グルメの花道〜上海老街
 
グルメの花道
〜上海老街
 

   豫園の出口はそのまま豫園商城への入口となっていた。ぎっしりと小路を埋め尽くす人波と、どこまでも続く土産物屋の列。客引きの声が四方八方交錯し、うるさいことこの上ない。まるで年末のアメ横だ。朝と比べても格段に人出が増えている。
「豫園に来たからには、お昼はやっぱり南翔饅頭店かな」
 上海北西部、南翔鎮が発祥のこの小籠包の名店は、今や女性雑誌で取り上げられるほど有名になった。しかし本店はバスを乗り継いで半日の距離。そこでスケジュールに余裕のない観光客は豫園店を利用する。案の定、行ってみると凄い行列だった。入店はおろかテイクアウトだけでも一時間は待たされそうだ。早々に諦め、別の食堂を探すことにする。
 とは言うものの、周囲はあまりの混雑で店があっても近づけない。人込みを掻き分け掻き分け前に進むだけで精一杯だ。これはもう脱出しないと始まらないと悟り、外に出ることにした。
 商城の門を出ると一本の道が左に伸びていた。老街と呼ばれる昔ながらの商店街だ。土産物屋だけでなく古着屋や雑貨屋もあり、歩いて行くうちに徐々に生活の匂いがしてくる。みなどこか古ぼけた風情を漂わせており、さほど多くない人通りと相俟って落ち着いた雰囲気だ。
 やがて美食街、いや屋台街と言うべき一角が現れた。いかにも「近所に住んでます」といった風情の客がざっくばらんに丼飯をかき込み、ラーメンをすすっている。店には屋根があるものの、テーブルと椅子の大半は路上に出ている。良い匂いがする。軒先からもうもうと湯気が上がっている。お世辞にも洒落ているとは言えないが、見るからに美味しそうな界隈だ。
「あれがいい。あの店にしよう」
 右に小籠包の屋台、左はラーメン屋。即決だった。妻と分担してそれぞれ一人前ずつを買い、青空の下のテーブルに持ち寄る。隣の中国人と肩が触れ合うほどの相席だが、お互いそんなことは気にしない。何しろ腹が減っているのだ。
 まずは小籠包。最初に皮を小さく噛み、熱い肉汁をすすってから本体を口に入れる。美味しい。芳醇な旨みが頬いっぱいにジュワーッと拡がる。日本の中華料理店で食べるものより小ぶりで、せいぜい大きめのシュウマイくらいだ。そのぶん一皿に載る数が多い。だからおやつ感覚で次々と食べられてしまう。
 ラーメンは牛肉の細切りと青菜をトッピングした塩味だ。これもまた絶品。出汁が複雑で深みがある。みな同じものを食べているところを見ると、きっとこの店の看板料理なのだろう。蘭州ラーメンと言うらしい。お好みで唐辛子をかけるのだが、多くの人は大盛の器が赤くなるくらい大量に振っている。実際、いくら辛くしても不思議と辛過ぎて食べられないということはない。僕も底に溜まった唐辛子が見えるまでしこたまスープを飲んでしまった。
「これでデザートにパールミルクティーでもあると完璧だよね」
 言ったそばからジューススタンドのおばさんと目が合った。ニコニコと手招きしている。今、若者に大人気の「珍珠乃茶」。飲みながら歩いている姿を街中でよく見かける。シェーキのような蓋付きのカップにミルクティーとブラックタピオカを入れ、太いストローを挿して飲む。ミルクティーを吸ったつもりが、ストローの径と同じ大きさをしたタピオカがスポンスポンと上がってきて、飲んでいるのか食べているのかわからなくなるところが面白い。
「フルコースだな」
「これぞB級グルメの王道って感じ」
「じゃあ、あとは量り売りの紹興酒を買って帰ろう」
 日本から持参した500ml入りペットボトルを手に僕たちは意気揚々と帰途に着いた。高級レストランに勝るとも劣らない、申し分のないランチタイムだった。
 

   
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虹色の上海
 

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