花はどこへ行った
シンハラ語と日本語の係り結び3  Sinhala QandA77-3

2008-Mar-03 2015-May-06

 J・B・ディサーナーヤカはシンハラ語に関する軽快なエッセイで評判の大学教授だ。スリランカへ留学しカンディに暮らす日本人は彼の世話になることが多い。日本人びいきなのだが、日本語に関するエッセイを書いていないのが残念…


「どこへ」と「どこかへ」はどう違う?

 J・B・ディサーナーヤカはシンハラ語に関する軽快なエッセイが評判の大学教授だ。スリランカへ留学する日本人は彼の世話になることが多くて日本人びいきで、だから日本語にも造詣が深いと思っているのだけど、日本語に関するエッセイは書いていない。
 ディサーナーヤカに「人間の言語」というエッセイ集がある。シンハラ語に関する四方山話、これがたいそう面白い。外山滋比古の記す言語にまつわる軽妙なエッセイとどこか似通う風情がある。
 シンハラ語の疑問文と平叙文の微妙な違いを追ったディサーナーヤカの文がある。
 「妹はどこへ行った?」と訊かれて、「妹はどこかへ行った」と応えるやり取り。

① නන්ගි කොහෙද ගියේ ?
 nangii koheda giyee?
 妹は  どこへ  行った?
② නෛගි කොහෙද ගියා
nangii koheda giyaa
 妹は  どこかへ 行った
 මානය භාෂා ප්‍රවේශය / 2005 / ජේ.පී.දිසානායක / සුමිත ප්‍රකාශනයකි
maanava bhaashaa praveesaya / 2005 / J.B.Disanayaka/ Sumitha prakashanayaki


 問いかけと応えは文末の動詞の1母音意外まったく違わない。何ともけったいなことだけれど…、と穏やかな文体で彼は語ります。文末の動詞語尾母音をエーeeとするか、アーyaaとするかだけで疑問文か、平叙文か、が決定される。
 種明かしは、「行くyanavaa」の過去形「行ったgiyaa」が疑問詞と呼応して語尾を「行ったgiyee」に変える①は疑問詞疑問文。動詞語尾を変えず終止形の「行ったgiyaa」のままである②は平叙文。

 日本語では「花はどこへ行ったか?」「花はどこかへ行った」という「か?」の移動で疑問文と平叙文の違いを示す。
 日本語とシンハラ語の疑問詞疑問文は同じようだけど、細かなところでこんな違いを示す。ところが、古日本語では―シンハラ語のように―「か?」を移動させず、「か?」に呼応する動詞の活用語尾を終止形から連体形に変えることで疑問文と平叙文の違いを作ることを前回の②で検討した。ディサーナーヤカのエッセイは、シンハラ語が私たちに読めさえすれば、日本語に照らしても十分に私たちを納得させてくれる。

セレンディビティ! シンハラ語の係り結び

 現代日本語で「どこへ」をはっきりと疑問の対象とするとき、「どこへか?、花が行ったのは」のように取り立て語法(強調)を取る。
 この現代の倒置話法は、そのまま古語の「いづくへか花の行きたる?」のWh疑問文になる。このとき動詞は「行きたる」という連体形をとる。シンハラ語のWh疑問文が動詞語尾を終止形にせずE活用形に転ずるのと同じ操作が行われているようだ。
 シンハラ語と日本語には英語のような統語ルールはない。SVO、SOVのルールを気にすることはない。
 S(主語)は文の必須要素ではないし、O(目的語/与格)で主語となるのがシンハラ語の常だ。
 これを踏まえて「花は何処へ行った」をWh移動とは別の視点で捉えてみると、偶然の不思議が飛び込んでくる。

 先に動詞語尾の変化が疑問文と平叙文の違いを作ると指摘した。

මල් කොහෙද ගියේ ?
mal  kohe・da   giyee?
花は どこへ 行った?

මල් කොහෙද ගියා
mal  kohe・da  giyaa.
花は どこかへ 行った

 シンハラ語の疑問詞疑問文では疑問マーカー「ダ?」が必ずWh疑問詞に直結して、述語動詞語尾はe形を取る。

මල් ගියේ කොහෙද?
mal  giyee kohe・da?
花が 行ったのは どこ・か?

(注)この問いかけに応えるとき、次のように倒置話法による強調を用いると、動詞語尾がe形をとる。「係り結び」は強調の倒置話法であるという指摘がなされるが、シンハラ語では次のような語法となる。

තරුණ ගැහැණු ළමයින් මල් තෝරා ගෙන ඇත
tharunu gaehaenu lanayin mal thooraa gena aetha
若い娘達が    花を 採って しまった
 「採った」を強調して倒置話法を使うと動詞තෝරා ගෙන ඇතthooraa gena aethaは語尾をeに変える。

මල් තෝරා ගෙන ඇත්තේ තරුණ ගැහැණු ළමයින්
mal thooraa gena aetthee tharunu gaehaenu lanayin
花を 採ってしまった のは   若い娘たち

 このように倒置による強調文も動詞語尾はe形を取る。


 Wh疑問文ではWh疑問詞に付く「ダ?」が動詞e形と必ず呼応する。この疑問マーカーと動詞e形の呼応をP・A・ハグストロムはシンハラ語における「係り結び」と読み取った。彼は日本語の「係り結び」をそのままkakarimusubiとして使っている。

 シンハラ語に「係り結び(かかり結び)」の現象が見られることはハグストロムがkakarimusubiという用語を用いてはっきりとそう唱える以前から、米国で言語研究に従事していた日本人言語学者らによって指摘されていた。ただ、日本人研究者は当時、それを「係り結び」と呼んではおらず、シンハラ語の「係り結び」的な現象をシンハラ語のWh移動を証明するために傍証として指摘していた。

 そのあたりの事情は少し込み入っていて、後になってシンハラ語に係り結びのあることを最初に見つけたのは誰かということが問題になりかけたが、シンハラ語の「係り結び」という斬新な説に教条論的な反論--係り結びは日本語だけのもの!--が提出されて、シンハラ語の係り結びはハグストロム以降、盛り上がることはなくなった。



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