被団協新聞

非核水夫の海上通信【2013年】

このコラムは、川崎哲氏(ピースボート地球大学)によるもので、
「被団協」新聞に2004年6月から掲載されています☆☆

2013年12月 被団協新聞12月号

核兵器への投資 お金の流れを止める

 10月、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)とオランダの平和団体は、核兵器製造企業への世界的な投資状況をまとめた報告書を発表した。280ページの報告書は、核兵器の製造や維持に関わる27の企業に対し298の金融機関が総計31・4兆円の投資をしていると指摘した。
 日本からは三菱UFJ、三井住友、みずほ、オリックス、千葉銀行の5社が、計7100億円投資していると認定された。公開情報を集計したものとされる。
 同報告の第一弾が昨年発表されたとき、新聞の取材にみずほ銀行は「核兵器製造を使途とした融資はしない」、大和証券は「核廃絶の視点をビジネスにどう組み込めるか検討する」としていた。
 ノルウェーでは、核兵器製造企業は年金基金の投資先から排除されている。核の非人道性の認識が高まることは、核兵器に流れるお金を止めることにつながる。
川崎哲(ピースボート)

2013年11月 被団協新聞11月号

核兵器禁止 過ちをくり返さない道

 今年のノーベル平和賞は化学兵器禁止機関におくられた。化学兵器を使用したとされるシリアに対し米国が軍事行動をちらつかせるなか、国際機関による平和解決の重要性が強調された形だ。
 今日のシリア問題は、10年前のイラクのデジャビュのようだ。大量破壊兵器疑惑を持たれたイラクに対し国連が査察に入ったが、米ブッシュ政権はこれを止めさせ、攻撃を開始した。フセイン政権は実力で打倒された。米国の行動はイラクを深刻な混乱の中に陥れ、流血は今日も続いている。
 シリアの化学兵器問題を武力でなく国際法と国際機関で解決することは、過ちをくり返さない道ともいえる。
 大量破壊兵器のうち、化学・生物兵器には禁止条約がある。なかでも化学兵器禁止条約は国際機関と査察制度が整ったもっとも先進的な条約だ。まさに出番である。その次に続くべきは、核兵器禁止条約に他ならない。
川崎哲(ピースボート)

2013年10月 被団協新聞10月号

戦略核削減 日本政府の本音は?

 オバマ米大統領は6月にベルリンで演説し、戦略核を1000発程度にまで削減する交渉をロシアと行なうと表明した。4年前のプラハ演説で「核なき世界」をうたいノーベル平和賞を受賞したことを考えると、非常に緩慢な一歩にすぎない。同時に国防省が発表した文書では、米国の核戦略は戦時国際法を遵守し民間人を標的にしないという。核の非人道性の議論の高まりを意識してであろう。
 日本政府は、オバマ演説を歓迎する外相声明を発表した。だがそこには米国が核軍縮を行なっても同盟国へ抑止力を維持できると表明したことを「心強く思う」とある。まるで米国の軍縮が進みすぎるのも困るのだというような物言いだ。実際、米戦略の中では核を減らしつつ同盟国にとって「信頼たる抑止力」を確保するとある。日本政府は本音では、米国の核が減ることを歓迎しているのか、心配しているのか。
川崎哲(ピースボート)

2013年9月 被団協新聞9月号

歴史認識 過ちをくり返さない

 ピースボートの被爆者航海で7月、シンガポールにて証言会を行なった。国立図書館で行なわれた会には若者を中心に百人以上が集まり立ち見が出た。質問も多く、被爆者の話を生で聞けてよかったとの感想が寄せられた。
 実はこの証言会の開催にあたり、事前にフェイスブックで会の広報をしたと
ころ、日本が戦時中に行なった残虐行為についてのコメントや写真が多数投稿された。日本がシンガポールを占領し人々を殺害した歴史は、今の若い世代にもはっきりと記憶されている。私たちは会の冒頭にすべての戦争犠牲者への黙祷を捧げることにした。
 今年8月15日の式典で、安倍首相は日本の加害責任について言及しなかった。しかし、自らの過ちを認め「不戦の誓い」を明確にしない限り、原爆の悲惨さを世界に発信しようとしても受け入れられない。過ちを二度とくり返さないための証言活動なのだから。
川崎哲(ピースボート)

2013年8月 被団協新聞8月号

日印協定 NPT崩壊

 5月、安倍首相とインドのシン首相は会談し、日印原子力協定の「早期妥結に向け交渉加速」すると表明した。
 そもそも福島の事故の反省もなく海外に原発輸出していくことは問題だ。だがインドの場合はさらに特別である。インドが核不拡散条約(NPT)非加盟の核保有国だからだ。
 NPT体制の原則は、原発輸出を行なうのは相手国が軍事転用しないとの担保を明確な形でしている場合に限るというものだ。だがインドでは、民生用と軍事用の境界線は曖昧だ。
 インドが核実験を行ない核保有国宣言をしてから15年。はじめは非難し制裁を科していた国際社会も、インドを例外認定しつつある。
 北朝鮮が最初の核実験を行なってから7年。ゴネ続ければいずれは認められると彼らが考えてもおかしくはない。イランだってNPTに留まらなくてもいいと考え始めるかもしれない。行き着く先は、核の無秩序だ。
川崎哲(ピースボート)

2013年7月 被団協新聞7月号

プルトニウム 再処理=危険物質の生産

 6月、安倍首相とオランドフランス大統領は東京で会談、「原発は重要」とし核燃料サイクルや原発輸出の推進を掲げる共同声明を発した。
 福島の事故が進行中で、国内での安全強化も途上のままこのような表明をすることは異常だ。「原発依存度を減らす」とした自公政権合意にも反する。
 とくに見過ごせないのは六ヶ所村の再処理工場の操業開始をうたっている点だ。仏アレバ社が協力するという。
 再処理とはプルトニウムの生産である。長崎原爆の原料であったプルトニウムを既に日本は44トン保有している。使い道のメドはない。
 高速増殖炉もんじゅは停止が命じられ事実上破綻している。原子力委員会でさえ現状では利用計画は不明と言わざるをえまい。
 こうした懸念を踏み倒して、核兵器何千発にも相当する危険物質をあてもなく生産していくのか。原発産業存続のための、破滅的な政策だ。
川崎哲(ピースボート)

2013年6月 被団協新聞6月号

戦争認識 過去の苦痛を記憶に

 橋下徹大阪市長が「慰安婦制度は必要だった」「米軍は風俗業を活用すべきだ」と発言し非難を集めている。
 一連の発言は女性をモノ扱いし男性兵士をも蔑視するもので、人間を戦争のコマと見ている。戦時に民間人を保護する国際人道法にも敵対している。
 日本が加害国であることへの認識も甘い。「他国も同様のことをしていた」との主張は、無反省を露呈している。
 だが橋下氏と同年代の私は、これは彼個人の問題でないと感じる。実際ネット上では、橋下擁護論も少なくない。
 根本的な問題は、戦争体験の認識が今日あまりにも軽くなっていることだ。人間の苦しみが記号化され情報となり「○○のためにやむを得なかった」と処理される。いつしか人々は、戦争を遂行する側の目線に立たされている。それを支えているのは忘却である。
 未来に向け、過去の苦痛を記憶に刻む運動の強化が必要だ。
川崎哲(ピースボート)

2013年5月 被団協新聞5月号

継承へ…若い世代の育成を 「ユース非核特使」

 岸田外相は4月のオランダでのNPDI(日豪など10カ国)会合で「ユース非核特使」の新設を発表した。これまで被爆者が非核特使として「核兵器使用の惨禍の実相を世界に発信」してきたが、これを高校生以上の若い世代に広げるというのだ。
 昨夏長崎での軍縮教育フォーラムで私は同種の提案を行っていたこともあり、この制度の新設は喜ばしい。ピースボート「証言の航海」の経験から、若い世代が語るにはいくつかの課題があると思う。
 第1に、個々人の体験を越えた総合的な把握と、統計的な知識。
 第2に、原爆投下に関する歴史的文脈に関する理解。
 第3に、今日の核問題とのつながりの理解である。
 さらに、語学、プレゼン力、ITの活用といった実践的な課題もある。若い世代の育成は待ったなしの課題だ。今回の制度化をきっかけに、取り組みが全国規模で活発化することを期待する。
川崎哲(ピースボート)

2013年4月 被団協新聞4月号

先住民の言い伝え 「病の土地」

 3・11の2周年にあたり、オーストラリアの反核団体の招きで飯舘村の酪農家・長谷川健一さんと共に豪州各地を回った。豪州ではウランの採掘・輸出に反対することが、原発と核兵器にまたがる重要課題となっている。
 レンジャー鉱山がある北部カカドゥ国立公園には、数万年前から暮してきた人々の壁画が無数にある。公園施設の展示によると、ウラン埋蔵地を先住民らは「病の土地」と呼んでいた。白人がやってきて鉱物資源の採掘を始めようとしたときに、先住民は「やめておけ」と忠告した。その後科学者が測定したところ、一帯はたしかに放射線量が高く長期滞在ができない状況だったという。先祖代々の言い伝えの中で、先住民たちは放射能の危険を理解していたのだ。
 旅を経て長谷川さんは語った。
 「私たちはパンドラの箱を開けてしまった。皆で力を合わせて、箱を閉めなければならない」
川崎哲(ピースボート)

2013年3月 被団協新聞3月号

「除染」と「改善」 被ばく低減に必要なこと

 「手抜き除染」が問題になっている。手抜きが許されないのは当然だが、そもそも除染とは何のためのものか。
 11年10月に国際原子力機関(IAEA)が福島を視察した際の除染に関する報告書がある。日本語で「除染」というが、英語では改善(remediation)と汚染除去(decontamination)が別概念で、IAEAは主に「改善」を論じている。住民の被ばくを下げるという結果のために何をするのが効果的か、という思考が貫かれている。IAEAは効果のない過剰な除染には冷ややかだ。例えば森林を除染しても、効果は低いわりに大量のゴミが出る。行き場のないゴミが溜まることは住民を危険にさらすと指摘している。
 原発推進組織IAEAの主張をうのみにはできないが、この思考には学ぶべきものがある。被ばく低減には、いわゆる除染だけでなく避難や立入禁止の拡大が必要かもしれない。マニュアル通りの除染が終われば解決という話にはならない。
川崎哲(ピースボート)

2013年2月 被団協新聞2月号

使用済核燃料 再処理は軍備問題

 米国の軍備管理専門誌『軍備管理トゥデイ』最新号に「日本の再処理を止めるとき」という論文(モンテレー不拡散研究所の土岐・ポンパー両研究員)が掲載されている。
 論文は、日本の核燃サイクル政策を概観した上で「長期的な使用済み燃料政策が決まるまで、六ヶ所再処理工場の稼働を凍結することを直ちに宣言」するよう日本政府に求めている。論拠はこうだ。
 日本は既に大量のプルトニウムを保有しており、これ以上増やしても使用先がない。それでも増産すれば日本に核武装の野心ありと思われ、周辺諸国にも同様の行動をとらせる誘因となる。再処理技術の拡散は、既に不安定な東アジアの安全保障をさらに悪化させる。論文はまた、英仏にある日本のプルトニウムを英仏国内で消費してもらうという解決策も示唆している。
 使用済み燃料問題は軍備管理問題なのだ。安倍政権の政策を、平和の観点から監視していく必要がある。

2013年1月 被団協新聞1月号

好戦的発言
戦争体験の教育強化を

 「憲法を改定し国防軍を作る」「核保有のシミュレーションをすべき」「戦争するぞと姿勢示せば、拉致問題は解決できた」
 これらは先の衆院選の中で公に語られた言葉だ。その多くは空想的で、ただちに現実化する見通しはない。しかし、こうした言葉が堂々と流布されていること自体が問題である。
 一昔前なら、公職にある人がこうした好戦的な発言をすれば、それはスキャンダルとなった。戦後日本の平和主義は、憲法上の基本原則であることはもちろん、社会的な規範でもあった。戦争を是とするような言説は社会的に許されなかった。だが今、その規範が瓦解しつつある。
 背景には、今日の社会経済的な不安、朝鮮半島情勢や中国の台頭への脅威の意識などがあろう。しかし根本にあるのは戦争体験の風化だ。リアリティなきまま軽々しく戦争を語る風潮が、社会を真の危機に陥れる。戦争体験の教育を強化しなくてはならない。