KhasyaReport ひなたやまカフェ 031
なずな花咲く
 「なずな」と大拙とE・フロム

よく見ればなずな花咲く垣根かな。江戸深川でなずなは珍しかったのかな。私の山里の畑道は、もう、なずなばかりだ。



 なずな。ぺんぺん草のことだ。これが畑や庭先に生えると嫌われる。
雑草の混成している場所にはなかなか生えない。ぺんぺん草はぺんぺん草だけで群生する。それもなんだか弱々しく。
 春先には七草として好まれて粥に加わるのに。
 




 「よく見ればなずな花咲く垣根かな」松尾芭蕉 1687 と芭蕉が詠んだ。
 この俳句には日本的精神そのもの、禅の神髄が込められていると触れ回って世界中をいたく感動させた先生が鈴木大拙だった。1957年8月に催されたメキシコ国立自治大学(UNAM/メキシコ・クエルナバカ)での「禅と精神分析」ワークショップの時、そこにE・フロムもいて、大拙が芭蕉のなずなを紹介しながら解く禅のこころに彼はいたく感動した。
「西洋人は草でもなんでも根ごと掘りあげて、分析して科学して世界を発見する。日本人はそんなことしない。草をよく見る。さわりもせず、それでなお世界を発見する」というようなことを英語でまくしたてるものだから,スピリッチュアルな文化人を感動に巻き込まぬわけがない。
 分析科学か、禅の直感か。そう指摘されるとギリシャ以来の哲学をサイエンスチックに分析する手法に特化させて心理学を築いてきた連中は泡を食らった。芭蕉という詩人は見るだけで世界を知り得た。ニッポンすごい。ニッポンすごい。
 何でも大拙の手法は禅というものらしい。見事な解析だ。大拙の広める禅は日本でよりもアメリカ大陸とヨーロッパで多くの影響を与えた。
 E・フロムは1976年、「To have or to be」(邦訳『生きるということ』1977年/紀伊国屋書店)という西洋文明への警告の書を表した時、大拙の禅の精神をTo beだとして紹介している。「あるがまま」を西洋に取り入れ、進展させよ、と啓示するかのようなアジを飛ばしている。
 E・フロムは本の冒頭で鼻高々にこう言う。
「そりゃあ日本には芭蕉のすばらしい俳句がある。で、それとは裏腹のことを言う我ら西洋の詩もある。
Flower in a crannied wall,
I pluck you out of the crannies, /poem by Alfred, Lord Tennyson 1863
テニーソンは茎から折って花をわがものにした。これは西洋精神が芭蕉に劣ると言わざるを得ない」
というようなことを言って、
「いやいや、そんなことはない。芭蕉をイリュージョンしてより優れた第三の道を行く西洋人の詩がある。それはゲーテの詩だ」
と言いなおす。
 道端に花がある。テニーソンのように抜き取ってバラバラ解剖したりしない。芭蕉のように「見てるだけ」でもない。
 ゲーテはその花を土の付いた根っこごと掘りあげて、森の中の瀟洒な我が家に持ち帰って、庭にそっと植える。ほうら、その草の花が咲いたぞ。庭の中で見事に咲いたぞ。ゲーテはそうやって芭蕉とテニーソンを止揚する。

 このぺんぺん草。インド、スリランカあたりから東へ西へと広まったらしい。人に運ばれてヨーロッパから新大陸までわたり世界を席巻した。古代から止血、利尿に用いられる妙薬だった。
 中国では漢方で役立っている。日本でも春の七草なのに、なぜかぺんぺん草に成長するとこの島国では嫌われる。畑でも、都市でも。「良く見れば」と詠んだ芭蕉のこころは、だから、今の日本人にはわからない。もうわからなくなって長い年月が過ぎた。
Shepherd purse(Capsella bursa-pastoris) phot(part) Kaj Halberg
http://kajhalberg.dk/en/city-nature/
 よく見れば…デンマークでも人里になずなが咲いている。デンマークのカジ・ベルバーグが芭蕉の寂びの一句をイメージさせるなずなを撮っている。http://kajhalberg.dk/en/city-nature/
 この写真がすごい。カジさんが「よく見れば」と芭蕉の句を詠んでいるかのようだ。なずなが咲いているのは垣根じゃなくて、デンマークのいなかの車道の脇だけど、カメラのレンズは俳句世界の侘びを写している。
 なずなは、ヨーロッパで伝統医薬として伝えられている。それが郊外の車道の脇にこうして人知れず花をつけ実を付けている。
 カジさんは写真を撮ってから、このなずな、どうしただろう。
芭蕉か、テニーソンか、ゲーテか。
 いや、カジさんはフォトグラファー。それらのどれにも当てはまらないことをした。シャッターを押す。それだけだ。道端のぺんぺん草を撮った写真に寄せた一文がある。そこで、「この草はアイルランドでクラップドポーチ clappedepouchと呼ばれている」と紹介した。それはアイルランドでライ病に病む人の孤独な物語だった。

 スリランカにもぺんぺん草はある。いや、あるはず。気に留めなかったので確認していない。シンハラ名も、だから、いま、分からない。ずうっとカレーライスばかり見ていたものだから。
   

  2017-Jun-07


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