川崎哲さん(核兵器廃絶・日本NGО連絡会世話人)に聞く
7月7日までに条約作成へ
川崎哲さん
被爆者たちと手をつなぎ協力を誓い合うエレイン・ホワイト国連会議議長(中央)
3月に国連で、核兵器を禁止し廃絶する条約交渉会議が開かれました。会議に参加した核兵器廃絶日本NGO連絡会共同世話人の川崎哲さんに会議の成果や今後について話してもらいました。
−会議の経過、今後についてお話しください
川崎 会議は5日間開かれました。藤森さん、サーロー節子さんをはじめ、オーストラリアの核実験被害者の発言もあり、会議はスムーズに進行しました。大きな対立点はなく、条約の全体像をカバーできました。
6〜7月の会議で条約が出来上がる可能性が大きくなりました。エレイン・ホワイト議長が最終日に、明確に7月7日までの条約成立を目指すと述べたので、3月会議の基本的内容で、核兵器禁止条約の成立がほぼ確実になったと言えます。
ほとんどの国が主張したことは、核の非人道性に立脚し、核兵器を禁止するシンプルな条約にしようということでした。「核兵器を禁止し廃絶する」とありますけど、3月の議論を踏まえると禁止の方に重きがあって、廃絶部分についての詳細は立ち入らない条約になると予想されます。
核兵器は悪である
期待される条約は、核兵器は悪である、核兵器はあってはならない兵器であることを少なくとも宣言する。21年前に国際司法裁判所が「核兵器は一般的に違法な存在だ」としました。条約ではっきりと違法である、作っても、持っても、使ってもいけないということを定めると思います。
私自身もNGO連絡会として発言しました。藤森さんの冒頭演説に呼応する形だったと思います。被爆者に対する言及を条約にきちんと盛り込むべきだ、被爆者が受けた苦しみ、廃絶のために頑張ってきたこと、被爆の実相をさらに伝えるとともに未だに分かっていないことがたくさんあるのでさらに探求もしなければなりません。そういったことを条約に明記すべきだと表明しました。複数の政府から条約に明記する方向を支持する発言があり、新聞のインタビューでオーストリアの大使もそう言っています。被爆者への言及が盛り込まれる可能性は高くなってきたと思います。
国連総会で選択へ
−7月以降はどうなるでしょうか
川崎 条約は、文章自体合意が出来たら、採択され、採択された条約を署名のために開放します。その時点で各国が署名します。開放は、いつになるか、私の印象では国連総会に1度戻して、正式に採択し開放する可能性が高いと思います。
開放されたら、条約に効力を持たせるため多くの国が署名・批准しなければいけません。来年の今ごろ私たちは、禁止条約に署名・批准して一刻も早く発効させて欲しいと呼びかけているのではと思います。
−発効の基準はあるのでしょうか。
川崎 発効に必要な批准数は、3月の会議で議論になりました。まだ決まっていません。核実験禁止条約(CTBT)では、核保有国がすべて批准しないと発効しないと決めたので、いまだに発効していません。同じ轍をふまないで、一定の数が集まれば良いとなれば、話は比較的簡単です。
−禁止条約の内容は
川崎 核兵器をどのくらい禁止するのか争点になります。平たく言えば、核兵器をつくること、持つこと、使うことを全部禁止することです。開発、製造、実験、貯蔵、移譲、配備、使用、使用の威嚇で、議論になるのが使用の威嚇です。
使用が禁止されれば使用の威嚇も許されないことになるから、威嚇をあえて禁止項目にいれなくても良いという見方があります。しかし、使用の威嚇禁止は核抑止政策を禁止するから、多くのNGOは威嚇を含めて禁止にすべきだと言っています。
核保有国が将来条約に入ることを見越して核廃棄の義務をどの程度定めるかも論点です。この点については詳しく定めるとまとまらないので持ち越しが大方の意見です。
核被害の権利保障
最後のポイントは、被爆者にも関係してきますが核戦争、核兵器による被害者を救済する、核兵器の被害者の権利を保障し、その救済を行なうとか、核兵器によって汚染された環境を回復するとか、そういったこともこの条約の義務事項に入れるべきだという主張があります。地雷とかクラスター爆弾禁止の場合は、被害者の支援ということで国際人道法のなかに入っていますから、同じように適用すべきだという意見があるわけです。これがどのように盛り込まれるか論点の一つです。
署名は世論の証
−ホワイト議長からヒバクシャ国際署名を6・7月会議にたくさん持ってきて欲しいと要請を受けました
川崎 署名は世論の証ですから要請されたのだと思います。象徴的なのは、米国の核の傘のもとにあるオランダがこの会議に参加していることです。経緯を見るとオランダは最初、市民団体が署名を集めた。4万4千の署名を国会に提出し、国会で核兵器禁止条約に参加すべきだという決議を国会議員があげた。国会議員があげたものに政府が拘束されて今回参加という流れです。このように市民の署名と国会が重なると政治的力になる。日本政府を動かすときにも国際署名が多数集まっていることは、非常に重要な意味を持ちます。私たちが署名を増やすと同時に、政治的力にどう転化していくか、国会議員に参加を求めていくことも重要だと思います。
今、平和首長会議には8千近くの首長さんがおられます。平和首長の自治体に住んでいる人口を足したら、世界の人口のかなりのパーセンテージになる試算を、平和首長会議がしているんです。
核保有国の中国やインドの人口は10億人以上ですね。平和首長の存在は、核保有国の人々がすべて核兵器に賛同しているわけじゃないことを示す意味で世界的な力を持ちうると思うんです。
核兵器禁止条約に賛成している国は早く署名・批准してもらう、国がまだ賛成していないところは、国の中の過半数の人が賛成しているところまで示す。そこまで行けば次の展望が見えてくるのではないかと思います。
にこやかに署名を呼びかける中村県知事(左)
「ヒバクシャ国際署名」をすすめる長崎県民の会が毎月行なっている街頭宣伝行動に4月26日、中村法道長崎県知事が参加しました。午後4時から1時間、長崎市浜の町浜クロス前に立ち、署名を呼びかけました。
県民の会はこのほか、4月7日に宗教者懇話会(仏教、神道、カトリック、プロテスタントなど合同で原爆犠牲者慰霊式を毎年行ない定期的な会議開催)を訪問し、協力するとの返事をいただきました。10日にはカトリック長崎大司教区の高見三明大司教と面談し、署名への支援を要請、ローマ法王に賛同のメッセージをお願いしたいと相談しています。
県内22自治体のうち21首長から賛同を得ていますが、残る佐世保市には25日、市民生活部長に趣旨説明を行ないました。
5月27日に、「署名スタート1周年記念集会」を企画。10時半から正午、長崎被災協地下講堂で、長崎大学核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授の講演や、長崎大学学生映画サークル制作の県民の会PR動画の披露などを予定しています。(長崎県民の会)
土浦市ホームページより
自治体の公式ホームページに、ヒバクシャ国際署名の紹介とともに署名用紙ダウンロードができるようになっていたり、ヒバクシャ国際署名ホームページへのリンクが貼られたり、というケースが広がっています。
トップページに大きく紹介というわけではありませんが、平和行政に関するページなどに紹介されていることが多いようです。
4月25日現在、以下の自治体ホームページで確認できました。
土浦市、千葉市、佐倉市、東広島市、諫早市、豊見城市。
自治体に、公式ホームページへのリンクを要請していきましょう。
新たなリンク情報を連絡会または日本被団協までお寄せください。
ヒバクシャ国際署名推進のための各地の連絡会が、会報(ニュース)を発行しています。青森、東京、埼玉のニュースと、岩手の集会チラシをご紹介します。それぞれ街頭宣伝や要請行動、集会や学習会の報告記事、県内の署名集約数や連絡会参加団体などの紹介、今後の予定などを掲載しています。
今後も会報など発行したときは、日本被団協までお届けください。
東友会は「いまなぜ核兵器禁止条約か」をテーマに内藤雅義弁護士(日本反核法律家協会理事、ノーモア・ヒバクシャ訴訟東京弁護団団長)を講師に迎え4月20日、都内で緊急学習会を開きました。被爆者や支援団体などから61人の参加がありました。
内藤弁護士は核兵器禁止条約交渉会議とヒバクシャ国際署名の意義について「国連で核兵器禁止条約の交渉会議が開始され、7月には条約ができる可能性が出てきたことについて、被爆者の役割は非常に大きく、時期的に一致した国際署名は重要。核兵器は絶対悪。その非人道性について被爆者一人ひとり語ってもらいたい」と述べました。
会場からの「被爆者は今何をしたらよいか」と問う質問には、「被爆者が核兵器をなぜ許せないか、みんなで声をだす。模擬裁判などを開き被爆者のメッセージを訴えることも必要です」と答えました。
東京 山田玲子
(左から)山田みどりさん、山田玲子さん、スコットランド首相
ニューヨークの国連本部で核兵器禁止条約締結にむけた会議が開かれていた期間に、英国の反核団体CNDより被爆者派遣の要請があり、東友会代表として被爆二世の山田みどりさんと遊説を行なってきました。
市民集会は、ロンドンとマンチェスター、オックスフォードで4回行なわれ、会場はいずれもいっぱいになり賛同と激励の拍手で終わりました。
その他女子高校、BBCの取材、グループの小集会にも応じて核兵器の被害を訴え、被爆者が進めている国際署名の意義を語り協力を強く訴えました。
自治体を訪問しての署名要請ではスコットランド首相二コラ・ジェニファーさん、マンチェスター副市長エディ・ニューマンさん、オールダム市長デレック・ファーマンさんがそれぞれ即座に署名に応じ、同行の英国の人たちと感激を共にしました。
マンチェスターでは被爆イチョウの苗を温室で育て、公園や学校に植樹して子どもたちの平和意識を高めるプロジェクトを行なっている、という話に感動しました。
帰国後、東友会宛にオールダム市長から「親愛なる友人の皆さま、核兵器所有がもたらす脅威からこの地球が解放されるよう望み、共に活動します」と力強く長い激励の手紙が届きました。
3月12日、愛知県原水爆被災者の会(愛友会)は、「被爆二世のつどい」を開催しました。
「被爆二世の会」の結成や、被団協の県組織のなかの「二世部会」の活動など各地の動きをみて、愛知県でも二世、三世が集まり交流できるようにしていこうと開催したものです。
集まった被爆二世からは、それぞれの思いが語られました。広島・長崎で被爆をした父・母から聞いた話や、戦後もずっと抱えてきた不安、被爆二世であることを言えなかった状況など、涙ながらにつらい思いを語る人もありました。「被爆二世同士の集まる機会をまたつくってほしい」との切実な声もありました。
日本被団協が実施した全国被爆二世実態調査が、愛友会には176通返ってきており、「愛知のまとめ」として集約し、当日の資料として参加者に渡しました。親の被爆体験をほとんどの人が聞いており、「二世としての意識がある」は70%、「二世としての不安がある」は52%で、具体的な「不安」の内容がたくさん書かれていました。
また機会をつくることを約束し、つどいを閉じました。(大村義則)
被爆者運動から学び合う学習懇談会
問題提起する木戸季市さん
ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会は4月8日、第8回「被爆者運動から学び合う学習懇談会」を、東京・四ツ谷のプラザエフで行ないました。
昨年9月9日に行なった瑞慶山茂弁護士の問題提起による「沖縄戦被害の実態と民間被害者の国家補償制度について」の学習懇談会と、12月6日に日本被団協沖縄交流ツアーの中で行なった「ヒロシマ・ナガサキ、沖縄戦をめぐるシンポジウム」をもとに、日本被団協事務局次長の木戸季市さんが、民間人の戦争被害に対する国家補償について問題提起しました。
昨年の学習懇談会とシンポジウムから、国に殉じた者を靖国神社に祀りその遺族を援護する一方で民間人には被害を受忍させつづけているこの国の「戦後補償制度」は、国民が国家のために命を投げ出すことを当然とする、いわば戦争中の思想そのものであることが明らかになってきました。
木戸さんは、このような国のあり方は、戦前の「家」制度がもとにあること、日常道徳として「家に尽くす」、最高道徳として「国家に尽くす」。天皇に命をささげ、靖国神社に祭祀、という国の統治のもと戦争が行なわれ、そこに「教育勅語」が大きな役割を果たしたことを紹介しました。
結成60年を迎えた日本被団協が、原爆被害者への国家補償を求め続け、戦争被害「受忍」論に反対してきたことにふれ、被爆者、沖縄、空襲被害者にとって、この「受忍」論を打ち破っていくことが共通の課題であると確認しました。
参加者から、「今回の交流は、被爆者として被団協として、一歩前に踏み出したといえる」などの発言があり、戦争被害への国家補償と戦争被害者の連帯の必要性について話し合い、考え合いました。
特別展「空襲被災者と戦後日本」
江東区北砂にある東京大空襲・戦災資料センターが2月25日〜4月9日に特別展「空襲被災者と戦後日本」を開催しました。昨年101歳で亡くなった全国戦災傷害者連絡会の杉山千佐子さんや、東京都戦災殉職者遺族の会の発足に尽力し今年1月に93歳で亡くなった清岡美知子さんが残した資料など約140点の展示で、空襲被災者の戦後の歩みをたどる内容でした。実現をめざしている「戦争犠牲者援護立法の推移」などの図表、「原爆裁判」や「受忍論」などの説明もありました。
また、1988年に中京テレビが制作した「チエと空襲〜平成元年の『銃後』〜」が上映されました。空襲の焼夷弾で負傷し立って歩くことができない父を持つ高校2年生の「チエ」が主人公。杉山千佐子さんをはじめ名古屋に住む戦傷者の生活や保障を求める運動が紹介されました。また西ドイツの民間の被災者も手厚い援護を受けている映像があり、高校生が1年かけて戦争を学ぶ姿も紹介されました。日本の戦災者とのあまりにも大きい格差、責任を曖昧にする日本政府、軍民格差なども紹介。
高校生を主人公としたこの映像は、民間人の戦争被害への国家補償とともに「継承」についても示唆をあたえてくれるものでした。
被爆者と空襲被災者の交流がすすむことを願いました。(濱住治郎)
【問】現在「前立腺がん」で認定を受け治療中です。今年に入り「膀胱がん」の再発で6回目の手術を受けて抗がん剤が投与されています。
私は「前立腺がん」で医療特別手当を受給していますが、治療は「膀胱がん」の方が主になっており、主治医が新たに認定申請のための診断書を書いてくれました。
新しい病名で認定を受けておいた方がいいでしょうか。医療特別手当と特別手当の関係なども教えてください。
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【答】いくつもの「がん」を発症して治療中とのこと、本当に大変ですね。まず、認定申請をして新たな病名で認定を受けたとしても医療特別手当は現状のままです。
医療特別手当は認定病名一つ一つに支給される手当ではありません。現在の認定病名が症状固定や治癒した場合には、新たな認定病名での治療が継続ということで引き続き医療特別手当の受給が出来ます。
特別手当は認定病名が症状固定あるいは治癒した状態になった場合に、医療特別手当から切り替える手当です。医療特別手当と特別手当の併給はありません。
あなたの場合、すでに主治医が「膀胱がん」での認定申請のための書類を作成してくださっているとのことですので、認定申請をされると良いと思います。