その8
そしていよいよスタート!! 一斉にクリートをはめ、10人は進み出した。10mほど走ると計測ポイントがあり、ここで計測が開始されたようだ。沿道から地元の人の応援。あっという間に速度が上がった集団。いきなりいろんな事が起こってあまり覚えていない。
すぐにギアを上げ、アウターに入れて必死にクランクを回す。速度はいきなり40km/h台!! しばらくすると先に出発したグループの中の数人の集団に追いついた。一緒にスタートした集団はおれには速すぎたので、この集団の後ろに付いた。
最初に飛ばしすぎると後半バテバテになるので、ほどよい速度の集団で行く方がよかったのだ。まだ自分がどれだけ走れるのか未知数なところもあったので、無理せずに走っていく。この集団は30km/h台前半で走っていて、おれにはちょうどいいけど他の人には遅いペースなので後ろから猛烈な勢いで走ってくる列車にどんどん抜かれていった。
思った通り、この平地ではハイスピードな展開が繰り広げられていた。この平坦区間を風を受けながら走るのは非常に不利。狙い通り、ほどよい速度のグループの後ろで体力をなるべく温存しつつ、そこそこの速度で走っていく。
しばらくグループの後ろについていたが、このままのペースではまずいと見切りをつけて、後ろからやってきた集団に切り替えた。おれの前にいた山田さんとはここでお別れとなった。当然今までより速度が上がっているので追うのもきつかったけど、思いっきり飛び出た爽快感もあった。
すぐに直角カーブにさしかかった。ここには警察の人やスタッフの人たちがたくさんいて、間違う事はない。ロードでハイスピードのまま直角にカーブする。これがとても爽快だった。峠では直角に曲がることはないし、街中でも信号や車があるからスピードを緩めずに直角コーナーに突っ込むこともない。だから何気に初めての体験だった。あと、集団で一斉に「コー!!」というあの独特の音を立てながら曲がるのが気持ちよかった。
コーナーを曲がるとすぐ橋を渡るために緩い上り坂。この上り辺りから、「ターゲット」となる似たような速度で走っている人を見つけ、後ろに付いた。このTREK乗り、抜くには速いけど、ついては行ける速度。橋を渡りきると一旦下りになり、その後すぐ緩い上りが始まった。
この頃にはもう集団はバラバラになり、3〜4人のグループがいくつか形成されているくらいだった。後ろを振り返ると全然人がいなかったので、やはりコーナーの前に速い集団の後を追って正解だった。あそこでずっと同じ集団にいたら、今頃まだ橋のあたりか。
前のTREKの後ろに付いて、4人ほどのグループで上っていく。おれの後ろには誰もいない。時折、5人くらいの速い集団が一列で猛烈な速度で追い抜いていったりしたが(その中にディスクホイールの人がいて驚いた)、それ以外は単独で追いついてくる人がほとんどいなかった。
しばらく上っていくと、スタートのときにクリートが外れないとかで隣の列でやりとりしていた先輩格の人と初心者っぽい人(ほんとは初心者じゃないかもしれないけど)を含むグループに追いついた。確か、シマノの新しいシルバーのシューズにタイムのペダルの組み合わせで全然外れなくて焦っていた人。
先輩格の人がその初心者っぽい人にアドバイスしながら走っていた。初心者っぽい人の方は早くも辛そうだった。よく見たらダブルレバーで、古いロードのようだった。先輩格の人は、同じグループの人に「先行って」と言っていた。恐らく初心者っぽい人の面倒を見ながら走るのだろう。先輩格の人は偉いし、初心者っぽい人にはがんばってもらいたいと思った。
傾斜に合わせてギアを変えながら走っていくが、ほとんどは27Tに入りっぱなしだった。たまに24Tにして回すこともあったが、ほとんどは27Tでひたすら回していった。前を走るTREKもかなりケイデンスが高く、同じようなペースで回していた。
前から自分より遅い人が落ちてきて、自分より速い人には後ろから抜かれていく。ヒルクライムはそれぞれのペースで走るので、実力がハッキリとわかる。思ったより人を抜かせたのには嬉しかった。
しばらく上っていくと、関山の集落にやってきた。ここは、今日会場に向かって車で下ってくるときに「レースのときはここの集落の人達が出迎えて応援してくれたりしてね」と話していた区間。実際に、その通りになった。
この集落に住んでいる人が全員出てきているじゃないかと思うほど、家々の前に地元の人が立って、「がんばって〜」と声をかけてくれた。これは素直に嬉しかった。それまで真剣勝負をしていた人たちも、ここでは沿道の人々に手を振って応えたり、会釈をしたりした。
沿道で応援をしくれている人々の中に、車椅子に座った90歳くらいのおばあちゃんがいた。そのおばあちゃんが旗を振って、必死に声を張り上げて「がんばれ〜」と声を出して応援してくれていた。このおばあちゃんの存在は、心に響くものがあった。
自身は車椅子に座り、スポーツどころかまともに歩く事すらできない。そんな高齢のおばあちゃんが、必死になってうちらを応援してくれているのだ。そう思うと、いきなり鼻の奥がつーんとして、涙が出そうになった。
ただでさえ上りで呼吸が粗くなっているのに、そんなことがあったものだから一瞬呼吸が苦しくなってしまった。しかしすぐに落ち着かせ、なぜだか「あのおばあちゃんのためにも、おれは走るんだ」と思うようになった。
中盤に部分的に急勾配になるところがあり、そこでは前を走っていた数人が坂にあえいでいた。その横を、おれはシッティングで27Tでクルクル回して抜いていった。坂であえいでいる人たちは25Tのスプロケを装備していたのだろうか。やはりヒルクライムは軽いギアで回していくほうが効率がいい。
その坂であえぎながらダンシングで上っていた人の一人は、筋肉モリモリでトライアスロンのようなランニングのウエアを着ていて、バリバリ走ってそうな人だった。決してヘボいわけではない。きっと、平地では速いのだろうと思う。しかし坂ではそれぞれの強さが違うのだろう。
勾配が緩くなるとまたその人に抜かれたので、やはり走れる人のようだ。すでに脱落したTREKに変わって、このトライアスリートはこの先しばらく一緒に走る事になる。ヒルクライムでは似たようなペースの人と、けっこう一緒に上ることになるので、ゼッケンや特徴などを覚えてしまう。
しばらく上っていくと、パイプ椅子に「給水」と書かれた紙が貼ってあるののが目に入った。すでに喉がカラカラになっていたので、ホッと一安心。しかし、そこには水はなく、ただ椅子に給水と書かれた紙が貼ってあるだけだった。スタッフもいたが、何も持っていない。まだ出走者の中でも前の方なのに、もう給水用の水がきれたのか〜!? と焦った。
わけわからんと思いつつもそこを通過すると、前に本当の給水所っぽいところが見えてきた。どうやら先ほどの紙は「もう少しで給水所」という意味だったようだ。紛らわしいので次回からは「給水所50m先」とかに変更してもらいたいものだ。
給水所では男性スタッフ(地元の男子高生か)が水を選手に手渡していた。受け取らない選手は真ん中を通過していくが、給水を受ける選手は片手にドリンクを持って道の両側に待機しているスタッフの前を走る。
ボトルを持っていないおれは、ここでの給水を逃すわけにはいかない。道の右側に寄り、確実に受け取れるようにスピードを落とした。一人のスタッフからドリンクの入った紙コップを受け取り、早速口の中に流し込む。ドリンクはVAAMの粉を水で溶かしたVAAMウォーターだった。乾ききった喉が一気に潤う。
飲むのに時間がかかったために、他の選手が紙コップを捨てるエリアを過ぎてしまいそうになり、最後は一気に流し込んだ。それにしても、ここでの給水はほんとに助かった。
その後は、7〜8%ほどの勾配で、ほぼ最後まで一定した勾配が続いた。勾配にあまり変化がないので、みな自分のペースで淡々と上る感じだった。メチャクチャきついわけでもないが、ラクでもない、微妙な勾配だ。
あるライダーを抜いたとき、そのライダーがボソッと「すげぇ…」とつぶやいていたのが聞こえた。何が「すげぇ」なのかよくわからなかったが、恐らくボトルなしで上っていることに対してだろう。機材は他にもいい自転車がたくさんあるだろうし、足が細いのもおれだけじゃないし、高ケイデンスってのも他と比べてすごいわけでもないし。まぁ「ボトルなんかいらないぜ」というわけではなく、ただ単に忘れてしまっただけなんだけど。実際は水が欲しくて心の悲鳴を上げていた。
後半はポツポツ人がいる程度で、後ろから速い人がやってきて抜かれる数より、前に見えてきたライダーに追いついて抜く方が多かった。みんなかなり走ってそうな人たちばかりだったが(そう見えるだけだったのかな?)、そういう人たちより走れることがちょっと嬉しかった。週1しか走れなくても、ここまで走れるんだ!! みたいな。
ようやく終盤の、遠くの山肌にこれから走る道が見えるところまでやってきた。ここまでジャージのポケットに入れてあるアミノサプリのパックを節約しながら飲みつつ、なんとかそれなりのペースで走って来れた。
前に見えてきた人の後ろにちょっとついてみると、思ったより遅くてすぐパスした。みんな終盤んでかなり足にきているようだ。似たようなペースの人と一緒に上るが、その数十メートル先に7人ほどの集団が見えた。できればあの集団に追いつきたい。しかしこれ以上自分のペースが上がらない。結局、その集団とはつかず離れずといった感じだった。
しばらく上っていくと、残り1kmの看板が見えた。残り5km地点から1km毎に看板が設置されていたのだが、2kmの看板を見逃していたので、いきなりあと1kmかよ、という感じだった。ゴールは近い。一応、自分なりに力をセーブしつつ上ってきたので、最後の上りで一気にスパートをかけるつもりでいた。しかし動くのが早すぎると最後まで保たないので、動き出すタイミングを見極めようと慎重に上っていく。
メーターで距離を確かめつつ上っていくが、頂上付近の景色をあまり覚えていなかったので、いまいち確信が持てなかった。そろそろ頂上のはずだけど、まだもうちょっと先かな? という具合。終盤から一緒に上っている人も、かなりいっぱいいっぱいのようだ。おれ自身もけっこうきているけど。
あるカーブを曲がっているとき、微妙にここが最後のカーブだという記憶が蘇った。メーターの距離を見ても、最後(もしくは最後の方)でもおかしくない。よしラストスパートだ。ギアは27Tのままだが、ケイデンスを上げて一緒に上っていたライバルを引き離していった。彼は「ついていけね〜」という感じでおれの後ろ姿を見ているようだった。
カーブを曲がりきると勾配が緩くなり、これはやはり最後だろ!! とだんだん確信に変わっていった。一枚ずつギアを重くしていき、最後は下ハンドルをつかんでダンシング。ゴールが見えた。最後の力を振り絞り、(前後に選手はいなかったけど)スプリントでゴールに飛び込んだ。
ゴール地点から最後だけ見ているとちょっとかっこよかったかもしれない。実際にはつい先ほどまでヘロヘロになりながら上っていたんだけど。でもゴール地点の映像とかあったらほしいものだ。何はともあれ、無事にゴール。
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