共産中国の起源と最先端〜新天地
 
共産中国の起源と最先端
〜新天地
 

  「新天地に行った?」
 上海にいる間、誰彼ともなく二言目にはこう訊かれた。外灘でも浦東でもない。蘇州や杭州を差し置いてなお、「名所ナンバーワンは新天地」というのが今の上海っ子の共通認識らしい。
 淮海路の東の外れ、地下鉄黄陂南路駅の出口が目印だった。林立するデパートに挟まれた小路を入ると、すぐにそれとわかる一角が現れた。
 まず目に飛び込んできたのはスターバックス。グレーを基調とした煉瓦貼りのシックな壁に、あの見慣れたロゴが意外なほどなじんでいる。オープンカフェになっていて、緑色のパラソルが店先にいくつも並べられている。席の多くを占めるのは中国人の若者だ。
 そこから奥に向かい、広場とも歩道ともつかない中庭のような空間が拡がっていた。取り巻くように建ち並ぶ、租界時代の建物群。それらはカフェやレストラン、あるいはブティックやアンティークショップとしてリニューアルされ、斬新と洗練を競っている。しかし、新天地が目指すところは多倫路のような復古主義ではなさそうだ。
 画廊のような内装のカフェ。ひと世代先のファッションを飾るブティック。デザイン性が前面に出た小物。ワインとともに味わう創作中華。違和感を覚えるのに時間はかからなかった。
 中国らしさを感じさせるものはここには何ひとつとしてない。かといって欧米の模倣というのでもない。パリにも東京にもこんなエリアはたぶんない。新し過ぎて、先進国的ですらないのだ。もしかするとニューヨークならあるかもしれない。トレンドに敏感な一部の人々だけに知られているマニアックなスポットとして。
 上海で最も新しい場所、新天地。地元民が口を揃えて自慢する流行の発信源。しかし、ここはある意味で最も古い場所でもある。中国共産党第一次全国代表大会。毛沢東らが参加した、現代中国の発祥とも言える記念すべき会合がここで開かれたのだ。
 その建物は区画の中央を横切る細い道路に面していた。一大会址。窓がなく、一見すると倉庫を思わせるが、外観にはスターバックスと同じ煉瓦貼りが施されている。閉館時間を過ぎていたので中には入れなかったが、記念写真を撮る人々がちらほらと訪れていた。金色の小さな取っ手が付いた、いかにも重たそうな黒い扉が印象的だった。
 道路を渡った南側には最近拡張されたばかりの新天地パート2がある。同じように石畳の中庭を建物が取り囲む造りだが、こちらは現代的なガラス張りの中層ビルが多い。出店もCDや衣類、ファーストフードなど外資系の有名ブランドが中心で、渋谷あたりと大差ない。単純に若者向けのショッピングエリアといった感がある。
 夕暮れとともにネオンが眩さを増してゆく。ここまで来たからには上海最後の夕食は最先端のヌーベルシノワと洒落込みたい。手持ちの元にはまだ余裕がある。メニューを覗いて歩いた挙句、「夜上海」に入ることにした。
 ランプの炎と間接照明が醸し出す暗がりの中で、ワイングラスを片手に海鮮料理を中心とした数皿をつつく。客層にしても従業員の立ち居振る舞いを見ても、雰囲気は高級フレンチのそれだ。途中、エビチリをテーブルの脇で調理してくれたのは少々ご愛嬌だったが、伝統を超えた新しさを見出そうという意識は店内の随所に感じられた。
 一大会址を皮切りに中国共産党は世界でも唯一と言っていい堅固な一党独裁体制を築き上げた。しかし、新天地に共産主義を感じる者は誰ひとりとしていないだろう。マルクスもレーニンも、毛沢東ですら想像もしなかった社会。資本主義の最先端さえ凌駕する景色がここにはある。
 後世の歴史家はどう評価するのだろう。それとも、実はこれこそ共産主義が行き着く究極の姿なのだろうか。まさか。
 

   
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虹色の上海
 

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