虹色の上海〜外灘
 
外灘
 
 
Waitan
 

  言わずと知れたオールド上海の代名詞「外灘」。緩やかに蛇行する黄浦江沿いに租界時代の欧米風建築群が並んでいます。中国であって中国でない、幻想的でどこか退廃的な「魔都」の面影は一世紀近く経った今も健在です。  

 
バンド
 


       
 
黄浦公園
租界として譲り受けた土地に港を造るため、イギリスは堤防を整備しました。その土手の上が公園になっています。外灘の英語名「バンド(=堤防)」はここから来ています。
 
和平飯店
右が北楼(旧サッスーンハウス)、左が南楼(旧パレスホテル)。南京路が黄浦江にぶつかる、まさに「上海のへそ」のような立地に建てるとは、さすがユダヤ財閥。
 
外白渡橋
名前の由来は「誰でも自由に渡れる橋」。ただし中国人を除いて。帝国主義時代の欧米列強のメンタリティーがよくわかります。敗戦国はつらいよね。
 

 
夜景
 


   
万国建築展覧
20世紀前半、「租界」として獲得した土地にイギリスを中心とする欧米列強は競うように銀行や商社を建設していきました。当時の最先端の建築様式に色彩どられたこれらの建物が、今はホテルやブティックとして利用されています。100年近く前、万博は事実上開催されていたんですね。
   

       
 
中山路的夜景
黄浦公園と平行して外灘を南北に縦断する中山東路。名建築の数々はこの通りに面して建てられています。夜景散策はここから。風情のあるそぞろ歩きです。
 
浦東的夜景
黄浦江対岸の浦東から見る夜景もなかなかオツなものです。ネオン揺らめく水面の彼方に浮かぶ街並はまるで別世界。夢の中にいるような錯覚に陥ります。
 
黄浦公園的夜景
そして夜景鑑賞といえば本命はやはり黄浦公園。降りしきる雨が幻想的なムードを醸し出すのにひと役買っていました。気分はもう「ブルーライトヨコハマ」。
 

 
街角の風景から
 


       
 
里弄
一歩路地を入ると、中国伝統のレンガ造りの長屋が。頭上に突き出した物干し竿に洗濯物がひしめいていました。時代が変わっても庶民の暮らしは健在なのです。
 
ウエスティン上海
外灘にも、南京路にも、豫園にも、人民広場にも、歩いて行けるという絶妙の立地。空前絶後の寝心地を味わえるヘブンリーベッド。泊まるならココ!
 
老年爵士楽隊
平均年齢76歳。和平飯店名物、老ジャズメンのスウィングは必聴。でも、おじいさんたちはすぐ疲れちゃうので、何曲も続けては演奏できないのです(笑)。
 


   

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