花はどこへ行った
シンハラ語と日本語の係り結び2  Sinhala QandA77-2

2008-Mar-03 2015-May-06

 ピート・シーガーの「花はどこへ行った」、原題はWhere have all the flowers gone? 、歌い出しの歌詞もそのまま。「どこへ花は行ったの?」と訳せるし、日本語の曲名のように「花はどこへ行った?」とも訳せる。アクロバットに「花が行ってしまったのはどこ?」と語順を入れ替えて強調表現もできる…

シンハラ語に変換すると面白いことが起こる

 英文の「Where have all the flowers gone?」は日本語で「花はどこへ行った?」と訳された。シンハラ語ではこれをどう訳すだろうか。英文の現在完了を生かして訳すと次のようになる。

සියල් මල් කොහේටද ගිහින් ඇත්තේ?
siyal mal  kohee-ta-dha gihin aeththee?
全ての  花名詞・複数 疑問詞・助詞 行きたる動詞完了形

 英文の 現在完了をシンハラ語に訳すと ගිහින් ඇත gihin aethaのように「動詞過去形+ඇත aetha」で完了を表すことになる。でもこれは文語の形。誰もこんな言い回しを日常会話で使わない。
 シンハラ文語の完了形はඇත aethaという存在を表す動詞の助けを借りて表す。
 日本語では「花はどこへ行った?」のように英語の現在完了を過去形で表してしまう。古語では助動詞の「たり(あり)」を使って完了を表したが現在の日本語に完了形はない。完了系も過去形も一緒だ。シンハラ語も文語(つまり、シンハラ古語)には「アタඇත 」を使う完了形があるが口語には完了形がない。だから、英語の完了形は日本語と同じように過去形で表して、

  සියල් මල් කොහේටද ගියේ?
  siyal mal   kohee-ta-dha  giyee?
  全ての 花名詞・複数 どこへ疑問詞・助詞 行った動詞過去形

のように完了の have gone を過去形のගියේ giyee で表す。
 また、කොහේටද kohee-ta-da は、はっきりと花の行き先を訊きたいときの言い方なので、漠然と「どこへ行った?」と問いかけるならta抜きのකොහෙද kohe-da と言う。all the flowers(すべての花)を「花」(複数)の一語に替えれば、

② මල් කොහෙද ගියේ?
  mal   kohe・da  giyee?
  花名詞・複数どこ疑問詞・Q行った?動詞過去形

の形になる。これは簡単な普通の言い回し。会話でなら、こう言う。

シンハラ語の係り結び

 さて、ここに気をつけたいことが出てくる。
 この疑問詞疑問文を肯定文にすると次のようになる。
③ මල් කොහෙද ගියා.
  mal   kohe・da  giyee?
  花名詞・複数どこか疑問詞・Q行った動詞過去形
 ③は「花はどこかへ行った」という意味の肯定文。 කොහෙද 疑問詞・Qとしたが、ここはsamewhereの意味で不定代名詞としたい。③は肯定文なのだ。
 ①②の疑問詞疑問文と③の肯定文の違いは文末に置かれた動詞の語尾に出てくる。
 ①②の例文の文末に置かれた動詞語尾はගියා giyaaではなくて ගියේ giyeeとなっている。語尾の母音がアaからエe音に変わっている。
   
 「行くyanavaa」の過去形「行ったgiyaa」は語尾をアの開音で終える。なのに、ここではエ音のgiyeeに転じている。「コヘダ」という疑問詞が文にあると動詞語尾の母音は/aa/音から/ee/音に変化する。
 この母音変化を「てにをは」の「かかり」と「結び」の「一條」化を指摘した本居宣長の視点に重ねると、あたかも「歌のさだまり」(俳諧歌詠みのルール)が見えてくる。一定の助詞「てにをは」が一定の動詞語尾変化「結びの一條」を求めている。「さだまり」のあることが見えてくる。これはシンハラ語の係り結び?
 
 シンハラ語の疑問詞疑問文が動詞に一定の語尾変化をもたらすことを、すでに研究者は気づいていた。日本人の言語研究者も、というより、日本人研究者がまず、そのことを指摘した。ただ、それを「歌のさだまり」とは読み込んでいなかった。「係り結び」などとは考えなかった。日本語の係り結びに対応させて「シンハラ語にも係り結びの法則がある」と指摘したのは米国の研究者ハグストロムだった。


  疑問マーカーのゆくえ

 シンハラ語には「ダ?」という疑問を表すニパータ(助詞)がある。日本語では「か?」が対応する。英語には疑問を示す語・辞がない。だから、英語ではこの品詞分類にちょっと戸惑う。「ダ?」も「か?」もparticleでいいのだけど、「疑問を表すサイン」だから、仮に「疑問マーカーquestion marker」と彼らはこれを呼んだ。

 このQuestion Markerには、たとえば、

the question marker is usually attached to the very end of the sentence to indicate a question
   http://www.angelfire.com/alt/japaneseguide/question.html


と言う説明がなされている。
 80年代、生成文法Universal grammarの研究者らはこのquestion marker (Q-Marker)の文中での移動をシンハラ語と日本語の比較の中で解析した。
 当時、米国で言語研究を行っていた日本人研究者を巻き込んでシンハラ語と日本語のQ-Markerの比較が試みられた。
 生成文法の言語解析方法はスリランカの言語学者にも影響を与え、シンハラ語の動詞解析に新しい解析が試みられてもいる。(注)
 だが、Q-markerが引き起こす「係り結び」現象にはシンハラ人のシンハラ語研究者からの言及がない。
 それは当然だ。Q-markerが疑問詞とともに引き起こす動詞語尾変化は旧来のシンハラ文法がその現象をすでにはっきりとルールとして規定しているのだから。

(注)J.B.ディサーナーヤカが2000年前後に刊行した一連の品詞解説書は生成文法に触発されて生まれた。その中で、動詞を扱ったno.11は日本語の動詞活用を髣髴させる、あまりに斬新な文法書となった。


 シンハラ語の疑問詞疑問文。ここに現れる「ダ?」が実に面白い

 「ダ?」は疑問マーカー。疑問を表す助詞で、この場合は疑問詞「コヘ」(何処)に直接付く。日本語の「どこ-か?」、「誰だ?」の「だ?」などと同じ。
 コヘダ?は文のどこに置いても文が成立する。

මල් ගියේ කොහෙද ?
 mal giyee kohe・da?
 花名詞・複数 行った動詞過去形 どこ疑問詞・Q
 →花が行ったのはどこ?
මල් කොහෙද ගියේ ?
  mal kohe・da giyee?
 花名詞・複数 どこ疑問詞・Q 行った動詞過去形
 →花はどこへ行った?
කොහෙද ගියේ මල් ?
  mal  giyee kohe・da?
 どこ疑問詞・Q FONT size="-1">行った動詞過去形名詞・複数 <
 →どこ行ったの、花は?

 文の組み立てがどう変わっても疑問マーカーの「ダ?」に対して動詞が語尾をEで終えれば疑問詞疑問文になる。

 先に触れたように「コヘダ」は呼応する動詞がe語尾を取らないとき疑問詞ではなく不定代名詞として働く。

මල් කොහෙද යියා
   mal  kohe・da  giyaa?
名詞・複数どこか疑問詞・Q行った動詞過去形
→花はどこかへ行った。

 文例⑦のように動詞語尾が終止形のa音でWh疑問詞に呼応するとき、疑問詞+Qマーカーで構成されるWh疑問詞は「どこかsomewhere」を表す代名詞になる。

 現代日本語では「花はどこへ行った(か)?」と「花はどこへ行った」の違いで疑問代名詞(どこ)と不定代名詞(どこか)の違いを表すが、このあたりの差異は実に微妙すぎる。
 この「花はどこへ行ったか?」を古文体に変えて「花いずくにか行きたる」のようにすると、疑問詞+疑問助詞「か?」が直結する。シンハラ語の疑問詞疑問文と同じ構文になる。

「か?」の統語的なルールとは

 シンハラ語の疑問マーカー「ダ?」は疑問を表す語の直後に置かれる。
 その文法ルールは昔、日本語にもあったのだ。昔とは古代ではない。子規の『かけはしの記』に「路いづくにかある」の用例がある。この擬古文に習えば『花いづくにか行きたる』なのだ。

 この『花いづくにか行きたる』をシンハラ語文と較べてみよう。文中の「か?」の位置と動詞語尾の対応関係がより明確になってくる。疑問マーカーの位置と対応する動詞の語尾変化が、である。

මල් කොහෙද ගියේ?
mal  kohe・da  giyee?
花    いづくに・か  行きたる?

 日本語のWh疑問文はシンハラ語のそれと重なる。なぜだろう。