ヘイ、タクシー!〜人民広場
 
ヘイ、タクシー!
〜人民広場
 

   城市規画館を出ると雨が降っていた。見上げると厚い雲が垂れ込めている。今日はこんな感じで一日降ったり止んだりなのだろう。お腹も空いたことだし、雨宿りがてら向かいのラッフルズデパートで昼食をとることにした。
 ラッフルズは外観も内装も新しくキラキラしている。西蔵路に面したメインの開口部は大きな吹き抜けを設けるなど、空間の取り方にゆとりがあり、明るさと相俟ってとても気持ちがいい。店内のショップに並んだ服や雑貨も一目洗練されていて、そぞろ歩いているだけで楽しくなる。
 地下一階がフードコートになっていたので降りてみることにした。ラーメンから洋食までひと通りのメニューが揃っている。このあたりは日本のショッピングセンターと変わらない。時間帯の割には客が少ないが、出来たばかりということもあるのだろう。代表的な繁華街である淮海路や南京路から少し離れていることも影響しているかもしれない。
 いつも中華というのも芸がないので、イタリアンのファーストフードでスパゲティーとピザ、それにコーラをオーダーした。学校帰りの女子高生がたむろしそうな店だ。味はイマイチ、店員の立ち居振る舞いもまだ今ひとつおぼつかないが、これはこれで素の上海と思えば貴重な体験だ。食べている横で店長らしき男性がアルバイトたちを集め、客そっちのけで鳥の手羽先のピリカラ焼きの作り方を教えている。イタリアンの店なのに、どう見てもそっちの方が美味しそうだ。
「これからどうする? 豫園にでも行ってみようか」
「地下鉄じゃ行きにくいよね」
「雨だし、タクシーがいいかな」
 上海のタクシーは料金の安さで知られている。台数も多く治安の問題もないため、旅行者には利用価値が高い。現地の人々は短い距離でも気軽に乗っていると聞く。ラッフルズを出ると目の前を流れる福州路にいるわいるわ、なるほど次々にやって来る。これならすぐ拾えそうだ。交差点の近くに立ち、手を挙げて待つ。
 三分経った。まだ拾えない。五分経った。まだ駄目だ。来ることは来るのだが、どれもみな客が乗っていて、空車の表示を掲げているものが一台もない。
「場所が悪いのかな?」
 交差点を渡り人民広場の方に行ってみることにする。市庁舎もあるし博物館もあるから需要は多いはずだ。客待ちの車もいるに違いない。しかし何度か場所を替えて待ってみたが依然として空車は来ない。台数自体少なくなってきたような気がする。雨の降りも強くなってきた。仕方がないので豫園方向に西蔵路を南下しながら探すことにする。
 地下鉄の入口近くに何軒か屋台が出ていた。風船やお菓子、写真のフィルムなどを売っている。公園の中を見ると、悪天候にもかかわらず散策している人が結構いる。濡れて深みを増す樹々の緑が目を和ませる。
 そうこうしているうちに延安路とぶつかる交差点まで来てしまった。頭上を高架が走る大通りだ。交通量が多いため横断歩道はなく、歩行者は熊手のように四方をまたぐ大きな歩道橋で行き来する。これを渡れば豫園は徒歩圏内。わざわざタクシーに乗る距離でもない。最後のチャンスと思い、しばし立ち止まって待つ。
 だが、空車は内側の車線を飛ばしていて歩道寄りにまでは来てくれない。第一、こんな大きな交差点で急停車や車線変更をするのは、考えてみれば危険極まりない。
「確かに台数は多いけど、ひょっとして、今日は雨だからみんな乗るのかな」
「気がつくのが遅かったね」
 歩道橋の長い階段を登りながら口々に呟いた。一歩踏み出すたびに足の重みが増してきた。
 

   
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虹色の上海
 

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