特別展示室
Sorry Mate! ――― ピートと戦った男たち

ピートの対戦相手の中から、比較的対戦回数の多い選手たちを独断と偏見で分類し、詳細データを紹介。ついでに、あれこれ語ってみました。

People on Pete

ピートについて語られた言葉を集めてみました。今回は引退に際してのものです。さらに過去に遡り、ピートの人物像に迫っていきたいと思います...お楽しみに。

1. 2003年8月 ATP tennis.com
 
ピートへの称賛

マーク・マイルズ(ATP会長)は言った。「彼のレガシーは語り継がれるだろう」

ジョン・マッケンロー「その時代の最も偉大な選手として、サンプラスはロッド・レーバーと肩を並べている」

ポール・アナコーンが言った。「ピートはテニスをあまりにも簡単な事のように見せる」(サリー・ジェンキンズ)

2. 2003年8月22日 BBC Sport
 サンプラスへの賛辞より
ボリス・ベッカー「96年ハノーバー・マスターズの決勝は忘れない。多分、私の人生最高の試合だったろう」

3. 2003USオープン記者会見より(ASAP Sports)
アンディ・ロディック「6年もの間、全てに勝利してきた人はピートしか見た事がないよ」
リンゼイ・ダベンポート「彼がどれほど一貫して素晴らしい選手だったか、全ての結果とグランドスラム・タイトルが物語っているわ」

トッド・マーチンは笑いながら「僕はピートによってキャリアを損なわれた男かな」と言った。

レイトン・ヒューイット「僕はとても幸運だよ。だって僕はここで彼を負かした最後の人物であるって自慢できるんだからね」

アンドレ・アガシ「僕にとっては寂しい。僕は長い間、彼と一緒にやってきたから」

ジミー・コナーズ「彼のプレーと振る舞いは、間違いなく彼が誇りに思うべきものだ」

▲99年ウインブルドン優勝後のパーティーでのツーショット
(サボイ・ホテル)
リンゼイが体を傾け背を低く見せようとしているのが健気。ちなみに彼女の身長は189cm!
4. 2003年10月号
 Ace Magazineより
ティム・ヘンマン「サンプラスと僕はよく一緒に練習した。そして練習のセットマッチでは、10回のうち7回は僕が彼に勝ったものだった」

ドミニク・ウーランド(ブックメーカー=賭の胴元)「 スポーツの賭にはゴールデン・ルールがあった:ウインブルドンでは決してピート・サンプラスの反対に賭けてはいけない」

5. 2003年8月25日 Sifty スポーツ
 テニス界の偉人達がピート・サンプラスを語る
ボリス・ベッカー「時々、彼はファーストサーブとセカンドサーブの違いを忘れてるんじゃないかと思うよ」

アンドレ・アガシ「サンプラス、サンプラス、サンプラス、サンプラス、そしてサンプラス!」

6. 2003年10月号 Court Central
 発言(ギー・フォルジェ)
*フランスの雑誌Court Centralに掲載されたフォルジェの贈る言葉です。翻訳サイトでフランス語を英語にしましたが、予想以上に不自然な文章だったので、辞書を片手に手直ししてみました。
*「彼との試合は全て覚えている。勝利も敗北も」






●事件顛末記
プラネット・オブ・ディ・エイプス(猿の惑星)事件
*93年ジャパンオープンでピート・サンプラスはナンバー1の座に初めて就いたのですが...
このことについてアガシが舌禍事件を起こします。あの有名な「猿発言」です。

▲95年ウインブルドン開幕前
ロンドン市内でのナイキのプロモーション風景。ナイキCM「ゲリラテニス」は本当に格好良かったなあ。トラファルガー広場でいきなりやったそうな...インパクト強いよなあ。
おねだりヒンギス・ポルシェ事件
*ヒンギス「ピート(サンプラス)はタンパでトレーニングしていて、ポルシェを持っているのよ。でも彼のは特別仕様だから、私に運転させられないって言うの。彼に運転させて〜って頼んだんだけど、ダメだって」...
ふっ〜、男のロマンを理解できない困った女の子だなあ、って感じだったんでしょうね。