(大田南畝、あるいは大田直次郎として交遊のあった人) |
交遊 | 詞書・漢詩・狂歌 | 出典 | 巻・頁 | 年月日 |
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とうえいけい 滕英瓊 | 「滕英瓊が寿星仰いで鶴を見るの図に題す。英瓊は大久保彦左衛門(二字欠)の裔なり | 南畝集16 漢詩番号2864 | ⑤10 | 文化3年 1806/01/ |
とうえん 東円上人 | 「東円上人の高野山に之くを送る 自是海公留卓錫 于今深洞有孤松」 | 南畝集4 漢詩番号0536 杏園詩集二 | ③189 ⑥53 | 安永7年 1778/03/03 |
とうおんし 滕温之 (唐衣橘洲) | | |||
とうかいえん 東海園 | | |||
とうかいしょし 東海処士 | 「勢州の東海処士の「元日」の韻を和す | 南畝集8 漢詩番号1628 | ④47 | 寛政2年 1790/03/ |
とうきつじ 滕吉二 | 「秋前二日、山士訓・縢吉二生と同じく春菶仲を訪ふ。寒字を得たり 明日炎涼看又変 千秋不改旧交歓」 | 南畝集5 漢詩番号0818 | ③282 | 安永9年 1780/07/04 |
とうげんけい 滕言卿 | | |||
とうげんし 東原子 | 「東原子のもとにのろま狂言をみて【十月十七日】 | 七々集 | ②267 | 文化12年 1815/10/17 |
とうこう 藤公 | 「参政藤公の初度を賀し奉る 遙憶君侯初度日 高称寿考対南山」 | 牛門四友集 | ⑥8 | 明和4年 1767/ |
とうしきょう 滕子興 | 「九月八日、関叔成・滕子興・立子玉と同じく耆山上人の妙有庵に集ひ、亡友南条山人を憶ふ。知字を得たり | 南畝集6 漢詩番号1291 | ③444 | 天明5年 1785/09/08 |
とうしけい 滕子敬 | 「初冬、中子光・安子潤・滕子敬と同じく清水太傅吉川氏の別業に遊ぶ。君字を得たり | 南畝集5 漢詩番号1044 | ③357 | 天明1年 1781/10/ |
とうしじょう 滕子乗 | 「夜雨、滕子乗に宴す。塩韻を得たり | 南畝集3 漢詩番号0359 | ③128 | 安永4年 1775/05/ |
「秋夜、滕子乗に飲す 坐上偶逢狗監侶 欲裁游猟愧非才 | 南畝集3 漢詩番号0371 | ③132 | 安永4年 1775/07/ | |
とうしとく 滕子徳 | 「滕子徳の太夫人の七十を寿す 七十古稀人所羨 還疑此地接仙源」 | 南畝集6 漢詩番号1173 | ③406 | 天明4年 1784/03/ |
「滕子徳の駿州に之きて久能山の原廟を修むるを送る 経術如君非俗吏 明時何惜致才能」 | 南畝集7 漢詩番号1388 | ③479 | 天明7年 1787/11/ | |
とうしぶん 滕子文 | | |||
とうしゅくけい 藤叔卿 | 「夏日、藤叔卿と同じく叔成に集ひ、公修・温之を憶ふ。時字を得たり 林下為開三経待 重迎二仲酔幽期」 | 南畝集1 漢詩番号0103 | ③34 | 明和9年 1772/06/ |
とうしりょう 島子諒 (島田左内) | 「早夏、井玄里・関之輿・山士訓・島子諒・(三字欠) 松竜川と同じく染井の西原に遊び、休円の山荘に過りて牡丹を賞す | 南畝集2 漢詩番号0275 | ③95 | 安永3年 1774/04/ |
「七夕、井玄里・関叔成・大久君節・山道甫・山士訓・島子諒・蘇百順・野美卿・河益之・辺公僚・栗士弘と同じく元石師の水月庵に集ふ | 南畝集3 漢詩番号0375 杏園詩集二 | ③133 ⑥38 | 安永4年 1775/07/07 | |
「八月十四夜、竹士輿・井子瓊・島子諒と同じく市谷里長佐野氏に飲す | 南畝集5 漢詩番号0835 | ③288 | 安永9年 1780/08/14 | |
とうぜとく 滕是徳 | 「天明八年正月廿八日小集 春日、懐ひを滕是徳に寄す 宦遊自有前期近 更待三春日月過」 | 南畝集7 漢詩番号1405 遊娯詩草 | ③486 ⑥287 | 天明8年 1788/01/28 |
「松柏篇。司工滕是徳の六十を寿す 共守門閭陪几杖 高標磥砢棟梁材」 | 南畝集8 漢詩番号1533 | ④15 | 寛政1年 1789/03/ | |
「六月朔日、滕是徳に飲す | 南畝集8 漢詩番号1558 | ④15 | 寛政1年 1789/06/01 | |
「五日前一夕、膝是徳に集ひて爾雅を読む 長夏已窮西日力 将乗帰酔向薫風」 | 南畝集8 漢詩番号1648 | ④54 | 寛政2年 1790/05/04 | |
とうどうし 滕童子 | | |||
とうはっけい 滕伯慶 | | |||
どうほん 道本師 | 「遥かに洛陽の道本師に寄す。師、書を善くす 道人称道本 々々有誰知 唯見竜蛇勢 飛騰洛水涯」 | 南畝集19 漢詩番号4274 | ⑤422 | 文化14年 1817/04/ |
とうほんぞう 藤本藏 | 「夏日、藤本蔵・橋本氏・山士訓と同じく山君忠に宴す。林字を得たり【君忠の東隣司天台】 | 南畝集3 漢詩番号0485 | ③168 | 安永5年 1776/06/ |
とうぶんけい 滕文卿 | | |||
とうめいけい 稲明卿 | 「大椿篇を賦して稲明卿の七十を寿す | 南畝集6 漢詩番号1287 | ③442 | 天明5年 1785/08/ |
とうもうこう 滕孟行 | 「滕孟行の宅に古剣観る歌 雌伏全収三尺光 雄飛本抱千金質 自是干将与莫邪 併属主人一摩挲 酒闌把示同懐子 更使満堂坐咨嗟」 | 南畝集2 漢詩番号0175 | ③63 | 安永2年 1773/04/ |
とうりえん 桃李園 (紀軽人) | 「十一月三日 本町四丁目伊豆蔵の主管、桃李園紀軽人が遨頭にて、百川楼に宴す 桃李園記 | 細推物理 | ⑧397 | 享和3年11/03 |
「夏日、城東の百川楼に宴す【時に桃李園将に西遊せんとす】 坐中有客遊京洛 為誦東都賦一篇」 | 南畝集14 漢詩番号2445 | ④313 | 文化1年 1804/05/ | |
「小田原駅の観山舎に宿す。友人桃李園酒を載せて至る | 南畝集14 漢詩番号2480 | ④323 | 文化1年 1804/07/26 | |
「小田原の桃李園、吉浜の温湯一桶を贈る | 南畝集20 漢詩番号4374 | ⑤454 | 文政1年 1818/05/ | |
とおやま きんしろう 遠山 金四郎 | 「遠山晋鑑察の「富獄を望む」の韻を和し奉る 「魯西亜船渡来御用」「聖堂御褒賞の節も逢候人にて御座候」 | 南畝集15 漢詩番号2654 書簡番号98 | ④376 ⑲139 | 文化2年 1805/03/ |
とがわ なんがい 戸川 南涯 | | |||
とき やましろ 土岐 山城守 | 「何がし君のみたち【欄外。江戸見坂、土岐城州】に参りけるに、あるじ、暮るともかへしはせじな稀人のたづねくるまの轄かくして、ときこえさせ給ひしかば | 七々集 万紫千紅 | ②254 ①288 | 文化12年 1815/09/ |
とき かい 土岐 甲州 | 「土岐甲州に馬見所に聯に | 七々集 | ②299 | 文化13年 1816/02/ |
どくせいろう 独醒楼 | | |||
とくにん 篤忍 | 「春日、梅屋の集ひ。篤忍律師の比叡山に之くを送る | 南畝集17 漢詩番号3479 | ⑤194 | 文化8年 1811ウ02/ |
とくりゅう 徳竜 | 「樋季成の席上、十一歳の神童僧徳竜に贈る【童、越後州蒲原郡水原村無為信寺の僧なり】 人間未識金翅鳥 謾道竜駒且鳳雛」 | 南畝集6 漢詩番号1124 杏園詩集二 | ③387 ⑥67 | 天明2年 1782/08/ |
としが 都子雅 | | |||
としまやちょうべえ 豊島屋 長兵衛 | 「十五日、豊島や長兵衛がもとにて雨ふり出けるに | あやめ草 | ②91 | 文政4年 1821/09/15 |
とっとりこう 鳥取藩主 | 「因州鳥取の太夫の、ふところ紙いるゝものに歌かけといはれてとりあへず | 七々集 | ②279 | 文化12年 1815/11/ |
ととき ばいがい 十時 梅厓 | | |||
とみざわ 富沢 | 「秋日、山道甫・立子玉と同じく富沢□を訪ふ | 南畝集4 漢詩番号0716 | ③247 | 安永8年 1779/08/ |
とみざわ ぎょくえん 富沢 玉淵 | 「武州多摩郡蓮光寺村の富沢玉淵、家に一石臼を蔵す。云ふ、之を染屋村の清水氏に得たりと。玉川古へ調布を出だす。蓋し其の搗く処なり | 南畝集17 漢詩番号3252 | ⑤128 | 文化6年 1809/07/ |
とみた 富田 | 「富田氏の甲陽に之くを送る | 南畝集9 漢詩番号1843 | ④122 | 寛政5年 1793/04/ |
とみたや 富田屋 三左衛門 | 「伏見富田や【三左衛門】がもとにやどりしに、去年やどりし頃よみける歌を裱褙してかけ置ける其のうた かりそめにふしみの里も呉竹の四とせになりぬとし/\の宿 伏見の宿のあるじ六十の賀に鶴宿松樹といふ事をよめる | 小春紀行附録 | ⑨94 | 文化2年 1805/11/04 |
とみはら 富原 | 「富原生 好□ の三河に帰覲するを送る | 南畝集18 漢詩番号3588 | ⑤229 | 文化9年 1812/01/ |
とよおかこう 豊岡藩主 | 「豊岡大守のみまえにて河東によみておくれる歌 | 巴人集 | ②415 | 天明3年 1783/08/ |
「長月廿一日の夜、豊岡大守もみまへにて、富本斎宮太夫が浄るりをきゝ侍りて 三味線もよくなりひらのあい方はいつきのみやときくぞうれしき」 「梅川忠兵衛の一曲をきゝて | 巴人集 | ②418 | 天明3年 1783/09/21 | |
「冬日、豊岡侯の席上に瓶中の菊を詠ず | 南畝集6 漢詩番号1159 | ③400 | 天明3年 1783/10/ | |
ともの かしゅう 友野 霞舟 | 「友野霞舟の寄せらるるを和す 召入昌平列学生 誘掖児曹細講説 教育英才早已多 吾孫多日受琢磨 老子本耽舐犢愛 欲酬厚徳如之何 長物唯存一古瓦 未足案頭称古雅 漫道未央東閤余 年来廡下久棄捨 唯須愛玩待其人 硯池濁水灑清塵 詩新一唱且三歎 得将燕石易奇珍」 | 南畝集20 漢詩番号4607 | ⑤521 | 文政4年 1821/05/ |
「友野霞舟の羆熊の祥有るを賀す | 南畝集20 漢詩番号4630 | ⑤527 | 文政4年 1821/12/ | |
とりやま せきえん 鳥山 石燕 | 「雨中、石燕丈人の梧柳庵に過る | 南畝集4 漢詩番号0553 | ③195 | 安永7年 1778/06/ |
「石燕丈人の幽居に題す | 南畝集5 漢詩番号0867 | ③298 | 安永9年 1780/10/ | |
とりゅう 屠竜 | |