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レモンジェラート。.... 佐久間學
その合唱団は「オーフス少女合唱団」というデンマークの合唱団です。首都コペンハーゲンに次ぐ大都市オーフスの音楽学校の生徒がメンバーとなっている合唱団で、その前身は1940年代から存在していましたが、2002年に現在の名前に変わってから、飛躍的にその実力が向上しています。それは、当時この音楽学校の教師だったヘレ・ホイアー・ヴェーゼルが、自ら生徒を引き抜いて新たに合唱団を編成したことに始まります。それ以来、この合唱団は世界中に演奏旅行に行ったり、多くのコンテストで入賞するなど大活躍、すでに何枚かのCDもリリースしています。 学生による合唱団で、16歳から23歳までという年齢制限があるようですから、当然入れ替わりがありメンバーは常に「若い」声を保つことが出来ます。この年齢は日本では高校生から大学生ということでしょうから、「少女合唱」というよりは「女声合唱」に変わりつつある微妙な段階です。このCDを聴いてみると、そのあたりの「無垢さ」と「大人っぽさ」という相反するファクターが入り混じった、絶妙のテイストを味わうことが出来ます。「ちょっと熟れはじめた青いリンゴ」みたいな(ちょっといやらしい?)。 今回のCDでは、主にデンマークの作曲家の作品が演奏されています。その筆頭があのニルセンです。こちらにも収録されていて混声合唱の編曲で歌われていた「Den danske sang er en ung, blond pige(デンマークの歌は、若く美しい髪の娘)」が、女声合唱で歌われています。やはり「大人」が歌っていたものとは全然違う軽やかさが漂っていますね。 そして、このサイトでは有名なペア・ノアゴー(ヌアゴー)がこの合唱団のために作った「Swinging in the rain」と「Singing sand」という2曲が歌われます。この作曲家ならではのちょっと硬質な音楽が、彼女たちによってとてもチャーミングに演奏されています。 同じ「現代作曲家」でも、ジャズピアニストでもあるセーアン・ムラーの作品では、一味違う「スウィング感」が伴います。いずれも旧約聖書の「雅歌」をテキストにした「I am the rose of Sharon」と「Let my beloved come into his garden」では、それぞれスキャットによるオスティナートや、手拍子や打楽器のリズムが軽快な味を演出しています。「I am〜」で歌われているメロディはどこかで聴いたことがあるのですが、なんだったのでしょう。 アンナ=マリ・カハラという、まるで日本人みたいなラスト・ネームの作曲家は、フィンランド人。彼女が作った「Ku nukkuu tuutussasi」という曲は、「ヨイク」が素材となった民族色の濃い音楽です。小さなお子さんは真似をしてはいけません(それは「よい子」)。さらに、本物の日本人である、合唱界では大変有名な松下耕の「ねんね根来の」も歌われています。もちろん歌詞は日本語ですが、全く日本語に聴こえないというのはご愛嬌。 特にソプラノ・パートが、ピュアな中にもとてもパワフルなものを秘めていますから、それを録音するのは至難の業です。ここでも、いたるところで頭打ちの歪みが感じられて、ちょっと不快な思いになることがあります。おそらく、ハイレゾのソースであれば、かなり改善出来ていたはず。 CD Artwork © hänssler CLASSIC in SCM-Verlag GmbH & Co. KG |
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つまり、バッハは「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」のように、「マルコ」でも演奏のたびに改訂を行っていたことになります。ですから、おそらくいずれはBWVもこれに従って改訂されることでしょうね。マルコの場合はBWV247ですから、この1744年稿はBWV247bぐらいになるのでしょうか。もちろん、このCDではまだ「BWV247」ですが、いずれはしかるべき番号で表記しないと、この前の「マタイ」の時のように物笑いの種になってしまいます。 とは言っても、そもそも「マルコ」では残っているのはテキストだけで楽譜は現存していないのですから、それを色んな人が「修復」して発表すれば、それがその都度「世界初録音」になるのでしょうから、あまり意味がないような気がしますがね。 そう、今回も、「1744年稿」という前に、新たな修復が施された楽譜が登場しているのですよ。その作業を行った人はアレクサンダー・グリヒトリクという指揮者/チェンバロ奏者で、このCDでもチェンバロを演奏しています。それにしても、このRONDEAUレーベルではほんの1年前にサイモン・ヘイズによる修復稿のCDを出したばかりだというのに、またもやこんな珍しいものをリリースするのですから、よっぽどのマニアが揃っているのでしょう。 グリヒトリクの仕事は、まず、ヘイズ版と同様にこの受難曲が1727年に作られた葬送カンタータBWV198の「パロディ」であるという情報を信じて、カンタータの中の3つのアリアと2つの合唱を受難曲の中で使い回すという手法は採用しています。ただ、それ以外のアリアは全く別のものになっていますし、もちろん、新しく「発見」された2つのアリアは、グリヒトリク独自の修復の成果です。 さらに大きく異なっているのは、レシタティーヴォの部分です。ヘイズ版では、そこにラインハルト・カイザーの「マルコ受難曲」のパーツを部分的に当てはめていたのですが、グリヒトリクは徹底的に「バッハ風」に仕上げるために、「マタイ」や「ヨハネ」のパーツを、ほとんどそのままの形で流用しています。エヴァンゲリストやイエスのレシタティーヴォは、まさに「どこかで聴いたことのある」テイスト、イエスの「Das ist mein Blute des neuen Testaments」という歌詞の部分などは「マタイ」そのものです。さらに、群衆の合唱もお馴染みのフレーズがあちこちから聴こえてきますよ。 合唱はバーゼル少年合唱団という団体です。初めて聴きましたが、かなりの大人数で少年合唱特有の「はかなさ」のようのものは一切感じさせない力強さが感じられる素晴らしい合唱団です。それどころか、どこか暗めの音色で、受難曲ならでは深刻さを存分に伝わってきます。 「修復」とは言っても、実態は完全な「でっちあげ」、というか、とてもよくできた「贋作」なのですが、ここまで「バッハ風」に決められてしまうと、何か言いようのない感動に襲われてしまいます。騙されたふりをして、バッハの3つ目の受難曲の「初録音」に浸ってみるのも、一興です。カレーと一緒にどうぞ(それは「ラッキョウ」)。 CD Artwork © Rondeau Production |
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今まではオリジナルはDSDで録音されたという表記があったのに、今回は「24/192」というスペックになっていました。やはり、オーケストラでは編集が必要なので、PCMで録音を行ったのでしょうか。 これは、さっきのソロ・アルバムと同じ、ベルリンのスタジオで録音されています。聴こえてきた音は、ソロの時と同じようなとても緻密なものでした。ただ、相対的にピアノの音像は小さくまとまって、全体の中の一つの楽器、という扱いです。オーケストラのソロ楽器も、それほど浮き上がって聴こえるようなことはなく、全体としてまとめられた音作りのようでした。 このアルバムの「目玉」は、チャイコフスキーで新しい楽譜が使われている、ということでしょう。その件については、ゲルシュタイン自身が詳細にライナーノーツで述べてくれています。それによると、チャイコフスキーがこの作品を完成させたのは1875年ですが(第1稿)、何度か演奏する中で音楽の形は全く変えずにピアノ・パートにだけ少し手を加えます。そして、この改訂が反映されたものが、1879年にユルゲンソンから出版された「第2稿」です。チャイコフスキー自身が関わった楽譜は、この2つの稿のみなのです。しかし、彼の死後、1894年以降に出版されたとされる「第3稿」には、かなり大きな改訂が加えられています。聴いてすぐ分かるのが冒頭のピアノソロが出てくるところ。 ![]() ↑第2稿 ![]() ↑第3稿 それまでの稿では2拍目と3拍目が「アルペジオ」だったものが、「第3稿」では「アコード」になっています。しかも、1拍目と3拍目はそれぞれ1オクターブ上下に移動しています。もう1ヵ所、第3楽章の108小節のあとの12小節がカットされています。ゲルシュタインは、このような「改竄」を行ったのは、アレクサンドル・ジローティだろうと言っています。ジローティはピアノ協奏曲第2番でも同じようなことをやっていましたね。しかし、この、必ずしもチャイコフスキーの意志が反映されたとは言えない「第3稿」は、「決定稿」として世界中で使われるようになってしまいました。 実は、今年2015年は、チャイコフスキーの生誕175周年であると同時にこのピアノ協奏曲の初演140周年でもあります。それに向けて、ロシアではチャイコフスキーの原典版の刊行が進められていますが、そこではチャイコフスキー自身が演奏で使い、多くの書き込みをした1879年版の出版譜が重要な資料として採用されています。この録音時にはまだそれは出版されてはいませんでしたが、それを特別に提供してもらって「世界で初めて」音にしたのが、このSACDなのです。 ただ、ずっと気になっていた第2楽章のフルート・ソロは、現行版のままでしたね。自筆稿ではしっかり訂正されているというのに。 ![]() それにしても、この文章のひどいこと。 SACD Artwork © Myrios Classics & Deutschlandradio Kultur |
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![]() 彼らはスタジオでこの楽器の音源をMTRにオーバーダビングして音楽を作っていたのですが、キース・エマーソンのようなキーボード奏者は、これをライブで使ったりもしました。モーグのシンセサイザーには、こんな仰々しいものではなく、ライブ仕様のコンパクトなもの(たとえば「ミニ・モーグ」)もあったのですが、あえてこれを使ったのには、多分にビジュアルなインパクトをねらうという意味があったのでしょう。日本人のユニットYMOでも、これをステージに乗せていましたね(専用のマニピュレーターが操作していました)。 そんな、一時代を作った「楽器」は、その後のデジタル・シンセサイザーの台頭で音楽シーンからは忘れられていったかに見えましたが、近年はアナログならではの腰の強い音に魅力を感じる人たちによって、改めてその存在が見直されています。ビンテージを修理したり、コピーして新たに作るといった動きの中で、ついに亡きモーグのメーカーからオリジナルと全く同じ設計で、最新の「復刻品」が「リイシュー」されるようになりました。このCDのジャケットに写っているのが、「System 55」という1973年に発売になったハイエンド・モデルを忠実に再現した商品です。富田勲がこれと同程度の楽器を買った時には、確か当時でも千万円単位の価格だったものが、今では「たった」35,000ドルで買うことができます。 その「System 55」を使って、バッハを録音したのはゴールウェイがDGに移籍した時に最初に作ったアルバムをプロデュースしたクレイグ・レオンでした。ただ、彼の場合はシンセサイザーだけではなく、「生の」ヴァイオリンと弦楽オーケストラも加えています。 冒頭を飾るのが、ヴァイオリン・パルティータ第3番の「プレリュード」(ホ長調)だというのは、もちろん「Switched-On Bach」を意識してのことでしょう。ただ、「本家」ではその「パロディ」である、カンタータ29番のシンフォニア(ニ長調)の方が使われています。キーこそ違いますが、そこから聴こえてきた「モーグ」の音は、まさに50年近く前にワルター・カーロスが作り上げたものと非常によく似たものでした。しかし、そこに「生楽器」が入ってくると、それぞれのテンポ感が微妙にずれていることに気づきます。というか、はっきり言って「合ってない」のですよ。それは、途中でもう聴くことをやめてしまいたくなるほどの「いい加減」な仕上がりでした。いったいレオンは何を目指してこんなアルバムを作ったのかが、まるで見えてきません。これは、モーグに対してもバッハに対しても、そして「ウェンディ」・カーロスに対してもたいしてリスペクトを持っていないアホなプロデューサーがでっち上げた、とんでもない駄作です。 CD Artwork © Sony Music Entertainment |
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クヴァンツという人は、バロック時代の作曲家、というかフルーティストで、彼が著した「フルート奏法試論」という書物は、当時の演奏様式を知ろうとする人にとっては欠かせない資料となっています。つまり、当時の楽譜の情報は現代とは全く異なっていて、演奏家によって「楽譜に書かれていないこと」を付け加えられて、初めて作品として完結するようなものだったのです。ですから、その楽譜に書いてあることをどのように演奏するかを知る必要があるわけですが、それがこの本には事細かに書かれているのですね。クヴァンツにしてみれば当たり前のことを書いただけなのでしょうが、それが今となっては当時の「習慣」を知る貴重な文献となっているわけです。 クヴァンツは主にフルートのための膨大な作品を残していますが、それは現在では「QV」という作品番号によってまとめられています。これは、作品をジャンル別に整理したもので、「QV1」はフルート・ソナタ、「QV2」はトリオ・ソナタ、そして「QV3」がソロだけのための作品ということになっています(そのあとに「フルート協奏曲」、「管弦楽曲」、「アリアと歌」と続きます)。さらに、「QV3:1」はフルート1本、「QV3:2」はフルート2本、「QV3:3」はフルート3本のための作品です。それによると、フルート1本だけで演奏する作品は全部で24曲あるのだそうです。 このCDでは全部で23曲演奏されているので、その中から1曲だけカットしたのかな、と思うかもしれませんが、中にはQV番号が付けられていないものもあったり、番号が抜けていたりしますから、そんな単純なものではないようです。というのも、実はここで演奏されている曲は、今ではコペンハーゲンの王立図書館に保存されている「ファンタジーとプレリュード、8つのカプリスとその他の作品」というタイトルの「曲集」の中に収録されているものなのです。ラム自身のライナーノーツにでは「自筆稿」とありますね。実は、この楽譜の現物はこちらで見ることができますが、それはどうも「自筆稿」というよりは「写筆稿」といった方が正しいもののようでした。つまり、作曲するときに書いた楽譜(「自筆稿」とはそういうものです)を、何曲か集めて五線紙の表裏に写譜(コピー)したものなのですね。それを60ページ分ほど束ねて1冊にしたものが、さっきのタイトルの楽譜なのですが、そこにはクヴァンツの自作だけではなく、ほかの作曲家の作品も一緒に「コピー」されていたのですね。このCDの中のものでは、演奏時間の長い「サラバンドとドゥーブレ」はブロホヴィッツ、「メヌエットと変奏」はブラヴェの作品だというようなことが分かっています。 ラムは、S. Kotelというメーカーの木製頭部管の愛用者で、Youtubeで試演している様子を見ることが出来たりしますから、おそらくここでも頭部管だけ木製のものを使っているのではないでしょうか。なかなか柔らか味のある音色で、しかし音楽はあくまでアグレッシブに迫っています。「8つのカプリス」などは普通に出版譜が出ている有名なものですが、それはほとんど練習曲のように使われるもので、こういう形で演奏されるのを聴いたのは初めてでした。そこからは、クヴァンツの多岐にわたる音楽性をストレートに感じることができます。 何より驚いたのは、「カプリス1番」ではこんな半音階が使われていることです。 ![]() ![]() CD Artwork © Paladino Media GmbH |
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エガーの場合は、この「第1稿」をオランダでは最初に演奏した、という実績があるそうです。それから何度もこの楽譜で演奏を行ううちに、自分のオケ(AAM)で録音するときには、絶対これを使おうと心を決めていたのだそうです。そんな、エガーの熱い思いの成果が、このCDです。 「第1稿/BWV244b」の楽譜はもちろん誰でも購入できるのですが、今はまだ大判のフルスコアしか出版されていないので、あまりお手軽ではありません。スタディ・スコアになって安くなったら買おうと思っているので、現物の楽譜を見たことはありません。ですから、改訂版(1736年稿/BWV244)との相違点は、今のところCDについてきたライナーノーツを参考にして推測することしかできません。それがたとえば、アリアのソリストが変わったり、オブリガートの楽器が変わったり、あるいは曲そのものが別のものになっていたり、というはっきりしたものでは問題ありませんが、もっと細かい旋律のちょっとした違いなどは、場合によっては同じ楽譜を使っても演奏家が別のもののように演奏してしまっていることもあるので、それが楽譜による違いなのかは決めかねるようなところもあります。ただ、「装飾」に関しては、「第1稿」では骨子となるメロディだけを書いて、残りは演奏家に自由な装飾を許すというものだったのが、「改訂版」ではバッハ自身がきっちり装飾まで楽譜に書いているのでは、という傾向のようなものは見て取れます。 それは、最初に出たビラー盤では、「改訂版」に比べてあまりに装飾が少ないことからも推測できます。おそらくビラーは、かなり忠実(愚直?)にこの「第1稿」の楽譜を再現していたのでしょう。しかし、シーモア盤では、特にソリストのパートでかなり大胆な装飾が加えられていました。おそらく、これが実際に当時に演奏された形に近いものだったのでしょう。そして今回のエガー盤では、さらに、アリアのオブリガートの楽器がダ・カーポで最初と同じ楽譜を演奏するときに、びっくりするような装飾を施しているのですね。こうなると、これがさらに当時の習慣に近づいたのか、あるいはやりすぎなのかは、ちょっと判断が付かなくなってきますが、聴いていてエキサイティングなのは間違いありません。 ただ、エガーの場合は、ちょっと不思議なこともやっています。それは第1曲のリピエーノを、オルガンで演奏するだけで合唱に歌わせていないんですよね。こんなことをやっているのは、これが「世界初」のはずです。 それと、特徴的なのはとにかくテンポが速いということ。ですからトータルの演奏時間は144分38秒しかありません。これは間違いなく「史上最速」のはずです。 他のところでも書きましたが、国内販売にあたって代理店(ナクソス・ジャパン)が付けた「帯」の間違いの多さでも、これは「記録的」ではないでしょうか。もしかしたらそんな指摘への反論でしょうか、担当者とおぼしき人が「校正とは悪意のこもった間違いさがし」と、自らの失態を正当化するような発言をネットで漏らしていたのは、お粗末すぎる対応です。もうこれからは、ここの「帯」を信用する人はなくそす。 CD Artwork © Academy of Ancient Music |
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こちらは、シルクロードをテーマにしたオーケストラの作品を演奏したコンサートのライブ録音です。演奏されているのは團伊玖磨の、その名も「管弦楽組曲『シルクロード』」、ボロディンの有名な「中央アジアの草原にて」、そしてブゾーニの「『トゥーランドット』組曲」です。 團伊玖磨の作品は、1954年に作られ、1955年の「三人の会」の第2回演奏会で作曲家自身の指揮による東京交響楽団によって初演されました。「三人の会」とは、團の他に黛敏郎と芥川也寸志という、当時の日本の作曲界をリードしていた才能のある「若い」3人の作曲家が集まって作ったユニットです(才能のないダメな人が集まったのは「残念の会」)。日本人の指揮者とオーケストラによる録音はありましたが、外国のアーティストによるものはこれが最初ではないでしょうか。 そんな「世界初」を担ったオーケストラは、スイスのアルゴヴィア・フィルという、全く聞いたことのない団体でした。2001年からダグラス・ボストックが首席指揮者を務めていますが、ボストックは東京佼成ウインドオーケストラの首席指揮者を2000年から2006年まで務めていましたから、日本人作曲家の作品もよく知っていたのでしょう。ただ、このオーケストラは、ブックレットのメンバー・リストによると弦楽器が10.8.6.6.4という、かなり少なめなのが気になります。 その「シルクロード」は「プレリューディオ・カプリッチョーソ」、「パストラーレ」、「ダンス」、「マルチア」という4つの曲から出来ていて、ちょうど交響曲の4つの楽章のような役割がそれぞれの曲に与えられているようです。その中のアンダンテ楽章に相当する2曲目のテーマが、童謡の「ぞうさん」の「♪お鼻がながいのね〜」の部分とそっくりなのが、ちょっと微笑ましい感じです。ご存知のように、「ぞうさん」は團の作品、このほかにも「おつかいありさん」(♪あんまりいそいでこっつんこ〜)とか「やぎさんゆうびん」(♪くろやぎさんからおてがみついた〜)のような大ヒット曲をこのジャンルでも生み出していたのが、團なのです。この「ぞうさん」のテーマは、セシル・シャミナードの「コンチェルティーノ」というフルートの作品でも現れていて、思わず笑ってしまいますが、ここはなんたって自作ですから、許してあげましょう。そのテーマは最初はコール・アングレで現れ、やがて弦楽器が朗々と歌い上げることになるのですが、やはりこの人数ではあまりにしょぼすぎますね。それにしても、シルクロードを歩いているのが「ぞうさん」だというのは、ちょっとユニーク。 でも、続く3曲目で出てくるのは「月の砂漠」ですから、これはいかにも「隊商」という感じはしてきますね。 「中央アジアの草原にて」の新録音なんて、かえって変な気がしますが、これはあまりに有名すぎるためなのか、かなり「手抜き」の演奏になっているような気がします。ライブ録音ということもあるのでしょうが、出だしの管楽器がそもそもいい加減ですし。 そして、ブゾーニの「トゥーランドット」という珍しい作品が最後に演奏されています。これは、プッチーニと同じ原作が戯曲として上演された時の「劇音楽」として作られたものを、組曲という形に直したものなのだそうです。シルクロードがらみでさぞや異国情緒豊かな仕上がりなのでは、という期待は見事に裏切られ、ごくたまに五音階が出てくるだけで、基本的にはとても美しい西洋音楽に仕上がっています。こちらにはなぜか「グリーン・スリーブス」が引用されていますし。 SACD Artwork © Coviello Classics |
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そんな、とても足元にも及ばないマニアが世の中にひしめいているのがショスタコーヴィチの世界です。そして、ちょっと深みに迫ろうとすれば、とんでもない泥沼に足を突っ込んでしまうのが、彼の作品です。なにしろ、「我々のファシストとの戦い、我々の敵軍に対する勝利、私の生まれ故郷レニングラードに、私の『交響曲第7番』を捧げる」という作曲家自身の言葉から「レニングラード」というサブタイトルが付いているこの「7番」にしても、その言葉が果たして彼の本心から発せられたものなのかどうかということすら、はっきり分かってはいないのですからね。 このSACDのブックレットでは、フランツ・シュタイガーという人が、そんな作曲家の言葉を真っ向から否定したことでセンセーションを巻き起こしたソロモン・ヴォルコフによる「ショスタコーヴィチの証言」からの引用からライナーノーツを書き起こしていることからも、いまだにヴォルコフの示したものがこの世界で影響力を保っていることを知らされます。これは、先日ご紹介した「戦火のシンフォニー」とは対極のスタンスです。 とは言っても、それはあくまでシュタイガーさんのスタンスであって、別にここで演奏しているアーティストの意向が反映されたものではないというのは、良くあることです。ところが、これまでこのレーベルに、ショスタコーヴィチの交響曲のうちの7曲を4人の指揮者とともに録音してきたロシア・ナショナル管弦楽団と、彼らが「7番」を録音するにあたって選んだ指揮者、パーヴォ・ヤルヴィは、まさにそんなスタンスでこの作品に向かっていたのではないか、と思わせられるほどの演奏だったのには、ちょっと驚かされました。 ここで聴くことのできる彼らの演奏は、とてもスマートなスタイルに支配されています。第1楽章の冒頭のテーマなどは、いかにもこの作曲家らしい重々しいものなのですが、それがとてもしなやかな語りくちで現れていますし、その合いの手の金管なども何の重みもないものでした。そこには、この曲にまつわるもろもろの「逸話」からは少し距離を置いて、あくまで楽譜に忠実に音楽を作り上げ、そこからおのずと作曲家のメッセージが抉りだされるように仕向ける、といったクレバーなスタンスさえも感じることが出来ます。 そして、「敵軍の行進」とされている有名なテーマが、まるでラヴェルの「ボレロ」を借用したようなオーケストレーションで延々と続く部分でも、ヤルヴィの冷徹な視点は健在です。この部分をラジオ放送で聴いたバルトークは、そのあまりのアホっぽさに腹を立てて、自作で揶揄することになるのですが、それこそがショスタコーヴィチが仕掛けたどす黒い「罠」であったことを、もしかしたらヤルヴィは意識して際立たせていたのかもしれません。 曲を締めくくるバンダで補強された大編成の金管の咆哮も、決して「熱く」は聴こえて来ない冷やかさ、そんな演奏であれば、最後の最後に登場する作曲家のセルフ・パロディがどんな意味を持ってくるかも、明白に伝わってくるのではないでしょうか。 SACD Artwork © Pentatone Music B.V. |
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とは言っても、品番からも分かるようにこれは「8枚目」のBD-Aです。「1枚目」が出たのが2012年の12月ですから、2年半近く経ってもそれしか出せていないというのでは、やはり「辞めてしまった」と思われても仕方がないかもしれませんね。そんな、言ってみれば「貴重」なフォーマットで、大好きなシュッツの演奏が聴けるのですから、これはラッキー。 シュッツと言えば、彼の前任者としてウィーン・フィルの首席奏者を務めていたのがヴォルフガング・シュルツという人だったので、何かと混乱してしまうかもしれません。「カール=ハインツ・シュルツ」とかね。実際、シュッツはシュルツたちが創設したアンサンブル「アンサンブル・ウィーン・ベルリン」にも、シュルツの後釜としてメンバーになっていますから、何かと「シュルツの後継者のシュッツ」みたいな、とても紛らわしい言い方が、今回のBD-Aのライナーノーツにも登場しています。そこでは、今回録音したモーツァルトの四重奏曲は、このレーベルとしてはシュルツで録音したかったものが、様々な事情で結局シュッツによってなされることになった、みたいな書き方をされていますからね。確かにシュルツは偉大なフルーティストであったことに疑いはありませんが、個人的にはあまり好きではありませんでしたし、彼の音はウィーン・フィルのサウンドの中ではちょっと異質なのでは、と感じていました。もっとも、逆にそんな音だからこそ、この「保守的」なオーケストラからもっと斬新なサウンドを発信することが期待されていたのかもしれませんが。 シュッツは、しかし、そんな「期待」とは全く別の姿でウィーン・フィルのサウンドのクオリティをワンランク上げることに貢献していました。彼の音はシュルツのようにしゃかりきに自己主張するものではなく、いともしなやかにオーケストラの中に融け込んだ上で、サウンドにきらめきを与えるというものだったのです。 このモーツァルトで共演しているのは、もちろんウィーン・フィルのメンバーたちです。その中で、ヴァイオリンにこのオーケストラ初の女性コンサートマスターとして注目を集めたアルベナ・ダナイローヴァが参加しているのにまず注目です。まさに、これからのウィーン・フィルを担う新星の共演ですね。ヴィオラのトビアス・リー、チェロのタマーシュ・ヴァルガともども、伝統にあぐらをかかない未来志向のモーツァルトが体験できます。それは、音色はとてもまろやかで心地よいものなのに、今モーツァルトを演奏することの意味がきっちりと伝わってくるものなのですから。彼らは、かなり早めのテンポで、余計な「タメ」で音楽を停滞させることなく進めていきます。それでいて、必要な情感は的確に表現されています。それは、ピリオド楽器の登場によって表現の根底が崩れ去ったモダン楽器奏者たちが出した、一つの回答のようにも思えてきます。さらに、この4人のつかず離れずのアンサンブルの妙味には感嘆させられます。録音のせいもあるのでしょうが、それぞれの楽器がとても雄弁に歌っていることもとてもよくわかります。 もちろん、彼らが使っている楽譜は最新のヘンレ版です。こちらで指摘したハ長調の四重奏曲の第2楽章の第4変奏の後半で、新全集とはヴァイオリンとヴィオラのパートが入れ替わっている部分などは、そんな録音ですからはっきり聴き取ることができます。 例によって、オリジナルの4曲以外に、オーボエ四重奏曲をフルートで演奏したものも収録されています。この曲の第2楽章でのシュッツのピアニシモは絶品です。 BD-A Artwork © Camerata Tokyo, Inc. |
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著者はかつてはプロのヴァイオリニストだった方ですから、音楽に対してはとても深いところで接するスキルを身に着けています。さらに、この方の場合、ロシア語のオリジナルの資料を読むために、それまでは全く知らなかったロシア語を勉強するところから作業を始めたというのですから、もうそれだけで感服してしまいます。 これは、「レニングラード封鎖」という史実に関して克明に描写するという「ノンフィクション」ではありますが、それらが連なる中で浮かび上がってくる「物語」には、即座に引き込まれてしまいます。しかし、この本の目的はそんな「戦記」を綴ることだけではありません。その「レニングラード封鎖」を「縦糸」にして、それに絡まる「横糸」として登場しているのが、その街の音楽家たちなのです。「戦火」のなかで、一時は音楽家としての自己を否定して戦時下要員として生き始めた彼らが、またオーケストラのメンバーとして復帰し、同じく「戦火」の中でショスタコーヴィチによって作られ続けた「交響曲第7番」を演奏するようになるまでの、壮絶な物語がここでは描かれているのです。 信じがたいことですが、ライフラインは断たれ、食料も底をついて餓死者が毎日何千人と出ているうえに、連日の空襲でもう疲弊しきっているはずの市民が、音楽を演奏することによってまだまだ力を持っていることをアピールしようとするのですね。もちろん、これは市当局の幹部が「プロパガンダ」としての音楽の影響力を認めて、組織的に放送局のオーケストラを再建しようとしたもの、そんな発想が、ソ連では可能だったのですね。 しかし、それを敢行するのには当然のことですが、多くの困難が伴います。そもそも、指揮者が餓死寸前の体で救急所に収容されているのですからね(その救急所の悲惨な状況もとてもリアル、トイレも使えない時にはどうなるか、そんなことは知りたくもありません)。そして、このオーケストラは小曲を演奏することから始まって、最終的にはショスタコーヴィチが「レニングラードのために」作ったとされる交響曲を演奏するまでを描くのが、このノンフィクションの山場となっています。いやあ、このあたりは本当に感動的ですよ。 もちろん、これはノンフィクションとは言っても、そもそもの「事実」がすでにソ連当局のフィルターにかけられていることは間違いありませんから、「実話」として鵜呑みにするのは極めて危険なことです。当初、筆者は小説として刊行するつもりだったと言いますから、そのような「筆が滑った」と思われるようなところも見られなくはありません。 そして、最大の「謎」は、やはりあのヴォルコフの「証言」を知ってしまったからには素直には受け入れることが出来なくなってしまっている、この曲のテーマです。ここでは、1ヵ所だけ、その「証言」を裏付けるエピソードも紹介されています。それにもかかわらず、筆者はまずこの「証言」を徹底的に無視することから論を始めているように思えます。そうなってくると、作曲の途中でレニングラードを離れてしまった作曲家の行動や、初演は別のところで行い、レニングラードでの初演でも当初は、すでに疎開していたレニングラード・フィルに任せるつもりだったという著者の「見解」には、かなりの齟齬が見えてはこないでしょうか。 本当に、ショスタコーヴィチという人は難解です。おそらく、この交響曲を自分で何回も演奏したところで、その「謎」が解けることはないのでは。 Book Artwork © Shinchosha Publishing Co., Ltd. |
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さきおとといのおやぢに会える、か。
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