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シリーズ「先進国って何?」

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■ 動物ジャーナル82 2013 夏

先進国って何? (六)

英国篇 その六  きつね狩 後編

青島 啓子

はじめに──理想郷はどこに?

 ニュースなどでご存じと思いますが、前回話題にした元英国首相サッチャー氏が亡くなりました。
 生前の業績を称え、国葬に近い葬儀がとり行われましたが、これに公費一千万ポンド(約十五億円)を投じたことや、サッチャー氏の改革政策により職を失った! 人生を台なしにされた!などの非難があがり、ロンドンのトラファルガー広場では「サッチャー女史 死の祭典」と題し、その死を祝うパーティーが繰り広げられ、シャンパンを開けたりダンスをしたりする様子が報じられていました。  
 サッチャー改革を知る年長者に混って、若者もパーティーに参加し、この種の騒動お決りのサッチャー氏に見立てた大きな人形や恨みを書きつらねたプラカードを掲げ、一部は警察とのトラブルに発展、検挙者も出しましたが、前回述べた一万人規模のきつね狩禁止反対デモに比べ、明らかに参加者の数は少なく、数百名でした。
 また日本人の感覚では理解し難いことですが、サッチャー氏の死去を祝う歌として、映画「オズの魔法使(The Wizard of Oz)」の劇中歌Ding Dong The Witch is Dead(鐘を鳴らせ! 悪い魔女は死んだ)が、英国音楽界の週間ヒットチャートで三位となり、インターネットを通して曲を購入した人は二万にも達したとのことです。
 [かつてオズの国に悪い魔女がいた。あんなに意地悪な魔女はいなかった。(中略)お祝いの鐘を鳴らそう、みんなに知らせよう? 悪い魔女が死んだことを] と歌われるこの曲は、映画の主人公少女ドロシーが共に暮す犬のトトと共に大きな竜巻に巻き上げられ、辿りついたオズの国で、君臨して市民を弾圧する東の魔女が亡くなり、明るい社会が訪れる!という内容で、悪い魔女にサッチャー氏をダブらせたかったに違いありません。
 このサッチャー元首相に対する集会や付随する一連の動きは、前回触れた英国の国勢調査で映画「スターウォーズ」に登場するジェダイをもち出したと同じく、英国一流のジョークも含まれるかもしれませんが、二つともアメリカ映画であり、何故ネタ元が誇り高き大英帝国作品でないのか残念なところです。
 よく改革には痛みが伴うと言われますが、過去の小泉改革と同様にサッチャー改革は功罪半ばしたと言えます。しかしサッチャー改革からすでに何十年も経っているにもかかわらず、恨みのたけを述べ、罵倒する年長者の姿を見ると、いささか違和感をもちます。昨今、日本でも京都河原町や東京の新大久保などで、ヘイトスピーチと称する口汚い言論運動が行われていますが、故人を罵倒するこのような思考の高まりや強烈な行動は、日本では起りにくく、起っても報道されないでしょう。と言って、安易に他国の状況や歴史・国民性などを云々すべきではないと思います。発言、論評するならば、そこに至った原因や経緯を十分調べた上でなければならないと改めて感じました。

 ついでながら、「犬が苛められている」「飼い犬が他人を咬んだ=咬傷事故」などの問題に悩み、解決の見えない日常の現実に嫌気がさし、どこかに素晴らしい世界が必ず在るはずと、英国やドイツに「先進国」を見ようとする人がいますが、「オズの魔法使い」を観てほしいものです。「隣の芝生が青く見える」や、幸いをもたらす鳥を探しに行くメーテルリンクの『青い鳥』などとほぼ同様の結末に至るこの映画は、他国を理想的と思い込みたい人によい薬となるでしょう。

前回のまとめ

 さて前回は、きつね狩賛成反対両派の主張と其の背景、特に英国に根付く階級社会などについて説明しました。
 要約すると、賛成派の主張は、「きつね狩はゆうに百年を超える歴史をもつ伝統的スポーツである」「ペストコントロールと呼ばれる害獣駆除であり、家畜が襲われる事を未然に防いでいる」「法で禁止されると地方の農村部などで、きつね狩を支える仕事に従事する者が大量に職を失ってしまう」「多数の獣猟犬も失業状態となる」「体が大きく獣猟犬ならではの気性を持ち、群れ(パック)で生活することが前提のフォックスハウンドが、新しい家で普通の家庭犬となることは難しく、犬にとっても幸せとは言えない」「RSPCAは家庭犬として譲渡が十分可能と言っているが根拠がなく、無責任な発言だ」「譲渡数より殺処分数の方が多くなることは避けられない」。
 これに対して反対派は「沢山の獣猟犬で、きつねを追い詰めた挙句に残虐な形で絶命させる行為は何としても許し難い」「ペストコントロール=害獣駆除の側面や家畜がきつねに襲われる事は有るとしても、沢山の獣猟犬で追い立てる手法では効率が悪く、その効果が期待できない」「獣猟犬でも家庭犬として順応させる事は可能」と反論した。

 次に、きつね狩産業といわれる業界で働く人々、すなわち馬や猟犬を繁殖する/きつね狩に猟銃を携帯して同行する/ハンター達の宿泊施設の従業員/などを中心とした集団が、05年に議事堂前でロンドン市警機動隊と流血のバトルを起し、議事堂に不法侵入、「きつね狩り禁止法案」阻止を訴えた者まで出たこと。 また仮にきつね狩が伝統あるスポーツであっても、一部の上流階級かとてつもない富裕層でないかぎり、きつね狩を楽しむことは難しいこと。

 他方、きつね狩反対派には、きつねが可哀想と思って反対派に賛同する市民がロンドンなど都市部に存在したが、別の理由=自分たちが額に汗して働き、慎ましい生活をしているのに、富裕層が涼しい顔で大金を使い、娯楽に興ずる姿が許せないという階級差に根ざした心情からの反対も多かったこと。などを述べました。

反対派・賛成派のバトル

 今回は、実際にきつね狩を行う田園地帯で、きつね狩賛成反対両派間 でどのようなバトルがなされているのか、それはいつごろからなのか/動物福祉の先進国と言われながら何故犠牲を出してまで長年両者一歩も譲らない状況が続くのか/「きつね狩り禁止法」成立と現在の状況/について説明します。
 なお前回も念を押したことですが、「きつね狩り禁止法」という表現は直訳的・正確なものではありません。この表現は、同法案が英国議会で成立した際に日本のマスコミが見出しで「英国でキツネ狩り禁止法が成立」「英の伝統に幕、キツネ狩り禁止立法化へ」などと使ったものです。日本の平均的市民がこれを見て「禁止になったのか…」と思い込み、如何なる場合もキツネ狩りはダメと規定した法令ができたのだと理解しても当然なのですが、実際の法律は後述するように「全面禁止」ではないのです。それで、本稿ではこの表現をマスコミ作のアバウト語と意識して括弧をつけて使用しています。

きつね狩反対運動の経緯

 きつね狩には、軽く百年を超える長い歴史があります。人間の娯楽のために訓練された猟犬に追われ、逃げまわるきつねや、絶命したきつねを木に吊るす様子を描いた絵画(前回紹介)、追われるきつねの心情を綴った書籍等が十九世紀中期以降に見受けられます。
 十九世紀は英国の工業化が成功し、それに伴う巨万の富を背景に世界を席巻し、名実ともに大英帝国の強大な力を誇示した時期で、過酷な環境のもと多くの犠牲を出しながら建設し、 今年開業百五十年を迎えたロンドンの地下鉄や、電話が生れたのもこの頃です。

 ブラッド・スポーツと言われるきつね狩への反対運動が、いつ頃起ったか、今回十九世紀を中心に調べてみましたが、 先述きつねの心情を描いた絵画や小説の存在は確認できても、現在のきつね狩反対運動をイメージさせるような資料を探し出すことが出来ませんでした。それに引きかえ、きつね狩指南書やハンター日記など、明らかにきつね狩実行者側の作品は多く、 これらから推察できるのは、きつね狩に嫌悪感を示したり反対運動に身を投じたりする思考は、現在でも英国民の総意とは言えませんが、十九世紀においては更に少ないマイノリティー(社会的少数者)だったのではないかということです。現在のきつね狩反対運動に繋がる動きを探ってゆくと、資料としては、ようやく二〇世紀半ばにその例を〈発見〉できました。
 まずは写真をご覧ください。
これは一九六〇年代初頭に撮られたもので、女性の手にするプラカードには「非道な鹿狩りは即時止めるべし」とあり、きつね狩以外にも、鹿や鳥をターゲットにした狩が古くから行われ、これらへの反対運動は60年代に目立つ形で始まったことがわかります。

 当時はまだ固定電話の時代です。が、電話は仲間を募るのに有効な連絡手段でした。にもかかわらず、反対運動に賛同どころか、きつね狩自体に興味を示す者は限られていたようで、簡単に大人数が集まるわけではなかったようです。
 こういう状況の下でも、志を同じくする者たちは、実際にきつね狩が行なわれる田園地帯に多くても数十名の規模で出かけ、双眼鏡を手にし、自らが発するきつね狩反対のメッセージを掲げ、きつね狩を行っているハンターとお付きのブリーダーたちに対して「人道上問題である/きつねにも命がある/人が生きていくためでもなく、寒さをしのぐためでもない、ただの娯楽でしかないきつね狩を止めて欲しい」と人として当り前の心情を口々に訴えかける手法をとっていました。

 しかし、伝統的スポーツという名の娯楽を楽しみにきた富裕層を中心にしたハンターたちにしてみれば「迷惑千万!」「お前たちは何だ! 俺が楽しんでいるのに!」と反感を持ち、歴史と名誉を有するグレートブリテンの富裕層であり、階級社会の上部に位置する者としては「伝統的スポーツを行なっているだけ」「害獣駆除にも貢献している」「平民が何を言うか!」と主張するのも当然で、きつね狩反対派の声を聞く耳など持ち合せていませんでした。
 また、きつね狩に必要な馬と猟犬を繁殖したり、日頃預かったりしている地方農村部のブリーダーにしても、地方の事情も知らない都会の人間によるきつね狩反対運動という要らぬ妨害が入り、狩がスムースに行なえなくなることは、自らの生業に悪影響が出ると考え、同様に「お前たちは何だ!」となりました。
 このきつね狩実行者とお付きのブリーダー、それに対する反対派の口論は全く噛み合うことなく、やがて暴力へと発展していき、ハンターは自分の馬にまとわり付いて反対を訴える者を馬上からムチで叩いたり、蹴り上げたり、また同行しているブリーダーも棍棒などで反対派を追払うなどの行為に及びました。

 一般市民の集まりである反対派はいわば丸腰の非武装ですから、殴りつけてくる相手に対して、有効に自らの身を守る術を持たないため、怪我をさせられる度に警察に通報するなどしていました。
 しかし、当時は携帯電話など存在せず、おまけに騒動が起きている所は田園地帯であって近くに警察もなく、自ら車などで警察署に駆け込み、通報しましたが、仮に警察官が現場に来てくれたとしても、殴ったとされる者=きつね狩をしていた集団の姿は既にないケースが殆どでした。
 また、暴力的被害を主張しても、きつね狩反対運動という聴きなれない行動をとる市民に対して、きつね狩をする者=富裕層=階級社会の上位者という構図を多くの市民が認知していたこともあってか、前回「英国篇その五」で紹介した英国福祉界著名人による前代未聞の幼児虐待事件と同じく警察の対応は積極的でなく、傷害事件として立件され、有罪判決を勝ちとることは稀でした。
 やがて、反対派に対する暴力はエスカレートし、ただの怪我ではすまない、瀕死の重傷に至る集団リンチに近い暴行行為を受けたり、車の運転席にきつねの遺体を投げ込まれたり、フロントガラスを割られたり、車体がボコボコになるまで叩かれたり、車自体を燃やされたりと、もはや「きつね狩を止めて下さい」と主張すれば自らの身を守る事も難しいという事態が珍しくなくなりました。さすがに警察も動かざるを得ない状況に変ってはいきましたが、その対応が劇的に変化するまでには至らず、反対派は弁護士を雇って裁判闘争にもち込む必要性に迫られるようになります。
 このように「きつね狩反対」の声を上げることは、自らの身に危険が及ぶこと、下手をすると検挙されることも覚悟しなければならない状況にありました。が、ここに一つの変化が訪れます。
 それは、70年代初頭のこと、畜産・動物園・毛皮・動物実験などにおける動物の扱いに怒りと同情を抱く若者たちがきつね狩にも目を向け、彼らの活動の中に「きつね狩り反対」というテーマも組込まれることになったのです。
 これに刺戟を受け、これまで素朴な反対活動にうち込んでいた人たちの一部が、「動物にも権利がある」「このままではきつねを守りきれない」「目には目を、歯には歯をでいかなければ」と、ハンターたちの車に火をつけ破壊するなど、いわば違法行為も辞さずという反撃に転じはじめました。

きつね狩反対運動の手法

 けれども、運動の全てが先のような不法行為であったわけではありません。いつまでも埒のあかない困難な状況下で、聞く耳持たぬハンターやお付きのブリーダーたちに対して、どうやってきつね狩を止めさせるか?
 そこで目を付けたのが狩に欠かす事のできない猟犬でした。
 英国伝統のきつね狩は、きつねが残す地面の僅かな臭いを猟犬が嗅ぎつつ、きつねを探すことから始まりますが、賢いきつねを追い詰めるまでには相応の知恵が必要であり、追う者と追われる者のいわば心理戦が、きつね狩を愛してやまない上流階級ハンターたちにとって最大の魅力でありました。
 これを反対派は逆手に取り、独自に臭いを発する液体を作り、きつね狩が行われる場所に撒いてしまう手法を始めました。当時、俗称ケミカルXなどと言われた無害の液体は、今日では英国のぺットショップやインターネット通販にて六百円前後で入手可能です。発情期の雌犬の臭いを目立たなくし、犬にもきつねにも無害である「ビッチスプレー」も代用されますが、 意図する効果は同じです。
 更に反対派は、肉を購入して撒いたり、ハンターが使う猟犬指示用の笛を複数人で鳴らして妨害したり、大声を出す、またはメガフォンを使ったりして、
猟犬を混乱させる手段に出ます。結果として犬は狩に集中できず、きつね狩が成立たない状況を生み出すのです。現在でも同じ手法が用いられ、近年では大音響を発する携帯型痴漢防止用ブザーも使われています。

ネット通販
アマゾン英国より

 ただ、きつね狩の場所が、きつね狩を行う者の私有地であったり、きつね狩を了解する地主から借りた土地だったりするので、これら対抗手段の実行にあたって、反対賛成両派のトラブルはゼロではなく、資金力を有するきつね狩反対団体は地主から土地を買い上げるなどしていますが、それとて田園地帯の全てを買い上げることはできません。
 このように説明すると、結局何にも変っていないと思われるかもしれませんが、過去とは異なってきている点もあります。それは、インターネット。

 誰もが携帯電話を持てるようになり、それを使って写真やビデオを撮影、それを瞬時に他者へ送ることが容易な時代になりました。反対運動にとってこのメリットは大きく、インターネットを通して、きつね狩の状況を簡単に伝える事が出来るだけではなく、ハンターなどから殴られたり蹴られたりの証拠収集も容易になったわけで、当然ハンターたちも、 馬上からきつね狩反対派を撮影してはいますが、今までのように安易に暴力沙汰に及ぶことは出来にくくなりました。
 すでにネット上には、きつね狩で犠牲になったきつねや猟犬の姿も掲載されてきましたが、それに加えて、「こいつが乱暴者です」又は「高貴なお方が金に物を言わせて、無慈悲な娯楽を楽しんでおられます」など、きつね狩関係者の顔姿を晒す(肖像権など法的疑義はあるものの)動きも出てきました。インターネットの普及により、ネット上の市民の意見が軽視できなくなっている世相がありますし、警察も厳しい市民の目線を浴びるようになっています。さらに、徹底的に法律を調べ、理論武装している反対派の主張を、警察が過去のように頭から無視するわけにいかなくなっています。こういうことから、過去やりたい放題だった政治屋が生き難くなってきたのと同様に、昔のようにきつね狩をスムースに行うことが難しい環境になったことは、インターネットの一大メリットと言えるでしょう。
 ただし、こういう状況への反発も付きもので、きつね狩反対運動派グループに対して、ケガはさせないものの、目の前まで全力疾走で馬もろとも駆け寄って脅す、反対派の車に四輪駆動のジープで体当りするなど、きつね狩擁護者の暴走もあり、過去同様反対運動にリスクが全くなくなったとは言えません。

 ついでに。あまり話題にされないことですが、きつね狩に関連する猟犬・乗馬の記述がありましたので、愉快ではありませんが拾っておきます。
 訓練された猟犬が群れをなして追いつめるとき、文字通り必死のきつねの反撃を受けて怪我をする場合もありますが、鼻先を咬まれた犬は、嗅覚に打撃をうけているので〈使い物〉になりません。そう判断されると、その場で銃などにより殺処分され、土に埋めるなども珍しくないとのことです。土に返すから問題なしと考えているのかもしれません。
 また、地方の田園地帯とは言え、馬が車と衝突することもあり、再起不能となった馬はそこで止めを刺され、フォークリフト業者を呼んで、遺体をトラックに積み込むという、事故車処理と同様の処置がとられるということです。
 いずれにしても、道具でしかない動物さんたち。生れる時も死ぬ時も、そこに利益を見いだす生業から自由にはなれません。

きつね狩と RSPCA

 ここまでの説明で、読者諸兄姉はたぶん疑問をおもちになるかも知れません。かの先進国英国の王立動物虐待防止協会は、どう対応してきたのか?と。
 一八二四年創立以来百年以上の歴史をもち、動物福祉運動の象徴的存在、それ故日本にも信者が多いRSPCAは、虐待としか言いようのないこの残酷なスポーツに対しどう取組み、どういう成果を挙げてきたのか? インスペクターは強力な捜査権をもっていたはずだが…と推量されて当然と思います。
 結論から申せば「何もしてないじゃないか!」と言われても仕方のない状況が長年続いていました。
RSPCAが明確にきつね狩反対を表明したのは一九七六年のことです。その約二十年前・一九五八年に「スポーツのための狩り」に反対すると表明しましたが、どういうわけかきつね狩を除外しています。
 ちなみに前回紹介したように、ハンターから逃げる赤きつねを描いた絵画『Hunting』は一八八六年の作、この頃きつね狩の様子を描いた絵画・書籍は数多く存在し、多くの人がきつね狩を認識できる状況を示しています。そのような中で、一八九〇年にHumanitarian League(人道主義者連盟)という団体がきつね狩を止めるよう運動を起しましたが、RSPCAは沈黙のままでした。動物の虐待防止のために一八二四年に設立されてから一九七六年まで何と百五十年以上もの間、きつね狩を容認していたわけです。
 これまでの報道などによる知識しかなかった私たちからすれば信じ難いことですが、英国の愛護運動に携わる人々や、きつね狩り擁護派にとっても「そんなの常識!」でした。(ここでも、情報を鵜呑みにする危険を痛感します。本気で、冷静に、ごく普通のルートを辿れば容易に入手できる事柄で、今まで通り本稿も「先進国検証グループ」の博捜によって材料を得て、お伝えしています。)

 では何故RSPCAは、残虐なきつね狩を事実上容認していたのでしょうか。それは、リチャード・マーティン下院議員のきつね狩り大好きという趣味によると考えるのが妥当です。
 マーティン氏と言えば、SPCA(RSPCAの前身)の設立や、マーチン法と呼ばれる「動物虐待防止法」などの成立に尽力した人として知られています。人情あふれる性格で、動物福祉に貢献し、牛・ろば・馬の酷使やロンドンの見世物として人気の高かった「熊苛め」を非人道的と指弾し、法整備に力を注ぎました。しかし、きつねは何故か対象外。実態を見れば、鎖に繋がれた熊に複数の犬をけしかけ、血みどろの闘いを見世物にするのと、きつね狩は同種のものであるのに、不思議なことです。
 マーティン氏だけでなく創立メンバーには無類の狩猟好きがいました。虐待防止が博愛に基づくものであるならば、おのれの趣味を優先させるなど許し難いことですが、階級的傲慢が種差別を容認したと考える他ないのでしょうか。
熊苛め

 こういうRSPCAのあり方にいわば絶望する人々が、身の危険を顧みず、裁判ほか活動費の一切をまかないつつ、懸命に反対運動を続けているのです。きつね狩のみならず、「ペットショップで買わないで下さい」とユーチューブに動画を投稿して訴えたり啓蒙したりする小さな貧乏な市民グループがあることを、これまでの本稿で紹介しましたが、RSPCAがまともに取組んでくれれば小さな市民グループが苦労する必要はありません。
 力のある大きい所がやらないから、小さいグループが必死にならなければならない、という構図は、英国に限らず、また分野も選ばず、どこにでも存在するようで、日本でも、動物救済の分野で言えば、阪神淡路大震災の時、動物公益団体の連合体が動物の保護施設を早々と閉鎖しようとして、マスコミや市民から批判されましたし、近時東日本大震災の保護活動においても、巨漢公益団体が現実に動物救済に手を染めなかったため、良心から活動せざるを得なくなった個人・市民グループに大きな負担がかかったという事象がありました。
 強く大きい団体がまともに機能しないと、個人やグループで活動しなければ、目の前の動物さんを救うことが出来ない。体力・時間・資金力の限界が当然あります。出来る範囲でと孜孜として努めるのを穏健路線とすれば、現状打破を!とはやって実力行使に走るのが過激路線となるでしょうか。
 違法な活動を責めるのは簡単ですが、そのよって来たる原因を探るとき、イギリス・アメリカ・オーストラリア等と同様に、日本でも強大団体の怠慢や責任を外すことはできません。

 きつね狩については今回で終りますが、次回は、先進国英国の、最大の動物福祉団体=RSPCAのあり方をもう少し観察し、その広報係を長年務めてきた公益社団法人日本動物福祉協会の歴史と現状などをも眺めてみたいと予定、それで「英国篇」を終了いたします。

「きつね狩り禁止法」とミートボール?

 二〇〇四年ついに「きつね狩り禁止法」が成立し、これにより、もう娯楽のターゲットにされて逃げ回る必要もなくなったきつねさんが「きつね狩りの禁止は良いニュースだけど…」と、ポッコリお腹のゴロ寝で語るイラスト(著作権の関係で掲載不能)の通りに、やっと穏やかな日々が訪れました。と言えればよいのですが、実際は限定的な安穏でありました。
 まずは「きつね狩り禁止法」(本稿ではこれをマスコミ用語として「 」を付けています。以下「禁止法」と略す)の正式名称=原題は「Hunting Act 2004」。「04年の狩猟法」とでも訳しておきますが、ご覧のように「きつね狩」も「禁止」の語もありません。従って、きつね狩の無条件全面禁止ではないことを、正直に示しています。

 まず、いかにもジョークの国らしい出来事をご紹介します。
「禁止法」成立後二年の07年五月二九日、ロンドン市街で或るパフォーマンスがマーク・マッゴーワン氏(以下マーク氏) により行われました。
 一九六六年生れの彼は個人タクシーを営みながら、街頭でパフォーマンスを行うアーティストでもあり、以前から政治腐敗や王室の有様、更に漏水を放置して水を無駄にしている水道会社など世の中の動きに対してパフォーマンスで問いかける活動をしています。

 当日、ブラックスーツに蝶ネクタイで正装した彼は街頭に置かれたテーブルに一人陣取り、コーギー犬のイラストを描いた紙が垂れ下がっている皿に盛付けられたミートボールを食べました。これが何への抗議だったかというと、「きつねが殺されたことへの対応」に対するものでした。
 以下、経過をしるします。
 この年一月、王室私有地の一つ、サンドリンガム・エステートで、狩猟好きのエディンバラ公(女王の夫君)が雉狩りをしていた最中に、お付きの者がそこに現れたきつねを銃撃、止めをさすため棒で叩き、きつねが絶命するまで五分かかったと報じられました。
 この事件をRSPCAが調べましたが、きつねの遺体には弾丸の傷だけで、叩いた痕跡がないので「虐待には当らず」と判定し、唯一の目撃者も証言を拒んだ為、証拠がない=告発不能と判断、お咎め無しになりました。
 このRSPCAの判断を、「動物虐待に対して鈍感で、この協会は無能だ! きつねに対してエディンバラ公は惨忍だ!」と考えて、マーク氏はこれらを市民に知らしめるために、犬肉ミートボールを食するというパフォーマンスに出ました。悪趣味との批判は覚悟の上だったと思いますが、犬種はエリザベス女王の愛犬と同じコーギー、老衰死したコーギーの死体を繁殖場から入手し、調理したそうです。
 この様子はロンドンのFM局で中継され、タブロイド系メディアでも報じられました。一部の大衆紙にはオノ・ヨーコさんも参加したかの如く書かれましたが、当日はモスクワのビエンナーレ現代美術展の開催イベントに参加していて、これは誤報でした。誤報でも、マーク氏の行動への関心の高さを示すことにはなりましょう。
 ちなみにマーク氏は、同年一月にも王室や上流階級の白鳥に対する姿勢に抗議し、「白鳥のフライを食べるパフォーマンス」を予告したところ、一部の動物権利運動者から「動物虐待を止めろ! 殺すぞ!」と脅迫されました。しかしひるまずに実行したということです。

 ここではっきりするのは「きつねを殺しても虐待的方法でなければ罪にならない」ということです。また、この件をとりあげた諸記事に「きつね狩り禁止法」に言及したものは見当りませんが、もともときつね狩りではなく雉狩りが計画され、そこへ〈邪魔な〉きつねが現れたので排除したとなれば、メディアが言及しなくて当然なのでしょう。サンドリンガム・エステートは八千ヘクタール、東京ディズニーランドや大阪ユニバーサルジャパンの百五十三倍の広さだそうですからきつねも生息しているでしょうし、本式のきつね狩りも行われるのかもしれません。

 それはともかく、「きつねを殺した」と聞けばすぐ「きつね狩り禁止法は?」と反応してしまうのには、日本でのマスコミの伝え方に原因があったから、のようです。
 「Hunting Act 2004」の成立と施行(05年)を報じた日本の記事を確認してみると、「犬を使ったきつね狩りは禁止する」という重要な点が切り捨てられているものが見受けられます。つまりこの法律は、猟犬を使わないきつね狩りは容認しているのですが、それをきちんと伝えないのは何故? 英国に支局をもつ大手メディアの有能な記者が何故?と不思議です。そんなことどうでもいい、どうせ動物のことだ、と判断された結果としたら何をか言わんやですが。この一例をもってしても、報道を頭から信じることがいかに危険か、心しておかなければと思います。
 過去にも同様の不完全報道がありましたので、ついでにお伝えしておきます。
 朝日新聞が「カリフォルニア州West Hollywoodで、ペットの爪を切ることを禁止する条例が施行された」(03年五月六日)と報じました。動物さんと共に暮していれば、そんなばかな!と即刻記事を疑いますが、ふつうの市民はそのまま受入れるでしょう。この記述は完全な間違いで、禁止されたのは「爪を抜くこと」でした。大新聞にも間違いがあること、不審を感じたら少なくとも他社の報道も見てみることが必要のようです。

 本題に戻ります。日本で「きつね狩り禁止法」とよばれるこの法案の趣旨は、多数の獣猟犬できつねを追い詰め、文字通り八つ裂きに近い形で絶命させる行為が人道に反するため、これを止めさせることであり、全てのきつね狩を止めてほしいという想いが反映されたものではありません。この内容は、一足早く二〇〇二年に英国のスコットランド行政区で成立したきつね狩に関する法律も罰則の要件はほぼ同じです。
 私事ですが、きつね狩というものが、多数の猟犬で誘い出し、追いかけ、体力を失くした段階で殺すのだと知ったのは、80年代後半、創立間もないJAVA(代表は栗原佳子さん)のメンバーからでした。英文のチラシを見せられ、熱心にその残酷さを語られて圧倒され、狩猟民族の本質を見た気がしました。もちろん反対の意思表示をしましたが、当時日本ではそれほど盛上らなかったと記憶します。
 「英国式きつね狩」の具体的内容が一般に理解されていなかったためでしょうし、今憶測すれば「あの英国でそんな残酷な?」と広まるのを制御した運動体があったのかもしれません。

法案成立まで

 長年の懸案だったきつね狩法案が現実味を帯びてきたのは一九九九年夏、当時のブレア首相がテレビの政治討論会で突如「きつね狩を禁止させる! 早期に投票を実施する(議員自由投票)」と発言したのがきっかけで、ジャック・ストロー内務相によりバーンズ男爵を長とする委員会が設けられ、猟犬を使う狩について調査しましたが、存続・禁止は明確に判断されませんでした。
 その後この法案は政争の具にされた経緯があり、成立の過程においても、 先ごろ日本にもあった捻れ国会と同じく、 英国議会の上院(貴族院)の賛成が得られなかった為、「議会法」を駆使して、下院だけの可決で成立させました。
 しかし今度は、肝心の一九四九年に出来た「議会法」自体が上院で正式に承認されていなかったため、きつね狩禁止法は無効だと、きつね狩擁護派は提訴、しかしこの主張を裁判所は認めませんでした。この経緯は日本でも法学者間で話題となっていました。

 自ら宣言した後、難産の末、きつね狩禁止法を成立させたブレア首相は達成感に満たされているはずなのですが、彼の回想録には、在任中のイラク戦争、ダイアナ妃死去にまつわる記述などが主で、「きつね狩り禁止法案」に関しては、詰めが足りなかった、勉強不足だったと吐露しています。日本の一部マスコミには、禁止法施行後の現状を含めて、長年の伝統にメスを入れた英国議会を評価する声もありましたが、これも勉強不足だったと言えるでしょう。

 なお、ボクシングデー(クリスマスの翌日・26日)に行われるきつね狩は、その愛好家にとって重要なイベントで、特別の意味があるようなのですが、いわれは未詳(前回説明)。犬を使用したきつね狩が禁止された後、最初となる05年のボクシングデーにどう行われるか注目されていました。なんと、猟犬を使って、きつね・野うさぎを狩ることが禁止されたため、代用に家うさぎを放し、例年通り実行したとのこと、メディアによって伝えられる実施件数に差がありますが、どの記事も過去最多だったと伝えています。
 狩の対象が違えば構わない、猟犬での追撃が愉しめればそれでよい、というのでしょうか。貪欲な熱意は見上げたものとしか言いようがありません。
 種の違いを置いて、生命の数に注目すると、禁止法施行によって犠牲の数は増えたことになりました。

現状

 「きつね狩り禁止法」は成立、施行されましたが、施行後八年経過した今日、きつねたちが安息の日々を送っているとは言い難いのが現状です。
 何処かの国と同じく、成立までの過程で骨抜きにされたとも言われています。きつね狩反対派から「これではきつねが守れない」との声が成立前から出ており、一方、最大最強のきつね狩擁護団体カントリーアライアンスも多数のコメントや支持者向けのマニュアルを出し、この法律は不完全ですと主張していました。
 たしかに法律施行後、同法違反で検挙され、有罪判決も出てはいますが、きつね狩愛好家総数から見ればその数は微々たるものです。きつね狩の場所は地方の田園地帯であって、衆目にさらされることのない環境ゆえに「こっそり」違反が可能であり、昨年末にも多数の犬をけしかけ、きつねをバラバラにした一部始終が、インターネットの動画サイト「ユーチューブ」に投稿されました。
 また、従前よりスポーツハンティングを擁護する姿勢を示していたキャメロン首相(保守党)がこの法律の見直しを示唆したため、大手メディアが同法の運用状況を検証し報道しましたが、施行以前と何も変っていない、のが実情のようです。
 むしろ、きつねの匂いが沁み込んだ布を猟犬に追わせるトレイルハンティングや、雉狩を妨害するきつねを追い払うために猟犬を使うことに乗じてきつねを絶命させる違法行為もあり、きつね狩反対派はハントモニターによって監視を強化せざるを得ない状況に追込まれています。
 さらに、この禁止法を葬る動きも活発で、去る六月十八日、例のカントリーアライアンスは「きつね狩りは残忍ですか?」と問いかけるビデオを作成、この中に動物福祉コンサルタントが参加するなど、首を傾げたくなる、何でもありの様相になっています。
 成立までほぼ七百時間もかけて審議し、ようやく誕生した「狩猟法04」は一体何だったのでしょう。

参考資料

[はじめに]
http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-22067155
http://www.huffingtonpost.co.uk/2013/04/08/margaret-thatcher-dead-parties_n_3039028.html
http://www.mirror.co.uk/news/uk-news/margaret-thatcher-dead-video-cheering-1818888
http://blogs.telegraph.co.uk/news/tomchiversscience/100211373/do-the-swp-and-the-hard-left-hate-margaret-thatcher-for-s
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[きつね狩り]後編
http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-20959730
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/652309.stm
http://www.theguardian.com/uk/2004/dec/11/hunting.immigrationpolicy
http://www.theguardian.com/uk/1999/dec/26/hunting.ruralaffairs
http://www.dailymail.co.uk/news/article-432827/No-prosecution-Sandringham-fox-death.html
http://www.dailymail.co.uk/news/article-431256/article-431256/RSPCA-cruelty-probe-fox-death-royal-shoot.html
http://www.theguardian.com/politics/2002/jul/22/hunting.immigrationpolicy
http://www.theguardian.com/uk/1999/nov/08/jamiewilson
http://news.bbc.co.uk/onthisday/hi/dates/stories/november/30/newsid_2525000/2525525.stm
http://www.thefoxwebsite.org
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/2269890.stm
Hunt Saboteurs Association  http://hsa.enviroweb.org/index.php
Real Countryside Alliance  http://www.realca.co.uk/
Huntwatch  http://www.huntwatch.info/hunts_eastmids.htm
きつね狩の聖地、レスター州議会きつね狩教育リソース http://goo.gl/2JRBLx
Mark McGowan eats a corgi dog  Barcroft TV
Foxhunting-cruel sport or a natural chase?  Fieldsports Channel
HUNTING2006 - 2007 HUNTING WITHOUT  HARASSMENT Countryside Alliance 編
HUNTING, WILDLIFE MANAGEMENT and theMORAL ISSUE
              The Veterinary Association for Wildlife Management 編
THE DEBATE ABOUT FOX HUNTING A DOCIAL AND POLITICAL ANALYSIS
              フンボルト大学ベルリン英国の研究センター編
Hunting with Dogs : Past, Present but No Future League Against Cruel Sports 編
Tony Blair on Diana, fox hunting and Iraq  CH4 News 2010年9月1日
ブレア回顧録(上下) トニー・ブレア著  石塚雅彦・訳 日本経済新聞出版社