本事例の解釈にあたり,第6回青森県気象災害連絡会(弘前大学主催,会場:青森地方気象台)の会議及び事後に,ご助言をいただいた皆様に感謝申し上げます.また,気象データの収集にあたっては,気象庁のホームページをはじめ,国土交通省能代河川国道事務所,大館市消防署比内分署にお世話になりました.感謝申し上げます.
 大館市役所総務課防災対策室及び大館市消防署には,被害状況を把握する際お世話になりました.また,被災地区住民の皆様には,現地調査,聞き取り調査にご協力をいただきました.ここに重ねて謝意を表します.


引用文献(アルファベット順)
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これは、大館郷土博物館研究紀要火内第9号(2009)に掲載された内容に一部加筆修正を加え、WEB用にまとめたものです。