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TOP mook 動物ジャーナル バックナンバー 動物ジャーナル82・先進国って何?(七)

シリーズ「先進国って何?」

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■ 動物ジャーナル82 2013 夏

先進国って何? (七)

 ドイツ篇 その一

合法的に駆除される飼い犬・飼い猫 ードイツ連邦狩猟法

青島 啓子

はじめに


ドイツ礼賛大合唱

最近とみに耳にするようになった「ドイツでは…」云々。書籍・週刊誌・さては勉強会その他でドイツ礼賛があふれ、つい先日もNHK教育テレビ「団塊スタイル」(13年八月二日)で、「ドイツに生体販売店はありません」(注1)などと、犬好き芸能人や動物が専門という大学教授が語っていました。
 数年前からこの傾向は見えていました。いわく、ドイツは動物保護施設が充実し、運営は愛護意識の高い市民の寄付でまかなわれ、何と殺処分はゼロ。ペットショップで犬や猫は売っておらず、ドイツの犬たちは 日本と比べて幸せである、と。このような宣伝?を素直に受けて、今や日常の道具となったインターネットや電子メールを駆使し、愛護に関心を寄せる比較的若い人々がネット上の日記や掲示板に賛辞を書き連ねています。この様子は、今から五十年程前の「もはや戦後ではない」を一般市民が実感し始めた高度成長期に、犬を愛する人々が「英国は動物福祉の国だ」と伝え、広まっていった過程と大変よく似ています。

飼い猫の合法駆除に反対するグループのホームページより

 ちなみに日本で動物愛護の先進国と言われている英国やドイツ、米国の愛護諸氏は、国民性からか、吾が仏尊しという傾向があり、簡単に他国の愛護事情を賞賛する事例はほとんどありません。ましてや安易に時の政府や政治屋にすり寄って、一緒に写真を撮ったりテレビに出たりして悦に入る愛護系芸能関係者を見ることも稀です。

 日本の欧米崇拝は動物の分野に限らず、過去に、高い課税率には一切触れず「スウェーデンは福祉の国だ」とか「スイスは非武装中立国である」などと喧伝されました。その実情を調べもせずに安易にまつり上げるのは、島国の故か鎖国の影響か、舶来かぶれは伝統なのかもしれません。もちろん、新しいものを摂取して進歩してきた事実はあります。が、その摂取は、舶来の物品・技術・思想等を十分咀嚼した上でなされた摂取です。昨今の動物愛護界のドイツ礼賛は、あまりに上辷りであると懸念しますので、ドイツの現実を見ていただき、毎度のことながら「調べもせずに信じる」危険を認識していただきたく、ここに判断の材料を提供いたします。
 いつものことながら、ここに供する判断材料は、パソコン/iPadなどのタブレット型コンピュータ/スマートフォンなど、普通の市民に使われている道具で、誰でも容易に得ることのできる情報です。
 さて、確実な情報をもとに本稿を書き進めますが、入手した情報を自分に都合よく変成して利用するなどのことは一切しておりません。本稿の依拠する情報の出所は、末尾「参考資料」をご覧下さい。

 今回同時掲載の「英国篇 その六」に〈隣の芝生は青く見える〉の例として、「オズの魔法使い」を引用しました。ここでは同じく「先進国検証グループ」推奨の「虹色の湖」をご紹介しておきます(作詞作曲はNHK「おはなはん」の主題歌を作った横井・小川コンビ、歌うのは犬好きとしても知られる中村晃子、1967年)。虹色の湖に住む幸せに会いたくて旅に出るという内容、明治時代の「山のあなたの空遠く」(カール・ブッセ 上田敏訳)以来、よそに幸せを求める、そして…?という永遠のテーマが歌われます。
虹色の湖
作詞:横井 弘
作曲:小川 寛興
幸せが住むという
虹色の湖
幸せに会いたくて
旅に出た私よ
ふるさとの村にある
歓びも忘れて
あてもなく呼びかけた
虹色の湖

中村晃子ゴールデンベストアルバム
(ネット通販、アマゾンより)

 この曲発表の67年は、図らずも「英国は動物の福祉の国」と言われ始めた年でした。曲の意図がこれを意識し、隣の芝生を青いとあこがれる幼さに警告を発していたとすると、お話は面白くなるのですが…。
 「ドイツは素晴らしい」の風潮あふれる中、戦前から多くの犬や猫と共に暮してきた方や、戦後海外の愛護事情に憧れ、ジェット旅客機という聞き慣れないものに不安を感じつつ乗り込んで海外の事情を見聞された方は、「大変な時代になったものだ」「ライヒ(注2)が素晴らしい? 歴史を知らないのにも程がある!」「英国の次はドイツか」など辛辣な感想を述べられ、またこの成行きが動物たちに悪影響を及ぼし、日々救済を続けるボランティアが誤解を受けるのではないかと危惧しておられました。
 また特別動物に関心のない医療関係者やハンディキャップを持つ方をサポートする人から「日本の愛護の人って、ネオナチ(注3)にでも共感してるの?」と手厳しい質問を受けたこともあります。
 なお付け足せば、研究論文やインターネット上のブログなどで、近代ドイツの歴史やライヒ動物愛護法の意味合いについて、妥当性ある見解を述べているのは、明らかに動物愛護に全く興味のない人々です。
 こういう周辺の有様を見ると、いわゆる動物愛護界の浮き上り方が恥しくなります。

ドイツ愛護諸氏の奮闘を知ろう

 第一、何よりもドイツ国内の愛護諸氏は、現在のドイツ動物愛護法では犬や猫など家庭動物を守りきれないとし、また、外資による巨大畜産工場不適切進出や、生後四週齢未満の豚の去勢(注4)を無麻酔でするなど、慈悲心に欠ける畜産関連法を早く改正すべきとして活発に活動しています。
 その人たちからすれば、「なぜ日本でドイツの愛護事情がすばらしいとまつり上げられているのか」「ベルリンだけしか見てなくて、それでいいの?」「ほんとうに素晴らしいなら、私たちが活動する必要がないではないか」「動物たちを守ろうとする私たちの血(信念)と汗(努力)を否定するのか」と詰問したいところかと思われます。これは、以前「英国篇」で紹介した自腹で頑張る英国の愛護諸氏も同様でしょう。また、小さなグループの活動を伝えるドイツの多数のメディアに対しても失礼というものです。

 また日本で、「ライヒ動物愛護法」や、戦後ナチ臭を消し去り見直された「ドイツ連邦国動物愛護法」が素晴らしいと言われる理由は、規定が細かく書いてあり、 日本の愛護法に比べて曖昧でないと感じるからと思われます。
 しかし、例えば「激しく苦しみ、怪我をするような飼料を動物に与えてはならない」(同「愛護法」第3条10項)の「飼料」とは一体どういう物を指すのか、難解なものもありますし、安楽死については、それを否定しているわけでなく、その判断基準、殺害の方法をこまかく規定しています。 
 これらの規定を受けて、動物実験、畜産、生体繁殖及び販売、サーカスなどの従事者はもちろん、獣医師や民間保護施設にも当然高い倫理観が求められ、飼い主もしっかり考える事が求められている法律ですが、日本のドイツ礼賛者たちは、これを何処まで実感し評価しているか、よく分りません。

 ちなみに、ドイツの飼い主が集うネット掲示板などでは、様々な問題が書込まれています。ながい間、猫本にんや共に暮らす家族を悩まし続ける老猫の腎不全と安楽死の是非について/事実関係は不明ながらも訓練士が根拠なく矯正不可能だと決め付け、安易に犬を安楽死させていると証拠の動画を示して告発する/動物保護施設で自分は明け暮れ安楽死に従事していたと具体的に吐露する/などなど。
 他方、隣国ブルガリアの愛護諸氏が発したSOSに応じ、しっぽの付け根をうしろからエアライフルで撃たれ、半身不随になった猫を引取りケアしている人が報道されていますし、これらを見ると日本でも問題にされている事象とさして変らぬ状況です。

 本稿初回で、来日した英国の婦人から「イギリスでも同じ」と聞いたのをお伝えしましたが、ドイツも同じと考えるべきかと思います。たくさんの動物保護施設があるから動物たちは幸せ、ではなく、何故たくさんの動物保護施設や細かい規定をもつ法律が必要になったのかを考えましょう。

無責任な紹介や報道の害悪

 日本の一部メディアによるドイツ動物愛護事情の紹介番組と、それに連なる愛護諸氏の主張は一過性のカルチャーショックでしかないように思います。ドイツ全土の実情やそれに対峙する名もなきボランティアさんたちの汗と涙を、日本のメディアは伝えきれていません。
 これら報道や活動の悪影響は計り知れません。こういう情報を頭から信じた小学生が「殺処分のない外国を見習うべきです」 と熱心に綴り、これを行政が表彰した例があります。また、地方都市の議員が「海外動物愛護事情の視察」と称し、夏休みのレクリエーションかと思われる旅行に、公金一千万円も使っています。視察の内容をみると、きちんと下調べをすれば出かけなくても済む程度のものです。
 こういう、いわば目に余る状態を看過できず、今回「英国篇その六」と同時進行で、ドイツ篇を始めることにしました。最初から「駆除される飼犬飼猫」と、ショッキングなタイトルになりますが、そして、現行日本の愛護諸氏の言説とは大きく異なる内容になりますが、落着いてお読みいただければと思います。

合法的に駆除される飼い猫・飼い犬たち

うちの子が行方不明になったら?

 殺処分とは何か。ふつう私たちは、動物愛護センターで殺すことと考えます。また、害獣とされる動物さんが行政または法に則り民間団体などによって「駆除」されるのも「殺処分」と捉えていいでしょう。
 ドイツの合法的駆除によって処分される飼い犬・飼い猫の実態を見る前に、夏場にふさわしく〈花火大会の音に驚いて自宅から遁走してしまったあなたのワンちゃん〉を設定し、成行きを追ってみましょう。
 あなたや家族はすぐさま犬を追いかけたが見失ってしまい、友達やインターネットで捜索を依頼することは勿論、保健所や動物愛護センターにも連絡して、探しに探しました。
 しかし数日後、不幸にも民家から数百メートル離れた場所で狩猟者に害獣として駆除され、既に命を落したことを知り、驚くと共に怒りがこみ上げ、役所や警察に駆け込みましたが、「あなたの不注意ですね、法律で決まってますから」と言われてしまいました。

 これはあくまで架空の話ですが、花火や雷と犬の逃走という定番的な問題に飼い主として注意が足らなかった部分はあったとしても、あなたの家族が勝手に害獣扱いされた挙句、 合法的に命を奪ったと言われても日本の多くの飼い主はとても納得できないと思います。
 日本でも行政のうっかりミスで殺されてしまった例(最近では札幌市、13年六月、絶命させた後に首輪に気が付いたと陳腐な言訳をして飼い主に謝罪した)がありますが、仮に飼い主が犬を迷子にさせ、行政が保護した場合、首もとに畜犬登録や予防注射接種メダルがあれば、所有権にもとづき、勝手に殺処分されることはなく、仮にメダルがなくても即刻殺処分ということはありません。ましてや警察官の目の前で他者に咬みつくなどの緊急事態でもない限り、その場で射殺ということもありません。
 ところが、人と共に暮す犬や猫が、合法的に駆除されるという現実が「動物福祉先進国、殺処分ゼロ」と言われている国で起きているのです。

テレビ番組が追求した

 今をさかのぼること八年、05年にドイツの公共放送局ZDF(注5)は動物福祉特集を企画し、EU法でケアされているはずの畜産動物が無慈悲な扱いを受けている現実など、 幾つかの調査報告番組を開始しました。その第一弾として同年十月四日、飼い猫が突然いなくなったという複数のケースを取り上げました。
 番組冒頭、しっぽをピンと立て、自然あふれる草原を悠々と歩く猫の姿と、ラストで飼い主と四歳の娘が愛猫マックスの眠る草原に立ちつくす場面との対照は、法の上の結果とは言え、今更ながら国情の違いを感じさせられました。
 番組のテーマである「突然猫がいなくなったケース」に共通するのは、緑豊かな、隣家との距離もある郊外で、これなら「猫さんの思うままに出入り自由にしても…」と思ってよい環境での出来事という点です。

マイクロチップに連動して鍵が開閉する猫ドア  ドイツ・SureFlap社

 番組では、いなくなった猫の写真に涙する家族のコメントに続き、何と猫の毛皮製コートを売るドイツ国内の洋服店や、街中で猫の毛皮のオーバーコートを身に着けた陽気な女性のコメントが紹介され、例によって中国の無慈悲極まりない猫毛皮生産業者が登場、これに対して、モラルの低下を憂い、犬猫の毛皮輸入禁止が必要だと著名人が主張していました。そして、過去に日本でも問題となった猫獲り業者がドイツ国内に存在しているのではないかと推測し、狩猟団体関係者や反狩猟運動家などに取材して、或る事実に辿り着きます。

それは「ドイツ連邦狩猟法」

 その事実とは、ドイツでは自然環境保護の名のもとに、たとえ飼い猫であろうと一定の要件を満たせば合法的に駆除できる「ドイツ連邦狩猟法」が存在することでした。この法律は、居住建物から一定距離はなれた場所で所有者などの同伴なく出歩いている猫は、所有者なしと判断され、わなや銃を使って駆除することを認めていたのです。
 これはドイツの自然環境を守るためで、例えば人間が野鳥などを無断で捕獲すれば密猟者ですが、飼い猫も一歩自然に出れば、生まれ持った習性にもとづき、野鳥や野ねずみなどを獲物にするハンターとなり、これは自然環境や生態系を壊す密猟者と同じで、つまりは害獣そのものという考え方です。
 この要件となる一定の距離とは、ドイツ連邦十六の州政府によって異なるようですが、一例として、
ドイツの最北に位置し、バルト海に接するシュレースヴィヒ?ホルシュタイン州では二百メートルだと当時の番組ホームページで紹介しており、他州でもおおむね二百から五百メートルですが、これを監視する第三者が常駐しているわけではありません。

 では一体ドイツ全土で年間どの位が駆除されているのか。「ドイツ連邦狩猟法」では基本的に行政に報告する必要がなく、 ドイツ全土の駆除総数を示す公開データは存在しません。
 この点を番組でも取り上げており、唯一データのあるドイツ最大の州=ノルトライン・ヴェストファーレン州での駆除数データを取り寄せ、紹介しています。02年〜03年の一年間に、猫一万七千八百九十五頭、犬は二百十一頭が命を落しました。この「理論」?は隣国オーストリアにおいても実施され、飼犬飼猫駆除という悲劇が起きています。
 しかし、これは最大とは言え一つの州での駆除数に過ぎず、この数字をもとに番組では、 信頼できる自然環境保護を行う狩猟関係者などに依頼して、他の十五州政府で駆除したと思われる数を加えたドイツ全土の総数を試算したところ、年間、猫二十八万六千三百二十二頭、犬三千三百七十六頭という驚くべき数字となりました。
 この駆除問題は番組が放送された同じ月(05年十月)、英国のデイリー・テレグラフ紙でも取り上げられ、ここではドイツの愛護団体が試算したドイツ全土の年間猫駆除数が四十万頭として紹介されています。

「オーストリア連邦動物福祉法」を改正して飼猫飼犬をハンターから守れと主張する犬の飼い主団体(OHV)ホームページより

ノルトライン=ヴェストファーレン州
人口 17,872,763人(2009年末現在)
ドイツ人口の約2割を占める
16州でダントツの1位の人口
因みに東京都と千葉県の合計人口数に近い
面積:34,088平方Km(全ドイツ4位)
ノルトライン=ヴェストファーレン州だけで駆除された犬猫の数
2007年〜2008年
猫 14,670
犬 176
2008年〜2009年
猫 12,400
犬 137
2009年〜2010年
猫 12,249
犬 85
2010年〜2011年
猫 11,355
犬 88
2011年〜2012年
猫 10,975
犬 65

ノルトライン?ヴェストファーレン州公開データより。
2006年以前は一般公開していない。

 従前から、自然あふれる環境ゆえに日ごろ出入り自由の飼い猫が、猫の好む匂いを付けた罠にかかって絶命したり、散弾銃で撃たれ瀕死の状態で動物病院に連れて来られるなどの事象が起きており、前出・猫のマックスも飼い主が茂みの中で発見できたものの、害獣として銃で撃たれて亡くなったのですが、飼い主はドイツ連邦狩猟法を知りませんでした。また、本稿冒頭に仮想の話として記した飼い犬が行方不明になった場合もこの法律によって殺される可能性があります。
 この悲劇を避けるために、動物保護団体や反狩猟団体のホームページ、飼い主が集うインターネットの掲示板などでは05年頃から注意喚起しており、さらに、駆除されたかもしれない行方不明中の飼い猫の飼い主有志が07年から同様の警告を発信してきました。10年になると、地方紙や週刊誌が毛皮目的の猫捕り業者をマフィアと称して報じ、 読者を啓発しています。また、猫捕り反対を訴える有志や団体もこの六年間活動してきたが、今なお根絶に至っていないと報告しています。

猫捕り業者駆逐を訴える団体の
ホームページより
Verein Deutscher Katzenschutz No Catnapping e. V.,

 このような現実を受けて、二〇一一年秋には動物保護運動の団体が連名で、六十年間基本的に変化がないこの連邦狩猟法を、動物福祉の観点から見直して欲しいと訴え、また合せて、今改正が予定されるヘッセン州の狩猟法では、飼い猫駆除の悲劇をなくす事が出来ないと声をあげています。

ドイツ連邦狩猟法の成立ち

 この「ドイツ連邦狩猟法」は、第二次世界大戦後の一九五五年に制定されましたが、そのルーツは一九三四年制定の「帝国狩猟法」です。ナチ幹部であり、森林と狩猟を管理する長官に任命されたヘルマン・ゲーリングによって、ライヒ動物愛護法が制定された翌年に作られました。

 ゲーリングは上流階級に育ち、鉄人へルマンと言われた優秀な空軍パイロットとして第一次大戦での実戦経験もあり、33年のライヒ動物愛護法制定にも寄与し、多数の猟犬を使ったきつね狩を野蛮だと主張しました。
 しかし、その一方でユダヤの人々から金品を巻き上げ、財を築き、ナチ幹部の中でも異例といえる贅沢な暮し=衣食住は勿論、鉄道模型などの趣味に没頭、超豪邸に住み、犬やカエサルと名づけたライオンと共に暮し、空軍パイロット時代の格好よさとはうって変った巨体で自ら所有する狩猟場に出向き、 ライフル銃を使った狩猟を好み、主に大型の鹿を獲物にしていました。

 こういう人の作った狩猟法ですから、銃の扱い方から始まり、銃所持免許制度、狩猟許可制度、狩猟数制限、更に無慈悲な方法での猟や無灯火以外の夜間狩猟を禁止し、密猟者を駆逐するなど、たしかに「帝国狩猟法」によって、ドイツの森は守られたと言えるかも知れません。
 しかし、帝国狩猟法には彼自らルネッサンスの人間と言っていた個人的思考や、歴史ある狩猟民族の影が濃厚です。他方、法に則って犬猫を駆除しても行政に報告義務がないことや、そもそもこういう規定の飼い主への周知は?等を考えると、ナチ的要素を感じてしまいます。

 なおドイツには「連邦自然保護法」に基づき、自然保護団体として十幾つもの狩猟団体が存在します。法と権利を盾にモノをいう強力かつ政治的影響力をもつ彼らは「野良猫が小鳥や野ねずみなどを絶滅させてしまう危険がある」「狩猟は種の保存など自然環境保護に貢献しており、ハンターに対する偏見を排して欲しい」と主張してはいますが、前出英国紙に掲載された年間猫四十万頭駆除という試算に対して、今日まで声を荒げて否定していないのをみると、暗黙の肯定としてよいのでしょうか。

 また、ドイツの狩猟団体は、毎年開催され数々の銃や狩猟関連用品が並ぶ、IWA=狩猟アウトドアフェアの盛況ぶりからも分るように、後継者不足を嘆く日本の狩猟事情とは異なり、また英国のきつね狩擁護狩猟団体に比べても、落着いた構えを見せているようで、その理由は、ドイツにおける狩猟の歴史(現在でもハンターが大量の獲物を綺麗に並べて記念写真を撮る等)に根付くと考えられます。飼犬飼猫駆除が問題にされても、全国民が関心を寄せているわけではない、何よりも法で認められているではないかという声が聞えてきそうです。

EU法に追加された〈危険条項〉

 近年、動物実験規制において、日本で「素晴らしい、見習うべき」と言われている「EU法」のことをお聞き及びの方もあるかと思います。このEU法の中、動物実験規制の項に上記本稿の問題としてきた飼犬飼猫駆除とも関連する条文がありますので、最小限の説明をいたします。
 先ず、EU法2010/63/の第11条をご覧ください。  
第11条 家庭で飼養されていた在来種で迷子及び野性化したもの
1
家庭で飼養されていた在来種で迷子や野性化したものは、実験に使ってはならない。
2
次の(a)及び(b)に適合する事を条件に、所管官庁は第1項の規定の特例を認める事ができる。
(a)

動物の健康と福祉に関して、または環境もしくは人、もしくは動物の健康に重大な脅威に関する調査をおこなうことに必要不可欠である事。
(b)

実験目的が迷子、または野性化した動物を使用する事によってのみ達成できる科学的に正当な根拠があること。

 実は、この第11条は、一九八六年に公布された前EU法(86/609/EC)で禁じられていた部分を緩和するために付け加えられました。これによって野良犬や野良猫を実験に使う事が出来ることになります。

 しかし、「今どき何時生れたか、どんな病歴があるか判らない野良なんか実験に使うはずないだろう」と言われそうです。その疑問に対して、英国の名だたる医学系大学や研究所、更に製薬企業などと昵懇関係にある動物実験容認広報市民団体UAR(Understanding Animal Research)広報マネージャー、クリス・マギー氏が明確に述べている通り(注6)、狂犬病を含む感染症などに対する研究実験やワクチン開発を想定しているとのことです。実験に対する批判をかわすためか、ちゃっかり猫のHIV研究についても触れていました。
 考えてみれば、清潔な環境で生まれ育った実験用の犬猫よりは、街中などを徘徊する犬猫の方が感染症研究にとって望ましいのでしょう。

 しかし、迷子になった動物や野良の動物を、誰がどのような方法で捕獲し、どのように所有者の確認を行うか、この最も重要な部分の規定や指針は見当らず、「役所は担当職員をおき、教育しなさい」となっているだけで、これでは過去に日本で問題視された実験払下げよりはるかに不明瞭な処理が行われる可能性があります。
 この規定を明文化できなかったのは、EU加入二十七カ国の状態が多種多様であるためとみなされます。財政状態も様々(ドイツからの融資二十五億ユーロを首を長くして待つギリシャは日本でも有名?)、ペットに関しても、「飼うのは個人の趣味、迷子になったからといって何で税金を使うの」という思考が全体に強く、犬の扱いが酷いとドイツの愛護団体が手を差し伸べているスペインやスロベニアがあるかと思えば、ドイツのように州政府が独自の権限をもつ国もありで、EUとしての規定をつくることは事実上不可能であり、仮に規定があっても、前出バタリーケージ問題(注7)と同じく守られる可能性は低いと思われます。

 とにもかくにも、ドイツでは「連邦狩猟法」にもとづく飼犬飼猫駆除に加えて、EU法2010/63/の第11条追加が、自由に出入りする飼い猫や 飼い犬にとって新たな脅威となるのは間違いないでしょう。
 それを懸念するドイツの愛護団体は、昨年秋ごろから注意を促す活動を積極的に始めており、英国でも、昨年五月に発表されたパブリックコメント結果などで明らかなように、この第11条を適用しないよう署名を集めたことがありました。こういう動きを、なぜか日本の愛護界では語られることがありません。
 その理由はよく分りませんが、追加された第11条は、過去日本で問題になった実験用払下げを容認す
るに等しいものであるのに、EU法礼賛の看板に支障をきたすので黙ってやりすごそうということか、第11条の条文が残っているのに解決したと述べる英国の動物権利団体のコメントを鵜呑みにしているのか、第11条自体の存在を知らないのか、まさかと思いつつ邪推してしまいます。
 またしても私事ですが、昔々亡母があるお店の人の対応に手こずり、「ばかなのか狡いのか分らない」と悩んでいたのを思い出しました。これは家庭内の些細な悩みですが、公的存在の愛護団体等となると、ゆるがせにできません。

英国で昨年5月発表されたEU法2010/63/のパブリックコメント結果3

英国でEU法第11条を適用反対の署名を集めるサイト

EU諸国で野良の犬猫の殺処分を止めるように署名を集めるサイト

EU諸国で動物保護と福祉に関する法が守られていない! 早急に調査せよと署名を募るサイト
英国・ドイツ・スイス・オランダ・ベルギー・トルコなどの市民が署名している。

 半端な伝え方ではなく、真実を。自己の利益でなく受け手の満足と向上のために。そうしないと、不朽の運動とはならないでしょう。そして私たちも、情報チェックをたゆまず続けなければなりません。大変ですが、頑張りましょう。 
 以上、今回は「素晴らしいドイツ」で、「法を知らないのは飼い主の不注意」とされ、家族である飼い犬飼い猫が法のもとに殺されているドイツの現実についてお伝えしました。
 次回は、「巨大ペットショップと激安フリーマーケット、そこで売られる仔犬たち」を、お送りします。

[後注]
(注1)ドイツに生体販売店はあります。巨大ペットショップ「Zoo-Zajac」は04年創業、仔猫に引続き、12年にはダックスなどの仔犬販売を開始。またポーランドとの国境にあるフリーマーケットでは、八週齢規制無視の仔犬が50ユーロ位で売られている。

ケージに入れられた仔犬

売り場面積世界一、ギネス登録多品種ペット販売店 Zoo-Zajac(Google map より)

(注2)一九三三年十一月二十四日にナチによって公布された「ライヒ動物愛護法」。
(注3)ナチの時代は良かったな」とナチスの復活を願ったり、国内の外国人の為にドイツ人がひもじい思いをさせらている等と主張する政治的運動の総称。昨今、ドイツの若者が外国人を叩き出せ!と殺人にまで及ぶ事件が起きている。
(注4)豚は25〜28週齢で出荷されるが、雄豚は生れて数日乃至二〜三週齢の間に、喧嘩の傷や臭いなどによる品質低下を避けるため、去勢される。スイス、オランダ等では痛みやストレス軽減のために局所または全身麻酔下で手術が行われる。オーストリアでは首の皮下に二回(生後11週齢と15週齢)接種するだけで去勢の代用になる免疫学的去勢製剤インプロバック(日本名)が使われている。(なお、この薬剤はアメリカの製薬企業傘下の社が販売。)
 無麻酔外科手術を避けている国がある一方、ドイツでは四週齢未満の豚・雄牛・やぎ・羊に対してそれが行われているのは「動物愛護法」第4章第5条3項で認めているため。
 EU諸国の畜産を担当する委員会は、動物福祉の観点から豚の外科的去勢を二〇一八年までに終了させると宣言しているが、強制力はない。一向に守られない「鶏のバタリーケージ禁止」宣言と同じく、豚の問題も、市場の激しい価格競争にさらされて、どこまで理想を実現できるか定かならず、それ故愛護諸氏の運動も続けられている。
(注5)ドイツ公共放送局 ZDF
 3・11に於ける原発事故について、現地に突撃取材するなどした報道番組「フクシマのウソ(Die Fukushima Luge)」がドイツのみならず欧州や日本でも話題になった。
 今年春先にナチという時代の渦に巻込まれていく男女五人の若者の姿を描いた「私たちの母たち、父たち(Unsere Mutter, unsere Vater)」という長編歴史ドラマを放送、七百万人が見たと報じられている。
 ちなみに現在ドイツには地域ごとの公共放送局が九つあり、ナチがメディアを悪用した反省から、連邦政府ではなく各州政府が所管している。
(注6)英「ハフィントン・ポスト」2012年7月6日付。
(注7)ドイツ公共放送ZDFの調査報道番組「Frontal 21」。

参考資料

虹色の湖 (作詞 横井弘、作曲 小川寛興、 歌 中村晃子 テイチクエンタテインメント)
『狩猟の文化 ドイツ語圏を中心として』野島利彰著
『ヘルマン・ゲーリング言行録 』 金森誠也著
『ヒトラーの共犯者 ー12人の側近たち 』上下 グイド・クノップ著 高木玲訳
『アドルフ・ヒトラー 独裁者出現の歴史的背景』 村瀬興雄著
『ナチズムと大衆社会 民衆生活にみる順応と抵抗』村瀬興雄著
ドイツ公共放送局 ZDF制作 / 調査報道番組「37 Grad」 2007年10月4日放送分
『ノルトライン・ウェストファーレン州駆除データ』
『ノルトライン・ヴェストファーレン州経済について』 在デュッセルドルフ日本国総領事館編
『アニマルヘルス年次報告書2010年』FLI編
ドイツ公共放送局 ZDF制作/「Frontal 21」2011年11月14日放送分
西ドイツ放送WDR制作 / 調査報道番組 「die strry」 2013年1月14日放送分
http://www.gesetzesweb.de/BJagdG.html
http://nrw.nabu.de/themen/jagd/beutegreifer/06992.html
http://eti-veth.de/antijagd.htm
http://www.saarkurier-online.de/?p=55191
http://www.tierschutzbuero.de/wohin-verschwinden-unsere-haustiere/
http://www.zeit.de/2013/12/Stimmts-Katzen-Voegel
http://www.az-online.de/lokales/altmarkkreis-salzwedel/arendsee/wasmerslage-darf-kein-zweites-binde-werden-2620120.html
http://www.zoetis.com/
http://www.mdr.de/sachsen-anhalt/schweinemastanlage-binde-klage100_zc-a2551f81_zs-ae30b3e4.html
http://www.fan-television.de/sendungen/fan-das-magazin/katze-brigitta-lebt-im-rollstuhl/1389-katze-brigitta-lebt-im-rollstuhl
http://www.spiegel.de/panorama/katze-aus-celle-laeuft-mit-hilfe-von-rollstuhl-a-898015.html
http://nordhausen.thueringer-allgemeine.de/web/lokal/leben/detail/-/specific/Bundesweit-verschwinden-jaehrlich-600-000-Katzen-1150239678