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Essay-3  日食


2009 記


患ってみたい病気がある。それは日食病だ。一度「皆既日食」を体験すると、感動のあまりその虜になり、日食があるたびに世界中を駆け回ってしまうそうだ。

2009年7月22日国内で46年ぶりに皆既日食が見られた。大館市では12年ぶりの規模の部分日食(最大食分は60%、面積比では約50%が月に隠される)だ。小学生にとっては生まれて初めての規模の日食ということになる。ぜひとも、たくさんの子どもたちにあの太陽が欠けるという神秘的な「瞬間」を体感して欲しい。そんな気持ちで、小学生を対象に日食観察会を企画した。講師には、「星空案内人」の資格があり、かつ「宇宙教育指導者」に認定されている知人に依頼した。 私は気象予報士として「日食が環境に与える影響」について担当した。

ところが、非情にも当日は厚い雲に覆われ、雨がザーザーと降ってきた。講師には、日食観察及び撮影のためのたくさんの機材を弘前から準備してきていただいたが、あいにくの悪天候で使わずじまい。太陽の観察は中止となってしまった。しかし、小学生のみんなと一緒に、各種観察(照度、気温、地表面温度、生物の様子、雲の様子)をしながら、テレビ中継そしてインターネット中継で皆既日食を見ることはできた。 ダイヤモンドリングの瞬間がテレビに映し出されると、クラスのみんながかたずをのんで画面に釘付けになった。教室の時間が一瞬止まったようだった。画面に映し出された非日常的な太陽を前に、こどもたちの顔がみんな神妙になった。みんなで一つの感動を共有した。この神秘的な瞬間をクラスの仲間と一緒に教室で見たことは、こどもたちの記憶に一生残るのではないかと期待している。私たちの「日食観察会」の誘いに、粋な計らいで応じてくれた学校の先生に感謝したい。

ところで、日食はどれほど珍しい現象なのだろうか? NASA(米国航空宇宙局)のゴダード宇宙飛行センター(GoddardSpace Flight Center)がWEB上で公開している”Solar EclipseExplorer(以後、日食エクスプローラと記す)を利用して、少し調べてみた。この日食エクスプローラは、地球上の任意の地点における日食の起日、最大食分などをその地点の経緯度、標高を入力するだけで計算してくれる。

日食エクスプローラで大館の日食について計算した結果、日食の回数は過去2000年間(西暦元年〜2000年)で、皆既日食6回、金冠日食7回、部分日食785回であった。また、今後500年間(西暦2001年〜2500年)では、皆既日食1回、金冠日食1回、部分日食回176回の見込であった。よって、皆既日食を大館で見ることができる頻度は1000年で3回程度であり、非常に稀なことがわかる。ちなみに、大館で前回皆既日食が見られたのは1742年6月3日で、次回は2361年3月8日である。もし、地元で皆既日食を見たいのであれば私たちはあと350年以上長生きしなければならない。

私はそんなに長生きはできない。しかし若い人には望みがある。 ちょっと北の青森県まで足を運べば、2063年8月24日に皆既日食が起こるのだ。50年後ますます元気なかたは、ぜひ足を運んでいただきたい。

ところで、英国人女性旅行家のイザベラ・バードが著した「日本奥地紀行(UnbeatenTracks inJapan)の1878年7月30日付の日記に、大館市の白沢で皆既日食に遭遇したことが記されている。ある出版社の方からこの真偽について聞かれたことがあったので、NASAの日食エクスプローラで調べてみた。その結果、当日の最大食分は0.499であり、皆既日食ではなかったことが判明した。当日は悪天候であったため、どうやら、イザベラ・バードは太陽が欠けていく様子を肉眼では見ていなかったらしい。もし、自分の目で部分日食であることを見ていれば、皆既日食とは記述していなかったであろう。

皆既日食は稀な現象だ。 地平線が夕暮れのように赤く染まり、冷たい風が吹いてくるらしい。ぜひとも、体が動き、目が見えるうちに、視覚、聴覚、触覚などを総動員して、現場で脳味噌を揺さぶってみたい。世界観が変わるかもしれない。 

ちなみに2012年11月14日早朝(現地時間)、オーストラリアのケアンズからポートダグラスにかけて皆既日食がみられる。今から計画を立てたい。