みんな加入しなきゃいけないの?

シンハラ語質問箱 Sinhala QA122 KhasyaReport
みんな加入しなきゃいけないの?
2019-Aug-31


船橋市国保課のシンハラ語パンフがすばらしい。行政が発行するこのシンハラ語パンフはおそらく日本唯一。だけど、何でシンハラ語がそこに…
 

みんな加入しなきゃいけないの?

   何で日本の地方自治体が発行する広報にシンハラ語版があるかって、もともとは船橋市に住民登録をしたシンハラ人の国保保険料納入率が低いから、徴収率を上げるために保険料滞納の督促状をシンハラ語で説明したというだけの話なのだけれど、その督促状が妙に心に訴えかけてくる。シンハラ語の初級をちょっと超えた方ならこのサイトは読めるし、あなたの地域に転入して来たシンハラの方があれば、こんなサイトがあるよと教えてあげる手もある。

 千葉県船橋市のホームページ「広報ふなばし」。そのトップページに「外国の方へ For foreign residents」というタイルがそれとなく置かれていて、それをタップすると「暮らしのガイド」へ移る。
 ここに各国語の「暮らしのガイド」が紹介けされている。いくつもの言語の最後に、

ජීවන මාර්ගෝපදේශ (シンハラ語)

という文字が目に飛び込む。これは「暮らしのガイド」という意味。これを更にタップ。

 ご覧の本文に豆腐が■■■のように並んでいるときはシンハラフォントの文字化けが起きています。ご利用のデバイス(たとえばamazonのfireタブレット)がsinhala unicode fontを表示できないようです。シンハラ文字化けについては質問箱QA111質問箱QA121をご参照ください。


 すると、ජීවන මාර්ගෝපදේශ (暮らしのガイド)のページに飛んで、そのシンハラ文字タイトルの下に二行のシンハラ文が表示されている。
 そこに書かれているのは、
මහජන සෞඛ්‍ය රක්ෂණය පිළිබඳ දැනගන්න

මහජන සෞඛ්‍ය රක්ෂණය පිළිබඳ දැනගන්න/ඹබ වෙතට ආ දැනුම් දීම කුමක්ද ?

 の二項目。二つとも国保に関するガイド。外国人居住者を対象とした「生活情報」ページには何やかや項目が多いのだけど、シンハラ語の「生活情報」はこの国保の二つだけ。
 上のシンハラ文をクリックすると、国保案内の「シンハラ語版 සිංහල අනුවාදය 」がPDFで出てくる。
 これ、内容は何かというと、市の国保保険料の滞納者には短期被保険者証を発行します、というような内容が書かれた日本語「督促状」のシンハラ解説文。
 督促状というとペナルティを科す怖い文書を思い浮かべるけど、これが、なんとも丁寧で、しかも、内容が「チコちゃん」風の説得力を持っている。
 たとえば、マスコットキャラクター「ちばこくほ」ちゃんの噴出しの独り言。この子、なんとシンハラ語でこう呟く。

「私たちみたいな外国人、国保に加入しないって良くないのかな?」
ආපි වැනි විදේසිකයන් ඒ සන්දහා ඇතුලත් වීම නොකරන්නේ නුසුදුසු ද?
         මහජන සෞඛ්‍ය රක්ෂණය පිළිබඳ දැනගන්න

と「ちばこくほ」ちゃんは五歳のチコちゃんみたいに迷ってる。すると、
「そう、そのとおりなんですよඑය එසේමයි 」という応えが返ってくる。そして、観光以外で3ヶ月以上お住まいならみんな国保に入らなければならないんです、と続く。
 この、「国保に入らないって良くないのかな?」と「ちばこくほ」ちゃんがシンハラ語で逡巡する姿、とてもシンハラっぽい。なぜって、これ、打ち消し表現だから。シンハラ人は打ち消し表現を多用してしまう。そうやって言い回しをやわらかくする。
 英語では「私たち外国人も登録しなければいけないのか?」とストレートな能動態でまっすぐ疑問を投げかける。ストレートって、がちがち。「~じゃないのかな?」の打ち消し話法で国保加入を勧めてくるシンハラ語はやわらか。
 このPDFページを先に進むと、国保に加入すれば医療費の支払いは3割負担、加入しないと全額負担という国保制度の山場の説明に差し掛かる。ここのシンハラ語訳も細やか。
 保険証を提示すれば、たとえば医療費が5千円だった場合、3割の1500円になる、と平叙文のシンハラ語でさらりと言っといて、だけど保険証を出さないと「100パーセントきっちり、ジブン自身で、支払わなければならないぞ」と、こちらはシンハラ語の強調表現で大げさに膨らます。強調の助詞のを使って”きっちり”、"自身"を表して、だから、並みの所得を稼ぐシンハラ人ならこの強調のにつられてすぐさま滞納保険料の支払いにコンビニや銀行へ駆け込む、かも。

「助け合い」のきもち

 船橋市が市内に暮らす外国人に対して「暮らしのガイド」を六ヶ国語で始めたことを2018年11月19日付けの東京新聞がこう報じている。

 船橋市は、外国人の国民健康保険(国保)加入者向けに、六カ国語に翻訳したパンフレットや催告書の説明書を作った。市内で暮らす外国人と国保加入者が増えているものの、制度が分からないといった声に対応した。

 六カ国は英語、中国語、韓国語、ベトナム語、ネパール語、シンハラ語。総務省の外国人向け広報にもシンハラ語版はないから、船橋市はダイバーシティ行政を目指す日本の自治体のトップ・ランナーということだ。
 この国保のお知らせだけど、その出だしを読むと日本の国民として誇らしげな気分になる。いや、これ、シンハラ語だからシンハラ人が読むのだけど、

ජපානය තුළ සිත් සැහැල්ලුවෙන් තම ප්‍රතිකාර ලබා ගැනීමට පිණිස සියලුම ජනයා තිළ වශයෙන් වෛද්‍ය ප්‍රතිකාර රක්ෂණ ක්‍රමයට ඇතුලන් කර ඇත.

と、文章が始まって、ここの部分をグーグル翻訳しちゃうと、

「日本では、治療を簡単に受けられるように、すべての人が医療保険に加入しています」

となる。なんか、だいぶ間が抜けてる訳だけど、それはグーグル翻訳がなぜかシンハラ文を適当に端折って翻訳日本文を出してくるから。この部分のシンハラ語は「ちばこくほ」ちゃんの吹き出しじゃなくて、本文の方のお堅い「である」体の文語シンハラ。グーグルはシンハラ文語が訳せない。でも、「ます」体のグーグル口語翻訳でも、まあ大体、意味は伝わる。
 船橋市のシンハラ語による国保制度紹介は、英語版のNational Health Insurance Guideのビジネスライクな次の言い回しををシンハラ訳したものだろう。

In Japan, all residents must be enrolled in a public health insurance system of some kind so that they can receive medical care with peace of mind.

 この英文が示すのは国保ばかりのことじゃないからアバウトなのだけど、これは国保中央会が言う、

「国民健康保険(国保)とは、病気やケガをした場合に安心して医療を受けることができるよう、加入者が普段から保険料(税)を納め医療費の負担を支えあう、助け合いの制度です」
https://www.kokuho.or.jp/summary/national_health_insurance.html

のこと。
 整理すると、
  ජපානය තුළ සිත් සැහැල්ලුවෙන් තම ප්‍රතිකාර ලබා ගැනීමට පිණිස

は、「国民健康保険(国保)とは、病気やケガをした場合に安心して医療を受けることができるよう」のことで、
 සියලුම ජනයා තිළ වශයෙන් වෛද්‍ය ප්‍රතිකාර රක්ෂණ ක්‍රමයට ඇතුලන් කර ඇත

が、「加入者が普段から保険料(税)を納め医療費の負担を支えあう、助け合いの制度です」の部分。

 英語訳版ではwith peace of mind(安心して)が生きているけど、残念なことに「助け合い」が抜けているから、シンハラ語版にも「助け合い」の言葉はない。中央会が言う「助け合い」という日本語の情緒を英語のwith peace of mind(安心して)で代用してしまうと相互の「助け合い」の気持ちが「私一人の安心peace of mind」に置き換わる。
 シンハラ語にも日本的な「助け合い」がある。それは「相互の扶助」අන්‍යෝන්‍ය සහයෝගය。という言い回しだけど、そんな堅苦しい「扶助」なんて言い回しじゃなくて「お互い様」でもいい。スリランカ農村社会には日本のような「助け合い」の風土が残っていて、その心を大事にしようという機運がシンハラ民族意識と共に湧き上がる。
 これ、きっと、日本の風土の心意気と繋がっている。

極東のスリランカ

 このところ、スリランカから日本への入国者が急増している。
 ご存知のように、たとえば、旧成東町、今の山武市には溢れるばかりのシンハラ人がスリランカから遣って来て一気にどっと「転入」した。驚くべきか、同時に山武市は来年の東京オリンピックに向けてスリランカの強化合宿地にも早々指定された。それに合わせて国からのオリンピック補助金が下りて、ちょっとばかり潤って行政インフラも充実できた。
 旧成東町のこと、詳しいね、と思われる方も居られるでしょうか。KhasyaReportの「シンハラ語の話し方」がこの町の松ゲ谷で九十九里の海音を聞きながら最終校正を終えたということもあったりして、ちょっと詳しいかな。
 夏の日々の成東は私にとって「極東のスリランカ」。あの「話し方」の頃からここはシンハラの若い人が多かった。
 日本が「極東のスリランカ」になるという話は昔々、ある雑誌の読者相談コーナーで生まれた神話。
 経済縮小を余儀なくされるご時勢で、だからこそ多様性を深めて、そして穏やかに優雅に下降するこの島国の将来は「極東のスリランカ」に生まれ変わっても良いんじゃないか、と思う。
 そう言えば、山武市内からもシンハラ語のホームページが発信されているのだけど、これは今回の督促状の話とは質が違うので、また後日にご紹介します。

 あなたの街に外国人が転入してきて、それがシンハラ人だったら、ぜひ船橋市のこのシンハラ語パンフを見せてあげてください。国保に加入して保険料を支払えば、世界トップクラスの日本の医療が誰にでも、安く、公平に提供される。これは日本に暮らす大きなメリットのひとつ。そして、そのシステムが「助け合い」で成り立っていると、日本の自治体が放つシンハラの言葉で(「ちばこくほ」ちゃんの吹き出しだ)知れば、今度は、彼らが彼らの国に古くからある「助け合い」の歴史を、あなたに語りかけるでしょう。

 「私たちみたいな外国人、国保に加入しないって良くないのかな?」
ආපි වැනි විදේසිකයන් ඒ සන්දහා ඇතුලත් වීම නොකරන්නේ නුසුදුසු ද?

と迷うシンハラ人を見かけたら、「助け合いだからね」って応えてあげて。
  あれ、ところで、「加入しないって良くないのかな?」って迷ってる「ちばこくほ」ちゃんもチコちゃんと同じ五歳なのかな。

【補足】 あなたがシンハラ語を勉強していて、将来スリランカへ行かれて何かの社会的な仕事をするようなことになったら、この船橋市のシンハラ語パンフは優れた語学教材になります。
 船橋市のシンハラ・パンフをグーグル翻訳で読むときは、船橋市のPDF表示されるシンハラ文を一度メモ帳などにあなた自身がユニコードで打ち出して、それをグーグル翻訳窓に貼り付けてください。PDFのシンハラ文字はそのままコピー・ペーストすると翻訳窓で文字化けを起こしてしまい、翻訳文がボケます。翻訳する原文を翻訳システムが読み取れないとき、グーグル翻訳は勝手にいい加減な訳を表示してしまうクセがあるのでご注意を。

 アマゾンのfireタブレットは(何の因果か因縁か)残念だけど、htmlページにユニコードで書かれたシンハラ文字を豆腐化けさせます。船橋市広報のシンハラ・バージョン「生活情報」ページのシンハラ文字は読めません。それでも、その先のPDFページに辿り着いてしまえばfireタブレットでもPDFのシンハラ文字を表示します。

【「広報ふなばし」のシンハラ語ページに辿り着くには】
「広報ふなばし」から。
シンハラ人向け生活情報pdfページ(国保滞納)へ直接。

kouhou-funabashi
「広報ふなばし」のトップページ。左の囲みに小さく「外国の方へ for foreign residents」とある。これをタップ。


kouhou-funabashi2
「外国の方へ for foreign residents」の各国語紹介の最後尾にシンハラ語とあるのでこれをタップ。


kouhou-funabashi3
ජීවන මාර්ගෝපදේශ のタイトルが出てきてその下に2件の項目がある。fireタブレットではこのシンハラ文字がトウフに化けています。これをタップすれば国保の仕組み(上の項pdfページ)、申請書の記入例をシンハラ語解説(下の項htmlページ)に進みます。


kouhou-funabashi4
やっと船橋市のシンハラ語ページpdfに辿り着きました。fireのシステム・フォントに頼らないPDFなのでfireタブレットでもシンハラ文字が豆腐にならない。船橋市のシンハラ人向け生活情報pdfページ(国保滞納)