©2010 Keiko Kawashima / Emi Higashiura
1743年8月26日 豊かなパリのブルジョワ家庭に生まれる。
1764年 大学の法学士の資格を取り、区裁判所の弁護士に。
同時期、王立植物園で、ルエルの化学講義を受ける。
1767年 鉱物学者ゲタールと共に、フランス鉱物分布図作成の為に、アルザスロレーヌ地方を旅行する。
1768年 3月 徴税請負人の仕事を始める。
6月 科学アカデミーの補欠会員となる。
1771年 徴税請負人の娘、マリー・ポールズと結婚。
1772年 科学アカデミーの準会員となる。
1776年 砲兵工廠に引っこし、ここに実験室をつくり、以後自宅で多くの化学実験をする。
1778年 科学アカデミーの正会員となる。アカデミーの紀要に多数の論文を発表。
この間、ラヴワジエの邸宅には、夫人の主催するサロンに、内外の有名人が集まる。
友人達と共に、『化学命名法』(1787)、『フロギストン論考』仏訳(1788)出版。
1789年 『化学年報』第1号発刊。『化学原論』出版。
7月14日 フランス革命勃発。
これより革命政府の下で、89年クラブ、度量衡委員会、公共教育委員会などの要職につく。
1793年 科学アカデミーの廃止。徴税請負人の逮捕。
1794年5月8日 徴税請負人の処刑。ラヴワジエもギロチンに(50才)。
1795年 世界初の工学大学、エコール・ポリテクニーク開校。ラグランジュ、モンジュら教授に任命。