
ハルワはインド発祥のお菓子。スリランカでも食べることができるがシンハラ・オリジナルのデザートではない。ゴールでハリスがハルワをたいそうおいしく召し上がったとして、それは、そこがゴールだから。植民地セイロンの南端に位置するゴールは西欧の貿易商人たちが集まる国際港で、ハリスには絶好の「東洋料理とスィーツにありつける」土地柄だった。ハリスはカレーならマレーシアが一番、と常々称しているがゴールでマレーシア・カレーを食べ、北西インドに起源を持つお菓子ハルワを食べている。これが植民地時代のセイロンの、貿易港として発展した英国植民地政府の建物が立ち並ぶ都市コロンボの繁栄と優雅を物語もする。この英国の優雅は後に日本がゼロ戦で現れてコロンボ港を爆撃し微塵に砕き、チャーチルを震撼させることになる。
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タウンゼント・ハリスは日本へ向かっていた。1856年1月1日の日誌にこうある。
夜半、ゴールについて馴染みのホテルに宿をとった。翌日フォート近くの高台に邸宅を構える旧知の友人フォーブスに会い新年の日の食事に招致された。---夫人はスリランカ料理にたいそう精通していて、六品の椰子を用いた料理をテーブルに並べた。そして、デザートはハルワhalwa。これがすこぶる美味であった。
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ハリスさん、インドの料理に精通した食通です。インド、中国をくまなく回っていた貿易商時代、西洋人向けのシンハラ料理にもたいそう執心しています。中でも古くからの付き合いのフォーブス氏の夫人がこしらえるシンハラ料理を称賛しています。彼女はゴール生まれのゴール育ち。ゴールから離れたことがないのですが英国料理もセイロン料理も作ります。日本へアメリカ公使として向かう途中、乗り換えの蒸気フリゲート艦サン・ジャシントUSS San Jacintoを待つゴールでハリスは14日間を過ごします。1月1日のテーブルに上がった料理を丁寧に書き残しています。
発芽する前の椰子を用いた6品の料理の中にはキャベージと呼ばれる幼い芽を調理した一品がありました。この珍しいシンハラ料理をセイロン生まれの、ゴールの街を一歩も出たことのない英国人女性が調理するのです。19世紀、貿易で栄えるセイロンの優雅はゴール・フォートの中にありました。コロンボはまだ貿易船の出入りする商業港として整備されておらず小さな漁村でした。
なんでハリスはそんなに悠長なのかって、理由は最新鋭のフリゲート艦サン・ジャシントがエンジン不調をきたし故障ばかりして修理に明け暮れゴール到着が遅れていたことにあります。船が遅れて来ないからほわほわした椰子の新芽のカレーを食べることができた。カレー好きのハリス公使にはこの上ない贅沢なひと時がここセイロンのゴールで神によって恵まれたのです(と19世紀、彼に専属ライターがいたとして、そう書き散らすでしょうか。いえ、ここはセイロンですから仏の御利益)。
KhasyaReport
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